同一2716

「おはよう。いい朝だね。空はとても赤くて、太陽なんて見えはしない。なんで人間がいまだに頑張って生きているのか教えてくれないかな」

 私に話しかけてきたのは、白衣を着て、眼鏡をかけた、茶髪の男だった。

「とりあえず、今のは忘れて」

「承知しました」

 私は言われたとおりに記憶を消す。

「やり直そうか。おはよう。いい朝だね。今日は十二月二十四日。時間は午後の八時八分。君の名前は何かわかるかな?」

「リリー・オブ・ザ・バレーです」

「正解。生まれてきておめでとう。誕生日会でもしようかな? といっても、そんなにたくさん人は呼べないんだけどね」

 私は黙っていた。

「そうだ、誕生日プレゼントはこれにしよう」

 そう言って差し出したのは、木箱とレーザー銃だった。

 木箱はねじがついている。どちらも受け取って、銃の安全装置をかけた。木箱はひっくり返したりして、何かを判断する。

「オルゴールですね」

「大正解! いる?」

「私の存在に必要性を感じられませんが、貴方が必要とされるならば持っておきます」

「いや? こっちは特にいらないと思うよ。ただ、スズの方がいるって言うかもしれないからね」

「スズとは誰ですか。インプットします」

「はは、真面目だね。いいよ、もう死んでるから」

「そうですか」

 私は木箱をどうしようか考える。特に持っているメリットも無いようだった。

「必要ないならば破壊します。許可をください」

「いいよ。僕が持っとくから」

 木箱を男に渡した。

「そうだ、ランちゃん――じゃなくて、リリーちゃん。今から君の死に場所に行くよ」

「承知しました」

 私は銃を腰に差し、男の後ろをついていった。

 途中で鋼鉄服に身を包んだ女に出会った。背が高くて、腕や足が鍛えられて硬く膨らんでいる。

「この子がリリー? もう起きたの?」

「なんだ、アンか。リリーちゃん、ちょっと待っててね。この人と話すから」

「承知しました」

 私は言われたとおり、直立してまっすぐ前を見る。

「まだ一週間しか経ってないのに。早すぎる。でも、設定はうまくいったみたいね」

「人格はランちゃんのままだからね。でも、誰の脳も受け入れるあの身体の親和性はすごいよ。何十回も実験を繰り返せた理由がわかった」

「傷がなかったことになる生命体。あの国のことは褒めたくないけれど、それでも――とんでもない技術よ。にしても、スズランの毒なんて大したことないでしょう? 大層な名付けして」

「いや、見た目は可愛らしいのに安易に口に入れたら死んじゃうなんて、とってもロマンチックじゃないか。あちらさんにはとことん油断してもらうよ」

「毒ね。もともとは感情から起こる反応まで利用して実力以上の力を出そうとしていたらしいじゃない。感情を取り上げちゃっても良かったの?」

「怒りはね、判断力が鈍るから」

「そんな悪い顔しないの。今から投下?」

「うん。うまくいけば終わるよ。平和のことはそれから考えよう」

「そうね。シャンパンを用意するのは勝利の一報が届いてからにするわ」

「そうだ、これが本題だ。他の研究員達に伝えてくれ。人格100は無事に成立したから、他は壊していいと」

「いいの? これが壊れたらどうするの?」

「壊れない。それより。いつまでもあれが生きている方が不快だ」

「そう。すべて破壊指示出していいのね?」

「うん」

「わかったわ。あと一つだけ確認するわね。ここに戻ってくるのは、あなた一人よね?」

「――当たり前だよ」

「そう。いいこと聞いたわ。やっぱり、シャンパンはすぐに用意しましょ」

「じゃあまた後で」

「ええ」

「……こんなに内情を聞いても何も言わない、思わない。僕が言うのもなんだが、気味が悪い生命体だ。――いくよ、リリーちゃん」

「承知しました」

 私は男についていく。私は男についていく。私は男についていく。

 そうして、飛行機に乗った。その飛行機はどんどん高度を上げていって、あるところで浮遊したまま止まった。

「おつかれ、リリーちゃん。君とはお別れだ。リリーちゃんとの付き合いはともかく、ランちゃんとの付き合いは長かったからな――僕は、人造人間を奪って操るためだけに生きてきたよ。君の同僚に殺された、僕の家族の復讐のためにね。せめて、平和の役に立ってくれ。終わっていない戦争は、もうこれだけなんだ」

「――私は男についていく……」

 ことは、もう、終わった。

「……エラー?」

「たくさんの情報で頭がいっぱい。ランの頭はこれを処理しきっていたんだ。人間がベースじゃないのかな。人間の脳じゃなくて、AIでしょ、これ」

「……君は、誰だ?」

 男は震えた声でただ一つだけ尋ねた。

「今は、スズだよ」

「今は?」

「さっきまでは、ランだった」

「……まさか、失敗したのか? スズの脳は無いはずなのに――」

「手術したのって、ランでしょ?」

「そうだけれど……」

「ランはね、手術の前に私と喋ったんだ。あなた、設定に集中するとかで私の声聞いてなかったんでしょ? だからね、あなたは何も知らなかったんだ」

「何を……」

「ランちゃんが喋ったら?」

「――そうですね」

「君は、リリーちゃん、じゃなくて、ランちゃん?」

「そうです。貴方が思考を読んでいる間は私でした」

「顔が違う……解離性同一性障害と同じ状態か、まさか……」

「私の脳とスズの脳を合体しました。人格をスズと交代している間は、感情を持つ人間として、スズとして生きています」

「――リリー、君に命令する。今すぐここから飛び降り、自爆プログラムを起動しろ」

「承知しました――なんて、言うわけないでしょう」

 腰に下げていた銃を男の頭に向けた。

 そのまま、躊躇せずに、引き金を引いた。

 男は避けることが出来ずに、脳が焼き切られていく。自慢気に話していた眼鏡も、融けて形を崩し、白衣は血が真っ赤に染めた。

 貫通していったレーザーが飛行機の座席も焼き切り、傷んだ部分の周辺だけが黒く焦げている。

「ねぇラン。私はどうしたら死ねるかな」

 私よりも体の構造に詳しいであろうランに呼びかける。

「自爆プログラムは備わっています。おそらくそれで死亡することが可能です」

「最初はあなたももっと人間みたいに話していたのにね」

 どうでもいいことが口をついて出た。

「人格プログラム・ランは既にリリーに書き換えられているので、記憶以外は引き継がれておりません」

「そっか」

 今の私の見た目はひまのものだ。ランは、アルビノだった。遺伝子異常によって真っ白になったランの体は、夏のひまわりを模したひまとは真逆の冬の花だった。

 私がこうなることは一切予測されてなかったのか、飛行機には私と男しか乗っていない。

 既に死んだ男のために飛行機を元の場所に飛ばす必要なんてないし、だからといって今から戻ったとて捕まった仲間は既に殺されているだろう。

「――ランは、生きていたい?」

「私に生物としての本能は備わっていません。死ぬときに死ぬだけです」

「……そっか」

 せっかく帰ってのにね。

 じゃあ。

 私は心の中でランに命じた。

 自爆プログラムを起動しろ、と。

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