第17話 終わり……そして……
霧が晴れるように電撃が霧散していく。
まるで台風が通り過ぎたみたいに後には何も残っていない。ただ、ボロボロになったリーダーの男だけが仰向けに倒れている。
ギルはアルグラードを肩に担ぎながら近づいていく。
「釣れないな。剣すら交えてもらえないとは」
「そっちのやり方に付き合う気はない」
「そうか、残念だ……」
そこまで言うと気を失った。
「かなり手加減をしたから死んではいないよ。後はあんただけだが、どうするんだ?」
「降伏します」
「何やってんの?」
ギルが目を向けた先にはロエルスン卿を治療していた最後のエージェントがいた。見た目二十代の彼女は治療系の制御器だったので後回しをしていたのだが、残りが彼女だけになったのでそっちを見てみれば、
「なんで服脱いでんの?」
「誠意を表すためです」
何を考えているのか彼女は下着姿だった。淡い緑色の上下の下着で日ごろの訓練の成果かなり引き締まった体って……そんなことは置いておいて、これはさすがのギルも目を点にする。
仮にこれが彼女の作戦なら大成功だ。
「わかっていると思いますが、私には戦う力はありません。一般市民程度なら鎮圧できますが、使徒を相手にするには力不足もいいところです」
「それで、降伏すると」
「はい、正確に言えば取引をしましょう。幸いにもほかのエージェントは気を失っているので秘密は守られます。あなたは私やほかのエージェントロエルスン卿を見逃す。私はあなたの存在を口外しません」
「とりあえず服着てくれ。さすがに目のやり場に困る」
「抱かせろと言われるのであればお好きにどうぞ」
「遠慮する。お前らは心臓に爆弾を仕掛けてやがるから。ロンドリアでどれだけ苦労したと思ってるんだ」
「そうですか」
少しだけ残念そうな表情を浮かべるとしぶしぶ服を着だす。しかし、言わなくてもわかっているみたいで制御器だけは着用せずに床に置いたままだ。
「あんたが俺を見逃してもそこで寝ているおっさんは俺を見逃さないだろ」
「はい、でも、それは私に制御できることではありません」
「まあね」
だから、自分からは口外しないという条件にしたんだろう。世界貴族が侮辱されて黙っているはずがない。
下手をすればファーストが動いてギルの討伐隊が組まれてもおかしくない。
「一つ聞かせろ。ルイ・レイジュは今もまだいるのか?」
「……はい、変わらずに。とはいっても第一線からは退いていますけど」
「そうか、それがわかればいい」
ギルは女に近づいていきながらアルグラードをただのリングに戻しポケットにしまう。
そうして女の正面に立った。
「会うことがあれば伝えてくれ。俺が絶対にあんたを殺すってな」
「わかりました」
「後、これは貰っていく。戦利品ってやつだ。適当に誤魔化しておいてくれ」
「はい」
「あ~、それとそのおっさんがぎゃーぎゃー騒ぐと思うから静かにそこで待ってろって伝えておいてくれ。下手に指名手配を再度出されると他の奴に迷惑が掛かってマジで俺が殺されてしまう。だったら、ここファーガルニを舞台に戦ってやるよ」
そう言ってギルはロエルスン卿の横に置いていた片手剣を鞘に納め持った。制御器ではないので価値はほとんどないが、それでも常に丸腰よりはいいだろう。そのあとに脱いだコートを回収しておく。そのまま振り返ってオーラのほうへ向かう。一応、背後に警戒を行いが、女は特に行動を起こす様子はない。
そうして二人のそばに行くとリファの目が大きく見開いている。パチクリと瞬きをして呼吸を忘れている感じで固まっていた。
「リファ、おい、リファ」
「ふぁふ~、ん、あ、ギル、は~い」
「どうしたんだ?」
「いやその目の前で起きていたことが信じられなくて」
「そんなことはどうでもいいから、とりあえずオーラを何とかしよう」
「はい」
リファは元気だった。
さすがに一般市民なら制御器を使った戦闘現場に遭遇する機会はそうそうない。腰が抜けて立ち上がれないし、股の部分が少し濡れている気もしないではないが、それは言わぬが花である。
「オーラ」
「やあ使徒様」
「仰々しいのは好きじゃない」
「そうかい、ギル。感謝するよ。ありがとね」
会話をしながら容体をチェックしていく。
ロンドリア侵攻の際に死体を山ほど見てきた。
軽傷で終わる者、重傷に陥ってしまう者。
完治する者、死んでしまう者。
「これは……」
もう手遅れだった。
出血が多すぎる。
仮に輸血が間に合ったとしてもオーラの体力が持たない。
「オーラ、もう、すまない。俺が回復系を使えたらよかったんだが」
「な~に、人間いつか死ぬんさ。遅いか早いかの違いで死かない」
気丈にふるまってはいるが、体は震えている。出血に伴う体温の低下なのか死への恐怖なのかわからない。
ギルの表情からオーラの容体を知ったリファは蹲って黙っている。
「少しどいてもらってもいいですか」
「お前……」
そんな静寂を切り裂いたのはさっきの女だった。ギルの脇から入ってくると腕輪型の制御器を付けてオーラを診察する。
「どうして敵同士じゃ」
「もう仕事終わりってことにしてください。それか私たちを見逃してくれる代償だと思っていただければいいです」
ギルにつながっている人物への救護はどう考えても規律違反もいいところだ。そんな野暮なことは口にしない。
処置をしてくれるなら受け入れよう。
「ふう」
「どうだ?」
「……」
女は静かに首を横に振る。
「残念ですが、手遅れです。私たちがまいた種なので言いにくいんですけど、手当てがもう少し早ければ間に合ったかもしれません」
「そうか」
それはしょうがない。敵同士だったのだ。簡単になれあうことなんてできるはずもない。
「でも、痛みが引く程度の術はかけておきました。せめて、苦しまないように」
「そうか、感謝したほうがいいか」
「いえ、あなたもこっちのメンバーを殺さずにおいてくれたので、そのお返しだと思ってください」
「なら、そうするよ」
「では失礼します」
足早に女は去っていく。
非人道的な機械人形ばかりだと思っていたエージェントにまだ人の心を残したのがいたのはびっくりした。
オーラが小さく声を出す。
「リファ……あんたは強く生きな。この先辛いこと大変なことたくさん来るさね。でも、大丈夫、あたしの娘だからね。どんと胸張って行きな。応援しているからね」
「うん……」
「ギル、あんたは不思議な人さね。最初は情けなかったくせに、世界政府相手に喧嘩できるなんて普通じゃない」
「それは褒めてんのか」
「当り前さね。だからお願いがあるさ。……リファを連れて世界を見せてやってほしい。あたしがいなくなればリファは孤独の身になってしまう。ファーガルニじゃ政府の目があって生きづらいし、この子は世界を知らない。頼むよ」
「……ああ任せろ」
「感謝するさね。これでもう十分……」
「お義母さん……」
「あたしは幸せさね。最後に最愛の娘が看取ってくれるんだ。愛しているよ、リファ」
「うん、私もお義母さん大好きだよ」
それだけ言うとオーラは静かに目を閉じた。
強く握られた手にリファの涙が零れ落ちる。
でも、それだけだ。
右腕で涙を拭うと口角を上げて笑う。
「ギル行きましょう! 悲しんでいるとお義母さんが心配するからね」
「そうだな」
リファが立ち上がり、ギルもオーラを抱きかかえる。
その死に顔はとても満足そうだった。けして楽な人生ではなかったはずだ。この国だって度々の戦争で疲労していたはずなのに。
それでも、笑って死ぬことができるのはすごいことだ。
――親父、お袋もそうだったのか。
問いかけても帰ってこない質問。
「ギル、お願いがあるんだけど……」
「ああ、いいぜ」
「まだ何も言ってない」
※
メラメラと炎が立つ。
孤児院が燃えていく。
脱出するためには外にいる王国騎士への対応があったが、リファは孤児院を燃やしてほしいと頼んできた。
もうここには戻ってこないという意思の表れかもしれない。
火をつけて王国騎士が混乱している隙に人混みの中に消えていった。エージェントたちは自分たちでどうにかしただろう。
それは知ったことではない。そして、オーラの遺体を知り合いの教会預けて共同墓地に埋葬しておくように頼んだ。
心配そうな顔をされたが、それでもリファは笑っていた。
二人になって孤児院のそばに戻ってみれば大きな火柱を上げて燃えている。
「リファ……」
「いいの、そうしないと前に進めない」
「そうか」
これ以上は見つかるリスクが上がってしまう。
早々に立ち去る。だけど、リファは後ろ髪を引かれるように度々振り返っていたが、けして、言葉に出すことはなかった。
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