第21話 理想と現実

「リファ、怪我はないかい?」


 盗賊の男を始末した後、ギルに纏っていた雷光を沈めた。

 リファは固く眼を瞑ったままうつ伏せの状態で倒れていて恐怖からなのかすすり泣く声が聞こえる。

 ギルはリファに近づくと、姿勢を低くして拘束されている手の部分の鉄を掴んで力を入れて砕いた。同様に足の枷も砕きリファは自由を得た。


「お~い、リファ、……リファさ~ん」


 それからしばらくたってもリファが起き上がることはなかった。

 ――おかしいな、あの攻防でもリファには傷一つついていないはずなんだけどな。

 しゃがみ込んでギルはリファの腰を突く。


「ひひっ……はは」


 その度にこらえるような笑い声がすることから気絶していたり、寝ていたりしているわけじゃなさそうだ。

 さすがのギルも幼子にちょっかいを出し続けるのは倫理的によくない気がして唯しゃがんでリファの出方を待った。


「…………………………………………………………………………どうして、助けてあげなかったんですか?」


 喉の奥から絞り出す声で言う。

 それは、一度は胸の中に封じて納得したはずの感情が再び爆発したのだ。震える手に、体。

 血の海に化した床を眺める度に、ギルが一撃で斃したことも重なってリファの中に小さくも深い思いが込み上げてきた。


「ギルがもっと早く行動してくれていれば、大勢の人を助けることができたはずです! まだ、私と同じくらいの子もいた。どうして助けなかったの? ただ、徒に死者を増やしただけじゃん」


 うつ伏せで寝ていたリファはゆっくりと起き上がって床に正座して、拳を強く握りしめて俯いた顔に涙を伝わせながらギルに詰め寄る。


「リファ、君は勘違いをしているよ」


 リファの必死の言葉を受けてもギルの表情が変わることはなかった。


「何度も言っているけど、俺は行動で正義を証明する英雄でも口先だけで正義を証明する偽善者でもない。この身を偽ることのない大罪人でテロリストだ。俺はあくまでも自分のためと兄弟のためにしか戦わない。それ以外の人間がどれだけ傷つこうが死のうが特に興味がない。でも、今回はリファを守ると約束していたから例外的に君も含まれていた、それだけだよ」


「でも、でも! でも!!」


 ギルの説明に納得できるはずのないリファは顔を上げて涙を流しながらギルの顔を下から覗き込む。


「俺は欲張らない。自分の目の届く範囲全部を助けることなんてしない。ただ、自分と関係者にふりかかる火の粉だけ全力で払う」


「――」


 リファを見つめるギルの目は真っすぐに真理を覗いている。この言葉に偽りはないと断言できてしまう程だ。そのことを理解できてしまうすてらだからこそギルの言葉に言い返すことが出来なかった。

 再び俯いてしまったリファはギルの肩に手を置いて言葉を失い、首を垂れる。


「リファ、君はここで頭を落ち着かせていろ」


「どこかへ行くの?」


「ちょっとイライラが募っているからね。外の奴らで鬱憤晴らしをやってくるよ。それに、このままだと先に進めそうにないし」


 自分の方からリファの手を外させるとギルは立ち上がって荷台の外へ向かう。

 ……その時のリファの悲しそうな表情に後ろ髪を引かれそうになりながらも。

 

 馬車の外は中よりもヘタをしたら酷い状況だった。

 まずは、気配を殺して荷物が集められている箇所に足を運んで、奪った片手剣を探し出して見つけると手にして出て行った。

 次ぎに目に入ったのはこの荷台を運んでいた馬は胴を切断されている。おそらく、ギルが殺害した男の斬馬刀が殺ったのだろう。


 ――これで足が無くなったな。

 ――そういや、あの斬馬刀は制御器じゃなかったな。ま、あの手の自分の筋肉に自信を持っている奴は魔力増幅を信じていないやつも多い。


 溜息を吐くギルが次に目にしたのは、盗賊の十数人の男たちが護衛の騎士を弄んでいる様子だった。

 近くの大きな木に四肢を打ち付けられてナイフで数え切れないほどの傷をつけられていて、腹部には大きな切り口があり、そこから内臓があふれ出していた。もう一人は手足を斬りおとされて心臓に杭が打ち込まれている。どちらも瞳孔が開いていることから死んでいると直感した。

 騎士である以上、魔力を有していて制御器だって持ち合わせているのでもう少し善戦しているのかと思ったのだが、数には勝てなかったようだ。しかし、お互いに魔力が使える者同士抵抗したのだろう見渡せば地面が抉れていたり木々が大きく傷ついたりしている。

 そして、道端には年端もいかないような子供が頭をなくして倒れている。おそらく、中に襲撃があった時に隙を見て逃げた内の一人だろう。その少し先で同じような遺体がもう一体見えた。


「趣味が悪い」


 その様子を見たギルの素直な感想だった。


「お前たちには美学がない。同じ犯罪者として恥ずかしいよ」


「――」


 さすがにその声は盗賊の男達にも届いたようで一斉にギルに視線が集中する。


「なんだ、てめえは、どこから湧いて出た」


 円に一番外側。下っ端と思われる人が話しかけてくる。


「馬車の荷台の中から」


 正直に答えるギル。しかし、その瞬間にギルを見る視線は興味本位の物から殺意が込められたものへと様変わりする。


「そっちには奴隷たちの殺害と回収としてガザを向かわせたはずだ。人殺しを誰よりも楽しんでいる奴だからな。でも、雑なんだよな、さっき外で逃したガキを始末したが、まだ、生き残りがいたのか」


 お楽しみ中だった幹部メンバーが言う。その言葉にギルは考えた。

 ――ガザって誰だっけ、と。


「……ん、……あぁ……あいつのことか!」


 顎に手を当てて考えて、どうやら思い出したらしい。


「そいつなら俺の邪魔をしたから殺したよ」


 平然と言うギル、次の瞬間、殺意に加わり警戒の目でギルを捉えて幹部メンバーはすぐに下半身を隠して、下っ端共は間髪入れずにギルに襲い掛かってきた。

 人数は五、六人だろうか、全員が得物を持っている。

 小型のナイフ。

 かすかに青白い光が漏れ見える。制御器が魔力を増幅する関係上特有の光を出す場合が多い。魔力を通してあるナイフなので、切れ味は普通の物よりもずっといい。


「随分殺して楽しかったか。なら、今度は俺の鬱憤晴らしに付き合ってくれよ」


「なんだぁ? 制御器でもない普通の武器かよ。お前はガザかってんだ。でも、あいつよりも弱そうだ」


 片手剣を抜くと、真っ先に飛び込んできたやつの凶刃を器用にかわして、その心臓に的確に突き刺す。


「ごぶっ!」


 口から血を吐いて絶命する。

 出オチもいいところだ。

 それを皮切りに残りの人もギルに襲い掛かってくる。しかし、全く意に介さない様子で相手の攻撃を避けては首を撥ね、腹を掻っ捌き、脳を開いていった。

 物の十秒にも満たない時間だっただろう。ギルの周りには絶命した遺体は転がっている。

 残った連中に目線を向けてみると、実力の差を感じてしまったのか女を盾にするように構えていた。


「なんだ、お前は! なんでそんな強い奴が、騎士でもない奴が奴隷車に交じっているんだ!?」


「まさか、新しい護衛なのか?」


「いいのか、俺らを殺すと組織の全体が見えないぜ。仲間はいくらだっている。王国としても拠点を叩きたいんじゃないのか」


 ギルをどうやら救出に来た護衛の騎士だと思われているらしい。

 確かに賊と遭遇すれば、まず馬車の御者は緊急用の発煙筒を上げる。運よく巡回中の騎士が近くにいれば駆けつけることも可能だ。

 賊たちは近くにいた女を盾にするように後ずさる。頃合いを見て逃げ出すんだろう。こいつらに仲間意識なんてない。

 人質にされている女は意識があるようだった。そして、ギルを期待の眼差しで見ている。

 早く助けてくれ、そんなことを言っている気がする。


 ――嫌いだな、その目は。


「ボルク・ギニス」


 小さく唱えると体に反動をつけて雷で構築した雷槍を、女を盾にする男に向けて放った。


「――え!?」


 理解できない、といった顔でギルを見つめる女。その雷槍は女の腹を貫通して男の腹も貫いていたのだから。


「……どう……して?」


 周りの奴らも静まり返っている。だからこそ、女の悲痛な声がよく届く。

 後ろの男はすでに命を落としたようで背中から地面に倒れている。女も腹に穴が開いたということで死にはしていないが時間の問題だろう。地面に膝をついてギルを見る。


「ノブレス・オブリージュ」


「――?」


 不意に開いたギルの言葉に女は目を丸くする。


「おかしな言葉だ。どうして力がある人は力のない人を守らないといけないんだ。そして、君も助けられることが当然かの様に期待の目をしている。でも、それは傲慢だ。それに、君はここまでの人生において強くなる努力を怠ってきたんだ。つまりそれは、怠惰だ。その二つの大罪を犯した君は俺と同じ大罪人だ。死んでも文句言えない」


「そんな……理屈……おかしい……よ」


 そこまで言うと女は前から地面に倒れて息を引き取った。


「まったく、……ん……?」


 そこまで言ったギルは周りから感じる雰囲気に変化が生まれたことを感じ取った。


「あれ、なにの雰囲気……。いやいやおかしいって、お前らだって散々殺して奪ってきたんだろ! だったら、殺されて奪われることを覚悟しておかないといけないんじゃないの! 今さら被害者面するのか」


 必死に弁明するギルだったがどうやらそんなことではないようだ。


「銀色の雷……伝説の大罪人……ギルバード・ボア……」


 それは畏怖した声だった。


 目が泳ぎ声が消え、体が震え、足が逃げる。


「あっ! しまった無意識の内に使ったのか……」


 そっちか~、と頭を押さえて悔やむ。さっきの雷槍で気づかれたのだろう。そんなことを言えば馬車の中でも使っていたのだが、まあいいか。


「逃げろ! 逃げろ!!」


 誰か一人の幹部メンバーの掛け声によって残りの盗賊は一目散に逃げだした。この中ではだれも勝ち目がないと悟ったのだ。


「待ってよ、これ以上勝手なことをしたら、さらに、絞られんだけど。……仕方がない、証拠隠滅開始だ」


 証拠隠滅と言っても簡単だ、ただ、盗賊メンバー全員を殺せばいいだけだから。

 ギルは手にしている片手剣を納めると、電気負荷を用いた高速移動をして一息で逃げ出したうちの一人に追いついた。

 追いつかれたことに、さらに怯えた男は勇敢にも持っていた剣でギルに斬りかかってきた。焦ることなくかわしたギルは相手の首目掛けて手を振るう。しかし、その手に剣はない、そう思っていた矢先、ポケットからリングを取り出し、光だしてアルグラードを形成しいく。まるで、次元の狭間を鞘走りにするような疑似居合いを繰り出す。

 一片の速度を落とすことなくアルグラードは男の首を撥ねる。


「さすが世界貴族が持っていただけのことはある剣だけど、やっぱり普通の剣だ。アルグラードの方が切れ味は上だな……」


 アルグラードについた血を指でなぞりながらふき取る。


「さてと、後何人だったかな」


 すぐさまギルは高速移動をして次々と盗賊の男たちを蹂躙していく。その姿だけを見ると本当に最低最悪の大罪人にしか見えなかった。

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