忘却070

「目が覚めたの?」

「そうみたいです」

 目が覚めたら、私は真っ白な部屋の中に座らされていた。部屋には、私と、ランと名乗ったあの少女と、男しかいない。

 腰が異常に重かった。腰のあたりを見ると、見覚えのないベルトがついている。

「重力操作をしているんだ。下手に動かないほうがいい」

 茶髪の男が言った。

「おっと、先に言っておくね。この顔にかかってるのは眼鏡って言うんだ。昔の人が視力矯正のためにつけていたらしい」

「視力矯正なんて、そんな邪魔そうなの付けなくてもどうにでもなるんじゃ」

 私はその不合理な発言が我慢ならなくて、口をはさむと、男はその言葉を待っていたといわんばかりにニンマリと笑った。

「それがね、昔の科学者はみんなこんな格好をしていたんだとさ。白衣、眼鏡、ボサボサの髪。この風貌が載ってた記録が正確なものかはわからないが、古き良きが僕のモットー、こんな風に習ってみるのも悪くない」

 私はその理論が理解できなくて、黙り込んだ。

「それよりも」

 眼鏡が光を反射して目の表情が読めなくなった。

「こんなに進化しているんだね。うちのランちゃんよりもとっても高性能じゃないか」

 なんのことかさっぱりだ。男を睨みつける。

「感情、判断力、身体能力、言語能力、どこをとっても素晴らしい。感情があるってのはやっぱりやっかいだね」

 一人でしゃべり続ける男の声を聞いていたけれど、どこも理解できるところがなかった。逃走なんてできそうにないし、退屈だからもっとわかりやすく生産性のある話をしてほしいのだけれど。

「それだよそれ! 非常に合理的なのに感情がある! どこまでも人間らしく。どこまでも機械的だ。ランちゃん、僕は幸せ者だなあ」

「……」

 ランは何も返事をしなかった。

「ごめんね、一方的すぎて飽きていたんだっけ? 何から説明したものか……」

 そろそろ怒りが湧いてきた。本気で逃げようと思えば逃げられるかもしれない。縛られた両手を解くところから始めようか。両手を引きちぎった方が早いか。

「ひどい思考回路だね。そうだ、君の出自の説明から始めようか。そうしたら退屈しないだろう?」

 力任せに引き離そうとしていた両手の力を抜いた。私の出自についてあの男がどう語るのか興味が湧いた。

「興味を持ってくれた? えーとね、端的に言うと、君は『人造人間』だ」

「は……?」

 男は真面目な表情を崩すことはない。ドッキリ、ではないようだった。

「そうだよ。ドッキリじゃない。ここにいるランちゃんも人造人間だ」

 さっきから私が喋っていないのに会話が成立している。

「人造人間ナンバー99。それが君の正体。実際、人造人間は十とちょっとしかない。君の国は、人格を消しながら遺伝子操作で作った体を改造して、人間の弱点をすべて克服した人造人間を作ろうとしたんだ。君の体は理想的だった。だから、今までに脳を入れ替え、人格形成をやり直した回数は、70回だ。今の君は、99回目の人格形成で生まれた」

「私が人造人間……? 70回? 99? 全く話がわからない……」

「そうだね、実験体にあんまり詳しく説明してあげてもね。さっさと始めちゃおうか。ほら、ランちゃん」

 なんだか嫌な予感がした。早くここから逃げ出さないといけない。そう頭が判断している。手錠を引きちぎらなければ、早く、早く!

「本能が残っているのはなぜだろうね。かわいそうに」

 男は白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、無表情で言い放った。

「100回目の人格形成の前に目的だけ教えてあげるね。僕たちの目的――それは、世界平和だ。君の国と戦争しながら、別の大国とも戦争中だ。もうほとんどの人が戦争に疲れていてね。人造人間の君には人権なんて無いし、どうせ戦争の遺物だ、世界平和に利用させてもらうね」

 部屋が急に暗くなった。

「スパイとして君の国に送り込んでいた研究員が興味深いことを言っていたんだ。僕はそれを採用した。この子の名前はランだ。そして、君の名前はスズだ。組み合わせたら、スズランだと。リリー・オブ・ザ・バレーのことだと教えてもらったよ。毒草だね。そう。君には、ただの殺戮兵器なんてもったいない。毒を持って毒を制す――なんてことをね、企てたんだ」

 結局何も理解できなかった。スズランは知っている。けれど、私の仲間にはそんな名前の子はいなかった。

 いや――違う、いた、ランという名前の赤ちゃんはいた!

「そうか、あの国も同じことを思いついていたのか。それともあの研究員が日本でお守りでも準備していたのかな」

 男は感慨深そうにそう言うのだった。

「自分が非道なことをしているのは理解しているよ。だから、せめてもの罪滅ぼしに、最期、これを聴くことは許そう」

 ねじを巻く音がした。聞き慣れた、カチカチカチ、カチカチカチ、という音。床にカタン、と置く音がして、何度聴いたかわからないメロディーが流れ始めた。

「じゃあね。また」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る