第16話 神器アルグラード

 十二使徒、それはいつだったかオーラの話で聞いた言葉。当時、圧政に苦しんでいたロンドリアを解放した英雄の名前だって。


「ぐっは……」


「お義母さん」


 まずい、お義母さんの容体がよくない。

 何とか出血は収まりつつあるけど、同じくらい心拍数も弱くなっている。このままじゃ本当に……。


「そう、ギルは使徒様だったのかい」


「しゃべらないで」


「いいさ、あんたが生きてくれるなら後悔はない。それに、風に聞く使徒様を目にできたんだ感謝したいくらいだよ」


「そんなこと言わないでよ」


 ギル、お願い。

 早くお義母さんを。


                    ※


 鬱陶しいな。

 そう思って俺はロングコートを脱ぎ捨てる。腹の部分がさっきのエージェントの風の刃のせいで斬られてしまったな。

 全く人の一張羅を何だと思ってやがる。

 ま、どこかで適当に見繕うことにしよう。

 何はともあれ後一人だ。正確に言えば回復係がいるけど、まあ、敵にならない。久しぶりに能力を使ったんだ。それに似合う実力であってくれ。


「なぜ、使徒がここにいる? この国を壊しに来たのか? ロンドリアのように」


「別に偶然。適当に通りかかっただけ」


「そんなはずはない」


「あるんだな、これが。偶然っていうのは恐ろしいものだね」


「私はエージェントとして世界に害をなす貴様を捕縛する」


「できるものならしてみろ」


 リーダーの男は手にしていた杖を構える。そして、静かに抜いていく。

 おいおい、それは仕込み剣か。また洒落たもん使ってんじゃん。レイピアに近い細い剣だ。

 一発の威力はそこまで高くないけど、速度はさっきの双剣よりずっと早いな。

 俺は手に雷を纏って防御する。


「なぜ、ロンドリアを滅ぼした! あそこには私の友人がいた。一般市民だったのに貴様らの侵攻によって命を落とした!」


「知るかよ。痛みを伴わない革命に意味はない。必要な犠牲だったんじゃないのか」


「ふざけたことを!」


「何もふざけていないさ。誰かが幸せになるってことは誰かが不幸になるってことだ。お前らだって世界のため、政府のためって弱者を切り捨てるだろ。なのに、自分に火の粉が回ってくれば嫌がるのか、それはおかしいだろ」


「黙れ!」


「だから、俺はお前たちが嫌いなんだよ」


 確かにレイピアは速い。しかし、それだけだ。一撃で命を奪うことはできないし俺を弾き飛ばすこともできない。

 いや、おそらく剣先に毒を塗っている可能性があるけど、俺に毒は効かない。正確に言えば致死量の百倍近い量じゃなければ効果をなさない。

 このまま遊んでもいいけど、オーラが心配だ。

 早々に終わらせよう。

 手に込める雷の量を増幅させる。

 上から降ってくるレイピアを簡単にいなし一気に懐に入り込んだ。そのまま手のひらを突き出して鳩尾に掌底を押し当てる。殴りつけると同時に稲妻を送り込む。


「ががががががががが」


 壊れた機械のように震えるとその場に膝をつく。体から電気が抜けていかないのか時々ビリビリと震えている。


「これでわかっただろ。お前と俺とじゃ基本的にレベルが違うの。それこそ獅子に鼠が挑んでくるものだ。噛みつかれることはあっても噛み殺されることはない」


「さすがだ、さすがだよ」


 俯いているから様子がわからないけど、そろそろ降参してくれないかな。


「お前の制御器はどこに隠し持っているんだ。魔術師じゃないはずだ。なら――」


「ポケットの中。俺のはちょっと特殊でね」


 ズボンもポケットの中にはおもちゃのリングが入っている。それが俺の制御器。小さくてたまになくすんだけどね。


「バカな、そんな小さなもので、これだけの力を制御できるはずが」


「言っただろ。俺のは特別製なんだ」


 制御器は基本的現代の場合、鍛冶師に頼んで制作することが多い。それでも一級品を作ることができなくはないが、どうしても高濃度の魔力を帯びている遺跡内部に長い年月封印されてきた古代の制御器には勝てない。

 俺らが持っているのは神がいたとされる神代に作られたものだ。

 そんなことはどうでもいい。

 早いところこいつを片付けてしまおう。

今度こそ気絶させようと男に手を伸ばす。


「さすが、ルイ・レイジュが認めただけのほどはある」


「なに――」


 聞き捨てならない。

 俺の手が止まる。

 心の奥からふつふつと湧き出す感情がある。久しぶりに聞いたな、その名前。


「なぜ、知っている?」


「私はね、こう見えてファーストと少し交友があるんだ。ルイ・レイジュも君のことを話していたよ。全部を話してくれたわけじゃなかったからよくわからなかったけどね。君の両親は常に愚かだったと。もっと賢く生きていける道があったはずなのにってね」


「――」


 男が俺を見て微笑む。

 なんだ、おい。

 最後に一太刀浴びせることができて良かったな、って顔になっているぞ。

 くだらない、くだらない。

 確かに親父とお袋の決断は間違っていたさ。でもな、それを他人に否定されるのは嫌だし、ないよりルイ・レイジュの関係者は一切の容赦なく殺す。


「いい顔になったな。世界の大罪人なんて仰々しく呼ばれていても、まだまだガキに毛が生えただけの小さな獅子が!」


「黙れ、お前」


 右足で思いっきり蹴り上げる。

 悶絶したような表情を浮かべると男の体が宙に浮く。そして、それをそのまま十メートル後方に蹴とばす。

 そんなに俺を怒らせたいか。

 なに? 傷つけられて嬉しいのか。なら、もっとやってやるよ


「おい、俺はな、大体のことはどうでもいいんだ。金がなくても空腹で死にそうでも、誰かが俺の悪口を言ってもな」


 ――だけど、


「家族を侮辱する奴を許すことはしない」


 ポケットからリングを取り出す。その辺の店で売っているような安物のおもちゃのリングだ。

 だが、これが俺と家族を繋ぐ唯一のもの。


「起きろ、アルグラード」


リングが光に覆われていく。やがて光は増幅していきリングの形を変えていった。

一メートルを超える長さに厳つく反り返る刀身。隆線的な滑らかな柄。それは大きな剣だった。いや、剣というよりも巨大な獅子の牙を彷彿とさせる銀色に輝く大剣。


「神器アルグラード。これが俺の制御器だ。いつもはリング状に形を変えているだけ。さっきとは比べ物にならないほどの出力が出せる」


「けほ、なるほど神器か。確認されている遺物の中で最も古く価値が高い品物。なるほど、神代の制御器は形を変えて持ち歩くことができるんだな。いい勉強になった」


「そりゃどうも」


 あ~あ、やっちゃった。

 これ使うなって言われているんだよな。でもま、しょうがないよな。デュークだって家族を侮辱されたままで引き下がるわけないさ。

 そうそう、これは悪くない。

 誰だってそんな判断をするさ。

 それが偶然俺だっただけであって、そうさ、怒られることはない。

 はす、多分、だといいな、いや、怒られるかな、怒られるよな。

 気分がどんよりしてきた。

 どうにもさっきまでの怒りを維持するのは苦手だ。というわけで早いところ片付けてしまおう。

 気持ちをリセットさせたところで相手の男も少し離れた場所で立ち上がってこっちにレイピアを構えている。


「いい気分ですね。伝説の罪人の本気の一端を少し見られたんだ。なら、このまま手合わせを願うよ」


「いいよ。でも、手を合わせることなんてできない。一方的な蹂躙だ」


「いいね。その傲慢な鼻先を折りたいな」


 男が魔力を込めていく。

 レイピアの刀身が一気に浅黒く変化していく。

 こいつ必要以上に魔力を込めてやがるのか。そんなことをすれば命にかかわってくるぞ。

 制御器は、その名前の通り魔力を制御するものだ。古代になればなるほど制御性能はがばがばで強力な力を有する一方所有者の命を大きく削る可能性がある。

 あいつのは現在の鍛冶師によって作られたものだと思うけど、それでも、過剰に魔力を注ぎ込めば命に関わる。

 ほれ見たことか、目から鼻から全身から血が噴き出てるじゃねえか。


「行くぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 レイピアを大きく振りかぶってこっちに突っ込んでくる。

 いい突進だ。

 一撃の獅子と呼ばれた俺が保証しよう。だけど、最初にも言ったはずだ。どれだけ研鑽を積んで一人前になったところで鼠のままじゃ獅子を噛み殺すことはできない。

 俺はアルグラードに雷光を集めていく。


「ボルティック・ラーガ」


 降り降ろされた大剣から獅子のような巨大な雷が飛び出していき躊躇うことなくこっちに向かってきていた男を飲み込んだ。

 終焉は呆気ないものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る