第7話

 死者の迷宮第一階層にある秘密の空間で存在値稼ぎを初めてから十日が経過した。

 あれから食事と睡眠以外の時間は全て魔物との戦闘に費やし、おかげで僕は無事に存在値を上限まで溜めることができた。

 でも、まだ存在進化はしていない。

 現状でもオークの進化先であるハイオークに進化可能なのだが、エクス曰く「オークがハイオークになってもたかがしれてる。もっと良い他の進化先ができるまで保留だ」とのこと。

 僕も異論はなかったため了承した。今はさらなる存在値の蓄えため、事務作業のごとく魔物退治の真っ最中である。


「ゴブブッ!?」


 隙だらけなゴブリンのお腹を槍で突く。すぐに引き抜き同じように隣のゴブリンに向かって槍の一撃を放つ。が、間一髪避けられてしまった。


「ブヒィ、中々やるけどそう避けるって予想してたもんね」


 そう言いながら僕は大きく右足を一歩前へ踏みだして、槍を横に一閃する。

 悲鳴を上げさせる間もなくゴブリンの頭と胴体を両断した後、跳びかかってきたハウンドに対し、槍をくるりと回して穂先を向け串刺しにした。

 

「これで最後かな。僕の槍さばきも中々様になってきたんじゃないかエクス」

「素人に毛が生えた程度で何言ってんだ馬鹿。いいから早く魔石とドロップアイテムを拾いやがれ」


 周囲に散らばる魔石とドロップアイテムの山に、僕は面倒だと思いながらも拾い始める。

 一つ言っておくと魔物の死体などはない。

 ダンジョンの中では淡い光となって消えるからだ。

 何でと思うかもしれないけどそれが世界のルールで、光はダンジョンに吸収され循環し、どこか別のところで新たな魔物が生まれる。

 そして、魂は生命の女神様の下へ行き、浄化し漂白された後に次の輪廻の環に回され転生するとのこと。

 ちなみに僕の場合は浄化も漂白もされていないからそのまま。だから田上敦としての意思も記憶もある。


「僕のやる気を出すためにも褒めてくれたっていいじゃん。気が利かないよなエクスは」 

 

 ぶつくさと文句を言いながら僕は魔石とドロップアイテムを拾い口の中へと放り込んでいく。 

 そして、ガリガリと噛み砕き飲み込む。

 味は全くしない。無味だ。だけどもう慣れた。

 

「褒めるところが一切ねぇんだよ馬鹿が。そんなことを言う暇があったら早く違う進化先を発現しろ」


 新しい進化先を発現しろと言われてもどうすればいいんだよ。

 正直、今のままだと永遠に新しい進化先が発現することはない思うんだよね。

 魔物を倒す→魔石とドロップアイテムを食う。やっぱりこれだけで強くなれるとかそんな甘い話はないってことかな。

 それなら何が必要なんだろう?

 強敵と戦い勝利する? 瀕死の重傷を負い生死の境をさまよう? 自分の価値観を一変するような特別な体験をする? 

 たぶんだけど何かを経験することが大切なんだと思う。

 僕はそれをしていないから進化できない。

 ま、全部推測だけどね。


「新しい進化先か……ねぇ、エクス。オークってどんなのに進化するの?」


 ふと思った疑問を僕はエクスに投げかける。

 

「あ? そうだな基本的なのだとハイオーク、オークソルジャー、オークレンジャー、オークブリースト、オークメイジか。その上がオークナイト、オークジェネラル、オークロード、オークキングだな。どんなのに進化するかはそいつ次第だ。お前が今進化出来るハイオークは器用貧乏。身体ステータスが平均的に伸びるからな。現在の状況を考えればオークソルジャーかオークレンジャー、オークメイジ辺りが望ましいんだが……ま、お前じゃ魔法使いは無理か、ブハハハハハハハ!!」


 ふぅ、落ち着け僕。エクスの笑い声が癇に障ってもクールになるんだ。

 それよりも、オークの進化先についてだけど僕の想像通りだった。

 【ザ・ワールド・オブ・ファンタジア】にもオークはいる。そして、上位存在としてハイオークからオークキングまでほぼ同じ。

 ここらへんは世界が違っても変わりないみたい。ただ、現実と空想の差はあるけどね。

 

「うるさい。僕だってメイジってガラじゃなのは分かってるよ。うーん、順当に行けば僕はオークソルジャーかな」


 レンジャーってことは、索敵や弓などで狩りをする人を指すんだよね?

 どっちも僕には出来ないし、何より得物が槍だもん。

 ちなみにこの銀色の槍にかなり愛着が湧いちゃったから、いまさら剣とかに変えるつもりはない。

 

「さぁどうだろうな。こんだけ戦ってハイオークにしか進化できないってことは無理かもしれねぇぞ。もしかしたらお前の武器を扱う才能がないからだったりして」

「ぐっ、怖いこと言うなよ。こういうのって自分じゃ分からないし、本当にそうだったら僕は泣くぞマジで」

「あっそ、どうでもいい。おら、手が止まってんぞ。さっさと魔石とドロップアイテムを食って、存在値稼ぎの続きだ」


 僕は不満げな顔で左腕の腕輪を見る。しかし、すぐに魔石とドロップアイテム拾いを再開した。

 拾っては食べてを繰り返すこと5分。ようやく地面に散らばった魔石とドロップアイテムを回収及び食べ終わり、僕は周囲を見渡す。

 新たな魔物の姿も気配もない。

 また、走り回って魔物たちを集めることから始めることにため息が漏れる。

 もっと簡単に魔物をおびき寄せ倒せる方法があればいいんだけどな……。


「ん? ねぇ、エクス。あんな道あったっけ?」


 ちょうど人一人分が通れるぐらいの広さの穴が壁にぽっかりと空いてるのを発見した。

 僕はその穴に近づき覗いてみる。

 かなり奥から光が漏れてるためどこかに繋がっているようだ。


「あ? 別に死角になってただけだろ。つべこべ言わずに調べに行け」

「分かってるって。そう急かすなよ」


 とは言うものの、何があるか分からないので慎重に槍を構えながら穴の中を進んでいく。

 光が差し込んでいるすぐ傍まで近づき、そ~っと顔を出して見る。

 目に映った光景に僕は驚きつつ、それに歩み寄った。


「エクス、これは一体……」

 

 ドーム状の広大な空間。中心に大きな大穴。壁との境目が綺麗なことからおそらく人工的にこの場所を作ったと思う。

 穴の中にはゴブリン・スライム・ハウンドなどの大量の魔物がぎっしりと詰まっていた。

 注意深く観察してみると大穴を囲むように何らかの装置が置かれている。

 何だろうと好奇心を抑えきれず装置に手を伸ばし触れようとしたところで、「馬鹿かお前はっ! それが何かも分からねぇのに触ろうとしてんじゃねぇよ!!」とエクスに怒られ、僕は慌てて手を引っ込める。

 

「ブ、ブヒィ……ごめん。――これ何か分かるエクス?」

「黙ってろ。今解析中だ」

 

 エクスが本体である宝石から赤外線みたい赤いレーザーを放出し装置に当てていた。

 邪魔しないように僕は魔物の方を眺めて観察をする。

 魔物はまるで自身の時間を止められたみたいに身動き一つしていない。

 誰が何の目的でこんなことをしたんだろう?

 

「これどれぐらいいるんだろ。よく見るとテトリスみたいに折り重なってるから1000……いや、もっといるかも」


 見ているこっちが可哀そうになるぐらいぎゅうぎゅう詰めにされている。

 この魔物全部倒せば僕も進化できるかも。

 ただ、この魔物たち倒すには装置の内側に入らないと駄目なんだよね。 

 同じように時間が止まったみたいになるのはごめんだ。

 エクスの解析結果次第だけどもしそうなるのだとしたらこれは放置しよう。


「終わったぞ。まず先に言っておくこの装置には触れるな。何かの拍子に装置の稼働が止まれば厄介だ」

「うん、分かった。やっぱりこの装置の影響で魔物たちはこうなってるの?」

「あーまぁそうとも言えるか? 簡潔に言うとこの装置は魔物に掛けられた魔法の効果を維持してる。そっちは別に大したことじゃねぇ。問題は魔物に掛けられた魔法だがこれは……」


 おい、エクス。妙な含みを持たせて喋るのをやめるなって、続きが気になるじゃんか。

 

「見た感じ長い間放置されているようだな。なら、大丈夫か。――トン、喜べフィーバータイムだ。この魔物を全て倒せ。存在値の稼ぎ放題。魔石とドロップアイテムの食べ放題だぞ」


 いや、存在値を稼げるのは嬉しいけど、魔石とドロップアイテムの食べ放題は勘弁してほしい。

 というか、これ装置の内側に入っていいの?

 僕もこの魔物たちみたいにならない?


「ちょっと待って。エクス、ちゃんと説明しろって。僕がこの大穴に入って大丈夫なのかよ」

「うるせぇな。早く入れ馬鹿。俺様の話を聞いてなかったのか。この装置は魔法の効果を維持してるだけで、新たに魔法を掛けるわけじゃねぇよ。安心しろお前がこうなることは絶対にない」

「え~本当に?」

「嘘ついてどうすんだ。第一お前が止まったら俺様も被害を被るだろうが」

「あっ、そっか。なら大丈夫だね」


 とはいっても大穴は魔物でいっぱいなので、穴の縁(へり)に立ちゴブリンに槍を突き刺す。

 死体となったゴブリンは淡い光となって消え、魔石はコロコロと転がり魔物たちの隙間を通り抜ける。


「どう?」

「時間は止まってるとはいえ生者判定のようだな。僅かだが存在値が溜まったぜ」

「それは良かった。ただ、これ全部を倒して魔石とドロップアイテムを食べるのか……はぁ、どれだけかかるんだろう」

「ま、頑張れ。俺様しばらく寝るから起こすんじゃねぇぞ」 


 寝るってお前……まぁいいや。黙っててくれるならそれでよし。

 

「頼むから新しい進化先が出ますように」


 そう言って、僕は停止している魔物に槍を突き刺していき、魔石とドロップアイテムを食べる作業へと没頭していった。

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