第15話 ギルバード
世界政府直属の武装戦力、それがエージェントと呼ばれている。
国籍を始めとした個人情報は抹消され自分のためにも国のためでもない、ただ世界政府のために活動する諜報員。
サード、セカンド、ファーストと分けられ各国の諜報はサードが行い護衛や反乱の鎮圧はセカンドが行う。
ファーストは他二つと違って全員で十一人存在し欠員が出ない限り増えることはない。
役割は始まりの十一人である大王の護衛のみ。
最高戦力は当然ファーストだが、よほどのことがない限り表に出てくることがないと考えると現状セカンドが最高戦力と言っても過言ではない。
ファーストと違って人数制限がないためかなりの数が存在しているが、世界貴族の護衛を任されるセカンドが平凡な実力だとは考えられない。
「どうするか」
ここまで考えてギルはため息を吐く。
前の前には警戒しているセカンドエージェントが五人。気配的には外には王国の騎士が控えているだろう。
世界貴族がいる場において自国内部においても王国人間の発言力は世界政府に負ける。
恐らく中に入らず外で護衛をしていろ、みたいな命令がロエルスン卿から出ていれば王国騎士が突撃している可能性はない。
緊張の糸が目いっぱい張り詰める。
エージェントの一人がロエルスン卿に寄り添って手首のリングを光らせる。淡い緑色をしている光は徐々にロエルスン卿を包んでいく。
女に見えるが、あれが彼女の制御器になる。
珍しい回復系の能力を持っている。仮に意識を戻されるとまた喚かれて嫌だけど、そこまでの即効性はないはず。せいぜい、打撲痕をなくすくらいか。
能力は基本的に一人一系統なので、あの彼女が戦闘に加わる可能性は低い。実質的に は四人を相手すればいい。
相手はかなり警戒しているだろう。
それはそうだ。
ギルが昏倒させてしまったのは世界貴族。つまり、世界に宣戦布告したことと同義と言える。
でも、だからこそ呑気な口調で話しかける。
「やあ、調子はどうだい? 俺は疲れたよ。舞い上がったおっさんの相手っていうのは骨が折れる。そんなわけでもういいだろ。ここで手を引いてくれないか」
「それを聞くことはできない。我々は世界政府の矛であり盾である。政府に仇名す存在はどんなものであっても排除する」
「何もしない。それにほら、あのおばちゃんそろそろやばいって。俺はね世話になったんだよ。だから、早く病院に連れていきたいんだ」
「関係ない。貴様という障害を取り除くだけ」
「あったま固いな。そんなんだからモテないんだぞ」
「うっうるさい! そんなこと関係ないだろ! 私個人としての感情などエージェントになった瞬間に捨てている」
図星だったのか黒い杖を持っている男性が大きな声を上げる。
適当に言ったみたはもののやっぱり秘密の存在だから過程を持つのは難しいのだろう。
「ラン、キルハ撃て」
「「はっ!」」
リーダー格の男の指示で銃を引き抜いた男と女のエージェントが同時に発砲してきた。
オーラを撃った普通の銃とは違う。
銃型の制御器だ。鉛の弾丸ではなく魔力で生成した弾丸を打ち込んでくる。
撃たれた一発の弾丸が砂粒のように分解し正確に狙ってくる。当然、威力を上げているので砂粒とはいえ普通の鉛玉くらいの威力は誇っているだろう。それが男女二人分、普通なら逃げきれず全身蜂の巣にされて終わり。
普通なら――
まるで奇術を見ているような気分になった。
「は……」
リーダーの男は油断していなかった。むしろ、これまでの人生においてこれ以上ないほど警戒し目を離していなかった。なのに、瞬きをしたらギルを見失っていた。
「どこへ」
その問いかけは悲鳴が答える。
「ぐはっ」「きゃっ」
横並びに銃を撃っていた二人が立て続けて倒されている。
気づけば男のほうが昏倒していてリーダーの男の目に映ったのはギルが女の顎に綺麗に右フックを決めている姿だった。
「すまないね、俺は男女平等主義者で、女だろうと平気でドロップキックができる男だ」
「何が起きた……?」
あの二人は確かに後方支援担当の二人だった。前衛ではないので肉体的には強くないが、それでも、セカンドになった実力は持っている。少し武術を齧った程度の人間が太刀打ちできる存在ではない。
それだけ世界の壁は厚いのだ。
「よくも同胞を!」
リーダー以外一人の男が腰に携えた双剣を抜くとこちらに向かって距離を詰めてくる。
隠密活動が多いエージェントは基本的に重みになるため防具を身に着けていない。そのため接近速度は異常に早く一呼吸でギルの目の前にいた。
「風月剣」
「おっと」
さすが双剣と言ったところでかなり剣筋が正確で速い。しかし、それでもギルは大きな動作はせずに体をひねるように躱す。
が――
「いっ!」
避けたはずなのに右の頬が斬られている。大きな傷ではない。せいぜい、薄皮を一枚やられた程度だが、ギリギリ避けたはずなのに斬られたことが不思議だ。
「はぁああああ」
相手はとにかく手数を多く斬りこんでくる。
避けることは造作もない。
欠伸をしながらでもできる。しかし、やはり斬られてしまう。
ギルだって呑気にしているわけではない。隙をついて棒で急所を狙ってみるが、そこは腐ってもエージェントだ。当たることはない。むしろ、剣で受け止められてしまい簡単に斬られてしまう。
これではもう使うことはできない。
――接近戦はちょっと不利かな。
飛び跳ねながらいったん距離をとる。
手に持っていた棒は半分以下の長さになってしまったのでその辺に捨て置く。
――とりあえず出方を見ながら。
と考えていた時だった。
不可視の何かがギルに飛んできた。察知できたのは当たる一瞬手前、緊急回避を試みてももう遅い。風の刃のようなものが腹部を切り裂く。
「ぐっ……」
「……」
久しぶりの痛みに目を細め、相手をしっかりにらんでみたものの澄ました顔でギルを見返す。
「それがお前の魔力か」
「風の力。刃に纏い自由に扱うことができる」
躱したと思って斬られるのは不可視の風の刃があったから、だからと言って距離をとれば風の刃が飛んでくる。
「燃費が悪いから使わないに越したことはないんだけどな」
ギルはぐっと大きく踏み込むと息を吐きだすと同時に床を蹴りだす。圧倒的な加速なんて簡単なものではない。
また消えた。
まだ滝をした瞬間を狙ってギルが消え、気づけば目の前にいた。
「何っ!」
「らぁあああああ!」
勢いそのままに回し蹴りを相手の頭めがけて繰り出す。タイミング的にはジャストだったが、相手も超反応を見せ寸前のところでガードされてしまう。しかし、腕でガードしたことにより双剣を落としてしまった。
ギルの想定通りだ。
「捕まえた」
「く、離せ」
バランスを崩し、得物も失ったこれでこいつは何もすることができない。
頭を掴んで地切りをする。ギルも体験したことがあるが、ギリギリ地面に足がつかないのは想像以上に恐怖を覚えるものだ。個人的な意見としてはだったら空高く投げ飛ばされたほうがまし。
基本的に魔力量が桁違いの魔術師を除いて制御器に置いて魔力を増幅させているエージェントたちは制御器が手元から離れれば能力を使うことができない。
「貴様も制御器を持っているのか。じゃなければその速度はあり得ない。だが、どこに隠し持っているんだ……?」
「俺のはちょっと特殊でね。ま、お前が知らなくてもいいことだ」
頭を握る手に力を加える。
腕に銀色の閃光が走った。
「ボルグ」
「ぎゃぁあ――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」
小さく言葉を発するとバチっと静電気のような音がしたと思うと、一瞬にして相手を銀色の雷が包んだ。時間にして一秒も満たなかったと思うが、それでも白目を剥き口からは煙を吐いて全身の皮膚がところどころ火傷をしている。
そのまま地面に倒れると動かなくなった。
「安心しろ。殺しはしない。別に殺してもいいんだけど、殺す理由もないし、子供の情操教育上よくないだろ」
使った能力の影響なのかギルの体にはまだ銀色の雷が残っている。それを見てリーダーの男が狼狽えた。
「残り一人だな。俺としてはさっさと撤退してほしんだけど」
「ま、まさか、貴様は……」
いや、でも、そんなはずは、死んだという情報が、確かに確信は得られていなかった。
こんな偶然が、しかし、現実に、
ぶつぶつと何かつぶやいている。
男の額に大粒に汗が流れる。
この空間が暑いわけではない。緊張と動揺から体温が急激に上昇しているのだ。
「雷系統の能力は基本的に黄金色をしているはず、なのに、銀色の閃光、その能力を持っているのは世界で一人だけだ。そして、何より銀の髪に紫紺の瞳……その呪われた特徴……」
鞄から一枚の紙を取り出す。それは手配書だ。各国が発行している部分的指名手配犯の物ではなく世界政府が直々に発行した十二枚しかない世界的凶悪犯罪者の手配書。
そこに映っている写真は稲妻を纏うギルの姿が描かれている。
「思い出したぞ。五年前、ロンドリアにて世界を相手取った十二人の大罪人の一人。それはまるで閃光のようだった。建物も要塞も障壁も結界もすべて隔てるものは突き破る、まるで、突進する獅子」
はらり、と手配書が落ちる。
「荒れ狂う獅子を名前とともに世界政府はこう呼んだ」
「十二使徒・ギルバード・ボア」
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