第35話 兄弟会議
滅びの呪文も言っていないのに崩壊していくルクスを主とした天空の城。
崩壊と言うと少し語弊が生じる。あくまでも高濃度に圧縮された雲が様々な要因をもって離されていくことにあり、分解されていくと言った方が近い。
崩れゆく雲の中心部に存在するルクスの一軒家の中ではリファを除いてみんな動揺することはなく、変わらない時間を過ごしている。
「ギル! 雲が! 雲が!!」
影響は家の内部でも起こっていて所々に一直線に地上までを繋ぐただの穴が開いている。
慌てるリファは動くことのないギルの方を強くつかんで前後に揺らす。
「頭が、脳が……」
ぐらんぐらんと揺らされた結果目を丸くしている。
「え!?」
崩壊速度は衰えることは知らず、それどころか徐々に加速していき、リファの足場も時間が経過するごとに減少していく。
「やばい! でも、よっと!」
少し前までリファのいた場所の雲が薄くなり、穴が開く。咄嗟にジャンプして事なきを得ようと考えたが運が悪かった。
「嘘!?」
とんだ先の雲も薄くなっていき辛うじて薄い膜の状態で残ってはいるが消えるのは時間の問題だし、それ以上にリファの着地の衝撃に耐えられると思えない。
「――ん!」
目を固く瞑って膝のクッションを最大限利用してできる限り衝撃を緩めて着地地点の雲を突き破らない努力をした。
――しかし、
「……あ」
たった一文字ではあるがこれからのリファの未来を予想するのには十分な情報量だ。
悪い予感は得てして当たるもので反対に良い予感は裏切りを楽しむかの如く外れまくる。
つまり、リファが思う悪い予感、雲から落ちるが実現した。
「キャアァァァァァァァァァァア!!」
落とし穴に吸い込まれるように綺麗に落ちたリファは過ぎ行く部屋内部を一瞬、覗くことが出来た。そこにはギルもサーシャもルクスもいなかった。なぜなら、リファが変に対抗策を考えている内に逆らうことはせずに次から次へと虫食い状態の雲の穴に落ちていったのだ。
「おや、ようやく落ちてきたね」
この状況でも仰向けになって優雅にふるまうサーシャ。いささかマイペース過ぎる気がするけどつっこみ無用である。
今はそれよりも。
「サーシャさん。あれですよ。そう絨毯! 出してください。このままだと地面に激突しますよ!」
自由落下について細かい計算式は省くが単純に質量を持つ物体は落下時間を長くなればなるほど衝突時にかかるエネルギーが大きくなるということだ。
まだまだ幼くAAカップしかなく体重が最も軽いリファでも華奢な体であることと重なって地面衝突時には体を強く叩きつけることになる。
意訳すれば体が引きちぎれバラバラになる。
そこで一類の望みがここまで来るのに利用した魔法の絨毯だった。
「それは無理な相談だね」
「え!?」
バツが悪そうに頬掻きつつ言ってくる。予想外の反論に言葉が出てこないリファは口をパクパクとさせていて読唇術が使えるのならきっと『どうしてですか!』とキリキリ声で言っていることだろう。
「絨毯を入れた時空間の穴は移動してくれないからね。ボクは今ものすごい速度で落ちているだろう、この状況じゃ絨毯を取り出すために時空間の穴をあけても一瞬ではるか上空になって手が出せないのさ」
やれやれといった具合で両手を肩まで上げて嘆息をつく。
「どうするんですか、これ!」
「興奮しないことだ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
「可愛くないですし、それどころじゃないですよね!」
「最悪ボクが何とかできるけど、安心しなよ、ルクスが何の策もなく行動するなんて非合理的なことしないから」
そういわれて慌てて男衆を探すと少し離れた場所で落ちている。でもというかやっぱりと言うか、二人も落ち着いている。それどころか寝ている。
実際に熟睡しているわけじゃないが、ギルは仰向けになり足を組んで両手を頭の後ろに回して枕代わりにしている。
ルクスはうつ伏せになってだらしなく、ぐて~と寝そべっている。
これでもどうかと思ったが、徐々に加速していくこの状況で気流の流れが不安定でありつつ重力の影響も受ける中それを物ともせずに一定のポーズをキープできることは無駄にすごかった。
「なんだか……まったりしてますよ」
「そうだね」
サーシャは掌の上に小さな魔力球を作りだすと完璧な弾道計算の末、ルクスに向かって投げた。殺傷能力はゼロに等しく着弾したルクスは違和感を覚えてこっちを見てくれた。
「――」
少し距離があることや高速で落下中と言うこともあって声がお互いに届くことはない。
口パクで言っているが当然届かない、サーシャの心得があるのか身振り手振りで簡単にリファの心境を伝えようとする。
一折の動作が終わると面倒くさそうに口元を引きつった。
――理解できたんだ……。
という、リファの率直な感想は置いておいて、ルクスは片手を振りあげて規則的な動作をした。すると、下からしか感じなかった風が横からも感じられるようになり、風によって体が操られている感覚が襲ってくる。
「うわ、うわ!」
それはとても不思議な感覚だった。目には見えないクッションに乗っている感じで急激に落下速度が緩和した。
「もう少しスカイダイビングを楽しみたかったのにな」
「仕方がない。リファをあれ以上怯えさせるわけにもいかないだろう」
不満げな表情をしつつ空を泳いでギルが近づいてくる。そのギルの足を掴んで引っ張られるように後ろにルクスもいる。
最初は荒れ狂う波の中を連想させて不安定な風の流れがお互いに寄り添って鳴き声の様な音が聞こえていたが今では安定して厚い断層が体の下にある。
「す、すごいな」
大きな声では言えないが心底思う。やる気がない顔をしていても潜在能力は凄まじく、単衣にここまでの力を持っているから怠惰に時を過ごせているのかもしない。
風の流れは刻々と変化していき、二十度程度の落差を持つ長い、長い螺旋状の滑り台になった。自由落下に比べればはるかに速度は軽減したが、それでも通常の滑り台よりも何倍も速い速度で滑り落ちている。後少し速かったら尻から火が出そうだ。別に空気だから摩擦熱とかは発生していないけども……。
「あっ……」
精神的に余裕ができたのか特に考えなく頭上を見上げる。そこには何の変哲もない雲が静かに漂っている。ついさっきまで自分あそこで過ごしていたと思うと、まさに夢の時間だった。
さよなら、と言葉にはせずに口を動かすだけで滞在をさせてくれたことへ感謝をして再び長きにわたるクルクル滑り台へ目を移す。
螺旋滑り台はどこまで言っても螺旋だった。長距離滑り台の醍醐味は予測不明の変化にあると言っても過言じゃない。その意味ではこの滑り台には落第点が送られる。
等間隔でひたすら回りながら落ちていくだけではすぐに飽きてしまう。別に楽しみが目的で行われたものではないため大きなことは言えないが、もっと楽しくてもいいのに、と複雑な感情を孕んでいる。
そんな悩みを抱えつつリファは体育座りの格好で太ももに手を回して姿勢正しく滑り落ちている。
他の人と言えば、サーシャは姿勢を起こして足を崩して気楽にしている。男二人は自由落下時と変わらず、部屋にいるときのように寝そべって自堕落な滑りを実施している。
「なんか緊張感が……ね……」
元と言えば伝説と言われている大罪人に自分は接触しているはずだ。気を抜いた一言が引き金になって気分のままいつ殺されてもおかしくない。
……みたいなことを最初は連想していたけど、今では、……。
――そういえば言っていたっけ時間の流れや人からの見聞では出来事の結果を拡大解釈させてしまうって。
確かに今もルクスのとんでもない力を体感しているし、それぞれの人が持つ力の片鱗も見てきた。実力に間違いはないと思うけど、新しい人に会えば会う程、噂に聞く英雄譚とはかけ離れていく印象しかない。
密かに悩んでいたリファは、はっ! となって気づいた。ずっと空の景色であったことや同じ動作の繰り返しで感覚が鈍くなっていたのだ。もうすぐ下に雲ではない固い地面は見えていた。
同時に問題も生まれた。
「ここはどこだろう……」
ぽつりと漏らした言葉が物語るようにリファが捉えた地上の景色はまるっきり見たことが無い場所だった。クルクルと回って落ちていく際に座標がずれてしまったのかもしれない。
「サーシャさん……」
すかさずサーシャに意見を聞こうと言葉を紡ごうとしたが、なんとなく変えてくる言葉の予想がついた。
今回は何も意見を言わずに見守って行こうと思う。
徐々に近づいてくる地面を感じて湧きあがる感情もある。
――それは、何とも言えない感じだった。よくよく考えてみればリファが魔法の絨毯で地上から飛び立ってまだ半日も経過していない。なのに、砂の地面が恋しくなっている。生きている人の中には家の中に引き籠って何日も出ていないにも関わらずまったく恋しくならないことも多い。
この差は何だろうか。
ファーガルニを出てリファは様々な出来事に遭遇して、様々な感情を感じることが出来た。それらは決してファーガルニ国内にいるだけでは手に入ることが出来なかったものばかりだ。
多分、これまでのギルの口調から推察するとこれ以上新しく加わることは無いようだ。なら、大きな旅はここで終わりを迎えることになる。後は故郷であるファーガルニに帰国してギル達の行く末を見守ることだけ。
最初、ファーガルニを出たばかりは不安で、途中賊に襲われて強い目を見て、異国の文化に触れて所々でカルチャーショックを受けて、齢、十五にしては壮大な冒険だったと思う。
終わり、そう考えると悲しくなってくる。思い出が脳裏を横切り瞼の裏にリフレインする。そして、瞳に涙が集まり、目の横を流れていく。
ここが周りと少し距離がある滑り台の上で良かった。リファは目に少し溜まった涙を勢いよく拭うと笑顔を作った。
――これで終わりじゃない。まだまだいろんなことが起こる、そんな予感がする。
「そういえば僕はどこに向かえばいいんスかね、察しはつくけどさ」
地面が近づいて行く中、感情に起伏も無にルクスが聞いてきた。
「あ……」
「言ってなかったね」
重大すぎることを言っていなかった二人と、さも気にしていない一人がいて行き当たりばったり過ぎるだろ、と言いたくなるのをステラは必死に我慢した。
「ロンドリアの教会だよ、そこに三人いる」
「はぁ……。確かデュークもいるんスよね。苦手なんスよ。毎回会うごとに僕に働けって、僕はのんびりぐーたらに生きたいのにさ」
やる気のない瞳は毎度のことだが、それに加えて濁った水のように憂鬱な感情も混
じっている。
「だけど、ボク等がここまで集まるのは久しぶりの事だろう。たまには小言を言われても、無事に再介意できた喜びを噛みしめて耐えようじゃないか」
嬉々として言うサーシャにルクスは気怠るそうに目を逸らす。
「ルクス、そろそろ教会へ飛ばしてくれ。このままじゃ衝突する」
「う~、そうッスね」
また指を振るう。ブワッ! という突風が地面方向から強く吹き乱れてらせん滑り台はここでなくなり、リファたちの体は宙に舞い上がった。
「え~、教会、教会」
すぐさまルクスは手を目の上に置いて日除け代わりにしつつ半眼にしてメイたちが待機している教会を探す。
「見つからないけど」
「あっちの方向だよ」
根気強くという言葉とかけ離れた生活を送っているルクスにとって継続した努力は嫌いであり、早々に諦めようと俯きかけるが、サーシャの出した助け舟によって阻止されてしまう。
「あー、うん。感謝ッス、サーシャ」
ここで言った『はぁ……』はいつもの口癖と言うわけではなくて本音の可能性が高いと周りの人は悟る。
「あれか……」
サーシャに指さされた方角にはリファも知っている教会が見える。
「またよろしくね」
凝縮した空気が再び生を取り戻し動き出す。さっきと同じく傾斜を利用しての滑り台方式だったが、今回は高さが足りない分滑り台と言うよりはジェットコースターに近い軌跡を描いており、時折来る浮遊感は最初の気持ち悪さを乗り越えれば案外悪くなかった。
「ルクス、遊ぶことはいなくていいから、早く教会に行ってくれ」
口数が少なくなっていたギルは心なしか酔っている。戦いではあれだけ高速移動ができたのに、この程度のスピードで酔うものなのかな。
あれは馬車とかを自分で運転すれば酔わないけど、他人の運転に任せて乗車すると途端に酔ってしまうということだろうか。
「はいはい」
川のように風に身を任せて進んでいく。幸か不幸か高度を十分な高さまで確保できなかったため緩やかに進んでいき、ようやく視界に教会を捉えた。
「うわっ!」
風の川の終着はあっけないもので流れに乗って教会の正面入り口前まで運んでもらった時には体を支える程度の微風しか残っておらず足が地面についた瞬間に消え去った。
リファはと言うもの、そこまで久しぶりでもないのに固い地面に驚いて足がふらついている。
「やっぱり、雲の地面より砂の地面の方がしっくりきますね」
「僕は雲の方がいいッスけどね」
「ボクはリファ同様に砂の方がいいかな。でも、雲も捨てがたい、どちらも長所と短所があるから一概には決められないね」
無事に到着したことから話に華が咲いているが本質を見失ってはいけない。
「帰還報告だ」
最初に動いたのはギルだった。
地面に足がつくとすぐに酔いが覚めたのか急に元気になったギルが先陣切って扉を開いて進む。
「元気がいいね、ボクは少し疲れたよ」
それに続く形であくびをしつつサーシャも入っていく。
「面倒くさいな、歩きたくないな……」
そこでルクスは筋斗雲ならぬ大きな雲のクッションを再び作りだしてその上に乗った。
そして、そのまま教会内へ入る。
最後になったリファは疲れもあって言葉を発することは無く開いている扉を静かに閉じて三人の後に続く。
※
「ルクスも結局ギルに口説かれてしまったのか」
半日前まで話し合いをしていた応接間の扉を開くとここに残っていた三人がそろって待っていた。最初に入ってきたギルの後ろにやる気のない姿をしている小さな青年を見つけると微笑を浮かべつつデュークが言ってきた。
「……ただ賭けに負けたから、約束に従っただけッスよ」
機嫌を悪くして口を尖らせながら言うが負け惜しみにしか聞こえずデュークが気にする様子もない。
「ルクスと再会できたことに感謝かしら。入りなさい、紅茶を用意してあるわ」
部屋内部をよくよく見てみると前までいた時とはテーブルの大きさも違って椅子も数も増えている。きっと、リファたちが空へ行っている時に用意しなおしたのだろう。
各々が席に誘われて腰をかける。
手早くメイが丁寧な作業をもって淹れられた紅茶、コーヒーを配る。
「僕は紅茶ね、メイ」
雲のクッションの上、覇気のない瞳がものを言う。しかし、その甘えをデュークが許さなかった。
「ルクス、口に物を入れるときは椅子に座って礼儀正しくしろ」
「これくらい勘弁してほしいッス」
聞き流そうと目を逸らしたが『ゾクッ』と体に悪寒が走る。
「!!」
「食事は礼儀正しく。特に二人以上で食べるときは絶対に、父上との約束だ。忘れたわけじゃないだろ」
「了解ッス、だから、そんなに怒らないでほしいッス。プレッシャーまじえぐいッス」
襲い来るプレッシャーに耐えかねたルクスは早々に白旗を振った。雲を消すとそのまま空いている椅子に座りなおす。
「ルクス、あなたのよ」
「どうもッス」
手渡された紅茶は温かかった。まるで、いつ戻ってくるのか予測していたみたいに。
「温かいですね。メイさん、また予知をして準備していたんですか?」
「そうよ、とここで言えればカッコいいのかしら、でも残念。特に予知はしていないわ、ただ上空にあった大きな雲が消滅したのを確認したから逆算をして待っていたわけよ」
「あっ、そう、ですね」
ポンと手を叩いてメイの言い分を理解した。ステラも紅茶を受け取ってその温かさを実感する。
「ところでルクス、よく動いてくれる気になりましたね。これも神の導きですか?」
無駄に神父服が似合うアレンは優雅に紅茶を口に含ませつつ聞いた。
「さっきも言ったッスけど、ギルとの賭けに負けた。ただそれだけのことッスよ」
「賭けと言うと昔やったあれですか、私はやりませんでしたけど」
「君は選定者ッスから。でもよくよく考えてみれば僕、一度も勝てたことなかったな、……。ねえ、ギルもう一回やらないッスか。次は勝てる気がするんスけど」
「やめとけ、その文言はギャンブル中毒の奴の得意文句だ。それ言っている限り負け続けるぞ」
カップを置くと今日一番やる気になった瞳でギルに再選を挑むが、一蹴されて積もったやる気がどこかへ飛んで行ってしまう。
「再会を懐かしむことは大いに構わないが、そろそろ本題に入らないか」
この場に流れていた穏やかな勇気を断ち切ったサーシャはコップに注がれた紅茶を空にして手を組み発言した。
「そうね、むしろこれからの方が重要だから事細かく話し合う必要があると思うわ」
「そうっすね、少し浮かれたよ。早くやって今日は寝たい気分ッス」
サーシャの発言を皮切りに続々と賛成する者が増え続け、賑やかな雰囲気が流れていた場が一変、張りつめた空気が肌を切り裂こうとしていると錯覚する程静まり返る。
「…………」
ここには十分な空気があるはずだ。部屋の面積に対して人数が多すぎるというわけでもない、それなのに、呼吸をするのをとても苦しく感じてならない。
絶対に自分がこの場にいることが不相応な気がしてならないステラは口を堅く結び体は石の様に硬直させて何度目かになる兄妹会議の末席を汚しつつも最大限影を薄めることにした。
ギルに次いで、もしくは同等の当事者がこれでいいのか甚だ疑問ではあるが、自分の発言力の弱さを考慮すれば際限の行動とも言えなくもない。
「まず、聞いておくことは集まれる者はこれで限界かと言うことだ」
デュークの持つ鋭い眼光が次々と兄弟を映す。
「残りの奴らって……いうと、……」
「クレーリア、テッド、ハル、フィフティス、リビィ、ソフィアだね」
「この中で行方を知っているものはいるのか?」
「いないと思うわ、本来ここにギルも加わって姿を晦ませているもの、ここにギルがいる方がイレギュラー、いえ違うわね、今回の元凶と言えるのかしら」
「散々謝っただろう。いちいち蒸し返すな、メイ」
「でも、ハルならギルが大きな声を出せば出てきてくれるかもしれないわよ」
「あながち冗談で片付けられないから言うんじゃない」
怪訝な表情、あるいは高速で思考を巡らせているのかデュークの顔が暗い。顔の前で両手の指を合わせてリズム良く叩いている。
「ここに集まったのなら、概論は各々理解しているだろう。簡単に言えばファーガルニの王政を倒す。この六人で、だ。アレン、勝算はどのくらいあると考えている」
「そうですね、ことと場合によります。ロンドリアの革命時は旧王国側の人間を全員抹殺する必要がありました。しかし、ギルの言うことを満たすのならばファーガルニで私たちが行うことは人を斃すのではなく、王国を倒せばいいので、十分この六人でも遂行可能と考えています。もっと、正確に言えばギルの独断で世界政府の反感を買っているので、当該政府役員を斃すことができれば問題ありません」
珍しく狂うことなく真面目な口調で話すアレン。脳内で今回起こりうることの再現をしているのかテーブルの上に置かれた手の指が折られていく、これがファーガルニ制圧に必要な人の数を示すのならば三人で足りることになる。
「とはいえ、私はファーガルニの戦力や軍備について詳しくありません。思わぬ伏兵の存在は十分に考えられます」
付け足しを行った後はこれ以上言うことが無いという意思の表明なのか軽く頭を下げるとテーブルの上に置いてあった手を太ももの上へと戻す。
「それで、ギル。詳しくはどうすればいいのかしら?」
「あの、気の狂った貴族が簡単に手を引いてくれるわけない。そこにいたエージェントに言っておいたけど、まあ、なんだ……ファーガルニは世界貴族に協力するに決まっているから、結局、王政を倒せば同時に世界貴族を斃したことになる。とりあえず面倒だし国王の首でも狙うか」
「ひどく抽象的な話ね。そううまくいくかしら」
「いまさら文句言うな。最初に話を持ち掛けた時、合意してくれただろ」
「そうね、軽はずみな発言をした自分は憎いわね。サーシャ、あなたの時空間魔法で過去に言って私を止めてくれないかしら?」
「無茶を言わないでくれ。さすがのボクでもできないことはある、いや、正確には出来ない可能性が高いと言った方がいいかな」
突然話を振られて愛想笑いをもって答える。
「そうかしら、過去に行きたいあなたの願望から習得した魔法じゃなかったかしら」
「――?」
終焉の森でも少し聞いた話だった。あの時の言い方でもサーシャが願って習得したと推測ができた。しかし、魔術を超越する魔法を駆使する彼女が後悔する程に失敗したことはなんだろう。
頭の中を支配する疑問、それを解決しようと知識欲が前に出たがっているが、この場で言い出せない。……ことは些細な問題だ。
リファが言い出せない本当の理由はサーシャから漂う威圧感だった。魔力感知が十分にできないリファでも手にとるように理解できて、実際、手には汗がにじんでいる。
一触即発の空気、サーシャは首に下げているネックレスを掴み、メイも眼鏡の弦に手をかける。ギルがサーシャとも再開時に年齢についていじったことがあった。その時とはけた違いの魔力を発してメイを睨みつける。
「メイ、ボクを怒らせるのはいくら君でも頭のいい判断じゃない。君は強いけどボクとの相性は悪かったはずだよ」
「――」
しばらくの沈黙が続く。そして、一息つくとメイは眼鏡から手を外す。
「そうね、失言だったわ。撤回するから魔力を抑えて頂戴。姉妹同士で本気で争うことを父様も母様も望んでいないわ」
「ボクもムキになったことを詫びよう。今後も仲の良い姉妹でいようじゃないか」
ふっと息を吹かれた蝋燭のようにサーシャを包み込んでいた魔力が消えていく。それと同時にいつでも介入できるように準備していたルクスを除く三人も緊張を解いた。
「話を戻そう。今ここで重要なことは本番の作戦ではない。大切なことは他の奴らを無理にでも探し出して協力させるのか、どうかということだ」
「それは微妙な問題だね。アレンの判断だとここにいるよく人でも成功するとある。無論人数が多くて越したことは無いが、居場所が定かじゃないことが一番のネックかな」
デュークの問いかけに素早くこたえるサーシャも神妙な面持ちだった。
「リファ、君の知っている範囲で言いファーガルニの戦力について教授してくれないか」
「えっ!?」
一斉に自分の視線が集まった。張りつめた緊張感と重なっていきすらまともにできないのに話すことは厳しい。
「え、……あの……。その」
「緊張しなくていい。別に何も知らなくたってボクは怒らないよ。君は知らないという情報をくれたことになる。つまり、一般国民に国の軍事力を公表していないことに繋がるからね。それで、どうかな?」
「あの……難しいことはわかりませんけど、なんかうまく言い表せないんですけど、気味が悪い剣を持った人ならたまに見かけました。多分、階級もずっと高い人だと思いますよ、いつも後ろに部下の人たちをたくさん連れていましたし」
「気味の悪い剣……」
「はい、柄の部分が緑と黒で色付けされていて、ギルのアルグラード……くらいの長さがあった気がします。それくらいですね、私が気付いたことは……」
「あれのことなのか……バカな、そんなことが……あれはギルが破壊したはず、いたとしてもおかしくはないか」
「サーシャさん?」
急に黙りこんだサーシャはぶつぶつと小さく呟くとギルの方に目配せをする、ギルも察したのか首を横に振って意思表示をする。リファにはさっぱりだが他の兄弟も何かを感じて怪訝な顔をする。
「サーシャさん……」
呼んでも反応が無いサーシャに再び呼びかける。すると、珍しく動揺してうえで反応を返してくれた。
「! おっと、すまないね、少し考え事をしていた。リファが見たという人物確かに気になるね、ほっておくには勿体ない」
「ねえ、ギル。その世界貴族のクズの人って待ってくれるものなの」
テーブルの上に突っ伏して顔だけギルの方を向いて覗かせる目はいつになく面倒くさそうだ。
「決めていないが、既に約一か月近く経過している。ボコボコにしておいたけど、そろそろ意識を取り戻していてもおかしくない」
「はぁ……。なるほどこっちがゆっくりしていれば再び世界指名手配されてしまう可能性があるって事ッスね」
「他の六人を探しているといつになるかわからない。この面子でも実行可能なら俺は動くべきだと思う」
胸の前で腕を組んではっきりとした口調で言い切ったギルは周りの反応を確かめるように目線を泳がせる。
「ボクもそれがいいと思う。少しばかりファーガルニに興味が出てきた。他の兄弟を探すよりも早くこの知的欲求を満たしたいね。それに、何よりも溜まりに溜まった実験を今すぐにでもやりたいのが本音」
「私も異論はないわね。人数がそろっていても私のやることは変わらないから。いつやっても同じよ」
「なるほど、アレンにルクスはどうだ? 人数が足りない分戦闘が激化するのは必至だぞ」
「愚問、ですね、デューク。私は従うのみですよ。大いなる運命の流れに、あなた方の下した決定に……ですね。しかし、常に私は見ています。神の代行人として進むゆくあなた方の姿を!」
「僕も賛成でいいッスよ、というよりもこの程度のことに全員集合なんてしなくても大丈夫ッス。面倒くさいし、特にリビィとフィフティスなんて話しているだけも疲れるんスから」
目をキラキラと輝かせて太陽を掴まんとするアレンは置いておいてルクスも賛同した。
「決定、だな」
デュークの言葉に全員が頷く。
「リファには悪いが、私たちの第一目標は邪魔をしてくる世界貴族の排除。その過程で障害になってくるファーガルニの打倒になる」
続けて加えられたデュークの文言をみんなが肯定したのを確認するとルクスが聞いて斬る。
「それで、ギル。いつからやるんスか」
「明日以降、まずはファーガルニに行って状況を確かめないといろいろと難しい部分があるだろ」
「そうだね~、そんなわけでメイ、僕用にふわふわベッドの部屋一つお願いするッス」
「あなたには自慢の雲があるのに、わざわざ部屋が必要なのかしら」
「いいじゃないッスか。たまにはベッドって言うのも気持ちよく寝たい気分なんスよ」
それから押し問答が続き渋々メイが折れてルクスが部屋を獲得すると時同じにして兄弟会議も終了する。
「ふぅ……」
ルクス以上の吐息を漏らすリファは緊張のあまり寿命が確実に縮まったと実感していた。
「申し訳ないな。ボクとしたことがみっともない姿を見せてしまった」
「サーシャさん」
リファが座る席の隣に腰かけたサーシャはポケットから飴玉を一つ取り出すとリファに向かって緩やかな放物線を描くように投げる。
「それはほんの気持ちだよ」
「…………」
投げられた飴玉は丁度太ももの上で置いてあった手にすっぽりと収まる。その飴玉を口に入れて舌の上でころころと転がしていると、サーシャがステラに対して謝罪した場面が脳内で再上映される。
「……時間を巻き戻したかったんですか?」
「そうだね、ボクがどれだけ優秀でも失敗することはあるからね。当然、取り戻したいという気持ちだってある」
聞こうかどうか最後まで考えていたがのどまで出かかっていた言葉は口内を通り越して言葉となって脱出した。
リファが聞いてくることが分かっていたようにサーシャは淀みなく答えてくれる。その答えは至極当然のことでステラだって思い当たる節はいくつもある。でも、万能な魔法使いであるサーシャが言うと違和感を覚えてならない。
――これも一種の先入観なのだろうか。
「ごめんなさ……」
「リファ! 君はギルと同じ、いや、それ以上の当事者だ。今回ボク達は起こす革命
には必ず血が流れる。それも、想像をはるかに絶する量がね。たくさんの死人も出る。すべてが王国側の人間とは言えない。民衆からもたくさん、たくさん人が死んでいく。君はそれを後悔することなく生きていけるのかい? 十二歳である君にこんなことを聞くのは非道かもしれないが、ボクは十代半ばで決意してロンドロアを滅ぼした」
一息で言い切った。
そこには時折見せるサーシャの真剣な眼差しがある。
「……まだよくわかっていないというのが本音です。でも、これ以上私の国が権力に溺れて、差別が正当化して、貧困が当然になっていく様子を見ていくのは嫌です」
握りしめた両手、噛みしめた歯。まだ十五年しか生きてこなかったがファーガルニの状勢が敏感に感じ取っていた。
国を変えたい気持ちに一切の偽りはない。でも、自分の想いあがりで人が死んでいくことは『是』でありうる行為なのか。国を変える大義名分があれば人を殺していいのか、リファはここまでの旅路でずっと悩み続けていた。
――結論は出ない。
この世界は甘くなく、都合も良くない。誰もが望む未来を勝ち取れるわけでもなければ、誰もが満足して、笑顔で得られる結果は存在しない。
――喜ぶ者がいれば悲しむ者がいる。
――助けられた者がいれば死んだ者がいる。
これは理不尽ではない。誰もが望むことだ。
綺麗ごとだけを言って生きていける程、世界は美しくない。
考えても、考えても、考えても出ることのない問いかけにリファは俯き唇をかみしめる。そんな彼女にサーシャは優しく手を頭に置いた。
「なんちゃって、当事者であることは本当だけど、リファが悩む必要性も責任もない。これはギルがやりたいと言ってボク等が協力しているだけ、加えてボクは実験がしたんだ。だから、感謝をするよ。ボクに実験の機会を与えてくれて」
「! はい」
俯きながら擦れた声で返事をするとサーシャは席を立って去っていく。その後ろ姿を上目で眺めつつ自分の不甲斐なさを痛感した。
きっと血が流れると兄妹会議中に聞いた時に顔が青ざめたことをサーシャは見逃さなかったのだろう。だからこうして寄り添って声をかけてくれた。
「よし!」
パン! と乾いた音を響かせて両頬が赤く染まってもおかまなしに気合を入れなおす。
どんな結果になっても後悔は絶対にしない。
これが今の私にできる最善の行動だから。
しばらくしてメイに呼ばれるとリファが今日一泊する部屋に案内された。
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