第25話 魔女の悪戯 前編

 ドクン、ドクン、心臓の音が高鳴る。

 リファの行動すべてを二人に見られている気分だ。


 ――よし。


 覚悟を決めたリファは自身の森に対する違和感を伝えた。

 自分なんか、って卑下にするつもりはないけど、それでも、外も中もリファよりもずっと優れていて、いくつもの修羅場を乗り越えている二人に言うのはそれだけ緊張するというものだ。

 一回、しっかりと息を整えて言う。


「この森なんかおかしくないですか? 具体的にはよくわからないんですけど、でも、でも、あ、……頭の悪い子だと思われたくないので言いにくかったんです。でも、……なんというか、……この道少し前にも通りませんでした? 同じ場所を延々とループしている感じがするんですけど……」


「――――」

「――――」


 立ち止まってギルもデュークも言葉を出すことなくリファの声に耳を傾けている。

 最初に言ったそれがリファの違和感だった。

長くまっすぐに続く獣道、同じような景色が淡々と流れていくため目の錯覚かと最初は自分を疑ったが、あることをしてそれは疑惑から確信へと変化した。


「あの、証拠もあります。それを見てください」


 と、リファが指さしたほうはまだ足を踏み入れていないとされている獣道だった。


「あのリボンは私がつけたんです。おかしいですよね。まだ行ってない道に私にリボンが結ばれているなんて。そして、時間を経るごとに強まっていく既視感。これはもう同じ道をループしているとしか考えられないんです!」


 リファの言う背の低い木の下の枝に黄色のリボンが結ばれている。そのリボンは真新しく雨風にうたれた後も太陽によっての劣化もなく新品そのものだ。

 そこまで言うと急に恥ずかしくなったのか、おどおどとし始めたリファを見てデュークとギルは顔を見合わせた。


 ――あちゃー、どうしよう、……これは変なことを言って場の空気を悪くしたパターンなのかな。


 なんてことを考えるリファ。

 それでも二人は肯定もしなければ否定もしない沈黙の時間が続く。リファにとってこれほど精神的に参る時間はそうそうあるものではない。

 体を小刻みに震えさせて目を固く閉じてどちらかが発言するのを待つ。


 パチ、パチ、……。


 以外にも聞こえてきたのはギルによる拍手だった。


「え!?」


「よく気づいたね、感心感心」


 呆然とするリファを他所にギルが話し出す。


「ギルもデュークさんも知っていたの?」


「もちろんだ、ここに入ってすぐに違和感が発生していたからな」


「俺もデューク程早くはなかったけど比較的早めに気付いていたかな」

ここにきても表情一つ変えないデュークに呑気に答えるギルをみて自分かここまで葛藤していたことがばかばかしくなってくる。


「でも、ちょっと待ってください! なら、どうして何もしないんですか?」


 当然の疑問を二人に投げかける。


「これを仕掛けたのはサーシャだ。何を考えてこんなことをしているのか様子を探りたかったからな」


「――っ! なら、このループっていつから始まっていたんです?」


「私たちが終焉の森に入った時から、だ」


「そ、そんなすぐに私たちが入ったことやそれが誰かなんてわかるものなんですか?」


「私や魔術師には無理なことだ。だが、あいつは魔法使い――不可能を可能にするくらいの事簡単にやってのけるものさ」


「ま、魔法……使い……」


 聞きなれていない単語に首を傾げたが今、最優先事項なのはそんな言葉の意味じゃなくてこの状況の脱却である。


「今は一体何が起きているんですか? どんな原理でループが発生しているんですか?」


「これはサーシャが最も得意な魔法、時空間魔法だね」


 デュークに変わってギルが答える。


「時空間……」


 またしても聞いたことのない言葉だった。


「時空間魔法自体は結構単純。空間を圧縮する、歪める、切り取る、つまり、空間や時間という概念に様々な要因で働きかけることが出来る魔法だよ」


「それがどうしてこうなるの?」


「サーシャは俺たちが歩くであろう道をある程度の長さをもって切り取り、その最初と最後を繋げたんだ。つまり、俺たちは今真っすぐに歩いているように見えるけど、実際には円を描くようにクルクルと回っているだけと言うことだ」


 聡明なリファの頭でも理解しきることは出来なかったが、簡単な話クルクルと回る別の空間に閉じ込められた、という認識で間違っていないはずだ。


 ――なら、


「ギル! 早く何とかしてよ」


「あ~、それは無理、俺の力じゃサーシャには勝てないんだ」


「――――」


 もう何度目になるのだろうか、予想を裏切るギルの言葉に硬直するリファ。ギルが勝てないというのは、物理的なのか、実力的なのか、そんなことは計れないが、解決方法がないとすればピンチ以外何物でもない。


 ――どういうこと、ならこの場所にずっといないといけないってこと……。


 信じたくない現実がリファに襲い掛かる。


「うっ……」


 嗚咽の声が漏れないように必死に我慢するが、逆にそれでばれてしまう。


「あ――! 違う、違う! 確かに俺の力じゃどうすることも出来ないけど、だか

ら、最初にデュークを連れてきたんだ! デューク手早くしてくれ」


「まったくいつも思うが人に物を頼む態度とは思えないな、でも、女性を悲しませておくのもたま許すことが出来ない、きっと君の望む展開とは違うのだろう、サーシャ。実験の失敗の責任はギルがとってくれるだろう」


「――勝手なこと言うなよ」


 ギルの態度に少し不満を有るような言い方をするデュークだったがここは素直に無限ループ破りに協力してくれるようだ。


「一体どうするの?」


 堪えていた涙が少し溢れている。


「見ていればわかるよ」


 ギルの言葉通りにデュークは次第に集中していく。


「デューク、さすがにサーシャを相手にするのはしんどいか?」


「黙っていろ! 気が散る」


「お、おう」


 思わず蹴落とされるほどの威圧を放つデューク。

 

 集中力が高まってきたのか魔力の高まりを肌で感じることが出来る。


「支配を始める」 


 その直後パチン! とどこかで聞いたような指パッチンの音が周りの木々に反響していく。


「リファ、こっちへ」


「あ、うん」


 ギルに呼ばれるままリファはギルの横に立ってその肩を抱かれる。一瞬ドキ! としてしまうが、それがいやらしい意味でないことがすぐに分かった。

 パリン! と薄いガラスが高い場所から落ちた時にする妙に綺麗な音が木霊する。その音に驚いてリファは慌てて周りを見渡すとデュークの正面に大きな亀裂が入っている。

 これは地面にできたものではなくて空気上に、この場合は空間に亀裂が入ったのだ。

 その亀裂は時間と共に大きくなっていき、大きな亀裂はやがて小さな亀裂を生んで全方向に大なり小なりの亀裂が入りきった。

 当然、亀裂が入りすぎれば空間はその空間を維持できなくなり崩壊する。

 この場所も例外の漏れずにさっきからパラパラと空間の欠片が宙を舞っていた。


「あわわわ」


 リファは眼前で起こっている超常現象に気を保つことで精いっぱいだった。

 徐々に落ちてくる欠片は大きさを増していきギルの身長並みの欠片が降ってくることもある。

 空間の欠片が抜けた場所には黒い塊のような物が露出している。

 視認できる空間の半分近くが落ちてくると、今度は地震に似た地揺れが発生した。


「きゃー!」


 滅多に経験することのない地震の恐怖にリファはギルにしがみつく。今考えてみればきっとギルはこうなることが分かっていたようだ。

 地震が治まると一気にブラックアウトした。まるで、暗闇の中にある一本の蝋燭を吹き消した後のように漆黒に染まっていく。

 しかし、それも時間的にすれば一瞬のことに過ぎない。

 一回瞬きをした後にリファの瞳が映していたのはさっきと何も変わらない木々の光景だった。ただ、違うことと言えばリファたちのいる場所だ。

 さっきまではどことも知らない場所にいたはずだったのだが今はギルが入りたくないと駄々をこねたことでよく覚えている。


 ――終焉の森の入り口に三人は立っていた。


「なんだろう。私いろんなことがありすぎて頭くらくらしてきた。ねえ、ギル、ここ

は元の場所でいいんだよね」


「ああ、結局俺らは一歩も動いていなかったということだ」


 どうやらここにきて一歩踏み出した瞬間に別次元に飛ばされていたようだ。


「デュークさんは一体何をしたの?」


 気になっていたことだ。それに、デュークがやった指パッチンは最初の出会いの時と同じ、でも、今度はリファの意識が持っていかれることはなかった。


「リファと出会った時とはまた違う、……訳でもないけど、さっきやったのはデュークの権能の一つ『支配』だよ」


「支配……」


「そう、すべてを支配してデュークが唱える正義を実行し統治する。俺が物理的な破壊を選んだのに対して、デュークが選んだのは目に見える『暴力』じゃなくて目には決して見ないけど絶大な力を発揮し人々を支配する『権力』ってことだな」


「――」


「おしゃべりが過ぎるぞ」


 この場の支配統治を終えたデュークがギルとリファの元に近づく。


「どうだ、デューク?」


「どうだ、と聞かれても答えに苦しむな。……現状だけで言えばこの場は完全に支配した。だが、サーシャはエリックを使っていない、もしもこれから使ってくるようならこっちも本腰入れないと手に余るかもしれない」


「さすがに、そこまでは……」


 そこまで言い終わるとデュークは目を細くして遠くが暗く染まっていて全貌が見据えない獣道を睨む。

 今回はデュークの簡単な支配でも十分に統治することが出来た。しかし、これ以上サーシャが乗り気になると制御器を使わざるを得ない状況になる。またはデュークが持つもう一つの能力を行使する必要がある。


「んじゃ、デューク今度こそ前に進んでいこうか」


「そうだな、……っと、リファ、君はどうする。この先付いてくるならまたさっきの様なことは起こり得る。嫌ならここで待っているといい」


「私は……」


 デュークの提案に言いよどむリファ。


 ――しかし、


「行きます! ギルにも言いましたけど、ここまで来たのなら最後まで付き合います。じゃないとなんか納得できない自分がいるので……」


「ふっ、わかった。なら止めることはしない、離れずについてくるんだな」


「はい!」


 これでようやく三人は終焉に森にてその歩みを進ませることが出来た。


                   ※


『あ~、もう面白くない!』


 自らの手で作り上げた特製の時空間がデュークに支配され解除されたことを感じ取ったサーシャはひどくご立腹の様子だ。


『確かに簡単に解除できるようにエリックは使わなかったけどさ、この程度でのボクが満足する訳ないと知っているはずだよね。デュークってば昔っから頭が固いんだから』


 ぶつぶつと呟きつつも次の作戦について思考を巡らせはじめる。


『やっぱりデュークはカッチカチの超合金の様な脳みそしているからボクの遊びに付き合ってくれる率メイと同じくらいに低いんだよね。……まあ、こんな時のためにギルがいるんだけどね。責任を取ってもらうのは当然だとしても、まだまだ始まったばかり』


 次の目標が決まったとばかりに怪しげな笑顔を浮かべ下で唇の渇きを潤したサーシャは次なる作戦に踏み出す。


『これは君のために用意したんだよ』


 今開いていた研究書の内容を読み上げて、実行しようと準備を始める。


『ギ~ル、君はいつもボクの実験に付き合ってくれたね。その度にボクの予想を超える結果をもたらしてくれたことが何度もあった。今回もそれを君に期待しよう。久しぶりなんだ、君の成長とボクの研究の成果を見せてよ』


 パタン、と本を閉じて妖艶な笑みを浮かべてサーシャは笑い続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る