第13話 俺、参上!

「世界貴族に目を付けられるとか災難だね」


 そんなのんきなことを考えながら俺は屋根裏部屋で寝ていた。埃っぽくて荷物置き場に使われている場所でとてもじゃないけど快適とは言えない。

 実際、二人にはやめたほうがいいと言われたけど俺みたいな日陰者にはこれくらいがちょうどいい。それに野宿してきたんだしそれに比べれば屋根があるだけ快適ってもんだ。

 さて、顔合わせと言っていたけどどんな風に進んでいることだか。

 まあ、それだけで終わるはずもない。

 世界貴族が欲しいと思ったんだ。それはつまり、リファはここから連れ去れてしまうだろう。

 あいつらは今も昔も周りの事なんて一切考えていないからな。

 自分の事第一主義。

 何でもかんでも金で解決するからな。

 今回もかなりの金を持ってくるだろうな――


 バンッ!


「うわっ」


 ってなんだ。

 つい声がでちまった。

 はあ!? 銃声だ?

 なんでまた物騒な。

 二人がピストルをもってはずがねえ。確かに俺が知らないだけでひそかに隠し持っていた可能性はゼロじゃないけど、現実的にエージェントの誰かが発砲した可能性のほうがずっと高い。

 どうやったら拳銃沙汰になるのか知らないけどさすがに看過できないな。世界貴族に買われる例はいくつも存在する。確かに超法規的な方法を使うことも多いがあいつらにとってコレクションみたいなものだ。

 基本的に傷つけることはしない。なのに、発砲。

 ちょっちまずいことが起きているかもしれない。

 こっそり様子を見に行ってみるか。

 俺は起き上がって上着を羽織る。

 見るだけ、見るだけ。

 自分に言い聞かせるように呼吸を整えて部屋を出ようとすると、バンバンと立て続けに銃声が鼓膜を叩く。


「おいおいおいおい」


 さすがにおかしいぞ。

 一発目は何か事情があって威嚇射撃っていう線もあったけど、さすがに複数発威嚇してくれるほど優しくない。確実に人に向けて撃っている。

 どんな結末を迎えても俺には関係のないことだ。それは当事者が選んだことで部外者が口を出すのは間違っているけど、恩人の命の危機に指を咥えて見ているのはさすがに恩知らずもいいところだぜ。


「確か真下だよな」


 偶然か、必然か、ここのちょうど真下が顔合わせの部屋になっている。ここの孤児院の強度はそこまで高くない。二人には悪いけど緊急なものでね。

 俺は右腕に力を籠める。すると、空気を割くように銀色の稲妻が腕に絡みつく。そのまま床を殴った。

 まるで、大地震が起きたように振動して崩れていく。

 力加減はしたつもりだったんだけど……失敗したな。

 二、三回殴って壊すつもりだったのに一発で崩壊した。幸い、俺一人分の面積が崩壊していったので大きな被害にはならないだろう。後は真下に誰かいないことを祈りながら。


                    ※


 瓦礫とともに天井から降ってきたのは銀色の塊。それはリファの目の前で爆発するように着地すると今まさに自分に襲い掛かろうとしていたロエルスン卿を瞬く間に押しつぶしてしまう。


「一体なにが……起きたの……?」


 もうリファの頭の中は限界に到達していた。

 そもそも世界貴族と面と向かって話状況だっておかしいのに言い争いになってオーラが撃たれて自分も剣で斬られそうになって、そして、天井が降ってくる。


 ――可笑しい、可笑しいよ。


 発狂したくなる気持ちをぐっと堪える。


 ――今、私が気を狂ってしまえば瀕死の状況のお義母さんを助け出すことはできない。それだけは何としても防がないと。


 この状況下において優先順位はとにかく早くオーラを病院に連れていくこと。

 周りにいるエージェントも慌てている。

 それはそうだ。

 世界の擬人化ともいわれている世界貴族が天井崩落に巻き込まれたのだ。砂ぼこりが邪魔をして状況の把握ができない。


「痛ててて……、さすがに天井ぶち抜きは無茶だったな。俺も年を取ったもんだ。無理は禁物だな。って誰が年だ! 俺はまだ若い、はず……」


 その砂ぼこりの中から声がした。

 ここ最近でよく聞いた声だ。

 やがて砂簿頃が薄くなっていくと淡く見えていた人影がはっきりと見えてくる。それは、銀色の髪、紫紺の瞳、相反して黒い上下の服に特徴的なロングコート。


「ギルッ!」


 その姿はまさに救世主に見えてしまったリファを責めることはできない。ここですました顔をしていれば一級品だったかもしれないが右の拳を痛がるように左手でさすっている姿はちょっと拍子抜けだった。


「おっ、リファじゃん。よかった。こんなに豪快にぶち抜くとは思わなかったからさ。踏んでいたらどうしようって思ったんだ」


「どうして……?」


「いやさ、のんびりしていたら銃声が聞こえるじゃん。さすがにおかしいと思うわけよ。急いで来てみたけど、問題は……あるね」


 あたりを見渡せば急に現れたギルに対してエージェントがそれぞれ銃か剣を構えている。

 別にそれはどうでもいい。

 もっと見れば部屋の奥でオーラが全身から血を流して倒れている。見た感じ銃痕が数発、これはさっきの銃声分。それに比べて出血量が多い。よく見えないけど、どこか斬られている可能性が高い。


 ――まずいな。


 手足とか命から遠い部分を撃たれている想定は出来たけど、寄りにもよって心臓に近い。

 急いで治療しないと厳しいな。

 そこまで思ってオーラに近づこうとしたギルだが、ここで初めて自分が床の上に立っていないことに気づく。


 ――あれ、てっきり瓦礫の上に立っていると思っていたけど、これは違うな。

 よくよく下を見れば人がいた。


 ――やべ。


 やっぱり誰かを踏んでいた。

 体重六十キロくらいのギルだけど、十メートル程度から落下してきて、加えて瓦礫も降ってきたのだ。それはかなりの衝撃になったはず。


「貴様、世界貴族ロエルスン卿と知っての狼藉か!」


「いっ!」


 恐る恐る下を見てみれば醜い顔の中年男性が目をまわしていた。

 一人のエージェントの言葉にギルは固まる。

なんで、この広い部屋の中で人を踏んで、かつその人物が世界貴族なんだよ。お前、うん持っていなさすぎだろ。


「ははは、ごめんね」


 階段を下りるようにロエルスン卿から離れると一斉にエージェントが取り囲むように張り付いてギルを最大警戒する。でも、すぐに何かをする様子もなかったのでリファを連れてオーラのもとへ行く。


「リファ、何があった?」


「私、私……」


 かなり動揺しているけど要点だけかいつまんで教えてもらった。


 ――なるほどね。


 世界貴族がクズの集まりだっていうことはよく知っていたけど、ここまでとはな。

 ギルは安心させるようにリファの頭を撫ぜる。


「俺が何とかするから、オーラのそばにいてやれ」


「でも、ギルは関係ないのに」


「あるさ。俺に良くしてくれた。十分な恩を貰ったんだ。むしろ恩返しの機会があって嬉しいよ」


「うん、お願いギル」


 リファをオーラの横に座らせてギルはローブを翻す。

 正直なところオーラの生存は厳しいと言わざるを得ない。だからこそ、そばにいさせてやるべきだと思う。幸いにも意識はある。拙い会話なら成り立つだろう。


「さて」


 ――俺は俺のやるべきことをやろう。

 この面倒な現場をとっとと終わらせて病院に連れて行かないと。


「貴様ぁああああ―――――――――――――――――ッ!!」


 そこまで考えていると、その思考を切り裂くようなひどい金切り声が耳に届く。そっちのほうを見ればせっかくの豪華な服が砂ぼこりでボロボロになり髪も瓦礫が付着して面白アートみたいになっているロエルスン卿がいた。


「吾輩を、吾輩を誰だと思っておる!」


 血走った目に力いっぱいかみしめる奥歯。せっかくの豪華な金歯が欠けている。ついさっき目が覚めたのだろう。周りのエージェントが必死に抑えようとしているが、振り払ってギルに向けて歩き出す。


「吾輩は世界貴族だぞ。なんだこの狼藉は。断じて許されるべきじゃない」


「だから何だっていうんだ。世界貴族様♪ お前らだって他人をよく踏んでいるじゃないか。なら、自分が踏まれたって文句は言えないはずだ」


「そんなこと許されないと言っているんだ! 吾輩が一声かければファーストだって来る。世界を舐めるな小僧!」


「それはどっちだ? お前はいつも自分以外を自慢する。さっきの言葉だってファーストエージェント然り大王頼りだろ。情けないとは思わないのか。お前は何一つ価値のない薄っぺらい人間さ」


「言わせておけば、下自民のガキがぁああああああああ!」


 そう言ってロエルスン卿は再度片手剣を握りしめる。その激高した脳は、目はギルしか映していない。

 それは狙いだ。

 これで手負いの二人に危害はないだろう。


「どうしよっかな」


 煽り文句を言ったギルは心底、面倒くさそうにため息を吐く。

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