第4話

 不幸にも第五階層内を見回っていた人間に見つかった僕は、駆けつけたアリスたちの手によって壁際まで追い詰められていた。

 ――というわけもなく、僕とエクスは死者の迷宮第一階層にやって来ていた。

 現在位置は、第一階層内でも端っこの注意深く観察しないと分からなそうな岩山と岩山の間を通った先、何もない岩壁の目の前に僕はポツンと立っている。

 エクス曰く、死者の迷宮の第一階層から第十階層まではゴツゴツとした岩や石などがあちこちに存在する洞窟のような場所らしい。

 魔物は子供でも倒せるようなスライムからゴブリン、コボルト、ハウンド、ウルフ、トロル、オーガ、レッサードラゴンなど。

 あ、もちろんオークもいるよ。ゴブリンと特にオークは見つけたら即殺害されるから滅多に合うことはないらしいけどね。

 一応、他種族の雌を襲って繁殖しなくても、死者の迷宮はダンジョンだから自然に発生する。

 どんな原理で発生するかはお前に言っても理解できねぇだろ、とか言って説明してくれなかった。事実だけどめっちゃムカつく。

 

「ここが目的地? 見た感じ何もないけど……」

 

 僕は左腕にある腕輪を見下ろし訊ねる。

 

「うるせぇよ。黙って手を前に伸ばせ」


 面倒くさそうに言い放つエクス。腕輪の宝石部分が点滅する。僕は言われた通りに手を前に伸ばした。


「ブ、ブヒィ!? す、すり抜けた! エクス、これどうなってるの!?」

「ブヒブヒ喚くんじゃねぇようるせぇな。魔法で隠蔽されていただけだ。いいからさっさと前に進め」


 魔法ってこんなことも出来るのか。凄いやパッと見ただの壁だもん。実際に触ってみない限りたぶん誰も気づかないんじゃないかな。


「……ゴクリ。本当に大丈夫だよね?」

「黙れ疑うな。お前は俺様の命令には、はいかイエスで従えばいいんだよ」

「あーもう、分かったよ!」


 意を決して僕は目の前の岩壁に向かって突き進んだ。


「何を立ち止まってんだ。さっさと行くぞ」


 魔法で隠蔽された岩壁の向こう側へ足を踏み入れた僕。

 これまでと特に変化のない天井・壁・地面に内心ガックリとしながら歩き始めた。


「行くってどこに?」

「当面の活動拠点にだ。まだそこに残っていればの話だがな」


 エクスの「そこを右だ」の指示に従うと、明らかに人の手が加わったであろうところがあった。


「エクス、これって……」


 壁をくり抜いて作られた空間に置かれた様々な物資。

 灯を付けるランプや古い紙でできた巻物、用途不明の見たことのない形をした道具類。

 天井から吊り下げられた干し肉や乱雑に並べられた野菜などの食材。

 壁には剣や槍、斧、鞭、弓などの武器から兜や盾、鎧などの防具が立て掛けられていた。

 そこを簡潔に言い表すとしたら前線基地と言ったところだろうか。

 でも、それにしては要らない物を捨てた、置いていった感じがする。

 だけど、どれもこれもまだ使えそうなやつばかりなんだよね。


「今じゃ誰にも知られていねぇ場所だ。まだここが死者の迷宮って呼ばれる前、自由に出入りが出来ていたときこのダンジョンに挑んだ奴らが残していった置き土産ってところだな」

 

 エクスの言葉に頷き、僕はその置き土産がある場所へと足を運ぶ。

 長机の形に彫られた岩の上に置かれた年代物の鍋を手に持ちながら返事をする。


「ふーん、これを置いて行った人はだいぶ前に挑んだんだよね? にしては物の状態が良い気がするんだけど……」


 やっぱり変だ。全て綺麗すぎる。まるで今そこに物を置いたと言っても過言ではないぐらいだ。武器や防具も手入れが行き届いていて、食材なんか腐ってないとおかしいのにそのまま食べてもお腹を壊さないぐらい鮮度が保たれている。


「おっ、トンのくせに目の付け所がいいじゃねぇか。その通りだ。ここにあるもの……というよりこのくり抜かれた壁の内側は停止の魔法がかけられている。この中にある限りものが風化することも腐ることもねぇよ」

「へぇ~やっぱり魔法って凄いや。でも、何でここに置いて行ったの? 使えるなら持って行けばいいのに」


 ふと浮かんだ疑問をエクスに訊ねる僕。


「一般的なダンジョンなら近場の街で持っていく物を計算して挑むから置いていく必要はねぇ」

「……? それなら何でここに物を置いて行ったのさ?」

「そうする必要があったからだ」

「だから何で?」

「うるせぇ、話すと長くなる。あと面倒」

「何だよもう気になるな。それで、これからどうすればいいのさ。ならさっさと強くなれる方法ってのを教えてくれって」

「ん? ああ、強くなる方法だったな。それは……」


 どれほど厳しい修行内容なんだろうか。漫画の主人公みたいに針山の上に指一本逆立ちとか? それとも岩山をスコップで堀り進めていくとか? 正直、耐えきれるかと言われても自信はない。


「ここにある物を全て食べろ」


 まさかの内容に僕は「は?」と呟いた。

 今、こいつは何て言った? 食べろ? 僕の聞き間違いかな? うん、そうだ。そうに違いない。


「エクス、ごめんもう一度言ってくれないかな」

「食え」


 いやいや言葉を変えればいいとかじゃなくて、意味は同じだし。

 そんなことよりも、やっぱりエクスはこの目の前にある武器・防具・道具・食材を僕に食べさせようとしてる。

 正気かこいつ? 不良品のポンコツだと思ってたけど本当に壊れちゃったのか。今すぐ粗大ごみに廃棄しよう。


「食えって……まさか冗談だよね?」

「あ? ああ、わりぃ、間違った」


 ふぅ~よかった。全くもうっ、冗談が上手いんだからエクスは。

 本気で信じちゃったよ僕。さすがに食材とかならともかく武器や防具などの無機物を食べるのは普通に無理。というか死ぬでしょ。


「【悪食】のスキルを習得する前に食べたら意味がねぇんだった。おいトン、この近辺にいる魔物を倒して魔石やドロップアイテムを、あとはそこらへんにある鉱石と野草と茸などを片っ端から食っていけ」

「ふざけんな! 嫌に決まってるだろっ!」


 たまらず怒鳴り声を上げた僕は悪くないと思う。


「これは命令だぜ。はいかイエスか了解で返事をしろよ」

「お前は馬鹿か!? 嫌だに決まってるだろうが! ちゃんと分かるように説明してくれ! 【悪食】って何だ? 何で僕は食べ物とは言えない物を食さないといけないんだ?」


 僕がそう言うと、エクスは面倒という感情を隠さずに答える。


「チッ、分かったよ。スキル【悪食】を覚えるためだ。効果は食べた物の性質を極低確率で自分のものにする。習得するには生物が普通は食べないような物を食べること。分かったか? ならつべこべ言わずに従え。安心しろよ、毒とかじゃない限りオークの身体であるお前が腹を下すことはねぇ」


 待って、情報量が多すぎて頭が追いつかない。一旦、整理しよう。

 つまりこういうことか。


 1、これから僕はスキル【悪食】を覚えないといけない。

 2、【悪食】の効果で僕は食べた物の性質? とやらを自分のものにできる。

 3、【悪食】を覚えるために武器や防具から鉱石や野草、茸などを食べないといけない。

 4、僕のオークボディは毒以外なら食べ物ならの無機物でも大丈夫。

 

 ……………………マジで?


「あの~エクスさん。その、他の選択肢は……」

「ブハハハハ! あるわけねぇだろ。いいからとっとと俺様の言う通りにしやがれ、トン」


 ん? あれ? スキル【悪食】の効果を考えると、僕はこれからずっと人が食べる物ではないやつを食っていくことになるのか!?

 は、ははは、強くなるためとはいえ早速心が折れそうだよ。

 

「くそっ、僕の異世界生活いくらなんでもハード過ぎるだろ」


 そんな愚痴を吐き捨てながら、僕はスキル【悪食】を覚えるために行動を開始するのだった。

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