第5話
「オロロロロロロロロロロロロロロロロロ!」
現在、僕は地面に両手両膝をついてゲロっている。
何故なら一目見てヤバイと分かる色の茸を食べたから。
エクスの説明通りなら毒以外であれば大丈夫とのことだから、さっき食べた茸は毒だったってことだ。
この死者の迷宮第一階層にある秘密の空間に来てから二~三時間が経過したと思う。
あれから僕は、目にした食べれそうなものから絶対に食えなさそうなものまで口にしているが、スキル【悪食】を覚える気配は一向になかった。
「おいっエクス! 本当に【悪食】を覚えられるんだろうな!」
「うるせぇぞ、トン! ガタガタ騒ぐんじゃねぇよ。習得出来ねぇのはお前が雑魚だからだろうが。いいからさっさと次を食え」
エクスは僕の必死の叫びに対してどうでもよさげだった。
この野郎……他人事だと思って! うぅ、お母さん僕は貴方が作った手料理が恋しいです。
もう、細かく砕いた光る鉱石を飲み込むのも、どんな効能があるのか分からない野草や毒かそうでないか判別できない変な形をした茸を食べたくありません。
「クソッ、ひどい目にあった。だから言ったんだ僕は、虹色の茸なんて絶対に毒茸だって!」
「ブハハハハ、人間だったら死んでたかもな。女神特製のオークボディに感謝しておけよ。オラっ、お客さんだぞ」
いや、笑いごとじゃないから。やっぱりワザと僕に毒茸を食べさせやがったなこいつ。よし決めた! この恨みはらさでおくべきか、後で仕返しをしてやる。おっと、そんなことを考えてる場合じゃなかった。
僕はアンジェリカから奪った槍を手に取り立ち上がる。
「スライムにハウンド、そしてゴブリンか」
ファンタジー小説や漫画、ゲームでお馴染みの魔物が僕を取り囲むように現れた。
水色のプルプルとしたゼリー状の魔物のスライム。
黒い体毛で犬を一回りも二回りも大きくしたような魔物のハウンド。
小学生ぐらいの身長で醜悪な面をした全身緑色の魔物のゴブリン。
敵意丸出しで今にも襲い掛かってきそうな感じだが、魔物たちは僕……というより手に持っている槍を警戒していて近づいてこなかった。
どうやらアンジェリカから奪った槍は魔物にとって脅威な聖属性が付与されているらしい。
魔物たちは何だあの槍はやべぇといった表情を浮かべているから相当なんだろう。
「あ~あ、くだらねぇ。スライムにハウンド、ゴブリンそれにオークまで雑魚魔物大集合だぜ。ぼざっとしてねぇで片付けろ」
「分かってるよ――って、僕までいれたよな今?」
異世界に転生してこの死者の迷宮で過ごすようになって三か月。
当然だけど僕が魔物と戦うのはこれが初めてではない。
スライムもハウンドもゴブリンも戦ったことがあるし全部この手で倒した。
最初は生物を殺すことに嫌悪感から逃げ惑うしかできなかった僕でも、生死のかかった状況に陥れば命を奪うことに躊躇いはなかった。
幸い魔物としての強さがオークの方が上のため難なく倒すことができたのも大きい。
「ゴブ!」「グルルル!」
固い地面を一歩前へ踏み出すとゴブリンとハウンドが唸り声を上げて僕を警戒し始める。
ざっと見て約10匹前後、武器などの類はなし。
なら僕が注意をするべきなのはスライムだけだ。
武器を持っていないゴブリンやハウンドの攻撃では僕に致命傷を与えることは出来ない。
もちろん鋭い牙や爪で噛まれたり引っ掻かれたりすれば傷を負う。でもそれだけ、オークの柔らかな脂肪と固い筋肉は突破できない。
唯一、僕を殺せるのはスライム。
スライムの主な攻撃手段は敵に張り付いての溶かす。
もし、頭や背中などにくっつかれでもしたら取り除くのにかなり苦労するし、下手したら死ぬ。
だから僕はスライムに最大限の警戒をしつつ、ハウンドとゴブリンに向かって槍を突き薙ぎ払っていたのだが。
「ブヒィッ! あ、危ない!」
び、ビックリした。いつの間にかスライムが背後に忍び寄っており、いきなり跳びかかってきた。
横っ飛びで避けるとすかさずハウンドが襲い掛かってくる。
僕は左腕に力を込めてハウンドの噛みつき攻撃を受け止め、そのまま地面に叩きつける。
ピクピクと動かなくなったところをトドメで槍を突き刺す。
これが対ハウンドの王道パターンだ。
ゴブリンに関して言えば数と武器を持っていないと本当に雑魚のため、武器を振り回しているだけで勝てる。
ハウンドとゴブリンを討伐し終わり、後は残ったスライムを片付けるだけ。ゼリー状の身体の中にある核を潰せば簡単に倒せるので楽勝だ。
「ふぅ、疲れた。――当然次は食事タイムか……はぁ」
目の前に散らばった紫色の魔石とドロップアイテムを拾う僕。魔石は確定でドロップアイテムは低確率で落ちる。今回はスライムゼリーが二個とハウンドの毛皮が一つだった。
今回はスライムゼリーが二個あるから当たりかな。
ちなみに外れはゴブリンのドロップアイテムである耳があること。
初めて落ちたときはこれも食べるの!? と抗議した。味については最悪だったと言っておく。
「これで美味ければ僕も文句は言わないんだけどな。ほとんどが味しないし、あってもゲロまずだもん……うぷっ」
ハウンドの毛皮を食べてから僕はスライムゼリーをちゅるっと飲み込む。
うん、味がない。ゼリー状の水を飲み込んでいるだけ。
次は魔石の番だ。
これに関して言えば完全に石ころを食べるってこんな感じなんだ。というのが僕の感想。
魔石を嚙み砕いたときにほんの少しだけ得体の知れない力が全身に染み渡る。
エクスに聞いてみたら魔石とは魔力の結晶で、僕が感じた得体の知れない力は魔力だろうとのこと。
魔力って何? って聞いたら馬鹿に言っても無駄だと吐き捨てるように告げられた。
その通りだけどイラッってきたよ。
あーもうっ、早く【悪食】を覚えないのか!
「おっ、やっと覚えたぞ【悪食】」
ぼそっとエクスから告げられ、僕は内心涙を流して喜ぶ。しかし、別にドロップアイテムとかを食べなくなるとかじゃないので、すぐに気分は急降下した。
「本当に覚えたの? 特に変わりはないみたいだけど……?」
特にアナウンスもないためスキルを覚えた実感が湧かない。
と思ったらエクスの本体である紅い宝石が光る。そして、空中に映像が投影された。
驚きながら見るとどうやら映像は僕のステータスのようだった。
お前、こんなことできたの? できるんなら最初に言えよな。
「ほらよ。見るに堪えねぇクソ雑魚オーク様のステータスだ。ありがたく思いな」
「はいはい、ありがとうございますエクス様……って、これだけ?」
名前:トン (田上敦)
性別:男
種族:オーク
存在値:1250/20000
【スキル】
・悪食
【魔法】
・運命の選択
【戦技】
うーん、何かイメージと違うな。もっとこう……力と敏捷とかの値があると思ってた。
「ああ、そうだ。一般的な雑魚魔物のステータスに期待してんじゃねぇよ。ま、魔法とスキルを覚えてるだけマシって感じだな。これが人間の場合にはレベルと経験値と職業に加えて、力、耐久、器用、敏捷、精神が表示される」
「あっやっぱりそうなんだ。ねぇ、エクス。この存在値って何?」
「それは人間でいう経験値みたいなもんだ。魔物にはレベルって概念がねぇ代わりに存在進化がある。存在値を一定以上貯めて条件を満たすと進化出来る」
へぇ~そっか。じゃあ、僕もオークから進化できるってことだよね。
進化……進化か。ちょっと想像がつかないや。
君、進化できるよってなってもどうやってするのか知らないし。
でも、エクスの言う強くなる方法ってのは分かった。僕が人の言葉を話せるようになったり、元の姿に戻れるようになる可能性も。
「言っておくが、お前はどんなに進化しても種族はオークだからな。人の言葉は話せるようになるかもしれねぇが、元の人間の姿に戻れる可能性はほぼゼロだ」
「そんなぁ……ん? ほぼゼロ? 可能性はあるんだ」
「あー、確証はねぇがな。それだけ魔物の進化には可能性があるって言われてる。人間のレベルアップも同様だ」
このクソ生意気で自信家の不良品が言いよどむとか、本当に噂程度の信頼度なんだろう。あまり期待しないでおいた方がいいかもしれないな。
「ちなみにアリスやアンジェリカたちのレベルってどれぐらいか予想できる?」
現状、アリスたちは僕がどんなに頑張っても勝てないぐらい強い。
どれぐらい強くなればいいのか目標にするためにも聞いておきたかった。
「……大体30から35ぐらいだな」
うーん、これが高いのか低いのか非常に判断が難しいな。
人類全体の平均レベルがどれぐらいかによって変わるよねこれ。
僕を瞬殺できるぐらいの強さとエクスが褒めるぐらいの才能があるし、たぶん低いってことはないと思うんだ。
「それって凄いんだよね?」
「ああ、普通の人間はどんなに頑張ってもレベル30を超えた辺りで打ち止めだ。才能がある奴だけが40、50とアップしていく。あの歳で30台に到達してるなら上出来だろうぜ」
「その理屈でいうとアリスたちはこれからドンドン強くなるってことか…………僕、アリスたちと肩を並べられるほど強くなれる自信がないよ」
「強くなれなければそのときは死ぬだけだな。――おらっ【悪食】を覚えたんだ。とっとと活動拠点に戻って物資を全部食え、トン」
それを聞いて僕は嫌な顔を浮かべて天を仰ぎ見る。
やっぱり全部食べるのね。分かってたけど改めて言われるとすっごいイヤだ。
そもそも道具類とかならまだしも剣や槍などの武器や盾や鎧など防具とかってどうやって食べればいいんだよ。
鉱石は細かく砕けば食べられる。毛皮は歯で何とか引きちぎって飲み込んだ。なら剣は? 盾は? ハンマーとかで砕いて飲み込むしかないのかな。
嫌だなぁ。刃とか飲み込んだら口の中がズタズタになりそうだ。
「急かすなって。分かってるから……頼むから心の準備をする時間だけはちょっとくれよ」
物資が置かれた活動拠点に戻ってきた僕とエクス。
普通にお腹が空いていたのもあって、まず最初に異世界の食材を食べた。
魔物の肉、野草、野菜、茸……etc。それらは黄・青・赤・オレンジ・紫とカラフルな色をしていたが大丈夫だった。調理されていない点だけは残念だけど、どれもこれも美味かったと言っておく。
さて、問題はここからだ。
僕が食べた物は、使用済みの魔法巻物(マジックスクロール)×10、魔力が込められている本(魔法についての指南書)×15、包帯、ガーゼ、衣服、ガラス瓶に入った液体×20、コップ、鍋、茶碗、フォーク、スプーン、松明(たいまつ)、魔導灯(まどうとう)、地図×3、魔石(小)×2907、火打石、鉄鉱石×21、光鉱石×15、魔鉄鋼×2、ポーチ×3、リュックサック(大)、剣×5、大剣×2、槍×4、弓×3、矢×20、斧×5、棍棒×2、戦斧(バトルアックス)、鞭(ムチ)、スライムゼリー×10、ハウンドの毛皮×5、ハウンドの牙×8、デスマンティスの鎌(かま)、ポイズンスパイダーの糸束×3、暗殺蜂(アサルトビー)の毒針×7、死蛙(デスガエル)の麻痺袋×5。
我ながらよく食べたと思う。さすがに最後の方はお腹がいっぱいで吐きそうだったけどね。根性で胃袋にねじ込んだよ。
それで気になる結果の方だけど、僕は三つのスキルを覚えることができた。
よかったよ。これで何も成果が得られませんでしたとかだったら目も当てられない。
これが活動拠点の物資を全て食べた後のステータスだ。
名前:トン (田上敦)
性別:男
種族:オーク
存在値:1250/20000
【スキル】
・悪食 ・物理耐性(小) ・毒耐性(小) ・麻痺耐性(小)
【魔法】
・運命の選択
【戦技】
「エクス、この結果は良かったのか悪かったのかどっち?」
「あぁん? 上々だな。俺様は良くてどれか一つ、最悪何も覚えられなかったとしてもおかしくないと思ってたぜ」
ま、そうだよね。
スキル【悪食】は極低確率で食べた物の性質を覚えるってエクス自身も言ってたし。
この極低確率がどれぐらいの確率なのか。そこのところどうなんだろう?
「ねぇ、僕がスキルや魔法を習得できる確率ってどれぐらいだったの?」
「1%あればいい方じゃねぇのか? 面倒だから計算はしてねぇよ。だから俺様も驚いたぜ、ブハハハハ!」
「おいっ! 下手なソシャゲのSSRのガチャ確率より悪いじゃん!」
「あーあー、豚野郎がブヒブヒと騒ぐんじゃねぇ。【悪食】はオークが覚える固有スキルだからともかく、食べただけでそんな簡単に覚えると思ってんのか馬鹿が。ま、最上位スキルの【暴食】なら別だがな」
「【暴食】? それはどういうことだよ」
最上位スキルと【暴食】という言葉の響きに僕は目を輝かせる。
【悪食】を覚えたんだから食べ続ければ習得できるかもしれないと内心ワクワクしていると、
「もしかしたら自分も覚えられるかも、とか思ってんじゃねぇだろうな? お前は絶対に習得できねぇスキルだ、諦めろ」
そうエクスに告げられ、僕は失意の底へと叩きつけられた。
「絶対に? ほらなんかの間違いで覚えるかも……」
「無理だ。【暴食】は邪神が気に入った奴に与えるスキルと言われてる。邪神と女神は対立関係。つまり女神お手製の身体と恩寵を持ってるお前には習得不可能ってわけだ」
「なるほど、それは無理だね。――ん? でも、なら何で僕は【悪食】を覚えてるの?」
「さっきも言ったが【悪食】はオークの固有スキルだ。邪神が与えるスキルじゃねぇ。似ているが全くの別ものだと理解しておけ」
「そうなんだ。ま、いっか。邪神がただでスキルをくれるとは思えないし、デメリットが凄そうだよね【暴食】は」
確か【ザ・ワールド・オブ・ファンタジア】でもあったはず。
強力な力を得るかわりに洒落にならないレベルのデメリットを付与スキルが。
なんだっけかな? 凄く有名なクランのリーダーがクラン戦で使って敵を全滅させたって一時期噂になったんだよね。
う~んと、あ、思い出した。【魔神憑依】だ。
体力や魔力、身体ステータスに大幅なバフに加えて、発動している間は魔法無効化とデバフによる弱体無効化、眷属である悪魔の召喚、聖属性以外の攻撃を一切受け付けないっていう。
クラン戦が終わった後にその効果にチートすぎるだろって相手チームが抗議したんだけど、発動によるデメリットがヤバすぎて誰もそれ以上は何も言えなかったって聞いた。
【魔神憑依】のデメリットは、NPCの評価が最悪になり都市や街の中に入れなくなること。一部のスキルと魔法を使用不可。教会勢力から常に命を狙われる。高額の賞金首になる。聖属性からのダメージが二倍になる。魔神の使徒になるためイベントでは敵側になるのが確定。
と僕が知っているだけこれだけある。
今まで育ててきたキャラクターが無駄になると考えればあの強力な効果も分かるね。
ちなみにその後、【魔神憑依】を使用した人は頭を抱えて後悔していたらしいけど、吹っ切れたのか悪側ロールプレイを楽しんでいた。
「だろうな。まともな人間は拒否するだろ。使うのは頭のイカレた奴に決まってんだ。オークじゃ邪神もお断りだろうがな、ブハハハハ!」
「うるさい。エクスは余計な一言が多いんだよ。――それで、これからの予定は? もう、活動拠点にある物資は全部食べちゃったけど」
「しばらくは雑魚魔物を倒して存在値稼ぎだな。魔物を倒して存在値が手に入るまではここにいる。本当は階層を上げてお前と強さが同じぐらいの魔物を倒した方が存在値も楽に稼げるんだが、それもできねぇし」
「えっ、何で? 別に行けばいいじゃん」
僕はエクスの言葉に首を傾げる。一瞬の静寂のあと腕輪の紅い宝石がピカっと光る。
「馬鹿かお前はっ! あの女どもを敵に回したのをもう忘れたのか! それに人間どもが実力者たちを返り討ちにしたオークを放っておくわけねぇだろうが! 今頃は大規模な捜索隊が結成されて、第一階層から第十階層までしらみつぶしに探されているに決まってんだろ!!」
エクスのごもっともな怒りに僕はただ申し訳なさそうに謝るだけだった。
「はい、ごめんなさい」
「チッ、知能もオーク並みなのかお前は。馬鹿じゃこの先生きていけねぇからな」
ぐっ、何も言い返せない。
僕の繊細な心にクリティカルダメージが入ったよ。
特にエクスの声色から伝わってくる哀れむ感じが一番心にくる。
よし、気分を切り替えよう。雑魚魔物を相手に無双して心を落ち着かせよう。
ここにいる奴らなら注意してれば死ぬことはなさそうだし、しばらくは安全地帯からの狩りを楽しむことにしようっと。
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