第34話 怠け者なドラゴン
分厚い雲を突き抜けた先には地平線ならぬ「地雲線」が360度広がる広大な雲の大地が広がっていた。すでに存在している雲の更に上に存在しているので太陽の光を遮るものは何もなく気温は高くないがかなり眩しい。
そんな絶景が広がっている中、ぽつんと一軒家がそこにあった。
全部が雲で作られていて、まるで絵本に出てくるような綿菓子でできている感じがするのでとてもメルヘンチックな雰囲気を出している。
「先に行くよ、ギル。リファも着いてきて」
雲を突き破ったギルを置いておいてサーシャはリファを案内するように前を行く。ギルもアルグラードをしまうと後をついていった。
「お邪魔するよ、ルクス♪」
「お邪魔します」
堂々と不法侵入するサーシャに頭を下げつつ同じく不法侵入するリファ。この家は、家であってただルクスが引き籠るための家のため扉が付いていない。なので、簡単な魔法で穴をあけて勝手に入る。
「労いの言葉も無しかよ」
一人ポツンと残ったギルは半開きにした目で先を行くサーシャを見つめ後を追いかける。
「なんか真っ白でここまで構築されていると不気味にすら感じるよ」
「雲の家は憧れますけど、ここまでは遠慮したいです」
不法侵入した二人に飛び込んできた光景は白だった。外の一面雲海と何ら変わることが無い。家の内装もすべて雲で構成されている。机にタンスに食器までありとあらゆるものが雲だった。
「でも、ここにルクスはいないか」
サーシャが穴をあけた場所は丁度リビングに該当する場所だと思われる。確定していないのは白すぎて色の情報がないため置かれている家具に自信が持てないためだ。
「雲でできているから最近いつ使ったのかが把握しにくいけど、ん~、だいぶ使われていないと思うな」
リビングに隣接するキッチンらしい場所に置いてあるカップを一つ手に取って検証する。
「引っ越されたという可能性があるんじゃないですか」
「それはないね。ただでさえ動くことを嫌うのに、そんな聞くだけで面倒くさいことをするとは思えないし、この雲はすべてルクスの能力で構築されてるから別の場所に移ったのならこの雲はここに存在していないからね」
物色を継続しつつサーシャが答える。リファもそれに倣うようにも一部のもふもふとした家具の感触を堪能しつつ痕跡探しをしている。
「他の部屋はどうなんだ」
遅れて入ってきたギルは部屋を一回見渡し姿が見えないと判断すると言ってくる。
「外見は大きな家に過ぎないけど、内部の部屋の数はこの部屋の基準に考えると無駄に多いと思うから、闇雲に探すよりも何か手がかりがまずほしいんだよね」
「じゃあ、サーシャとリファはそっちを頼む。俺は別方向から探してみるから」
「具体的には……」
「ルクスがここにいるのは確かなんだ。なら、ローラー作戦ですべての部屋を回ってくる」
拳を握り締めて高らかに宣言するギルの表情はドヤっている。
「まったく、非効率的な考え方だね。部屋の数が分からないのに実行してもいつ終わるか分かったもんじゃないよ」
「俺を誰だと持っているんだ。わざわざ一個一個部屋をめぐるなんて面倒なことするわけないだろう」
「どうするつもりなんだい」
「そのまんまの意味で直進して外壁にたどり着いたら折り返して直進する。これならかなりの時短に繋がる」
意気揚々と説明するギルの言葉を聞いて口元を引きつるのはステラだった。
「それはまずいんじゃない、今も壁壊して入っているし、ギルが言っているのって部屋を仕切る壁も突き破って直進するってことでしょ。ルクスさん発見しても確実に怒られるよ」
「そんなこと言ってもまず見つけることが先決だ。サーシャはどう思うんだ?」
サーシャにみんなの視線が集中する。
面子的にもサーシャの意見が最も大きなウェイトを占めるからだ。
「いいんじゃないか、どうせ怒られるのはギルなんだし、ボクとリファはその間静観していればいい」
「決まりだな」
「はあ~、もう好きにして」
半ばあきらめた感があるリファは嘆息をついて雲の床に座り込む。
体から走る雷光を器用に制御して前面に多く展開して体位当たりの要領で直進していこうとしている。
「よっしゃ! 行くぜ!」
まさにギルが走りだそうとする瞬間だった。
『これ以上、僕の家を壊してほしくないッスね』
聞き慣れない声がしてリファが思わず身構える。サーシャとリファが物色していた少し先にある扉がゆっくりと開きそこには一人の子供がいた。
金色に近い茶色の短髪を揃えて小さいことに定評があるメイよりもさらに小さく子供の男の子の印象しかない。それらを加速させる要素となっているのは白くふわふわとした宙を漂う半径二メートルはありそうな雲のクッション――筋斗雲的な――の上に乗って最高にだらけた顔で言ってきているためだ。
「おや、ルクスじゃないか」
探し人が現われたにも関わらず特に驚く様子が見られないサーシャ。
ギルも声は聞こえていたが走り出すことを止めることが出来ず、壁に向かって一直線に暴走する。
「仕方がないッスね、まったく」
宙に浮かぶ雲に乗っかったままルクスは気怠そうに軽く指を振るった。すると、風が流動を起こし、その流れは笛の音に近い音を奏でる。そして、今にも壁の衝突しかけていたギルの体が見えないロープに拘束されるように止まって、
「ぐっ! んぐぐ……ぐ!」
苦しそうに呻き声をあげだした。
「野蛮なのは変わらないッスね」
「勝手に入ったことは謝ろう。れで、ギルを解放してもらっていいかな、ルクス」
「ふぅ……別にいいッスけど」
再び指を振るうと流れていた空気が止まり、風のメロディーも聞こえなくなる。
「た、助かった……」
安堵の息を吐きだすギルは雷光を抑えて腰が抜けたみたいで雲の上に座り込む。
「久しぶりッスね、ギルにサーシャ」
改めて挨拶をしてくるルクスはいつまでもぐーたらに身構えている。
※
「とんだ登場劇になったけどリファ紹介しておくよ。彼が使徒であり、ボクの兄でもあるルクス・ドラゴンさ」
「こんにちわー、ルクスッス」
部屋の中にあった雲製のソファーに誰もが腰を下ろしていく中ルクスだけ自前のふわふわ浮かぶ雲から降りることはなく、そのまま会話が続けられている。
「は、初めまして。リファです」
「んー、よろしくッスー!」
とても小柄でリファと同じくらい。もしかしたら低い可能性も捨てきれないほどに小柄なルクスは突然の訪問者にもかかわらず心ひとつ乱していない。
「――やっぱり気になるッスね」
おそらく癖になっているため息をつくと宙に円を描くように指を回す。すると、ソファーの後ろにあったサーシャが明けた穴が見る見るうちに雲で塞がれていく。
「それで、いつからボク等が来ていることに気付いていたんだい?」
「最初からだよ。ああ、最初って言うのはギルが球状の大雲の外壁に穴をあけた時ね。ここは僕が作った場所、誰かに触れられたら気付くに決まっているッスから」
「だったら家の前でも待っていてくれたらよかったのに、無駄に魔力を使う羽目になったんだけど」
皮肉を交え言うがサーシャの鋭い眼光と共にルクスに届くことはない。
「知ったことじゃないッスよ。自分寝てたんのにたたき起こされたんすよ。もっと労わってほしいッス」
雲の上でぐーたらとしているのは変わらないが、さらに、仰向けに転がって本格的に眠ろうと画策している。
「ならどうして現われたんだい? この家の広さだ。ギルが探すのを諦めるかもしれなかっただろう」
「あのままだと家を壊されていたからね。なら僕が出て話をした方が合理的と判断した、それだけの話ッス」
「なるほど、あながちギルの行動は間違っていなかったということか」
「ふん」
顎に手を当ててギルの行動がもたらした結果について考察するサーシャに見せつけるかのように笑むギル。
「これで証明されたな。これからは俺の行動も最善の結果につながることがあるってことで重宝しろよ」
「たった一回の功績でいい気になるものではないよ。結果とは常に更新されるものであって、過去の栄光にしがみつくほどみっともないことはないのだからね」
「これからも見せてやるよ」
鋭すぎるサーシャの眼光を前にひるむことなく応戦するギル。両者のいがみ合いは留まることを知らない。
「あの~、お二人とも」
唯の一人を除いては……。
「どうかしたのかいリファ。ボクは今姉に不躾な態度をとる愚弟の再教育中だけど」
「あ、いや……その。ルクスさん、寝ていますよ」
申し訳なさそうに指さす先には仰向けのまま爆睡するルクスの姿がある。
「――まったく」
よく人の話中になられるな、と言いたくなる気持ちを胸に押し込んで指をパチンと鳴らす。すると、指先から小さな火がついた。
「悪く思わないでね。ルクス」
その小さな火をルクスの寝床になっている雲に向けて放り投げる。トロトロとゆっくり進んでいく火の玉は数秒後ルクスの雲に着弾する。
雲に触れても火が消えることなく内部へと入っていく、しばらくすると雲から水がしたたり落ちてくる。急激に雲を熱したことによって雲が水へと戻っているのだ。徐々に小さくなっていく雲は寝床ではなくなる。
ボスッ! 鈍い音を立ててルクスの雲は全部が水へと還り寝床を失ったルクスの体は勢いよく雲の床の上に落ちる。しかし、床自体も比較的固い方ではあっても地面ほど固くはないため落ちたところでダメージはない。
「ん、……痛くはないけど」
寝床から落ちた衝撃でルクスは目を覚ました。
「酷ッス、サーシャ。僕の眠りの邪魔をしないでほしいッスよ」
「君を蔑ろにして愚弟と舌戦をしたことは謝罪しよう。長い話は苦手だったね、ルクス」
「そうッスね。そういえば、まだ聞いていなかった気がするんすけど、どうして僕の所に来たんすか」
眠そうにしつつも目だけは開けてギルが話す「かくかくしかじか」を飽きることなく聞いてくれた。
「ふ~ん、なるほどギルがわざわざ僕に会いに来た理由はわかったッスけど」
サーシャにやられてしまった雲の代わりを作ることなく空いたソファーの一角に座ったルクスは相槌を打ちながら聞いた話を脳内で再生する。
「それで僕に協力してほしいってこと」
「そうだ」
天を仰ぎ思考を巡らせて考え込むルクスは一つの答えを導き出した。
「正直言って嫌だ、ッスね。面倒くさいし、歩きたくないし、外に出たくないし。なにより、僕は世界貴族が嫌いなんスよね。あの厚顔無恥な態度に人を人とも思っていない害虫と同じ大地にいるのが耐えられないから空にいるっていうのに」
返ってきたのは予想外の返事だった。
「何言ってんだよ、これ! デュークのサイン。わかっただろ、これにはデュークが一枚かんでいる。兄弟の約束的に有効だ」
ギルが取り出してソファーの目の前に置かれている背の低いテーブルの上にはデュークが綴った署名入りの用事があり、当然ルクスも目を通している。
「約束ッスか。確かに最高意思決定者であるデュークが命じたのなら僕は動かないといけないけど、約束ね……。良く言えたもんっすよね。父さんから言われた約束を一番破ってきたのはギルなのに、約束が大事だって主張できるんすか」
「――ッ!」
手持ち無沙汰なのが気に入らないのかルクスはソファーに腰かけつつも指を回して空気を変質させて雲を作りだして小さな抱き枕を作った。
もふもふしつつ飛んでくる切れ味抜群の口撃に奥歯を強く噛みしめる。
「確かに親父との約束を破った数は俺が一番多いかもしれないけど、同時に守ってきた約束も一番多い。そもそもの絶対数が違うのに同じ天秤で測るのは間違っているよ」
「ここ数年で口は立派になったようッすね、ギル」
思わぬ反撃に隙を見せたルクスは短い自分の髪を触り、心を落ち着かせた。
「まあ、昔のことは置いておくとして、約束を抜きにしても僕の答えは変わらないよ。革命なんて面倒なことやりたくないよ」
「強情だな、ドラゴンならもう少し大胆の行動することも必要なんじゃないのか」
ルクスが持っている制御器の能力はまさに神話に出てくるドラゴンの力と言われて遜色なく革命時には誰もが恐れた。
「ドラゴンが野蛮で行動的ってことは誰が決めたんすかね。確かに神話の中の架空の存在ではあるけど、もしかしたら面倒くさがりで寝てばかりの性格の可能性だって否定できないッすよ」
「でも、成功させるにはルクスの能力が絶対に必要なんだ」
「何といわれても嫌だ。それに、約束についてだって兄弟の生存に強く関係する場合に関して無条件で協力するってことでしょ。君たちが生きてさえいてくれれば他の人間の死に興味ないし。それに、話を聞く限りだとギルがリファに対して現状貸し借りはないと思うんすけど」
「……」
ルクスの言葉にリファが体を強張らせる。
「まあそうかもね。でも、約束したからさ、これ以上親父との約束を俺は破りたくないんだ」
「僕はそこまで勤勉じゃないさ。何だったソフィアを探せばいい。あいつ一人でファーガルニ王国を全滅させることだってできるはずッスよね」
「残念、行方不明だ。それに、あの子にそんな負担をかけるわけにはいかないだろ」
「はぁ……ま、そッすよね」
絶対に協力をしてほしいギルと何が何でも拒否の姿勢を崩さないルクス。両者間に目には見えない戦いを繰り広げているのかお互いに目線を外すことをしない。
このままだと話は決着をつけることが出来ずに平行線のまま終わってしまう。終結させるにはどちらかが妥協をする必要性があるが、一直線バカのギルが妥協するとは思えないし、安寧のためなら労働も厭わないルクスが引くとも思えない。
――困ったものだ。
「本当に困ったね。このままだと話の終わりが見えない。実力行使に移るものならここはもちろん、地上にも多大な影響がでるね。そこでどうだろうか、昔、ロンドリアに住んでいたころにやっていた方法で決着をつけるというのは」
助け舟を出したのはサーシャだった。ルクスとの交渉の一切をギルに任せて自分は傍観を決めていたが、さすがにこの状況でも口を出さないのは得策ではないと感じたらしい。
「ああ、あれか」
「もしかして」
両者が思いつき口を引きつる。そんな彼らとは正反対に楽しそうに豊満な胸の隙間に手を入れて、そこから金貨一枚を抜き出した。
「どこに入れてんだよ」
呆れる顔で言うギル。しかし、本人は意に介する様子はなくいつも通りだ。
「ルールはあの頃と同じでいいね」
「はぁ……。仕方がないッスね」
「望むところだ」
「いい返事だね、じゃあ、リファ!」
二人の同意を得たところで手にしていた金貨をステラに向けて放り投げる。
「え、えっ! ちょっと!?」
急に話を振られて動揺してしまい取りに行った指が金貨を弾き不規則に宙を踊り、
苦難の末落とすことなく無事にキャッチした。
「あの……」
「そんなに怯えなくていい。リファにはその金貨でコイントスをやってもらう」
渡され金貨を手に持って眺める、普遍的な金貨である。
「えっ!? 嫌ですよ。なんか責任重大みたいですし……」
「ボクがやりたいところだけど、そうもいかなくてね」
緊張からか震える指で金貨を挟んでサーシャに付き返そうとする。しかし、受け取ることはなく、無情に首を横に振る。
「裁断は選定者であるアレンか第三者の介入によって行われる……ってのがルールなんだ。渦中のルクスとギルはもちろん参加することは出来ないし、過去の例から顧みてもボクがやってもクレームが来るんだよね、特にギルから」
「当たり前だ。常日頃から悪戯を仕掛けて生きて、性格が悪いお前のことがただのコイントスとはいえ何を仕込んでいるのか見当もつかないからな」
「僕としてサーシャがやるのはいただけないッス。君はいつもおもしろい結果を望むッスからね。それに、君ほどの魔女なら必然を偶然と書き換えることもたやすいだろうですし」
まるで犯人探していているかの如く鋭い目で見つめられるサーシャ『やれやれだね』と肩をすくめて嘆息する。
「これでわかっただろう、この役に適任なのはリファなんだ」
「え……。まあ、そう言うことなら仕方がないですね。でも、どんな結果が出ても私は責任取りませんよ。あくまでも偶然そうなったわけで意図してやったことは絶対に
ないので」
これでもかって強く念押しをしてその場にいる全員が頷き一言ずつ言質をとったのを確認すると金貨を親指の上に置く。
「それでどっちがどっちですか」
「俺が表だ」
「なら僕が裏だね」
金貨のデザインは表面に金貨であることを証明する文字が羅列してあり、裏には世界樹が描かれている。どららも至ってシンプルなデザインであり片側に比重が偏っているわけではないため公平と言える。どっかの魔女が変に仕掛けてこない限り。
一息、深呼吸をすると親指が力強く上へと押し上げられる。金貨特有の金属音を鳴り響かせつつ宙高く舞い上がる。くるくると絶え間なく回転して並の動体視力では追い続けることは出来ない。
舞い上がった金貨は美しい軌道を描きて再びリファの右手の甲に吸収されていく。
パシッ! 乾いた音が聞こえ金貨は手の甲に収まる。皆の視線を全て右手が集める。
「開けるよ」
運命の瞬間だ。ゆっくりと開いていく隙間から覗かせつつある金貨は光に反射してなかなか全貌を明らかにさせない。
「よっしゃ!」
次の瞬間ギルが雄叫びを上げる。手の甲に乗っている金貨は文字が刻まれている。つまり、表。勝ったのはギルだった。
「俺の勝ちだ」
「はぁ……。ついてない……」
ガッツポーズをして勝ち誇るギルとは対照的にガックリとうなだれるルクスは遠い目をしている。
「文句はなしだ」
「はぁ……たまにはの労働も悪くないと気持ちを切り替えるか……」
「おや、潔いいね。好きだよルクスのそんなところ、ちなみに言って置くけどボクは一切関与していないからね」
頭を掻きつつもやる気のない目は鈍くしか光らず、近寄ったサーシャは腰に手を当てて明言する。
「そこまで落ち込むなよ。いいじゃないかたまには動くのもさ、少しは身長が高くなるかもよ」
「――」
「――馬鹿だね、ほんと」
賭けに勝って気分が陽気になったギルはルクスの肩を叩いて狩る愚痴を叩く。本人的には励ましているつもりらしい。一瞬にして変化した空気を感じてサーシャも苦言を漏らす。
「誰の身長が低いって」
ルクスとは思えないほどの低い声だった。そこまで聞いて「あっ!」と小さく声を出したギルはようやく気付き思い出す。ルクスはただの面倒くさがり屋でも温和な性格でもない。
面倒くさがり屋であることには違いないかもしれないが、それは龍の逆鱗に触れることが無ければの話だ。赤く輝きだす双眸はルクスが怒っている状態を指す。
「こうなることは運命なんだね、きっと」
寂しくサーシャが呟くと離れた場所にいたリファの元へ行き肩に手を置く。
「サーシャさん?」
「これも宿命だね。ボク達は見守っておこう」
このノリでリファにも状況が分かってくる。これはあれだ、少し前にも教会内であったギルが余計なことを言ってお仕置きされるパターンであると。
「ははは、これって絶対に俺の悪い癖だな、次には絶対に直しておこう」
両手を上げて降参の意向を伝えるが、一向に受けたられることはなくルクスは無感情に指を上げる。
身長が比較的に大きなギルには理解できないことだが、身長が低いことがそこまでネックになるのか、女で例えるなら胸が小さいことに悩んでいることと同じことなのか。そんなことを言えば各所にまた面倒ごとを起こす自信があるから声には出さないけど、いつか解決してみたい疑問でもある。
――話が逸れた。いや、ずっと、逸れていたかった。
迫りくるルクスのプレッシャーは凄まじく冷や汗が流れる。
「凍るか、落ちるか、燃えるか、好きなのはどれ?」
「お任せで」
「そうかい、なら」
指が宙に振るわれる。途端に周囲の気温が急激に低下していく。
「それで来たのか……」
莫大な魔力を保有するサーシャは自分とステラの周り魔力の障壁を展開して防寒に努める。対してギルはここまでちょこちょこ魔力を使ってきたことがあだとなってこの極寒を耐え凌ぐ術がなかった。
「が、ががががが」
歯が細かく震えて体も必死に熱を発生させるためフル活動するも生み出させても熱量は微々たるものでサーシャ同様に魔力の障壁は展開しているものの意味を成しているかと聞かれれば微妙だった。
「さあ苦しめ……身長が高い奴は熱を奪われる面積が大きくて作るのにもたくさんのエネルギーが必要になる。背の高い奴なんて、背の高い奴なんて」
私怨が凍てつく氷となって無慈悲にギルのすべてを氷結させていった。
「三、二、一。パチン」
「はっ!」
カウントダウンと共になった指の音がギルの意識を呼び戻す。周囲の気温は元に戻っていてルクスは相変わらずぐーたらとしている。
「起きたね、冷凍ギルなかなか良かったよ」
「縁起でもないことを言うなよ。寒かったんだから」
おそらくサーシャが魔力で解凍してくれたのだろう。側にいたステラも安心して吐息を漏らす。
「これに懲りたら僕の前で身長とか言わないことッスよ」
さっきまでの威厳、威圧はどこへ行ったのやら覇気のない瞳は濁った湖のようだ。
「マジで気を付けるよ、ここままじゃ体がもたないわ」
「それで行くんでしょ、下に」
のそのそっとソファーに寝転がっていたルクスが起き上がる。
「珍しくやる気に満ち溢れているのかい」
「そんなわけないっしょ。でも、約束は約束だしね。手早く行動したほうが、エネルギー消費が少なくて済むと思った、それだけッス」
「言う通りだね、ギルも異論はないね」
「んあ……体が少し寒い以外に問題はないよ」
解凍が済んでいるとはいっても体温はまだまだ低く、小刻みに震えているギルは比較的に柔らかい雲を見つけるとその上で継続的に飛び跳ねて体温上昇に努めている。
「また絨毯ですか?」
「そんな面倒なことルクスが許してくれないよ」
「? どういう意味ですか?」
サーシャの横に座り小動物の様な愛くるしさ全快に聞いてくるリファの頭に手を置く。
「そうだね、ここともしばらくお別れか……。ふぅ……」
「ギルもおとなしくしていた方がいいよ」
「……そうだな」
まだ全快ではなく物足りなさを感じているため不満げな顔をしていたが言うことに従ってその場に座り込む。
「小休止」
振りあげていた両手を内側に一周円を描くように回して開いていた手を素早く閉じる。すると、音もなく雲が崩れていく。もっと近い表現をすれば風に流されて雲があちらこちらに霧散していくのだ。
当然足場を失ったギル達は漏れなく大空へと放り投げだされてしまう。
「キャアァァァァァァァァァア!」
リファの魂の絶叫が青い空に木霊した。
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