第28話 魔術師≠魔法使い

 紆余曲折――主にギルの肉体的損傷を経てサーシャの協力を仰げると決まった時、外はもう日が落ちていた。


「今日はここに泊まっていくといい」


「そうだな」


「はい」


 サーシャの提案に賛成するギルとリファ、デュークの方にも目配せをしてみると軽く顎を引く。


「でも、生憎ボクの家は何人もが泊まれるほど広くない」


「別に今日は気温も低くないし雨も降っていない。十分外で野宿でも大丈夫だろ」


 真顔で言うギルにサーシャは目を細くして拒絶の姿勢を見せる。


「まったくギルはいつまでたっても女心と言うものが分かっていないね。私ならともかく年頃のリファを外で寝かしていいわけないだろ」


「……いや、俺とファーガルニを出てからしばらくは普通に野宿してたぞ」


「信じられないね。テッド達も大概だけどギルも人のことを言えないよ」


 悩むサーシャは頭が痛むのか額を押さえている。


「あの、サーシャさん。私大丈夫ですから、最初の方は心配や怖かったですけど、今はもう平気になりました」


 両手を胸の前で握り笑顔で言う彼女を見て思わず涙が流れそうになる。


「頑張ったね、リファ。よし、今日はボクと寝ようか」


「は、はい」


 突発的だったのか、意図してやったのかは分からないがステラの体をサーシャが優しく包み込む。その抱擁はオーラに似たものがあり、久しぶりに人のぬくもりに接することが出来た。


「サーシャ、釘を刺しておくが。リファを使った変な実験とかするなよ」


「あはは、しないさ、ギルじゃあるまいし」


 平然と言うサーシャに目をぱちくりとさせる。

 ギルは気まぐれで実験に付き合わされていたということだ。

 思い出すと本気で涙があふれ出してきそうだったため急速に思い出に鎖をかけて封印した。


「言うは易し、だが実際にはどうするんだ?」


 ここで話に乱入してきたのはデュークだ。


「安心しなよ、ちゃんと考えてある。ギルとデュークはこの家を使うといい。ボクとリファは外で新しく家を作るとするよ。少し時間がかかるだろうが、それが一番の策だと思う」


「ギルはそれでいいか?」


「無駄なことを聞くなって、兄妹の中で俺が一番決定権が弱いことは知っているくせに、……デュークの言う通りにするよ」


「決まりだ、サーシャ」


「うん、よかった、リファもそれでいいかな」


「はい……?」


 とりあえず空気的にも肯定の返事を返したリファだったが、実際には言葉の意味が捉え切れていない。


「サーシャさん、作るってどういうこととですか?」


「作るんだよ」


 鸚鵡返しのように言われてもリファは首をかしげるだけだった。

                   ※

 

 それからはギルとデューク、サーシャとリファとで別行動で動いた。

 男二人はサーシャがいた家に入ったきり何をしているのか分からなくなったが、多分一日散々歩き回ったためそうそう疲労も溜まったこともあり早々に寝ていると推測する。


「私たちは結局どうするんですか?」


「簡単なことさ」


 サーシャが笑うように言うと、パン、パン、パン! と手を叩いた。すると、さっきのように工具が出てきたが、その数が比ではなかった。

 たくさんの工具たちが意思を持つかのような動きで木を切り倒して次々と加工していく。

 その光景はまるで絵本の中の世界だ。


「後は、待つだけさ。どこかへ散歩でもしに行こうか」


「……はい」


 規格外という言葉はきっとこんな場面で使われるのだと思う。目の前で起きている光景はまるで夢の中にいるような感覚を齎してくれる。思わず愉悦に浸っていたため反応が遅れたがリファは先に歩き出していたサーシャの後を追った。

 


 終焉の森をまるで自分の庭のように歩くサーシャの横について行く。歩く速度は速くなくあくまでもリファに合わせている。

 一緒に歩きながらリファは聞いてみたいことがあったことを思い出した。


「サーシャさん、聞きたいことがあるんですけど……」


「ん、何かな?」


「私はまだ魔力ってよくわからないんです。ギルたちが使う魔力とサーシャさんではどんなふうに違うのかなって」


 サーシャは規格外と言えるがギルやエージェントも魔力を使って戦うことが出来た。しかし、これまでの口振りから察してギルとサーシャは別の括りになっていると思う。


「難しくないさ。誰しも魔力は有している。もちろん、リファも持っているんだ。そうだね。コップをイメージしてみよう」


 サーシャが魔法で石を加工してコップの形し、そこに数滴水を垂らす。


「これがギルやデューク、リファの魔力量を示している」


「これだけ……」


「そう、だからこそ制御器を使っているんだ。これをどんどん増幅していく。と言っても制御器はいくつかレベルが存在する。五級から特級までの六つ。五級は駆け出しの職人が作ったもの、四級、三級が一人前、名人が作ったもの。それ以上については遺跡から発掘される。長い年月魔力にさらされた制御器ほどより魔力増幅量が多い。二級、一級と上がって、最高位に特級が存在する。特級については世界に24あると言われているよ。ま、そのうち12はボクたちが持っているんだけどね」


「なら、私がすごい制御器を使えばもっと強く」


「う~ん、それはお勧めしないな。五級程度の粗悪品ならいいかもしれないが、三級以上になると器の強さも関係してくる。入れるものが劇毒ならそれに耐えうる器じゃないといけないだろ」


 あっさり簡単そうに言うサーシャにリファは口を細めてしまう。別に自分に使えないと言われたことが悔しいわけじゃない。今のリファは十五歳、そして、サーシャたちがおそらく二十歳前後のはず。

 ロンドリアの侵攻があったのは五年前、つまり、今の自分と同じ年の位に最高位の制御器を使っていたことになる。


「そういえば、『魔法』って何ですか。さっきからそう言っていますよね。それは

『魔術』とは違うんですか?」


「――」


 不意に疑問にしただけだったが一瞬サーシャの目に殺気が迸った。でもそれは、リファが気づくよりも早く失われる。


「そうか、リファは魔法を知らないのか、仕方がないと言えば仕方がないな。今、確認されている中で五人しかいないし、……特別に教えてあげよう。――魔法使いについて」


「あ、はい。お願いします」


 自信ありげに胸を拳で叩いて宣言する。その時にぷるんと揺れた双丘は女性なら誰しもが羨ましがるものだろう。もちろんリファも例外に無くて自分もこの件が落ちついたら牛乳を飲もうと心に決めた。

 そんなことは置いておいて。


「魔術を使う魔術師はこんなふうにコップの水を多く使える」


 大体半分くらいまでコップに水を注ぐ。


「そうなれば制御器に頼ることなく魔術を使える。そういう意味じゃギルやデュークも魔術を使っているといえるね。で、魔法使いっているのはその魔力量が桁違いってことだね」


 半分まで注いでいた水を追加していき淵ギリギリまで注いだ。よく見れば表面張力が働いている。


「使える魔力量だけが違うんですか?」


「それもあるけど、そんな簡単なものじゃないさ。魔術師はあくまでも自然法則に従って魔術を使う。火は火のまま、水は水のまま。だけど、魔法使いは違う。法則を塗り替える。さっき見せただろう。空間を切り取って端と端を繋げる。そんなことは魔術師にはできないのさ。世界でボクだけが使える魔法さ」


「……」


「そして、魔術を使う者を『魔術師』。魔法を使う者を『魔女』と呼ぶのさ」


 リファは口をぽかんと開けたまま硬直している。なかなか理解の及ばない話だったかもしれない。


「……他にもいろんな魔法を使えんですよね?」


「もちろん、魔女を舐めないほうがいい。思っている百倍おかしな存在さ」


「? ……あっ!」


 サーシャに指摘されてこれまで記憶していかないといけないものが多くてついつい端っこに追いやっていた記憶の欠片を思い出した。


「森の迷路、あれもサーシャさんの魔法で、もしかしてそのあと一瞬でここまで移動したのも?」


 微笑むサーシャが十分主張している胸をさらに張って言う。


「あれこそが時空間魔法の真髄『瞬間移動』さ。実感はないかもしれないけど、君たちがいた場所から今ボクがいる場所まで歩けば三日はかかるんだ。時間は規則正しく前にしか動かないと決まっているボクはそれを捻じ曲げて一瞬で別の場所を繋げることが出来る」


 そんなことを言われて辺りを見渡してみるが迷路で満身創痍になっていた場所と同じに見える。生える草花に大樹、それらすべてが全域に生息しているのかまったく代り映えしていない。


「なんて言うか想像を超えてますね」


「魔力を全部使えば時間と言う概念そのものを停止させて、数秒なら時間も止められるよ。まあ、燃費が悪すぎて使うことはないけど」


「す、すごい、そんな、……魔法を創ってしまうなんて」


「……」


「サーシャさん?」


 リファの言葉を聞いたサーシャの表情から微笑みが少し消えた。


「で、でも、どうして、そんなすごい魔法を覚えようと思ったんですか?」


「リファ、君は聞いてばかりだな、私も人のことを言えないが、君も十分に好奇心の化け物に取りつかれているよ」


 思わぬ失態だ。

 オーラからもよく言われていた。人にはあまり他人に立ち入ってもらいたくない領域があるって……。


「あっ! ごめんなさい。あまりぐいぐい行くのは失礼ですよね」


「まあ、今回は構わないよ。そうだね。ボクが時空間魔法を習得した理由か。……もちろん、興味があったのは確か。でも、それ以上に時空間魔法を覚えようとする人の共通点は過去に後悔を持っているから、かな。時空間魔法は理論上においてだけ言えば時間の概念を覆すから時の流れを逆流させることが出来る」


「過去に行けるってことですか?」


「正確に言うとやり直すと言った方が近い。この時間軸はパラレルワールド扱いになって存在しなくなる。でも、まあ、今のままでやろうとしてもボク等魔女全員の魔力を限界まで使っても巻き戻せる時間は僅かだし、時空間魔法を極めていない魔女もいるから実際問題ほとんど不可能だね」


「……そうですか」


 今、指摘されたばかりだったから言うことはなかったが、多分、いや、きっと、サーシャが時空間魔法を習得したことと大罪人と呼ばれるようになったことには切っても切り離せない関係があると思う。


「なんかもう私には理解できない領域の話をしていますよ、サーシャさん。話を聞く限り魔術師の方も魔法使いの方もすごいんですね」


 何気なく言った一言だ。特に思うこともなければ、皮肉を言ったつもりもなかった。

 

 ゾクッ!


「ひっ!」


 可愛い悲鳴を上げたリファは慌ててサーシャを見る。

 その目は見覚えがあった。少し前にも同じような殺気を迸る目をしていたサーシャを目撃している。


「サーシャ、さん」


 リファの気付かない部分で粗相をしてしまったのだろか、ギルを見てわかるようにどこに地雷ポイントがあるのか見当もつかない。

それでも、サーシャも場合、気さくに話しかけてくれていたからつい、つい気を抜いてしまっていた。

 恐る恐る声をかけてみる。


「はあ~」


 目を僅かに開けて目ため息をついている。その瞳からはさっきの様な殺気は感じられない。


「実験には失敗がつきものだ。ボクだってかなりの確率で失敗をしている。だから、最初の失敗は良しとしている。失敗で見える成功もあるからね、でも、一回きりだ。同じ失敗を二度繰り返せば自分自身に罪を課している。そして、これは他人にも同じようにしている。リファはボクに対して失敗をした。でも、一回目だ、でも。言っていなかったボクにも落ち度はある。だから、見逃すつもりだ。」


 その失敗とは、と


「魔法使いと魔術師を同列に考えないでほしい。確かに総じて魔導士とも呼ばれるけど、プライドとかそれ以前の問題で、ボク等はそれを心底嫌う」


 その口ぶりは本気そのもので証拠に陽気な話口調は無くなり邪気が含んでいる。


「なんで、そんなに嫌うんですか?」


「そうだな、リファにもわかるように例え話を一つしようか」


 歩みを止めて人差し指を胸の前に置く。


「例えば、君の目の前にサルがいるとしよう。そのサルが、人間が使うような道具を不慣れながら使って見せてジェスチャーで『これで僕と君は同列だ』と伝えて来たら、どんな風に受け取る?」


「……え、そ、それは」


 急に考えたこともないたとえ話を仕掛けられて困惑する。そんな様子すらも予想済みで話を続ける。


「それがサルとしてなら優秀だと言って頭を撫ぜるかもしれないけど、たったそれだけで人間と同列だと言ってきたなら、プライド以前に不快感があるだろ。それと同じだよ。サルの立場である魔術師と、人間の立場である魔法使いが同列であっていいわけないからね。よく覚えておいた方がいい。ボク以外の魔女に同じことを言うと、まあ碌な目には合わないから」


「……はい」


 脅しに掛けるような圧迫する言い方にたじろいでしまう。

 魔女の持つプレッシャーなのか体から悪寒が止まらない。


「あの、……私、そんなつもりで言ったんじゃ……それに、……見逃すって……」


 紡ぐ声が震える。

 黒い髪から覗かせる漆黒の瞳は見る者を吸い込んでしまうそうな雰囲気を出している。


「あ、……ん……」


 人は真に脅え、恐怖を感じると思考が停止する。まさに、リファの今の状況がそれだ。


「――――」


 無言のままサーシャはリファに向けて手を伸ばす。


「――んっ!」


 覚悟を決めた、というよりも微動だに出来ない。

 伸ばされた手はリファの小さな額に到着して、


「痛っ!」


 条件反射的に口に出した言葉。サーシャは軽くリファの額にデコピンをしたのだ。


「――?」


 状況が飲み込めない。なぜなら、さっきまでの殺伐としたオーラが消えてほのぼのとした空気に変化している。もちろん、サーシャの表情も柔らかになっていた。


「え? え? ?」


 困惑するのも無理がないこと。


「あはは、ごめんね、怖い思いさせちゃったかな、安心しなよ、約束は守る。でも、身をもってわかってくれたかな。魔法使いを魔術師と同じと考えられるとこのくらい体に不快感が募るんだ」


「……はははは、はは」


 どうやら演技らしいが、迫力がありすぎた。

 強張っていた体の緊張が一気に解けて膝から地面に座り込んでしまう。


「酷いです、本当にもうだめかと」


「だから、悪かったと思っているよ。でも、リファのあの時の表情はなかなか良かったよ」


 満面の笑み浮かべて乾いた唇を下で潤わせる。その光景を見ていたステラは男二人が言っていたサーシャの性格の悪さを思い出していた。


「もうやらないでくださいね。心臓に悪いです」


「さっき言ったことを守ってくれれば何もしないさ、ギルに叱られてしまうからね。まあ、悪いことはしたと思っているから、ささやかなお詫びをしようじゃないか」


「お詫びですか」


「その通りだ、付いてくるといい」



 ――再び歩き始めた道中。


「にしても理不尽ですよ。私は何も聞かされていなかったのに急に禁句を口にしたって、無理があります」


 絶賛抗議中だった。


「それは認めるよ。でもね、リファ。君にはこれからたくさんの理不尽と戦いうことになる。今回だってそうなるだろう。理不尽という大きな流れに逆らって泳ぐのは案外大変なんだよ」


 そこまで言うと、また足を止める。


「もしも、一人で立ち向かわないといけなくなっても、勝ち目がなくたって泣き寝入りはしてはいけないよ。ダメもとでも戦ってみれば案外人生は簡単に進んでいくものだからね」


 そう言ってポンッと優しくリファの頭に手を置いた。

その時のサーシャの表情はいつか見たギルにそっくりだった。ただ、違うことを言えば、歩き出して先に前を歩くように少し遠ざかった背中はギルよりも大きくて安心させてくれた。


「――っていけない」


 どんどん先に進むサーシャをはっ! と我に返ったリファは追いかける。



「さあ、堅苦しい話も無しにして、これがお詫びだよ」


「は、はあ……」


 サーシャに連れてこられたのは小屋から十数分離れた場所だった。相変わらず広がるのは殺風景な気ばかりだが、一つだけ違うことがあった。

 ――それは、


「これって、温泉ですよね」


「それ以外に何に見えるというんだ。ステラはここまででかなり疲れているんだろう。ギルに女の子に対して繊細なサポートができるわけがないしね。まあ、ここでゆっくりと体を休めてみてはどうかな」


「そうですけど、でも、……」


 返事が煮え切らないリファは終始体をもじもじとさせて目線もバタフライ級に激しく泳いでいる。

 そんな様子を見てサーシャが優しく言う。


「安心しなよ、人の目なんてないから。男二人が来るとも思えないし、他に人がいればボクが探知できているから、大丈夫、この周辺には、……と言うか現在森にはボク等以外いないから。それにボクも一緒に入るし」


 目の前に広がる温泉はもくもく湯気を立ち上らせていて不安がっていたが、安心だと言質をとったステラが岩に囲まれた半径五メートル程度の少し濁りが見えるお湯に手を入れる。


「あ、いい温度」


「そうじゃなかったら連れてこないよ」


 背後からするサーシャの声。


「本音言うとず――っとお風呂に入りたかったんです」


 急に無邪気な子供のようになったリファは破顔して振り返る。


「――ちょ、サーシャさん!」


 そこには服を脱ぎ終えて全裸になったサーシャがいた。


「何をしているんだい。服を脱がなければ入れないよ」


 至極当然なことを言っているようだが、服の上からですら爆発的な凶器だった極上の肢体露わになっているとつい女であるステラすらも両手で顔を覆ってしまう。

……まあ、ちゃっかり指の隙間から覗いてはいたけど。


 ――っていうか何あれ!? なんで体はそんなに細いのに出るとこは出ているの! その腰の細さ本当に内臓が入っているのかな、この兄弟に関して言えば不可能なんてありえないと思うし……。


 サーシャはリファが見入っている体を少しも隠すことなく堂々と歩き出す。


「それともあれかい、ボクに脱がせてほしいのかな」


 不敵な笑みを浮かべて近づいてくる。


「だ、大丈夫です。先に行っていてください。後で行きますから!」


「ふふふ、つれないな。女同士に戯れと言う奴だろう」


 油断も隙も無かった。頭をポンポンとされてサーシャは湯船に向かう。

 チャポンと湯が跳ねる音を確認した後に人目はないと分かっていながらも周囲から体を隠せるような、生い茂っている樹木に体を隠して服を脱いだ。


「……って、どうせ湯船まで歩かないといけないからあんまり意味がなかった」


 服を脱ぎ終えると、単の恥ずかしさから局所だけを隠して温泉に飛び込んだ。


「ははは、元気がいいね」


「うう、まあ、そうですね」


 ここでもまた衝撃の都市伝説が解明された。


 ――大きな胸って本当に水面に浮くんだ。


 湯船をプカプカと漂う双丘は重力を無視して傲慢にその存在を主張している。自分は育ってきた境遇から大人びていると思っていたけど改めて思い知らされた本物の大人と言う存在を……。


「はあ~」


 何度見ても落胆してしまう。

 ため息をついて自分の胸に手を置く、歳の割には大きいかもしれないがまだまだ平均以下、サーシャに比べればありと像程に違う。

 大きければいいと言うわけじゃないけど、でもやっぱり大きいか小さいかで選べと言われれば大きい法外に決まっている。

 私もあれくらいは無理かもだけどもう少し大きくなったらな。

 

 湯船に静かに漂いサーシャとの会話を思い出した。


 ――魔術師と魔法使いは絶対に違う、か。


 ファーガルニにも宮廷魔導士はいる。直接姿を見たわけじゃないけどあの人も魔法使いなのかな、でも、サーシャさんは魔法使いを魔女と呼ぶこともあると言うことは、魔法使いはみんな女なのかな。でも、それは短絡的すぎるよね。それにたまにあった宮廷の勅令では直筆の文字は男の人みたいだし、魔術師なのかな。

 いいな、私も魔力を使ってサーシャさんにみたいには無理かもだけど、ギルみたいなことしてみたいな。……ん、……そういえば、何が違うんだろう。


「そういえば、サーシャさんも制御器を使うんですよね」


「うん、まあね」


「だったら、他の魔術師の人も特級の制御器を使えば魔女のなれるんじゃ」


「それは無理だね。魔力量っていうのは増えるほどに上昇率が著しく落ちてしまう。それこそ七割を超えるとほぼ上昇しない。そして、制御器は質が上がれば制御も難しく脳のほとんどの演算領域を使ってしまうんだ。正直、割に合わないね。他の魔女もなおさら、淵ギリギリまで魔力が注がれているのに、無理に入れてしまえば零れるだけ」


「でも、サーシャさんは」


「ははは、ボクの制御器は特殊でね。自分の総魔力量を格段に増やすことができる。それこそ、コップじゃなくて大きなバケツくらいにはね」


「そんなことが」


 そこまで言うとリファの視界からサーシャが消えた。広くない温泉の周囲を見渡してもどこにもいなかった。


「サーシャさん……」


 胸から手を離して口に添えて拡声器代わりにして呼びかける。


「もう上がったのかな……いや、さすがに早いよね」


 その時に気付いていなかった水面に揺れる波紋は一つではなかったことに。


「サーシャさん、サーシャさ! んふっ! ……ぁあ!」


 がら空きになった胸を誰かにわしづかみにされた。


「ちょ、一体!? あはぁ……ん」


 なんともまあ、絶妙な揉み具合はリファに快楽を齎す。


「うん、なかなかいい反応だね」


 リファの背後に回り、胸をもんでいたのはサーシャだった。しかし、その姿はどこにも見当たらない。


「サ、サーシャさん、でじょ。やめてくださ……い。んっ!」


 サーシャは胸だけじゃ飽き足らないのか他の場所、体全身をくまなく撫ぜ回した。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 ようやく解放された後リファは肩で呼吸をしている。よほどダメージが濃かったようだ。


「ん~、満足♪」


 確信犯であるサーシャは何もないところから急に現われる。


「それも、魔法、なんですか?」


 両手を空高く翳して伸びをしている彼女に問う。


「魔法ほど難しくないよ、ただ、光を屈折させて自分の姿を消す。ボクは魔力が有り余っているからね。こんな無駄遣いができるのさ」


「む~」


 頬を膨らませて精一杯の抵抗と抗議を試みる。


「ごめんね、でも、素直に言っても恥ずかしいとか言って触らせてくれそうになかったからさ、仕方なくね、そう、仕方なくね。それに、堅苦しい話は終わりって言ったのにするんだもん。お仕置きだよ」


 どうやら悪感情は微塵もない。

 ギルが言っていたサーシャは自分が楽しいと思うことしかできないと、例えそれで他人が迷惑を被っても関係ないと、その過程でギルもいろんな実験を受けてきたって言っていたな、……。その気持ち今なら少しわかるよ。


「いや~、それにしても年頃の女の子の体はいいね。瑞々しくて、ボクにもそんな頃があったんだよね。遠い昔のようだ」


 さっき触った感触を思い出すかのように手をわしわしさせている。


「恥ずかしいのでやめてください!」


 その手から胸を隠す様に手で覆う。


「大丈夫、きっと将来は有望な体に育つよ」


「そんなこと少ししか心配していません!」


「少しは思っているんだ」


「むむっ」


「あははははは」


 満足したのかサーシャは体の力を抜いて水面に頭と腰を浮かして漂っている。


「サーシャさん、私分からなくなりました」


 脱力しきっているサーシャを見てリファは言った。


「ん、どういう意味かな」


「ギルもそう。デュークさんに会うまでは他人にことなんてどうでもいい残酷な性格なのかと思っていたんですけど、ここ最近ずっとお二人にいじられてばかりで、あの時の非道だけど頼もしい姿はどこにもないなって。サーシャさんもさっき私に見せた怖い一面と今の油断しきっている一面では同じ人物に思えないんです」


「まあ、そうかもしれないね。ボク等は天国の様な時間を過ごし、地獄の様な時を迎えた。つまりは両極端な性格が多いってことだよ。でも、ギルは一番優しい子だからね。口ではぐちぐちと言ってても最後には面倒を見てくれるから、ステラもそうでしょう」


「え、えぇ。まあ、……」


 ブクブクと口を湯船に沈ませて息を吐く。思い当たる節があって赤面する顔を隠す意味合いもある。


「さて、リラックスは出来たかな。そろそろ家も出来上がっているだろし上がろうか」


「……」


「? リファ」


 ザバーン! と勢いよく立ち上がったため大きな波が発生してリファを襲う。

別に大した威力ではなかったが別の……パーフェクトボディーが再び眼前に登場したダメージの方が大きかった。


「サキニアガッテテクレマセンカ、コレイジョウハジシンガナクナリマス。ホントウニ……」


 回転速度が鈍くなったのか片言で話す。遠い目をして焦点が定まっていない。


「ふふ、全くシャイなんだから」


 可笑しそうに笑いながらサーシャが温泉を後にした。

 ――それからしばらくしてリファの温泉から出た。いろいろと自身が喪失する要因に出会った気がするが日々の疲れが取れて、サーシャとも長い時間話せたと思えば結果、有意義な時間になったと思う。

 

 家の場所に帰ると作りかけで出かけていたから心配していたが杞憂に終わった。そこには新しく出来上がった二人用に家がある。

 その家に入る前にギル達に顔を出すと見事に爆睡している。

 その様子を二人で顔を見合わせて笑うと、新居に入って夜を越した。

 


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