乖離4032

ちょうわ

乖離4032

 空には幾千もの星が瞬いて、手を伸ばすと、その星たちは私の下に降りてくる。

 そんな夢を見たい。

 オルゴールをかけて眠る夜は、いなくなった親友を探す悪夢で目覚めたとき。星が歌うような音色は安らぎを運んでくれた。一周十五秒を八周で二分。眠るには十分だった。

 親友は私が八歳のときに突然消えた。手元に残ったのは木箱のオルゴールだけだった。私が口ずさむ音をオルゴールにしてプレゼントしてくれた。その直後、探しても見つからなくなってしまった。親友の「ひま」という――ひまわりにちなんでつけられた名前の季節、夏休みの出来事だった。

 宿題を一緒にした最初の週、読書感想文の本を探しに一緒にでかけた次の週、海に遊びに行ったさらに次の週、お国の勉強が終わってすぐの話。「夏の大三角」を教えてもらったばかり。オルゴールをもらったばかり。

 目が覚めると、満点の星空の中にいた。草が頬に当たって心地よい。長く成長した草原が私を世界から隠してくれていた。

 でも、いつまでも隠れているわけにはいかない。レーザー銃の装填を確認して、安全装置を外した。

「ひま、もうすぐそっちに行くよ」

 私の国の人たちは、皆殺しにされた。きっと、ひまも、もう生きてはいない。

 死なばもろとも。

 私達の生活をめちゃくちゃにした敵を少しでも道連れに。

 少なくとも、三年前はもっと幸せに暮らしていたはずだった。

 敵のレーザーを避けながらそう思った。

 ひま以外にもたくさんの友達がいた。

 マツリ、サクラ、カスミ、ユリ、スミレ。ナリ、ヒデ、カゲ、マサ、ナオ、ヨシ。

 女の子はみんな花の名前から、男の子は昔の強い人から名付けられたらしい。

 敵は私たちの国と違って、非道なことを平気でできる悪い国だって。レーザーを撃ってきているのはそこの兵士。たった一本の銃で戦えるかな、なんて思っていたけれど、そんな心配はなかった。レーザーは避けられるし、私の攻撃は誰も避けられなかった。

 楽しくなってきた。みんな、敵を取るからね。

「あれが験体099だ!」

 兵器の向こう側からそう叫ぶ声が聞こえた。

「あれが最後だ! 撃て――」

 そっか、これが指揮官か。私はそう思うと同時に、兵器の一番後ろで叫ぶ男に向かって走って、頭を撃ち抜いた。走り抜けるとき腕にレーザーが掠ってしまったけれど、すぐに治るから問題ない。跳んで、走って、たくさんの兵士の頭を撃ち抜いた。核の爆発とレーザー攻撃で辺りがずっとうるさいし、煙たい。星空なんて、見えなくなってしまった。敵はあと何人いるのだろう。何万? 何十万?

 どうであろうと、全部殺してから私も死ぬんだ。

 あの世でひまを待たせているんだから。

 視界の端に、女の子が映った。とても長い白い髪を持っていた。戦場には明らかに似つかわしくない格好。ひらひらの服。真っ白な肌。

「戦争は『捕虜』という形で味方が捕らえられることがあります。なってしまったら、拷問、虐殺、どんなひどいことをされるかわかりません。なので、味方が捕虜になったら確実に助けてください。助けられる前にひどいことをされそうになったら、舌を噛み切って死んだ方がマシです」

 先生はそう言っていた。もしかしたら、その捕虜かもしれない。誰かが生き残っていて、捕まったのかもしれない。

 次はあの辺りを攻撃しよう。

 距離およそ百メートルを突っ切って、その女の子の周りの兵士を蹴散らした。

 女の子は、私が来たのに気がついて、顔を上げた。

「――スズ」

 赤い瞳が私を見た。私は息を飲んだ。

「どうして、私の名前を知っているの?」

 動揺を少しでも悟られないように小声で聞く。なぜか攻撃は止んで、辺りは静かになっていた。

「私の顔を、よく見て」

 高くも低くもない声で、機械的に呼びかけられる。

「そんな」

 何も言えない。だって、だって、この顔は――

「ひま」

 涙が頬を伝う。あっという間に顎まで流れた。

「なんで、なんで、生きてたの、ひま、ひま!」

 膝から崩れ落ちる私を受け止めて、ひまは言った。

「あなたを欲しがっている人がいる」

 肩を支えられて立たされ、真っ白の顔が表情を変えずに言った。

「験体099を、確保」

 抱きしめられた。確保? 験体099? 一体どういうことか全くわからない。

 彼女の顔以外何も見えなくなるほど近寄られて、銃を取られた。

「私はあなたの言葉はわからないけれど、あなたは私の言葉を理解できるのよね?」

 腰の辺りに手を回されて、力強く抱きしめられる。

「じゃあ、こう言いなさいと博士から言われている。――私は、『ヒマ』じゃなくて……『ラン』なの」

 頭でその言葉を理解した瞬間、力任せに突き飛ばした。

 その瞬間、大量の兵士が私に向かって飛び込んできて、倒された。抵抗しても、全員は無理だった。羽交い締めにされて、目隠しをされた。口には何か詰められて、舌を噛み切ることもできない。

「験体099、確保、完了」

 兵士がそう言って、叫び声が上がった。

「戦争が終わった!」

「――の勝利だ!」

 そんなことを口々に言っていた。

「戦争は後が大切なのにな、浮かれ過ぎだ」

 しゃがれた声が頭上から降ってくる。

「安心しろ、お前は殺さないし、これ以上殺させもしない」

 その言葉を最後に、私の意識は途切れた。

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