第19話 せこい考え
翌日。
二人は今、ファーガルニ王国の国境を目指して歩いている。……徒歩で。
本来なら馬の引く客車があり、それを利用して広大な敷地面積を誇るファーガルニ国内を移動するのが定石だが、行き倒れ寸前で日々を生きているギルにそんな金はなく、実際にファーガルニ王都内にも歩いてきたぐらいだからだ。
「よく移動できましたね」
「別に急ぎの旅でもない。のんびりと移動すれば苦というわけではない」
「はい!」
「なんだい、リファ君」
「足が痛いです」
「……休憩しようか」
約一週間かかるキリル王国までの道程。
ギルとリファは樹海と呼ばれる森の中を歩いている。
そもそも王国同士は隣り合わせに存在しているが、栄えている部分は基本的に王都を中心とした一部分で別に地方土地が比較的栄えているだけ。
ファーガルニなんかは一極集中しているため広大な土地を持っていても王都しか栄えておらず今いる延々続く森も領土的にはファーガルニに当たるがほとんど管理が行き届いていないため無法地帯によくなっている。
「ごめんなさい、ギル。足を引っ張ってばかりで」
「気にすることはない、って格好良く言いたいところだけど、そうだな……」
近くの川で汲んできた水を適当に沸かして白湯にして飲む。
申し訳なさそうにリファが頭を下げる。
どうしてもまだ十五歳のリファに文字通り大陸横断をさせるには無謀だったかもしれない。
「馬車も高いんでしょ」
「まあな、どうしても足元を見られてしまう。ちなみに世界政府が移動するときは馬車よりももっとすごい蒸気エンジンってのを積んだ車っていう鉄の馬みたいな乗り物を出すらしいぞ。俺も乗ったことないけど」
「ぐぬぬ、羨ましい……」
噂じゃファーストの中に発明系が得意なエージェントがいて戦闘力よりも技術力で曽於の地位についているって噂だった。
ギルとしてはこれまでもずっとのんびりと移動してきたので別に問題ないのだが、今回は事情が違う。リファに合わせて移動したい気持ちは山ほどあるのだが、世界政府に喧嘩を吹っかけて出てきている以上、ゆっくりしすぎると世界政府の本部に連絡が言ってしまって世界各地にいる使徒に多大な迷惑が掛かってしまう。
そうなってしまえば説教プラス折檻が確定だ。
そんなこと容認できるか!
ってなわけで、今回ばかりは移動に速度が求められる。
そうなってくれば当然、リファの存在が難しい。
ギル一人なら時速三十~四十くらいで自走することはできるし、能力を使えばもっと早く移動することができる。しかし、リファを抱えて移動になればできるが、リファが衝撃に耐えきれないかもしれない。
「仕方がない。あの手段で行こう」
「あの手段……?」
「ああ、ま、成功するかしないかは五部ってところだな」
「あの……私はものすっっっっごく嫌な予感しかしないんだけど」
「安心しろって成功すれば」
※
人の気配がない樹海の中だが、木々が生い茂っている雑踏というわけではない。所によって様々だが、各国へ延びる街道はある程度整備されている。
基本的に陸路で人々は移動するので馬車が通れる程度には道が存在する。そして、世界政府加盟国は貿易をすることが許されているので必ず交易の馬車が通るはず。普段や今回もギルの身バレがあり得るので使うことはしなかったが、背に腹は代えられない。
だからと言って彼らも国を背負って交易をしているためヒッチハイク的なやり方では門前払いを食らうだけ、故にやり方は工夫しないといけない。
「どうするんですか?」
「こうするの」
街道の真ん中でギルが倒れる。やり慣れているのかわからないが、傍目から見れば行き倒れている人に見えた。
「何それ」
「見てわからんか」
「うん」
しかし、リファは冷たく見る。
「正規ルートで馬車を借りれば高くつくが、こうして行き倒れているところを拾ってもらえればタダで移動できるだろ」
「え、せこい」
「うぐ……それを言われてしまうと立つ瀬がないが、それでも意地汚く生きるのが大人というものだよ。少女よ」
「……」
「あの……そんなに冷めた目で見ないでくれませんか。どうしたんですか? いつものキラキラした目がどっか行ってますよ。目ぇ真っ黒だぞ」
「……はあ、確かにしょうがないですね。むしろ、私が迷惑をかけている立場なので文句は言えないです」
そういうとリファもまたギルと並ぶように街道に寝転んだ。一応のコンセプトとしては国の圧政に耐えられなくて逃げ出した兄妹だが、行く当てもなく彷徨ってしまい力尽きた、ということにしておこう。
真面目な性格をしているリファからすれば素直にできない作戦ではあるが、足は痛く気力も続きそうにない。自分が迷惑をかけている以上、わがままを言うのは間違っている、と言い聞かせる。
でも、まあ、確かにこれでただで移動できるといえば安いもの……、とそこまで考えたリファの頭に「?」が浮かぶ。
「ギル」
「静かに」
「馬車はいつ通るの?」
「知らん」
「今日の天気は?」
「知らん」
「その馬車はどこへ行くの?」
「知らん」
「……」
「……」
「いや、ちょっと待って、作戦がばがば!」
「起き上がるなって、元気なのがばれるだろう」
「むぐ……」
反射的に起き上がってしまったのでギルがすぐに寝かす。
「何事だっていいことばかりじゃない。デメリットだって存在するんだよ。あくまでも行き倒れているところを拾ってもらうんだ。なら、覚悟を決めて死んだふりだ」
「今日通る保証は?」
「ない」
「いつ通るの?」
「知らん」
「やっぱりだめじゃん!」
「だから起き上がるなって!」
そう、馬車はいつ通るかわからない。
定期便を契約していても天候や交易品の入荷状況でどうともなってしまう。すぐ来る可能性もあれば一週間来ない可能性もある。もしかしなくても自分の足で歩いたほうが早い可能性だってあるのだ。
「どうする、歩くか?」
「……寝る」
「そうか」
それでも、リファは体力が限界だったのですぐ来てくれることを信じて寝ることにした。
そして、彼女は気づかなかった。ギルは言わなかった。この作戦にまだ欠点が存在することに。
※
死んだふりをして一時間。
幸運にも街道に馬車の木製のタイヤがカタカタと音を鳴らして近づいている。リファは内心心が弾んだ。
終わりが見えない、死んだふり作戦でたった一時間で成果が見えたのだ。問題なのが、行先だが、これは何とかなるだろう。少なくとも行く先から来るわけではないので少しでも前進することはできるはず。
馬車は死んでいる二人を発見すると静かに減速して止まった。そして、気が付けばリファは手足に鉄枷を付けられて馬の引く荷台に放り込まれていて、当然、ギルもリファと同じように拘束されている。
え――。
さすがに驚いた。
一言くらい声をかけてくるかと思ったら仲間内でひそひそと話すと二人の脈を確認して連行したのだ。
なんか、思っていたのと違った。
薄ら目を開けて周りを見ると、そこまで広くない荷台に明らかに定員オーバーの人が詰め込まれていて、主に若い女性や男女の子供が多く、リファとギル同様に枷を付けられていて身動きは出来ない。着ている服は白い麻のワンピースの様な服だが、所々薄汚れていたり、穴が開いていたりと、とても安価な服である。
(ちょ、ちょっと! ギル! これは一体どういうことなの!)
リファが隣あうギルに対して周りの誰にも聞かれないように細心の注意を払いながら耳元で囁く。
(何って……運んでもらっているんだよ。しかも無料で、労力を省けるんだ。多少の窮屈は我慢しろよ)
(私が言いたいことはそうじゃないってわかっているのにはぐらかしているでしょう! これはどういうこと。私たちは交易をおこなうキャラバンに乗せてもらう予定だったんじゃないの)
(キャラバンだぞ。だた、運んでいるのは人だがな)
(……人って)
ギルはまったく動揺することも悪びれる様子もなく言っているが、無料で運んでもらっていることは置いておいて、この枷! 絶対に碌なことじゃない。若いリファの浅い人生経験でもそのくらいは分かる。
――ギルは基本、物事に無頓着だからな。私たちがピンチのでも平然とお茶でも飲んでそうだし……。
それが、リファが下したギルの評価だった。確かに実力は高いし、リファとの約束も果たすだろう。でも、どこか抜けている。
色々とツッコミたいことが満載だが、それよりも最重要なことがあった。それは
――暑い、ということだ。気温が高いわけじゃない。ただ、荷台に押し込められているに人数が多すぎるのだ。
単純に考えて人間の体温が平均三十六度だとすれば、その塊がこの狭い空間に三十近くもあるため、換気窓も設置されていないこの状況は非常に蒸し暑い。
季節的には夏を通り越しているはずなのに、額を伝う汗を拭いたくても手は今、腰の後ろで枷によって拘束されていて不可能だ。一緒に詰め込まれている人も息が荒くなっていて腕や顔、足に大粒の汗が見える。
――どうして、何も話さないんだろう。
ギルとリファは今壁際に座っているため全体を見渡せるのだが、ここでリファは疑問に思う。
この空間にいる誰もが生きるのを諦めた様な生気を失った人、怯える様に苦い顔をしてこれから来る運命を拒絶しようとする人、十人十色の顔色を浮かべている。
この人たちのことも十分気になったが、それ以上に気になることもある。
(それにギル。この荷車引いている馬に乗っているのってファーガルニの近衛騎士でしょう! それに、周りの人たちはなんでこの荷台に詰められているの! 私たちはキリルに向かうんでしょ! なにがどうなっているの!?)
(色々と聞きたのは分かるし事前に説明をしなかったのも悪かった。でも、前もって話していたら多分拒否したと思うからさ)
(いいから、答えて。この人達は一体何なの?)
相変わらず耳打ちの形で聞いてくるリファ。
正直耳に当たる吐息がこしょばゆい。同時にギルは腰の後ろで枷を嵌められていながらも可能な限りで動かしていると宝剣があった。倒れた時に奪われると踏んでいたが、コートの下に忍ばせていたことや、行き倒れがそんなものを持っていると思わなかったのか、相手の騎士も油断していたのか奪われずに済んだ。
そのことに安堵の息を吐いてリファの質問に答える。
(この中にいる人は全員奴隷として売られたんだよ。そして、今、ファーガルニから各国へと売り飛ばされていく最中というわけ、ファーガルニでは一部人権売買が行われていて、たまにこうして馬車を引いて取引に行くんだ)
(ど、奴隷! そんなことが!!)
思わぬ単語が飛び出したことでひそひそ会話の範疇を超える声を出してしまったことで周りにいる奴隷たちの視線がステラに集中した。リファは急いで口に手を当てて声を殺す。しかし、誰かに咎められることはなかった。
その目線が示すことは『可哀想にようやく知ったんだ』と言うことだろう。
(で、でも、どうして奴隷車に乗り込む必要があったの? あ、もしかしてこの馬車はキリル王国に行ってくれるから、だったら無理してでも乗る価値はあるかも)
(偶然だ。さっきも言ったが、どこに行くかいつ来るかわからないけど、何を運んでいるかも知らない)
(でも、どうやって逃げるの? 今の私たちって途中で拾った奴隷って扱いでしょう。逃げられなかったら人生的に危ないんだけど)
(そこんとこは大丈夫、最後は俺が魔力を使えば商人なんて速攻で倒せて歩いてでも逃げられるから)
今度こそ納得させられたというかこの状況に置いて、それ以外の選択肢がないためギルを信じておとなしくなった。
(それよりも大丈夫なの? ギルのこと知られているんじゃ)
リファの指摘に少し目線をずらして考えるギルだったが結論は比較的早めに出た。
(大丈夫でしょ、俺はすぐに出発したし、こいつらの行程を逆算すればまだ俺がファーガルニにいるって情報はそこまで拡散されていないだろうしね)
(う~ん、ならいいのかな。まあ、ギルなら問題ないと思うけど、今はそれよりもちゃんと目的地に着くことが大切だね)
(ああ、そうだな……まあ、まともに到着すればの話だけどね)
ステラがギルの耳元から離れるとギルは後半に関しては小さく誰にも聞こえないような声で言葉を紡いだ。
「……」
そうだな、の後に何かが聞こえ無様な気がしたリファだったがギルの方を向いても寝ているようなそぶりを見せていたため空耳か、と自分を納得させて目を閉じた。
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