第24話 終焉の森
――翌日。
日の出とともに三人は行動を始めた。
そんなに急ぐ必要性はあまりなかったがリファが「また襲われたら嫌」と言ったことから早めの出発となった。
「何度見てもすごい……じゃない。……哀しくなってくる光景」
リファが呟いた眼前には廃墟が連なっている。ここにいる人間の大半が廃人と化しているためこんな朝早くから動いている人なんているはずがない。
物音ひとつしない活性を失った街並みはより一層、心に哀愁を漂わせる。
「この町に情を移すようなことはするな。物乞いなんかは言語道断。一度付きまとわれたらなかなか離れてくれないからな」
連なる廃墟の中を歩くリファはギルとデュークの挟まれる形をとっている。不測の事態にも敏感に反応できるように。
「ねえ、デュークさん。どうしてこんな町にいるの? ギルみたいにフラフラ旅をしたりしなんですか?」
「ギルのように路頭に迷ったがごとく旅をするのもいいかもしれないが、なにぶんこっちは大罪人。どこで捕まるかわかったものじゃない。その点に関してこの場所は最適だ。無法地帯が故に常に暴力が渦巻いてはいるが私に勝てる者はいない。どんなにマイナスが強くても思考と行動でプラスに転じることは可能なんだよ。少し頭を使えばな……」
そのタイミングでデュークはギルの方をちらりと目配せをした。
「おい、その言い方だと俺が頭悪いみたいに聞こえるんだが」
「意外だな、逆にそれ以外の意味に聞こえていたら吃驚していたところだ」
「俺だって考えて行動しているわ!」
「その結果こうして私にすがりつくことにいつも帰結する。頭を使っているというの
ならもう少し頑張るんだな、愚弟よ」
「くそ、正論だけに言い返せない」
「あの、……二人とも落ち着いてください」
リファの仲裁で事なきを得た三人は足早に廃墟が並び立つ無法地帯から立ち去った。
※
別に廃人の集まりであって暴力の犇めき合うスラム街と煌びやかな衣類、装飾品を纏った人々が歩くキリル国内とで明確な境界が存在しているわけもなく、王都の町にはいつでも行き来自由である。
しかし、現実問題として王都の煌びやかな生活は精神的にも金銭的にも継続できるのは一部の富豪のみ。
それ以外の人は借金まみれか安価な装飾品をこれ見よがしに見せびらかしている。俗にいう似非貴族。
原則、キリル王国は超格差社会のである。
聞こえは悪いかもしれないが実体的には格差を強いているため自分の身分だけは絶対に保証するというものだ。しかし、現状はそうでなく平民はもちろん、貴族の方も下手をするとスラム街へ落ちてしまうことがある。
特に貴族がスラム落ちをするとそこの住民からこれまでの鬱憤を晴らすかのような洗礼を受ける。
なぜ、このような事態が発生するのか理由は明確である。
それは欲だ。
人間とそれ以外の動物の違いでもある欲は面倒なものだ。
人は常に欲している。地位を、名誉を、金を……。
しかし、現実は残酷なものだった。どれだけ自分の持つ欲求を満たして言っても飽きることなく次から次へと湧いてくる。そして、止まることのない湯水の様な欲望はやがて自らの身を蝕み、滅ぼしていく。
人間の悲しいことは一度落ちてしまうとなかなか這い上がれないことだ。よって、スラム街から脱出することは無理に等しい。
「世知辛い世の中なんだね」
「十五歳の子供が悲しいこと言うなよ」
デュークによってスラム街と王都の違いを聞かされたリファは目を半開きにして声もトーンを落として寂しそうに言った。
「仕方がないさ。せっかくキリル王国によって自分の身分は保証されていたはずなのに欲に駆られて身分不相応な行動をして身を滅ぼしたんだ。同情する余地はない」
同情に似た感情にリファが浸っているとデュークがすぐさま牽制する。
しかし、リファはそう感じてしまっても仕方がない。
再びクネクネとした路地裏を迷走してたどり着いたのはキリル王国の王都内だった。
キラキラと輝くかのような目に映る光景は素晴らしい。つい昨日もここに来たはずだったのにすでに懐かしい激情が心の中を駆け抜ける。
あの時は気付きもしなかったが奴隷の人を見るとその目にはまだ僅かながらでも生気が宿っている。それは無駄に高そうな服を着ている人とは比べ物にならないほどに弱々しく拭けば消えてしまいそうなほどだったが『宿っている』ことの意味は大きい。
スラム街にいた人の目には生気はまったく感じられず、逆に絶望や他者への嫉妬も感じられない。そこにあったのは無だ。
ただ思考を停止して本能のみで行動しているというと語弊が少ないだろう。
「ねえ、やっぱり大丈夫なの? そんなに堂々としてて……」
足早に走りゆく人、貴族を前にペコペコ頭を下げている人たちが渦巻く王都内にてリファが二人を見上げるように言った。
「前にギルにも言ったような気がするけど正体がばれたら大変じゃないんですか?」
「それは愚問だ、リファ。仮に君に一つ質問をしよう。例えば今すれ違った人から遡って五人前の人の特徴を言えるのか? 例えば性別や髪形、服装とか、と聞かれたら答えられるのかい?」
「そ、それは……無理ですね」
「つまりはそういうことだ」
堂々としていれば見つからないものだ。
逆にこそこそとしていれば人の目に留まりやすい。ギルもデュークも熟知しているので足取りに迷いがない。リファのほうがずっときょどきょどしてしまいどっちが罪人かわからない。
※
余談だが、キリル王国はファーガルニ王国と比べるとその規模は圧倒的に小さい。
ファーガルニ王国を『大国』と呼称するのならばキリル王国は『小国』と呼ばなければならない。
元来、国と言うのは大国が生き延びるのがセオリーである。小国はいつの時代も大国の吸収されてしまうものだ。その形が話し合いでの合意吸収なのか武力によって、戦争によって勝ち取った強制的吸収なのかの違いである。
ファーガルニ王国は言わずと知れた大国であるから軍事力に関しても申し分ないほどに備蓄してある。しかし、キリル王国は小国が故に仮にファーガルニ王国との全面戦争が勃発すると勝ち目はないに等しい。しかし、そんな情勢をキリル王国は生き残っている。
その大きな要因になっているのはキリル王国からさらに北西に位置する深緑の森のお陰でもある。いくつもの黒いうわさが流れる森、呪いが充満する森、様々な逸話が残っている森を人は『終焉の森』と呼んだ。
なにも終焉の森はマイナスな出来事ばかりを引き起こす場所ではない。ファーガルニ王国を出た際にもあった樹海を連想させるが、……否、認識できる道もない広大すぎる森は中に入ったものを決して出すことをしない。つまり、中に入れば出てくることは出来ない。
そんな森に国の周りの半分近くを囲まれているキリル王国はもう半分の軍事力をもって対処すればいい状況だ。少ない軍備でもそのくらいは可能であった。
※
現在三人はキリル王国内王都の中心部付近を歩いている。
「私ファーガルニ以外の国を知らないので正確なことわかんないですけどキリルって小さい国なんですか?」
「比較対象にも関係してくるが君の祖国ファーガルニと比べれば小さいと言われるだろう。それに国際的な視点からでもキリルは大きな国とはいえない」
「へ~そうなんだ。――あ、そうだ、デュークさん! 聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「私に答えられることならね」
「どうしてキリルの……あの、スラム街に住んでいるんですか? ギルにも聞いたんですけど、本当かどうかわからなくて、……。デュークさん強いから不安になることとかないと思いますけど、それでもやっぱり心地いいところとは思えませんよ」
「俺の言ったこと信じてなかったんかい!」
口を尖らすように言うギルの言葉を耳の片隅で捉え改めてデュークを見つめる。
思い出すのはスラム街を歩いていたときに常時感じていた男の視線。
見渡す限りの廃れた街並み。
人が人であることを捨てた様な廃人。
そして、王都に戻ってはっきりとわかった具体的にどうこう言えないがスラム街では鼻を刺すような刺激的な、不快なにおいが充満していた。
「ギルに聞いたのなら話は早い。多分その通りだよ。私はネズミであって大罪人だ。まさにうってつけの場所だと思っているが」
「そうかも……う、……でも、……納得でき……ないような……」
口ごもるようにしてもごもごと言っている。そんな様子を見かねたデュークはステラに言い聞かせるように言う。
「リファ、私はまだ君と出会って日が浅い。しかし、ギルから聞いた君の情報が間違っていなければ君はとても優しく賢い子だ。それ故かどんな不平等も許してはいけないような正義感を持ち合わせている。しかし、あまり親身になって首を入れすぎると狩られるかもしれない。そのことを頭の片隅に置いておけ、愚かで浅ましい私たち先人の知恵として」
「は、はい」
デュークの言っていることの意味は理解できなかったリファだったが隣を歩いているギルも神妙な顔でデュークの言ったことに肯定の姿勢をとっていることから言われたとおりに頭の片隅に置いておいた。
それからしばらく歩き続けた。
途中いくつか会話をしたが他愛もないようなものだった。歩き続けているさなか、リファは大切なことに気付く。
「そういえば聞きそびれていたんですけど、私たちどこに向かっているんですが、もとい、サーシャさんってどこにいるんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ、ごめんごめん、……サーシャがいるのは――」
「終焉の森だ」
「――えっ!」
「――」
ドヤ顔で言おうといたギルの言葉をデュークが横取りにした。当然、ギルは睨み節を聞かせた双眸でデュークを捉えるが全く意に介する様子はない。
いつものように表情を一切変えることのないデュークにギルが無駄な抵抗をしている背後でステラが固まっている。
「ちょ、ちょっと待ってください! ファーガルニ以外のことに疎い私でもその森については知ってるんですよ!」
直後慌てた様子で手をわしゃわしゃと動かして必死に伝えようとする。
「あの森って樹海と比べられないくらい広くて聞いた話だと一度入れば出てくることは絶対にないって……。未来永劫彷徨い続けるらしいんですよ」
「んなこと知っているよ」
答えたのはギルだ。
「でも、サーシャがいるってんなら行かないといけないでしょ」
「――でも、でも!」
ギルにしては珍しく正論を言っているようだがステラは終焉の森が放つ数々の逸話に足が止まってしまった。
「それにあそこには悪い魔女がいて入ってきた人間の魂を食べてしまうともいわれているんですよ!」
「それサーシャだね」
「サーシャだな」
異口同音に二人が言う。
「――は!?」
訳が分からないといった顔をリファが浮かべる。
「一体何を……。性格が悪いと言っても限度があるでしょう」
「そうとも言えない。サーシャは俺等以外の人間に何か感情があるわけじゃないから、他の人にならどんなことをしても不思議じゃないな……」
「サーシャ曰く、この世で最も不思議で神秘的かつ生態が明らかになっていないのは人間だと言っていた気がするな。前にもなんか言っていたことがある」
――それは昔の話。
『ねえ、デューク。命って何だろうね。ボクは今、命に興味津々だよ』
『何を急に言い出すんだ、サーシャ』
『考えてみてごらんよ。学者は言う。この世界のすべては極小の物質の集合で構成されていると。魔導はまた違う分野だから一概に言えないけど人の体もいろんな物質が集まってできているということだ』
『何が言いたい』
『命とは何だろうね。命と言う物質が存在しない以上、命もまた何かの物質の集合体であることになる。でも、それを解き明かした人はない。かわるかい? これはすごく興味深いことだ、いつかこの手で研究できればいいんだけどな』
『勝手にやってろ』
――回想終了。
「終焉の森に足を運ぶのは大半が自殺志願者と聞く。ならサーシャの実験材料になるのは当然のことだ」
なにやら考え事を経てデュークが言った。
「そうなんですね……」
明らかに引いている様子のリファはサーシャと言う人物に目には見えない様な恐怖を抱いた。
「まあ、安心して、俺らと一緒にいる以上、サーシャが何か仕掛けてくることは多分ないから」
「ギル、……そこは嘘でも『多分』なんて付けちゃダメなんだよ」
はあ~、とため息をつくリファ。会いに行く前から気分が沈んでしまっているが、いつまでもへこんでいては始まらない。
彼女のいいところは適応力の速さである。
いつまでもへこんでいたって事態は打開しない。打開するためには前に向かって進んでいかないと。
「よし! 覚悟決めた、すぐに行こうサーシャさんの所に!」
「こっちは最初からそのつもりだよ。……ぐふっ!」
元気に宣言するリファの脇でギルが呟く。興が逸れたことがステラのやる気にヒビが入ったのかズゴッ! とギルの脇腹に指先をめり込ませた。
「茶番はもういいか。ばれないとはいえ、あまり人通りが多いこの場所で長居はしたくない。今日中に人通りが少ない場所まで進みたいのだが」
「別に茶番なんかしてねえよ」
「まったくギルが騒ぐからいけないんだよ」
「いや、俺のせいじゃ無えよ」
「いいから足を動かせ」
いつまでたっても子供っぽいギルにデュークが一抹の不安を感じる。
それからもワイワイ、ガヤガヤと談笑して王都内を進んでいく。周りの人は二十代の男性二人と少女の組み合わせがいがいなのかたまに凝視してくるものもいるが基本的にノータッチだった。
それから一日半経過し、ギルたち三人がたどり着いたのはキリル王国の北西端に位置する国境沿いだった。
この先はすぐに終焉の森になっていて、近づく者はほとんどいない。ここから見える森の中は漆黒に包まれていて遠くは見えない。
今の時刻は昼過ぎだというのに、森の中には生い茂る樹木の影響からなのか、光が届いていない。
森とカテゴライズされているため基本的にどこからでも侵入できるが三人が今いるのは目の前に整備されていない獣道が広がっている。
きっと、幾重の自殺者もここから入っていったことだろう。
そんな森を眼前に控えて三者三様といった雰囲気を出している。
――デュークは特に表立った感情は出しておらず日常と全く変わらない。
――リファは畏怖の対象ともいえるこの終焉の森を目の当たりにして目を強張らせて、口は強く結ばれている。
――肝心のギルは会わないといけないのは分かっているようだったが、なにぶんこれまで幾度となく実験体として弄ばれてきた過程から無意識に遠い目をしていた。
「ぼー、とするなギル。入るぞ」
先陣切ってデュークが森に足を踏み入れる。
「次は私が行きます! なんだが最後って怖いので。ギルが最後でお願いします」
「まあ、こんなのは一番後ろを歩いている奴からやられていくから。……おい、ちょっと待て、リファ。その言い方だと俺はやられていいみたいに聞こえるんだが」
「大丈夫! ギルならきっと乗り越えられるよ」
「罪悪感すらない笑顔で言うな」
デュークが着ているスーツの袖を掴んだリファは不機嫌そうに不満をあらわにするギルを適当にあしらってデュークからはぐれないようにしっかりと捕まった。
既にリファはデュークに心を許している。外見は鋭い目つきに褐色の肌と言うことから怖そうなイメージが付き添うがリファは気にしていない。
その理由は簡単だ。誰かを惹きつけ、その手を握り導いていくことはデュークが最も得意とすることだからだ。
生まれながらの支配者と言える。よって、ステラもデュークを慕っているのだ。
その少し後ろ、ギルも早く入らなければうまく合流できなくなる。
「――」
過去の記憶が足を動かすことを拒否しているが仕方がない、と自分に諦めさせて如何にも面倒くさそうな、嫌そうな顔をして後に続いた。
全身で感じるこの『嫌な感じ』を実感しつつもため息一つついて森へと踏み込んだ。
※
『――おや、またボクの庭に誰か入ってきたようだね。今度は何の実験を試そうかな』
ほのかに木々の匂い香る小さな小屋の中。
そこにいるのは若い女性だった。
椅子に浅く座り、足を組んでテーブルに置かれている紅茶を手に取って口へと運ぶ。
再びカップをテーブルの上へと戻すと口元を少し釣りあげる。その際に紅茶によって濡れた唇が艶やかな輝きを放っていた。
『今度はこれがいいかな。……ん、……』
カップの隣に置いてあった分厚い古書を広げて様々な項目に目を通している最中のことだった。
彼女の眉間に皺が入る。
それは別に紅茶がまずかったわけでも古書が解読不可能だったわけでもない。
『――懐かしい』
自分の魔力を限界まで広げて索敵を行っていた彼女にとって兄弟の魔力を感じ取ることは造作もないことだ。
それにいつもは魔力をほとんど持たない自殺志願者しか来ない。その中で強大な魔力を持つ者が来れば一発でわかるものまだ道理。
『この圧倒的な威圧する魔力はデュークだね。ははは、いつになっても変わらないな。……ん? んんんんんんん? デュークにくっついている人は魔力反応が薄いな、制御器を持ち合わせていないのか。デューク、……君はいつからそんな趣味を……。なんて、そんなことあるはずないか。生真面目な君のことだもんね。良かった、ボクを心配させないでほしいな』
足を組んだまま背もたれに背中を預けると盲目してさらに深く探る。
『もう一つ大きな魔力反応があるじゃないか。……これは! ふふふ、ははははははははははは! まさか君の方から会いに来てくれるなんて嬉しい限りだよ、ギル! ボクは君にしてみたい実験が多くあるんだ。……もちろん付き合ってくれるよね。ボクの可愛い弟、ギルバード』
間違いなく、ここ最近で最も陽気な声で笑い、そして、最も邪悪な笑顔を振りまいている彼女こそギル達の探している人物だ。
『何の目的でボクに会いに来るのか分からないけど、そう簡単に行くと思ったら大間違いだよ』
そう言って彼女は立ち上がって自分の真後ろにある本棚に手を伸ばした。
そこにはありとあらゆる分野の専門書が並んでいて彼女がこれまで行ってきた人体実験、生物実験についても詳細な結果を本にして本棚の片隅を汚している。
『どの実験がいいかな。……せっかく二人も来てくれるのに生半可なものじゃ申し訳ないよね。デュークはともかくギルには特別なものを用意してあげないと、ボクの実験参加皆勤賞のギルには特別な実験があってもいいと思うんだ』
ペラペラと本のページを捲る速度を緩めない彼女は真剣なまなざしで探していて、時折見せる笑顔が素晴らしい――否、恐ろしい。
『それよりもデュークってば、せっかく近くに住んでいるのにボクに会いに来てくれないんだから。今もギルに説得されてなのかな、どっちにしろ楽しみが多いに越したことなないよ』
また嗤う。
彼女を知っているものからすれば、この時の圧倒的なまでの笑顔は偽りの物で実際には自分の好奇心を満足させることしか考えていない最悪の魔女。
『ん~、久しぶりの再会だからね、あまり難しいのをやると嫌われてしまうかな。難しいな……。おっ! ならこれにしよう』
手を止めたページに記述されている内容は一般人では絶対に耐えることが出来ず、精神が壊れるのが早いか、肉体が死ぬのか早いか、だけの結果しか出てこない様な高難易度の物ばかりだ。
『この程度が乗り越えなくてボクに会いたいなんて言わないでよね。せいぜいボクを楽しませておくれよ』
その本を持って比較的広い場所に移動する。
本を片手に自分の魔力を集中させる。すると、足元に魔法陣が展開し輝きをもって反応した。
『いつだってボクを心から満足させられるのは君達だけなんだから』
――サーシャ・スネークは静かに笑うと、また椅子に腰を下ろして残った紅茶に手を付ける。
どことなく、さっきの紅茶よりも甘く感じる。これは、久しぶりに兄弟に会える事で味覚も喜んでいるためなのかは知らないが、サーシャは稀にみる上機嫌でカップに残る紅茶を減らしていく。
※
――おかしい。
そう思い始めたのはいつ頃だったろうか。
私がデュークの袖を掴んで終焉の森と呼ばれる危険地帯に入ってもう数時間程度は経過していると思う。
未だに視界に捉えているのは木、木、木、木だけ。
それだけ緑が広がっていて、どれだけ目に優しいんだ、とツッコミたくなる。
この中で私はすべての分野においてデュークさんとギルに劣る。あっ! でも、女子力なら勝てる。てか、勝てないとなんか悲しい。
そんなわけで今、私が脳裏を揺らす違和感を多分二人もと悟っている。それを踏まえた上でどうして何も言ってこないんだろう。
え、え!? これはまさか私にも本当は莫大な魔力が眠っていてそれがこのタイミングで開花したとか……なんて思いたいけど現実はそんなに都合よくできていないことくらいわかっている。
――どうして、なにか聞くべきかな?
――でも、二人とも意図してやっているなら私が不要に何かすれば悪影響があるかもしれない。
果たしてどうすればいいのか。
明確な答えなんかは存在しない。
つまり、現状で大切なことはこの状況をいかに脱出すべきか。万に一つの可能性もないとは思うけど、仮にこの違和感に二人が気付いていなかったら無駄に沢山の時間を使うことになる。……それは私としても避けたい。
すー、はー、すー、はー、静かに深呼吸をすると自分に喝を入れた。
あ~、下っ端が進言するのってこんなに怖いんだ……。
でも、何かを変えるのはいつだって怖いものなんだ。
って……、そんな大層なことじゃないけど。
私は掴んでいるデュークの裾をそのままにその場に立ち止まった。
「? どうかしたのか」
止まった私に優しく聞いてくれるデュークさん。後ろを歩いていたギルも追いついて止まってくれた。
言え! 言うんだ!
「あの、気になることがあるんですけど……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます