第18話 影から

 大通りから外れ二人はファーガルニ王国から出国するべく国境に向かっている。

 その姿を一匹の手のひらサイズの黒い魔獣が捉えている。一見黒い靄のようにも見える黒い塊で黒い体とは対照的な白く光る眼。

 その四足歩行で大きな尻尾を持つ魔獣は二人に一瞥するとファーガルニ王城へと向かった。

 王都のど真ん中に大きく存在するファーガルニ王城は外見こそシンプルな十字状の構造に見えるが内装は複雑なことこの上ない。

 中身に精通した人物でなければ迷子になるのは確実だろう。そんな、複雑怪奇な王城内を魔獣は一片の迷いもなく進み続ける。

 それぞれ――東西南北に広がる王城と、その真ん中に聳える白亜の建築物に彼はいる。


 中央王城――たどり着いたのは特別分厚い扉がある部屋の前だった。魔獣は扉を開けることなく、実体が存在していなくてすり抜ける様に部屋内部に入っていく。

 簡素な作りの部屋の中にいたのは紫色の髪を肩まで伸ばしている二十代前半程度の中性的な男性だ。深い椅子に腰を掛けてぺらぺらと本のページを捲っている。

 無音な部屋の中はページを捲る音とコーヒーの匂いしかしない。


「おや、帰ってきたのか……」


 声もまた男性にしては少し高い。


 魔獣は青年の足元に来ると頬に当たる部分を摺り寄せてくる。


「まったく、甘えん坊だな、よしよし、はいはい、後で構ってやるからな。それよりも情報を貰ってもいいか」


 足元の魔獣を手で救い上げると額にくっつける。それによって魔獣の見た光景を自分の脳内に流し込んでいるのだ。


「――ふふ、……はは、……はははははは」


 それはしばらく出していなかった感嘆の声だ。


「ようやくだ、ようやく釣れた! ネズミじゃなくてイノシシなのが残念だが、些細なことだ。ついに僕の前に現れたのか、この日をどれだけ待っていたのか、やっとだ、やっと。……僕の人生を壊した貴様達に復讐ができる! ギルバード・ボア!」


 青年が叫んだ声は部屋内部では収まりきらずに延々と木霊し続けていく。


                  ※


 皆さんこんにちは、私はリファと言います。

 ファーガルニ王国、王都の端の孤児院にずっといました。。

 歳は今年で十五歳になりました。ここファーガルニだと十八歳から成人と認められているので後三年、でも、世界の国によっては十五歳から認められているところもあるので実質、大人です。


 孤児院のお義母さんを始め兄姉はみんな良くしてくれました。誰も血はつながっていなかったけどそれでも家族として楽しく生活して来れました。

 このまま平凡に何もなく時間が過ぎていくのかと思っていました。だけど、最近風向きが大きく変わってきたんです。今でこそ世界政府によって管理されているけど、国家間の戦争がないわけじゃない。よほど大きくなれば世界政府が介入し鎮圧することもあるけど、基本放置しているのです。


 ファーガルニ王国も資源や土地の問題で戦争を起こすことがよくあって国はどんどん疲弊していきました。加えて世界貴族番付に入ったことによってランクの維持、昇進を目指す王国は重税を課し生活はかなり圧迫されていました。

 兄姉たちは世界のどこかに存在するという大穴―ダンジョン―に出稼ぎに行ったり自らを有名貴族に買わせたりして私やお義母さんを助けてくれました。最後に残った私もいつかお母さんのため、いつか来る弟妹のために順番を待っていた時、視察で訪れた世界政府の役員であり幹部のおじさんが私を娶りたいと言いました。

 ついに来たと思って覚悟を決めたはずだったのにその人は人間性に大きな問題があってお義母さんが断りを入れました。すると、銃で撃たれ剣で斬られ、どうしてそうなるのよ、と言いたくなる場面でした。


 そんな時に助けてくれたのが少し前から居候していた青年ギルでした。

 ギルは政府のおじさんと護衛の人を瞬く間に無力化してしまいました。

 聞いたところによるとギルは五年前に当時の最大国家だったロンドリアを倒したメンバーの一人で現在かけられている懸賞金は世界トップの大犯罪者。

 うん、驚いた。

 だけど、私は純粋に驚く時間も与えられなかった。王国騎士、世界政府のエージェントからの追撃を逃れるためにギルについていって世界を見ることにしました。孤児院を焼き払ってお義母さんの遺体は知り合いの教会に任せました。

 いろいろなものが零れ落ちて手のひらには何もなくなった私だけでちょっとドキドキしています。


 初めて王都を出ます。

 初めて世界を見ます。

一人じゃ寂しいけど、横にはギルがいます。

 ギルはちょっと不愛想なところもあるけど、優しくて強い。ロンドリア王国を滅ぼしてしまったというけど、きっと何か深くどうしようもない事情があったに違いない。そうじゃないとわざわざ私を助けたりなんてしない。見捨てて逃げてしまえばよかったんだ。

 な~んて、思っていた時期が私にもありました。


 グシャッ!


 耳を閉じていているはずなのに聞こえる音。まるで、自分の声を聞いているように骨から伝わっているようだ。

 喚く悲鳴、命乞いをする擦れ声。中でも、臨場感たっぷりに届いて言うように錯覚するのは、皮を、肉を、骨を切断する音、そんな音聞こえない……。聞こえない……。聞こえるはずがない。

 いくら自分に言い聞かせても拭うことのできない疑惑。

 目も充血する勢いで瞑っているはずなのに、血の水たまりが点在する足場を苦ともせずに躍動するギルの姿が見えるようだ。


 きっと、その表情は溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように笑っているのかもしれない。

 私は恐怖し、同時に安心した。ギルたちの英雄譚に尾ひれなんかついていない。正真正銘現実の話。

 私の目の前で証明してくれた。大丈夫、ギルの実力は本物だから、ファーガルニ王国を変えることはきっとできる。

 そんな中、私はどこかで勝手な妄想をしていたみたい。

 ギルは英雄で、疲弊していた国から国民を解放した。どうしてそんなことをしたのかは知らないけど、ギルの中の正義感が突き動かしたんだと、幻想を抱いていた。

 でも違った。

 見せつけられた現実はあまりにも生々しかった。


 幻想と現実の違いを痛いほど実感したよ。


 

 ああ、やっぱりギルは大罪人なんだね……。



                   ※


「ギル、どこに向かう予定なんですか?」


 リファがギルに問う。


 ここは孤児院から離れた場末の酒場。仕立て屋で適当に見繕ってもらったフード付きのローブを身にまとっているリファがコップに注がれているジュースを少しずつ飲みながら言った。

 それに対してギルは水を飲んでいる。理由は単純に金がないためである。


「とりあえず二つだな」


「うん、どこどこ?」


「一つ目は性格最悪の極悪非道の魔女の所に行って散々いじられる。二つ目は我らがリーダーの所へ行ってこってり説教される。……どっちがいい?」


「どうして、説教されるの?」


 質問を質問で返してきたが、気にすることなくギルは答える。


「勝手に世界政府相手にドンパチやればな……。あの自己顕示丸出しのおっさんがこのまま口固く黙ってくれるわけないわな。んで、こんな身勝手なことをすると、他の奴らに迷惑がかかるだろ、的なことを言及されて、延々と説教されるんだ」


 は~、と本当に嫌な雰囲気を出しながらため息をつく。その口ぶりから今回が初めてではないだろうと悟るが、口には出さない。


「それじゃ、そのリーダーさんに会いに行こう」


「――ま、そうだよな。は……気が重い。なんか、楽しそうな顔をしていないか?」


 すごい顔で嫌がっているギルを見るリファは、少し安堵する。

 あれだけすごい力を持っているギルでも怖いって思えることがあるんだね。


「だってさ、説教されるのはあくまでもギルでしょ。私はされないからいいかなって」 


「――いや、まあ、そうだと思うけど」


 ギルの目を見て言うリファは微笑を浮かべている。

オーラが近衛騎士にたいして立派に立ち向かう姿を見続けてきたことが影響したのかリファにも相応の度胸があるらしい。それに、説教の対象が明言していないにも関わらずギルだけだと判断した点においてリファの洞察力には一目置かなければいかないかもしれないが、それでも、説教されに行くのは憂鬱だ。

 ――項垂れつつも説教されるためにリーダーに会いに行くことが決定した。

 ……とはいっても、ここだけの話、もしも、リファが魔女に会いたいと言っても、最初からリーダーに会いに行こうと思っていた。ギル一人では相手にできないほどに面倒であり、乗り切れないほどに性格が悪いためだ。


「は~~~~~~~~~~」


 行き先が決まった途端にギルはさっきよりも深いため息をつき同時に気分も沈んでいく。


「なんだか、暗いオーラが見えそうだけどどうしたの、会いたくないの?」


 心配なのか顔を下から覗き込んでくるリファにギルが頬を引きつりながら微笑む。 

 ――酷く不格好だった。


「そりゃ~ね、説教されに行くってわかっていてテンションあげる奴なんかいないで

しょう」


「それも、そうだね。私もお母さんに怒られるの嫌だったし」


「あ~、どこかで鬱憤晴らしがしたい……」


「今はまずそのリーダーさんに会いに行くのが先でしょう!」


 鬱になる感情を晴らしたいギルは銀色の頭髪をむしゃくしゃに掻き乱す。

 その様子を見て本当に任せてもいいのかな的な疑心暗鬼に陥りそうなステラだったが、ぶんぶんと頭を横に振って疑惑を吹き飛ばして聞いた。


「それで、そのリーダーさんはどこにいるの?」


「キリル王国」


「――キリル……王国?」


 さすがに生まれてからずっとファーガルニ内にしかいなかったステラは国際的な話題には疎いらしい。首を横にかしげて言葉にしなくてもどんな国なのか知らないことは明白だった。


「キリル王国はここよりもずっと西にある大国だよ。このペースで歩いて行けば軽く一週間はかかるかな」


「一週間!」


「仕方がない。それだけこの国がでかいんだし、他に国もまたぐ必要がある。無駄にこの大陸は大きいからな。まあ、性格の悪い魔女さえいれば一瞬なんだけどな……」


 表情を変えずに歩くギルの横で、そんなに歩くの! といった感情が込められているであろう目いっぱい見開いた目でこっちを見てくる。


「贅沢を言ってもしょうがない。やるよ! 私はやってやるよ!」


 顔を二、三回景気良く叩くと、すぐさま覚悟を決める。さすがはラーニャの娘らしく度胸はある。


「覚悟を決めてもらったところ悪いけど、俺だってできれば一週間も歩きたくはない。というわけで奥の手を使おうと思っている」


「奥の手……?」


   


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