第30話 ロンドリア共和国
焦らずゆっくりと四人は旧ロンドリア領内を歩いて行った。
内の二人は浮かんで行っているが……。
幸い天候にも恵まれて余計な時間を食うことなく残りの道のりを消化していく。
さすが生まれ育った場所と言うべきか、人の手から離れた草原は一見、ただの草が生い茂っているだけにしか見えないが、迷うことなく歩いていく。
一日半が経過した。
リファは内に秘めている魔力も回復したのでサーシャに降ろしてもらって自らの足で歩き始めた。ちなみにギルは一日でサーシャに吸われた魔力は回復したらしくてあくびをして歩いている。
ずっと変わらなかった景色だが、ここでようやく変化が見えた。
「わぁああ、すごい」
開いた口が閉まらないリファは目を点にしてその景色を目に焼き付ける。
長かった平原の終わりには発展した町が待ち構えていた。白い石造りを基調にして緑を忘れることのない景観を維持して町の中にはゴミが圧倒的に少ない。とても、綺麗な町である。
「ここがロンドリアの領土内でいいの?」
「そうさ、これまで持っていた領土の約九割を手放した残りの一割によって再構成された小さな国に今はなっているんだ」
過去、旧ロンドリア王国は世界的に見ても巨大な国だった。現在で言えばファーガルニ王国に匹敵する規模を誇っていたが、革命を機に国民代表が余分な土地は手放して必要な土地のみを集約してすべての人に目が届く優しい国づくりを推進したことにある。
もしも、人口爆発で土地が足りなくなるようならどの国も手にしなかった残りの九割の土地をゆっくりと再吸収すればいいと考えている。
「よっと」
リファは両足飛でロンドリア共和国内に初潜入を果たした。続いて他三人も入国していく。
「革命で共和国になったんだから外には厳しくして外国人の入国には厳しい検査とかあると思っていたのに、案外あっけないんですね」
ロンドロアと平原との国境部分を眺めて言う。
「革命がおこった国でまた騒ぎを起こすのはリスキーすぎるからね。ボクも同じ人に二度同じ実験はしないこと一緒だね」
「語弊が生まれる言い方をするな。お前の実験の被検体になった奴で生き残っている奴は俺を除いて皆無だろ」
「そうだったっけ……終焉の森に住みついてからは、そこに入ってくる人間の生き死に興味なかったから気付かなかった」
ギルの指摘に笑って答えるサーシャだったが冷静に考えれば恐ろしいことを口走っている気がしてならなかったリファだったがツッコんだら負けの気がしてムズムズする体を押さえて沈黙を貫いた。
「サーシャはいっつもそうだったよな。事あるごとに俺を被検体にしやがって」
「でも、でも、ギル嫌がっていなかったよねー」
「抵抗しても意味がないと悟っていたからだ。強制連行を幾度となくしただろうが!」
「嫌だな、あくまでも合意の上だからね。無理やり何てそんなのはしたないじゃないか」
「こいつ……息をするように虚言を吐きやがって」
ロンドリアに来たということが引き金になってしまったのか、思い出話に火がついて大炎上している模様。
「愚弟に愚妹よ。茶番もそこまででいいか。思い出話をするために来たわけじゃないだろ。目的は迅速に確実に片付けるのが私の流儀だ。そこで今無駄な時間を消費している場合じゃない。早く行くぞ」
リファはここでギルに感謝をした。今回もしデュークがいなかったらこの場を収集できる人はいない。
「そうだな」
「でもでも、ギ~ル。今回の魔女の取引、忘れていないからね。対価何にしようか考えているから決まったら付き合ってもらうよ」
再びデュークに釘を刺されないように加熱することはなかったが目と目で無言のやり取りを行っているのか目の表情が逐一変化してその間には火花が散っている。
いがみ合う二人は後ろからついてきて前を歩くのはリファとデューク。この国にとっては英雄の帰還であるにもかかわらず、デュークはいつも通りの仏頂面だった。
周りを歩く国民の人もデュークたちを気に留める様子はなく、ただすれ違っていた。
そんな様子を監視していたリファは既視感を覚えた。それはこの国に入国した瞬間から如実に現われていたことでもある。
街を歩く人々の姿と、この国の形が無性に懐かしみを感じさせる。まるで、故郷、ファーガルニに帰国したようだ。
「綺麗な国ですね、デュークさんはよく帰ってくるんですか?」
「いや、私は滅多に帰らない。ないより私はネズミだからな。キリルの汚いスラムがお似合いだ。それに、自分たちの都合で勝手に革命を起こして幾人もの血がここで流れた。それは旧王国の騎士であって、旧王国の国民の物だ。私が無用に立ち入っていい場所じゃなくなった」
「……」
どんな経緯があってこの兄弟が革命、クーデターを起こしたのかリファは知らない。本人も知るべきではないと思っている。余計なことを聞かれるのはギル達も嫌な顔をするだろうし、人には決して踏み込んではいけない場所があるから。
「探している人ってこの国のどこにいるかわかるんですか?」
「目星はついている。向こうも私たちが来ることは見ているはずだしな」
その言葉が虚言ではないと裏付けるように冷静な口調で言ったデュークは表情一つ崩すことなく歩く。
横を歩きながらリファはきょろきょろと周りを見渡す。派手な露店に綺麗な石畳の道、通行人の身なりどれをとっても発展している。
「昔からこんなに発展してたんですね。侵攻でかなり壊れたんですよね」
「まあね、これって結構すごいことだよ。ここは旧王国の王都に位置しているけど、この場所はギル、テッド、クレアを筆頭に跡形も残らないくらいに破壊したのに、この国の一存は国民委員会に託しているからボクは詳しく知らないけど、どうして旧王国と似た町にしたんだろうね」
「過去を忘れないためじゃないのか。記憶だけだといつかは風化するからな。こうして街並みに残しておけば忘れることは出来ない。あの惨状をな……」
「おや、ギル、追いついたのかい」
はぁ、はぁと息は荒いが確かな足取りでここまで追いついたのだろう。
「お陰様で、なんなら俺から吸い取った魔力を返してくれてもいいんだぞ」
「冗談、ギルの魔力っておいしいからボク好きなんだ」
唇を手でなぞりながら恍惚の笑みを浮かべる。
「魔力に味なんてないだろ」
「これだから貧乏舌は、ボクのように一流のマヨラー(魔力収集をこよなく愛する者)になれば吸い取る魔力も選びたいんだよね」
「その前に吸うのをやめてくれ、毎回やられるとしんどい」
「歳をとったね、月日の流れとは残酷だ」
「俺が歳をとったっていうならお前はもっと……」
そこまで言いかけてギルの口は止まった。理由は簡単、また同じことが繰り返されてしまう。一瞬、サーシャの目に身構えてしまうほどの殺気を覚えた。
「ギ~ル」
目は一切笑わず、口元だけ不敵に笑う。この時のサーシャは例外なく碌なことは起こらない。
「落ち着け、悪かったから……」
どうして女性はここまで自分の年齢に敏感なのだろうか。ギルの長年の悩みの一つだ。子供のころは早く大人になりないなんて言っているくせにいざ大人になれば歳をとりたくないという。理不尽だ。
「悪かった、悪かったって」
両手を挙げて降伏宣言をする。
「まったく、ボクの心は薄いガラスでできているんだ。あんまりひどいことを言うとすぐに割れてしまうんだよ」
わざとらしく泣き演技をする。
「何度言わせれば理解する。遊んでいないで早く歩け!」
こんな時に頼りになるのはいつだってデュークだ。
少し前を歩いていたはずだったが口論になりそうだと判断して引き返してくれたのだ。
三度論戦が勃発しそうな状況を終結させてデュークは歩き出す。リファも胸を撫ぜおろして後に続く。
取り残されたギルとサーシャはお互いに顔を見合う。
「ん、まあ。このくらいにしておこうかな」
「今はあの二人の発見が最優先か」
「見つけたら、見つけたで賑やかになりそうだけどね」
兄弟とは不思議なものだ。喧嘩をしていてもお互いの興味がそれて頭が冷えると、お互いに謝罪の言葉がなくたって普段通りの会話に戻っている。これを仲直りしたというと違うのかもしれないが少なくとも、この二人には適応される。
それに声の音量が大きかったこともあって人の注目を集めかけていた。いくらロンドリア内とはいえ正体がばれることは避けたいとピタリと静かになりその場を立ち去った。
それからはデュークが二人の首根っこを押さえ込むような監視の眼差しを強めていた。
幸い、正体がばれることはなかったが非常に危ない線を渡ったためだ。
さすがのサーシャもこの状況下でははしゃぐことは出来ずにギルと一緒に唇を尖がらせてせめてもの抵抗の意思を露わにしておとなくしなっている。
「――」
そんな様子を見て申し訳なかったけど、いつ何をするのか分からないサーシャとギルを直接デュークが監視していれば安心してロンドリア国内を見て回れる。
白く綺麗な石畳のこの国はいつ見てもファーガルニ王国を彷彿とさせていた。今から革命がおこったのは五年近く前の事らしい。つまり、この国が今の景観に様変わりしたのも同じ時期だということだ。
そして、ファーガルニ王国が急に政策を転換してこれまでとは違う国を石で舗装し綺麗な国にせよとの勅令が出たのは三、四年前なので、もしかしたらこの国を参考にしたのかもしれない。
もしも、そうなのだとしたら、模倣しきれなかった箇所が存在する。それは、国民の笑顔だ。
ファーガルニ王国にいた時には誰しもが疲れ切った顔をしていて笑顔でいるのは国民が高い税で苦しんでいるにもかかわらず潤沢な資金を余すところなくつかって贅沢な生活を一向に手放せなかった王族や官僚たちくらいだ。
稀にラーニャのみたいに疲れた子を一切見せずに元気にふるまって笑顔でいる者も存在しているが圧倒的に少ない。
ふと、街を散策しているステラは脳裏にギルが言ったことを思い出す。
「ねえ、ギル。この国って自国民以外の人を厳しく規制しているって言ってなかったっけ?」
「んあ、そんなこと言ったっけ、……ああ、言ったかもな。少し意味の食い違いがあったかもしれないけど、根本的には間違っていないよ。この国ではロンドリア国籍を持たない人は国の税による恩恵を受けられないからね。例えば医療費にしたって国民は全体の3割負担でいいのに、俺らは全額負担だぜ」
「金の切れ目は縁の切れ目、的を射た言葉だ。政治とカネの問題がいつだって深刻で最も敏感なことでもある。しかし、逆を言えばその部分だけ力を入れていればある程度の国民の信頼を得られるということだ」
「でも、素敵な国だとも思いますよ。ギル達が住んでいた時は酷い国だったかもしれませんけど、こうしてみる限りでは男も女も年寄りも子供もみんな笑って暮らしている。この光景はファーガルニでは絶対に見ることが出来ません」
目を輝かせて全体を見渡す。国の規模は失ったかもしれないが、どの代わりに万人の笑みを得ることが出来た。それだけでも革命は成功したと思う。
待ち並ぶ屋台。走る馬車。誰もが自由に行動をしている。手足を鎖で繋がれた奴隷もいなければ平民を見下す百害あって一利なしの無能貴族もいない。職人、農民が中心になって国家を形成している。
この国はキリルとは正反対と言える。キリルは完璧な序列を構成してその枠内で生きることを強要した。しかし、身分相応の暮らしをしていれば悲しむこともなければひどい仕打ちにあうこともない。
ひとたび、枠内を飛び出して上級階級を蔑ろにするような行為をすれば、極刑は免れないが、そんなことをする人は滅多にいない。
ロンドリア共和国はその逆で最低限のルール、法律しかない。統一身分を実行してより自由を追求した国営が行われている。
「いろんな国があるんだな」
ここまでファーガルニの一端しか見てこなかったリファの率直の感想だ。
「ギル、ありがとう。私ついてきてよかったよ」
「まだ、一飯の恩を返したわけじゃないし元々は俺の恩返しのために動いているんだ。リファに感謝されるいわれはないよ」
リファの隣を歩いていたギルはそれだけ言うとぷいっとリファがいるところとは反対側の方を向いてしまう。
「ほほ~う」
悪い顔をしたサーシャが、ギルが向いた方へ回り込んでさらに悪い顔になる。
「ふふふ、可愛いいね、ギル。真っ赤になって照れている」
「うるせー、黙れ! 別に照れねーよ。ちょっと体が熱いだけだよ」
「ふふふ」
ギルのバレバレの反論を聞いてサーシャは含みがある笑いを浮かべて、あまり騒ぐとまたデュークに叱られるため早々にギルとは反対側、リファの横のポジションに戻った。
最初は戸惑うことも多かった兄妹喧嘩だったが、リファも止めることはしなくなっている。正確に言えば止めても無駄だということが分かっただけで、あの程度の喧嘩は日常の風景でもあるんだと悟った。兄弟がいないから比較はできないけど、笑いながら喧嘩しているのを見て微笑ましいと思えた。
「それで、具体的にはどこにいるんですか?」
未だにデュークの逆鱗に触れないように静かに目と目でいがみ合っている二人を無視して三人の少し後ろを歩いていたデュークの元へ行って聞いた。
「私も会うのは久しぶりだから確実な場所はわからないが、おそらく教会にいるだろう。もし、違っても、向こうも私たちが来ることは把握しているだろうし移動しておいてくれるかな」
「どうして私たちがくるってわかるんですか。……はっ! もしかしてあれですか、兄弟は離れていてもお互いの気持ちがわかるとか!?」
少し興奮したリファに溜息を吐く。
「君は兄弟にどんなイメージがあるのか分からないが、そんなことが出来たら苦労はしないよ。私が言っているのは未来を見ることが出来る能力も持つ者がいるから、おそらく私たちが来る未来も見ていることだから、迎えに来てくれるんじゃないかってことだ」
「あぁ、そういう、……って、単調に言ってますけど、未来を見れるってすごくないですか……」
「本人はそう思っていないようだがな」
驚くリファを他所にデュークは表情を一つ動かさない。本当に感情表現しなさ過ぎて顔に接着剤でも塗っているんじゃないかと疑いたくなってくる。
「……でも、ギルって何やかんや一番優しいよね。ステラのことだってそうでしょ。見過ごすことが出来なかったから行動に出た。どう?」
「ちげーよ、あれだあれ……無駄に威張る世界貴族って嫌いなんだよ」
「まあね、世界貴族がボクらにとっても最悪なことをしたから恨む気持ちはわかるけど、純情だね。そんな嘘でボクがごまかせるわけないのに」
リファとデュークがこれからについて離していると前を歩く二人からまた論争が広がりつつある。学習しているのかデュークの鉄槌をおそれてか小声で行われているが、十分に二人に聞こえている。
「…………」
その会話から自分がギルに余計な負担をかけてしまったんじゃないか、と不安になってしまう。そんな怯えるリファにデュークは優しく手を頭に乗せた。
「君のせいじゃない。愚弟が勝手に起こしたことだ。気に病むな。それに、サーシャが言うようにギルは思っている何倍も優しい。理論より先に感情で動く奴なんだ。こんなことも今に始まったことじゃない。後で私が尻拭いをすれば済むことだ。今回も同じなだけだ」
「……はい」
デュークの優しい言葉にロンドリアの涼しい風がリファを包み込んで思わず安心してしまう。まだまだ始まってもいないのに……。
それでもこの感情は隠し切れないので俯いて静かに頷くだけだった。
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