第29話 帰郷
深い森に囲まれている樹海に於いて朝が訪れるのは遅い。しかし、ここら一帯はサーシャが木を伐採しているので眩しい太陽がすぐに顔を覗かせる。
「う……ん。……ぁあ……」
目を必要に攻撃してくるその光は飽きもせず毎日訪れる。
「……眩しい」
執拗な日の光に耐えられなくなったリファは目を開けると、そこには見慣れない天井が広がっていた。
「あ、そうか、サーシャさんの作った家の中か……」
寝起きで思考がまとまらなかったが目を擦って脳の覚醒を導く。
「ふぁ~」
伸びをしながら起き上がると、隣で一緒に寝ていたはずのサーシャの姿が見えなかった。
「あれ……」
正確な時刻は不明だがかなり明るくなった周囲を見て首筋がひやりと冷たくなった。
「寝坊しちゃったかな」
――なら、起こしてくれればいのに、と言いたかったが私が爆睡をしていて起こすのをためらったとか言われたら乙女的に恥ずかしいので言わないでおこう。
気持ちを切り替えてベッドから立ち上がると着替えをした。
昨夜、手持ちの服はサーシャの魔法で洗濯してもらっていたので、今は下着で過ごしている。恥ずかしさももちろんあったがサーシャも同じように下着で寝ようとしていたので許容してそのままだった。
部屋の中に干された服はいい感じに乾いていて心身ともにリラックスできた。まあ、最初ベッドには行った時は温泉での蛮行がまた繰り返されるんじゃないかと思って少し眠る時間が遅れただけで特に問題はない。
昨日急ごしらえで作った家から外に出ると近くの木に寄りかかってデュークが本を読んでいる。
さすがというのだろうか、すでにジャケットは着ていないがスーツに袖を通して髪もきちんとまとまっている。大してリファは未だ顔すら洗っていないし髪も予想以上にボサボサになっている。恥ずかしかったし声をかけるか迷ったが、
「おはようございます、デュークさん」
ここで無視するのはさすがに虫が悪いと思い挨拶をする。
「リファか、おはよう。ん、少し顔色が優れないように見えるが何かサーシャに悪戯でもされたか?」
リファを見た途端、何かを思ったのか、それとも例の彼女の性格を知り尽くしているのか挨拶に次のその言葉が飛び込んできた。
「まあ、いろいろありました、けど、楽しかったですよ」
引きつった顔になったかもしれないが、表面上の笑顔はキープできたと思う。
「そうか、ならいい」
いつものように表情が読みにくい。このままこの場所を離れるわけにもいかずペラペラとデュークが捲る本の擦れ音が空しく響く。
「あの、デュークさん。そろそろ、あの二人の所に行きませんか?」
「……そうだな」
悩んだ末に出した答えはデュークと行動を共にしてギルとサーシャに合流することだった。肝心のデュークはずっと本に目を向けたままリファを会話していたが、ここにきて初めて目を合わせるとその意見に賛成して本を閉じて立ち上がる。
※
昨日男二人が寝ていた家にほどなくして到着する。中に入っていくとテーブルの上には香ばしい匂いの朝食が用意されていた。
「わぁあ、すごーい。デュークさんが作ったんですか?」
同じように歩いてきて家にたどり着いて隣に立っている青年に聞いた。
「いや、私は料理に疎くてね。できないというわけではないが人前で披露できるほどのものではないよ」
「へ……? じゃあこれは一体誰が……サーシャさん」
「サーシャに魔法以外のことを聞いてはいけない。関心がないものに関しては点で駄目だからね」
「じゃあ誰が……?」
「リファやっと起きたか」
そこへ第三者の言葉が介入してくる。
「あ、おはよう、ギル」
「冷める前に食べてしまえよ」
「これってギルが作ったの!?」
朝食の準備をしていたのは確かの様で体からは同じ匂いがする。しかし、その事実を受け止められず思わず大きな声を出してしまった。
そのリファの言動に不機嫌そうに用意の続くに入るギル。
「別におかしなことじゃないだろ。旅の途中何度もやってたんだから」
「……あぁ」
そういわれて思い出す。
思い返せばギルとかなり長い時間一緒に過ごしていたことになって当然食事に関しても協力し合っていた。
大体はギルが野山を駆け巡って何かを狩ってきてステラが調理していた。
最初の頃はギルが料理の全部の工程をやろうとしていたのだが、リファがそれに待ったをかけた。
彼女は小さいころからオーラから直接仕込まれてきたこともあってオーラには及ばないにしても十分披露できるものではあった。だから、調理はリファの仕事となって日々生き抜いていた。
「ギルも料理できたんだ……」
新たな発見に歓喜することもせずに苦そうな顔をする。
「てっきりギルに任せるとそのまま焼いたものとか出しそうだったから私がやったけど、余計なお世話だった?」
「……俺だって基本的には一人旅をしているんだ。手間のかかるのは駄目だけど簡単なもの位は作れるさ。でも、不本意ながらリファの腕には勝てないよ」
不貞腐れるように目線を外してため息をつく。その様子を見て『よかった』と安堵の息を吐く。
「もう食べていいのか」
「勝手にしろ」
嘆息をつくギルを他所目にデュークは席に着いて食べだす。
「リファも食べておくといい。今日もまた面倒くさい日になりそうだからな」
デュークから席に着くように促されてギルに軽くお礼として頭を下げ、空いている席に座った。
テーブルに上に置かれているのは朝食と言うよりも軽食に近い料理だった。
一口こんがりと焼けているパンを口に運ぶ。サクッと感じのいい音が鳴り響く。次にスープを口に付ける。温かく優しい味がした。
「あ、おいしい」
意図せずに自然に零れ出たことだった。
なんか急に恥ずかしくなってきたこともあってギルの方を見ると安心したかのように深く息を吐いている。
「ふふっ」
そんな様子が面白くてついつい笑ってしまう。
ふと、ギルが無性にそわそわとしていることに気付いた。
「?」
気になって少し様子を眺めてみると、ギルの目線はあくまでも窓の外を向いているが時折無言で食べているデュークの方に向いていた。
「ああ……」
ここ最近めっきり察しがよくなったリファは理解した。ここまでの恩もあるし仕方がないひと肌脱ぎますか……と腹を決めた。
「デュークさん。どうですか、味の方は」
にっこりと笑って話しかける。その瞬間にギルの体に緊張が走ったことは手に取るようにわかった。空いている手を強く握りしめて僅かに汗も伝っている。
「久しぶりだが、最初は母上の手伝いもしなかったお前と考えれば腕を上げたんじゃないか、ギル」
ここでも表情を変えることなくいう。でも、その言葉には明確に褒められていると感じさせる力があった。
「お、おう、当たり前だ」
仏頂面を決めてデュークとは反対方向を向いているが残念ながらリファの席からはよく見えた。その顔の筋肉が緩んだ瞬間を。
「みんな、おはよう、……ってどうしたのギル、顔真っ赤だよ」
ここで現われたのは朝から行方不明になっていたサーシャだった。
「赤くなってねーよ。で、どこ行ってたんだよ」
「ん、日課にしている朝の散歩ってとこかな。」
「まあ、いい。材料は勝手に使って朝ご飯は作ったから早く食べてくれ。味の保証はしないぞ」
「ギルが自分から料理をするようになるなんてマミーが聞いたらうれし泣きするだろうね」
「別に当たり前のことだ!」
そこでわざとらしく泣いた演技をする。そんなサーシャに一瞥するとギルは部屋の奥の方へ行ってしまった。
「まったくいじりがいがあって面白いね」
「あんまりいじめるな、お前は加減を知らないんだから」
「そこはあれだよ、姉としての愛嬌ってやつ」
「そんな愛嬌、私なら断固拒否する」
余裕御微笑みを繰り出すサーシャは席についてギルの用意した朝ご飯を食べる。
――なんだろう。
リファは胸に沸く感情を理解できなかった。
これはとても暖かくて、とても優しい感情だった。
多分それを人は『愛』と呼ぶんだと思う。
決して愛を知らない訳じゃない。オーラからは数えきれないほどの愛をもってここまで生きてきた。
本当の家族じゃなかったけど、そこにあった愛は本物と自信を持って言える。
だから、この空間を温かく感じるのだろう。
ここにいる彼らは世間で言われている大罪人でも英雄でもない。そう、ただの家族だった。
「あ、おいしいじゃん。本当にマミーが知ったら卒倒するね」
スープを一口飲んだサーシャが言う。
「それで、デューク、今日いつ出発するの?」
「これを食べ終わってなるべく早くが良いだろう」
「……となると次はアレンとメイか、懐かしいね」
「帰るのも久しぶりなんだろ?」
「そうなるね」
「アレンはともかくメイが協力するのか、その一点だな。心配事があるとすれば」
「大丈夫でしょう。だから、ギルは最初にデュークと接触してきたんだから」
ワイワイと会話が進んでいく食卓。人と言うのは不思議なもので食べている間は基本的に機嫌がいい。食事とは一つのマインドコントロールであってもおかしくない。
しかし、それとこれとは話が違うと思う。
いくら食事中で会話に華が咲いていたとしてもここは見過ごしてはいけない。さっきからリファだけが目をぱちぱちさせていた。
「あの、盛り上がっている所すいませんけど、サーシャさん、どうして下着姿なんですか?」
そうなのだ、ずっと言いたかったことはそれだ。
昨日の夜リファもサーシャに合わせて下着姿で寝ていた。朝起きて当然のように着替えたが、サーシャが違った。
「ん、何かおかしいかな?」
「きっと、おかしくないって人の方が少ないと思いますよ」
あっけからんとした様子で下着姿である自身を見渡す。
「ねえ、デューク。ボクって変なの?」
「お前の奇抜さは今には始まったことじゃないだろう」
冷静に答えるデューク。
下着姿のグラマラスな女性が目の前でもチラ見すらしていない。そういえば、ギルもまったく気にしていない様子だった。それよりもいじられたことによるダメージの方が大きかったと思うし。
「よく考えてください。寝るときはいいにしても起きたら服を着ないと」
「朝って開放感がある方いいとおもうけど、服って重いし、加えて普段着ているのと大差ないように思えるよ」
「そうではなくて、人の目とかあるでしょ!」
「人の目と言ってもここにはボクと女性であるリファ、兄弟であるデュークとギル。これのどこに問題があるというんだ」
「う~」
微塵も自分が変なことをしていると自覚していなくて首を横にかしげている。
「やめておけ、無駄な努力だ。サーシャに何を言っても意見を変えることはない」
近くから助言が来る。
「それよりも早く食べてしまえ、時間は少ないぞ」
「~~、……わかりました」
早々に諦めて残った朝食を食べてしまう。
――食後しばらくして。
「さて、各々準備は整ったかい?」
家の軒先でサーシャが豊満な胸を押し出すように前傾姿勢になって聞いている。
ようやく終焉の森を後にして次の場所に行く時間が近づいているのだ。
食事の席では下着姿でいた彼女だったが、さすがにここでは着替えている。だが、露出が多い衣装であることに変わりがなく同じことをギルも感じていたのだろうが昨日みたく指摘すればふっ飛ばされる運命にあるためため息一つで見逃している。
「大丈夫だ」
「本当かい、ギル。君はそそっかしいところがあるからね。ついつい変な忘れ物を良くするんだってこと覚えているだろう」
「いつまでもガキ扱いするな」
さっそくサーシャがいじりに来ていたが事前に予測でもして成果が発揮されてかどうか、ギルも負けじと反論していた。
「あ~、ボクのかわいいギルの反抗期だよ。お姉ちゃんは悲しい」
「あぁああ! もう、話が進まん少し静かにしていてくれ!」
サーシャのマイペースさにはギルもたじろいでばかりだった。荒ぶる心は未だ完全に抑えることが出来なかったがこの場の主導権を得ることが出来た。
「ギル、確認だ。次に会いに行くのはアレンとメイでいいんだな」
場の空気が一旦調停されたのを見計らって今日もスーツをスタイリッシュに着こなしている褐色青年のデュークが声をかけてくる。
「居場所が分かっている残り三人の内アレン、メイ、ルクス。アレンたちとルクス、どちらを先に行くんだ」
「アレンだろ、ルクスは最後でいい」
「そうか、――久しぶりになる」
空を見上げて言うデューク。ギルの言葉にも生返事でかなり珍しく意識が集中していない。見える空の彼方、その場所を見ているようだ。
「そういえば聞いていませんでしたね。次はどこの国に行くんですか?」
「リファは聞いていなかったのか。ギル、しっかりしないといけないよ。よし、それじゃ、ボクが教えてあげよう」
「は、はい!」
得意げに胸を張る。それほど大層な発表でもないのだが、自然と緊張してしまう。
「ロンドリアさ」
「……!」
たった一言しかなかったがそれだけでリファは状況を飲み込むことが出来た。それはギルの口から度々聞かされてきた国名だからだ。
「だから故郷なんですね」
「正解、そこには二人いる。アレンとメイだね」
「リファ、最初に言っていくけどメイはともかくアレンはサーシャ以上に疲れるから覚悟しておけ」
行く前にもかかわらず既に疲労困憊の形相で目の焦点を合わせずに地面の草花を見つめている。
「大丈夫なんですか。急に行っていないなんて可能性有りますねよ」
「そこは問題ない。おそらくメイは私たちが行くことを理解、把握している。今ごろは嫌々な顔をしていながらも待っていることだろう」
他二人が言っても信憑性が薄いことが分かっているのか、この場において最も説得力のある人に言われたのなら信じざるを得ないリファだった。
「私まだ世界地図について完全に確認できたわけじゃないですけど、ここからロンドリアってどこくらいの距離が離れているんですか?」
これはかなり聞きたかったことだ。ファーガルニからここまで途中車を使ったこともあって時間短縮ができたとはいえ大量の時間がかかった。しかも、今回はさらに二人増えたことによって移動速度は否応なく落ちる。
「ここからロンドリアまで単純に計算すると、リファの故郷であるファーガルニ王国とボク達が今いる終焉の森、最深部で比較すれば距離にして一往復半分の長さかな」
「――」
絶句、と言うわけじゃなかったが、既に距離における概算が大きすぎて具体的に言われても把握できない。大体、ここまでの道のりだって近い、遠い、の概念はなく、道中楽しんできたという要素が強い。
でも、また同じ以上の道のりを進めというのは精神的に応える物がある。
「はあ~」
一人寂しくため息をついていると不思議な顔をしたギルと目が合った。
「もしかしてまた歩くのか、とか思っているの?」
「まあ、ね」
「そんなわけないでしょ」
「えっ!?」
平然と言うギルに条件反射の速さで頭を動かす。
「移動はサーシャの時空間魔法を使うんだよ。じゃないとあそこまでの面倒な時間をかけてまで来ないよ」
「心外だな。まるでボクは時空間魔法しか取り柄が無いように聞こえるんだが、実際の実力はギルよりも上だということを忘れないでほしいね」
自身の利用価値が一つしかないように言われたことにムッとなる。
「はいはい。そうだな、また決着を付けよう」
「ギ~ル」
軽くあしらわれたことに不満感を露わにするサーシャだったが気にすることなくリファに向き直る。
「多少は歩くかもしれないけど、これまでに比べればピクニックみたいなもんだから」
「ふう、よかった」
安堵の息を吐いて平らな胸を撫ぜおろす。
「それに、サーシャは変な使い方ばかり思いつくようだけど、普通は瞬間移動が時空間魔法のセオリーなんだ」
「サーシャ、長くいたこの森に執着心はないのか?」
ギルとリファの会話の裏でデュークがサーシャに話しかけていた。
「ん~、そうだね。ないと言えばうそになるけど、出来るだけの実験はしたし何より可愛いギルが持ってきた面白そうな案件に乗らないなんてそっちの方がもったいないことだと思ったからね」
「……お前らしい答えだ」
一瞬の事だったデュークが微笑んだ。次の瞬間には元に戻っていたがとても貴重なシーンである。
「それじゃ、帰ろうか、故郷へ」
サーシャの体を魔力の塊が包み込む。たじろいでしまう威圧感に加えて、その魔力は意思を持っているかのようにうねりを作りだし影響で髪の毛が宙を舞っている。
「あわわ、私は何をしてればいいの?」
迷路を抜けたとのように突発的に行っているわけじゃないため待っている側としてはとても心配になる。
「落ち着いて、サーシャの周りから離れなければそれでいい」
怯えるリファの肩を掴んだデュークは静か意に言う。
「ふぁあああ」
一方のギルは呑気にあくびをしている。
「リファ、あんまりびくびくするな、動揺してサーシャから離れすぎると不完全に持っていかれるぞ、例えば体の半分だけとかな……ギャァァー!」
ギルの一言でさらに怯えてしまったためデュークが一睨みした後に支配の力をもって折檻した。
「準備完了! 行くよ! 時空間魔法発動!」
力強く唱えつつ上空に振りあげていた右手を振った。すると、別段強い光に包まれたわけでも、自分は最後で消えていく三人を見たわけでもなかった。
ただ、ただ意識が虚空の彼方へと吸い込まれていく、そんな感じがするだけだった。
※
迷路の時は理解していなかったからされるがままになっていたけど、いざ意識すると、とても怖かった。線上で高速移動なら理論的にも説明がつくけれど、点と点で移行する瞬間移動は疑問点ばかりある。
まず、肉体はどうやって飛ばしているのか、から始まってギルが失敗すると半分だけ、なんていうから余計に怖くなった。
だから、目を閉じずにできる限り開いていようと思った。
サーシャさんの声が聞こえる。
――始まる。
そう思った時には景色が様変わりしていた。
眼球の渇きに限界を感じて刹那の時間の瞬き。集中して疎かになっていた呼吸の合 間、とにかく暗い部屋からいきなり明るい部屋に出た時の様な状況を理解するのに時間がかかった。
終焉の森は前面に樹木が広がっていて歩く人の心をへし折っていく。木々の下では満足に日の光を浴びることは出来ないくらいに覆い茂っていた。
そんな景色はどこへ行ったのだろうか。
リファが今いるのは見渡す限りの平原だった。所々に廃墟があるが自然に飲み込まれる寸前と受け取れるため捨てられてから一、二年どころではなく、もっと長い月日が経過していると思う。
サーシャの話だとロンドリアへ飛び、と言っていた。つまり、ここはロンドリアである可能性が高い。でも、話に聞くロンドリアは発展した国だと言っていた。今のこの状況と照らし合わせても一致しない。
もしかして騙された。
そんな誰得な考え方が脳裏に浮かんだが、隣にいたギルや魔力を使いすぎたのか肩で息をするサーシャを寄り添うデュークがいて杞憂に終わった。
「ギル、ここはどこなの?」
「ロンドリア、と言っても間違いじゃないけど、樹海と言った方が今は正確かな」
悩むように頭を掻いて答える。
「?」
よく理解できなかった。
「失敗したな、サーシャ」
「ごめんね、そういえば忘れていたよ。でも、ここまで遠い距離をこの人数で飛んだからボクは今日一日魔力を使いたくないね。魔力がきれた魔導士程役に立たない存在はいないからね。」
ギルの嫌味ったらしい言動も意に介することなく自分の状態を報告する。
「デュークさん、どういう意味ですか?」
ここは最も説得力がある人に聞いておくことが安心感を得るための定石だ。
「ここはロンドロア、……旧のな」
「旧……?」
サーシャの介抱をギルに託すとデュークが懐かしむ目で周りの平原を見渡した。
「私たちが革命を起こす前ここはロンドリア領内だった。でも、革命後の領土縮小に伴って中心をくりぬく形でドーナツ状に手放された土地。その後にどの国も手にするとは言わなかったから、一応、樹海という扱いを受けている。リファ、見えるだろ。あそこに広がる家は昔のロンドリア時代の名残だ」
「どうして、そんな場所に飛んだんですか?」
「サーシャの嫌がらせじゃないさ。私たちにとってロンドリアはここを指すから」
「……」
また理解できないことを言う。
「どういう意味……」
「ボクの時空間魔法はリファが思っている程万能な魔法じゃない。燃費は悪いし、疲労感も大きい。でも、一番のネックは飛ぶためにはボク自身が行ったことのある場所、言い換えれば間近で視認したことがある場所に限られる。侵攻の際にロンドリアは見ていたけれどあの辺は終戦の区画整理で建物とかが変わっているから下手に飛べない。なら、ここになってしまうんだ。思い入れが特に強いからね」
「ぁあああああああ!」
ギルに首の後ろに手を回して悲鳴を上げていてもお構いなしに魔力を吸い取りながら説明をしてくれた。吸収率は良くないもののこんなこともできる。
「この場所にどんな思い入れが……?」
「――ここは私たちの正真正銘のふるさと。私たちはこの場所で走り回って、勉学に励み過ごしてきた」
「ここが……ギル達の育ってきた場所」
「なにもないだろう」
口ごもったリファを見て、その心を見透かしてデュークが言う。
「あ、その、はい。そうですね。聞いていたロンドリアはもっと発展しているのかと思ってました」
「それは中心街の話だ。ここからだと歩いて数日かかる」
その方向を指さしてくれたが、ただ地平線が見えるだけで発展した都市は見られない。
「本当はもう一回時空間魔法で飛ぶべきだけど、時間が切羽詰まっているわけでもないし、たまにはロンドリアの土地を歩いて行くもいいと思うけど、他の方々はいかがに考えているかな」
回復したサーシャが背後から話しかけてくる。ちなみにさっきまでサーシャがいた場所にはギルが魔力を吸い取られて放心状態で転がっている。
「ギルも体力だけはあるからついてきてくれるでしょう」
「……まあ、異議なしだな」
「私は皆さんに従っていくほかないので……」
「満場一致で決まりでいいね」
手を合わせて微笑みサーシャだったがギルの意見はどうなのか、と聞くか聞かないかで心中迷うリファだった。
ロンドリアにいる二人は中心街の外れにいるらしくて歩いて二日程度の距離だ。不思議なものでファーガルニにいた頃は三日も歩けと言われていたら卒倒していた自信があったが、今では瞬時に頷き返せるほど度胸がついてきたといる。
「お前ら少し歩くペース早すぎじゃねえのか」
不機嫌そうに眉間の皺を動かして抗議するギル。サーシャに魔力と共に体力も多少吸われてそこら辺で拾った木の棒を杖の代わりにして支えながら歩いている。
「情けないな、デュークだって文句ひとつ言っていないのに、それに、ギルは体力だけが自慢なんだから。ファイト」
「元を言えばお前のせいだろうが」
「助け合うことが姉弟だろ。情けない姉を助けてよ、ギル」
「くそ~、調子いいこと言いたがって」
「……はは……」
憎まれ口を叩いても実力行使に移さないのは立派かもしれないが、ギルが起こる気持ちもスリファにはわかる。
サーシャは今、歩くのが疲れたと言って魔法使いらしく宙にフワフワと浮かび、浮遊して同行している。多分、ギルから吸い取った魔力でできているのだから怒る気持ちも分かる。
リファはサーシャの魔法をずっと見続けてきた。今だって空を自由に飛んでいる。これは魔導士じゃない人にとっては一度体験してみたいことである。
「羨ましいです。私も自由に空を飛べたなら、もしくは魔術が使えたら」
だから、つい声に出してしまう。
案外、小声で言ったことでも人の耳に届くのである。
「おや、リファ、魔導に興味ありかな」
「え、でも、私才能がないですし」
「そんなことないさ、言っただろ。魔力は誰しもが持っている。後はセンスと努力さ、……ん~、そうだ、今回は特別にボクが協力をしてあげよう」
また突拍子もないことを言い出した。
足を地面につけると進むのをやめた。それに合わせるように男二人も休憩と受け取って近くにある木に腰を据えた。
「聞くけど、どんなのが使ってみたいの?」
「……やっぱり空飛んでみたいことですかね」
「その程度なら叶えてあげよう」
「ひゃっ!」
可愛い悲鳴を上げたのはリファだ。サーシャは彼女の両頬に自身の手を添える。
「あわわ……」
言葉にならない様な声はリファの口から出る。
時間経過とともにリファに体の周りを魔力の塊が包み込む。
「このくらいでいいかな、あまり与えすぎるとキャパオーバーになってぼん、と行くからね」
言葉から察するにサーシャの魔力をリファに与えた。吸い取っていたのだから与えることが出来ても違和感がない。
「ど、ど、どうすればいいんですか?」
身をもって感じた魔力はとても強大で不安定なものだった。
「落ち着いて、まずはイメージするんだ。大きなイメージじゃなくて、そうだな。簡単なこと。例えば地面から足を離したいとか、ね」
「ん~」
目を瞑り言われたように脳内で想像する。
ふわっ。
「!?」
「ほお~」
一瞬ではあったが確かにリファの体は地面から離れた。そのことを一番に実感できていないは彼女だった。
「浮いた! 浮きましたよね」
「ああ、思ったよりも筋がいい。成長と共に魔力量が増えることは稀にある。そうなったら君は優秀な魔術師になれる。もっと努力をすればボクの所までたどり着けるかもしれないね」
それがお世辞であることくらい理解している。でも、嬉しかった。サーシャに比べれば、天と地以上に力の差があることはわかっていても、力を借りてやっとだけど、純粋にうれしかった。
「ぁぁ、あれ」
一通り喜ぶと急に体から力が抜けていくのが分かる。へなへなと地面に座り込む。
「それが君の限界だよ。さっきのだけでボクが与えた魔力と、リファ自身が持っていた魔力を使い切ってしまったということだ」
「はぁ、はぁ」
「落ち込む必要はない。誰しも最初からうまくいかない。本当に魔術師を目指すならゆっくりと修練を積むといい。それが先輩からの助言だよ」
「はぁい」
力が抜けて呂律もうまく回らない。
「休憩もここまで早いとこロンドリアに行こうか」
サーシャの掛け声にデュークが体を起こして、ギルは嫌そうな顔をしながらも歩き出す。
「リファはボクが運んであげる」
サーシャが指を振るうとリファの体が浮かび上がる。まるで、重力を失ったようにふわふわとしている。
さっき自分で僅かとはいえ体験したからよくわかる。サーシャの魔力量、操作能力全てにおいて天才的なことが。
「ありがとうございます」
「構わないよ。魔導に興味を持ってくれることは嬉しいからね」
微笑みを浮かべると足も浮かべた。
「サーシャァ……どのくらいかかるんだ」
ギルが死にそうな声で聞いてくる。
「そうだな、この速度だと二日が妥当な線かな」
「急に道のりが長く感じ出した」
「ほら、文句を言ったらいけなよ。ギルが言い出したことなんだから、きちんと責任
持たなきゃ」
「わかっているよ」
自分で歩けない少女が一人と、杖を突く青年が一人と支配者、魔女の変な組み合わせがロンドリア領内を目指して本格的に歩き出す。
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