第14話 制御器


 さて、どうしたものか。

 

 煽りに煽っておいていまさらと言われても仕方がないが、すべてノープランでここまで進んでいる。必要なら頭を下げることだって構わないけど、それで済むはずもない。

 ロエルスン卿はまさに激高。

 周りのエージェントが宥めようとしてくれようとはするけど、イエスマンである彼らは最終的には従うほかない。


「さすがに丸腰ってのはきついかな」


 相手は片手剣を持っている。

 随分いい剣だな。

 武器っていうよりも観賞用の宝具って感じがするけど。

 俺は相手の様子を気にすることなく歩いて部屋の端にあったロッカーを開ける。確か記憶が正しければここに……お、あった。

 そこには掃除道具が入っている。

 別に掃除がしたいってわけじゃない。目的物は箒だ。いやだから、掃除することは目的じゃないって。

 目的なのは柄の部分。

 なので、箒の先端部分をへし折る。それで一本の長い棒とした。


「ま、これでいいか」


「何のつもりだ」


「得物よ。さすがに剣持っている相手に丸腰っていうのもきついじゃん。これくらいは持たせてくれよ。それとも相手が何か得物を持っていたから負けましたっていう言い訳すら難しいのか。お前が勝てるのは丸腰の相手だけか」


「貴様、二度ならず三度までも吾輩を侮辱しよって!」


 あ~あ、もう煽る必要がないっていうのについついやってしまうな。なんていうか、このおじさんは煽りやすくて面白いな。

 周りにイエスマンしかいなかったから否定される感覚っていうのを知らないんだろうな。


「吾輩はサード程度なら勝てる剣術を持っておるのだぞ」


「はいはい、いいからかかってきなさい。少し相手をしてあげよう」


「小僧が調子に乗るな! お前たちは手を出すな」


 エージェントに指示をし、ボロボロの上着を脱ぎうっとうしいシャツの袖も引きちぎる。そして、吠えるように一歩を踏み出し斬りこんでくる。

 上段からの袈裟斬り。

 まあまあの速度は持っているけど遅い。

 なんだそれは俺相手に忖度でもしているつもりか。

 俺は少しだけ体を後ろに逸らす。大きくかわす必要はない。剣先一センチのところに体が来るように動かした。


「な、吾輩の一撃を躱すとは口先だけではないのだな」


「……」


「なら、これならどうだ」


 片手剣の利点でもある小回りの良さを目いっぱい利用して何度も斬りこんでくる。

 上から、下から、右、左……。

 多少は鍛錬を積んでいる動き……だが、遅い。

 ちょっと待て、まさかそんなはずは……。


「おい、まさかそれただの剣か」


「何をバカなことを言っているんだ。これだけの美しい剣など他にないぞ。超一流の鉱石をふんだんに使い、超一流の職人によって打たれ超一流の装飾品を施した貴様のような下人には一生買うことができない最高品質のものだ!」


「……」


 バカか。

 あ~もう、何から言えばいいのか。

 周りの連中は注意とかしないのか。

 これだからお坊ちゃまはなんでドヤ顔やってんだ。

 ほら、周りの連中もやっぱりハラハラしながら見てんじゃねえのか。

 当たり前だ。

 そんな見た目がよく、耐久性が優れていて、切れ味もいい最高の剣? はっ、バカじゃねえか、そんなのはゴミだ。


「それ普通の剣だろ。魔力を制御できる制御器じゃないんだろ」


「そんなもの吾輩に必要ない。吾輩の腕と最高の剣さえあれば制御器に勝てる」


「……」


 ヤバイ、言葉が出ない。

 周りの奴も目が泳いでいるぞ。

 違う違うって首が横にフルフルしているぞ。

 お前らも変な主人を持つと大変なんだな。世界政府の犬であるお前らに同情の余地はねえけど、こればっかりは気持ち察するよ


「最高の普通道具は、最悪の魔力制御器に劣る、これは何かしらの武器を扱う者の中では常識に近い。どんな人間だって大小はあるが魔力を有している。その魔力を増幅し使用するための道具、それが制御器。現代職人の手で打つこともできるけど、長い間遺跡なんかで封印されてきた制御器は特有の魔力を持つようになり所有者を選ぶことになるけど絶大な威力を誇るようになる。ま、聖遺物とか神器とか言われているやつね。例外的には自分の持っている魔力が強大すぎる連中な一般的には魔術師と言われている奴らな」


 これが現代の武器基準だ。

 なんでこいつが制御器じゃない武器を使っているのか、ま、理由は一つか。


「お前、魔力を持っていないな。もしくは増幅できないくらい小さいのか」


「ビクッ」


 大きく体が跳ねた。

 図星かな。

 全く魔力を持っていない人っていうのはかなり珍しいから、限りなく小さいんだろうな。

 それこそ世界貴族の権力をもってあてがわれた最高の制御器をもってしても。


「黙れぇええええええええええええッ!!」


 やべ、虎の尾を踏んだか。


「貴様に何がわかる! 魔力至上主義などくだらない概念につぶされてきた吾輩の気持ちがわかるはずもない。魔力がなんだそんなもの技術でカバーできる」


「ほんとに残念な奴だよ。お前は」


 再び斬りかかっているが、俺は難なく回避する。

 技術は悪くない。

そこそこ修練を積んできたんだろう。だけど、体に脂肪が付きすぎだ。

 腕を振るたびに二の腕の脂肪がプルプルと震えているぞ。


「はあ、はあ、はあ、なぜ当たらないんだ」


「教えてやるよ」


 少し息を切らす相手に俺は一歩歩き出す。なんてことないただ普通に歩くだけ、腕を振り切っているお前に対処はできないけどな。

 そして、俺は相手の右の脇下に棒を当てる。


「それはな脇が開いているからだ」


「なっ!」


 そんなに目を大きくするなよ。

 俺がとんでもなくすごいことをした様な気がするだけだろ。剣術において超初歩的なことだぜ。

 そのまま棒を上に振り上げる。

 当然、ただの棒なので刃なんてついていないから傷をつけることなんてできるはずもない。


「ひっ!」


「ほら、右腕は貰った」


 だけど、実際には腕は落とされている。

 鍛錬を十分に積んだものならば対応する精神力を持ち合わせているし、鍛錬をしたことがないものならばイメージが付かないため感情に変化はない。

 しかし、中途半端に鍛錬を積んだものはイメージできてしまう。自分の腕が切り落とされた光景を。そして、それに対応する精神力は持っていない。


「安心しろよ。刃なんてついていないんだ」


「吾輩を侮辱するでないぞ!」


 さらにまた斬りこんでくる。

 ったく、面倒くさいな。

 さっきので敗北をイメージ出来たらよかったのに、そっちがその気なら仕方がねえね。


「ほら、右足、腰、首、左手首、全部甘い! ほれほれほれほれどうした! 下自民たる俺にここまでされていいのか」


「がっげ、ごはっ!」


 修練が行き届いていない箇所を棒で打つ。

 ペシペシといい音だけが部屋に響く。

 いつの間には相手は涙目になっている。

 おいおいやめてくれよ。

 なんだか、俺がいじめをしているみたいじゃないか。お前、四十とか、そこらだろ。なんで、俺は自分の倍くらい生きている奴を泣かせているんだよ。


「なんで、吾輩はサードに勝っているはずなのに」


「情けない。世界貴族と名乗っているくせに、世界の広さを知らないなんておかしな話だよ。サードが本気だったら勝てるわけないだろ。なんで気づかないんだろうね。お前の顔を立ててやっていたんだよ」


「ぐっ!」


 なんか面倒になったので柄の先端部分を思いっきり鳩尾に入れる。

 目を大きく見開いて口から唾液をばら撒いてその場に倒れこむ。一応、臓器に影響はない程度にしたと思うけど、当分は目を覚ましてほしくないな。

 にしてもおっさんの唾液は汚い。


「ま、確かに魔力だけが全部じゃないって考え方だけは共感できるけど、圧倒的な力の前には技術っていうのは意味をなさないんだ」


 さて、小汚いおっさん一人つぶしたけど、これで終わりじゃないんだよな。むしろここから始まりと言っていい。

 周りには五人のエージェント。

 世界政府の重鎮を潰したことによって、俺は世界法に置いて重罪を犯したことになる。彼らにとって自分の命よりも俺の命を最優先に奪う必要が出てきた。

 正確に言えば捕縛して世界政府の本部がある浮遊島に連れていく必要がある、はず。

 要は強くて俺が負けても命がとられる可能性はない。

 久しぶりにエージェントと戦うな。

 ファーストじゃないのが残念だけど。


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