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◆◆◆
「あ、有隣堂だ」
見慣れた書店。本や文房具が置かれた店内になぜか安心した気持ちになって、ほっと息をついた途端、ブッコローは身をかがめて本棚の影に隠れた。
そっと様子をうかがうと、そこには両手にプロレス雑誌を持った男と、自由研究キットを持って踊っている女がいた。
ブッコローは心の中であの二人を相手にしていたらページが何枚あっても足りないと、話を面白くする事を放棄して首を横に振った。
二人に見つからないよう、ほふく前進で別のコーナーに進む。
「ブッコロー何してるの?」
「ひぃっ! ってなんだ、ただの間仁田さんじゃないですか」
そこには文房具の仕入れの全権を握る男、間仁田さんがキョトンとした顔でブッコローを覗き込んでいた。
「絵本の世界に転生しちゃって、今ザキさんへのプレゼントを探してるんですけど、何か良いものありますか? って間仁田さんに聞いても分からないかー」
この間仁田という男、何を言っても受け止めてくれるので、ブッコローの口が悪くなる。
これまでのいきさつを話すと、うんうんと相槌を打っていた彼はおずおずと提案した。
「インクはどう? 『ガラスペンの世界』はYou Tubeの再生回数も一番だし『インクの世界』も好評で、絵にもなるよ」
「でもザキさんいっぱい持ってるし、被らない? 前にインクはプレゼントしちゃってるしな」
綺麗な色、香り付き、暗い所で光る、時間差で文字が浮かび上がるものなど、インクに沢山の種類がある事を教えてくれたのは他ならぬ岡﨑さんなのだ。
「ここは創作の世界なんだから、オリジナルを作れば被らないし、岡﨑さんなら喜んでくれるよ」
その言葉を聞いたブッコローは目をカッと見開くと、間仁田さんをビシバシ叩いた。
「間仁田さんのくせに良い事言うじゃん! ありがとう。じゃあさっそくザキさんの所に行ってくるわ。あ、それとこの話絵本になる予定だから、遊び紙(表紙と本文の間にある紙)は『特殊紙の世界』で私が気に入ったキュリアスIRちゃんでよろしく! 生産終了になってるらしいけど集められる?」
叩かれた腕をさすりながら間仁田さんは頷いた。
「かき集めておくよ」
ブッコローはその力強い返事に嬉しくなり、最後のページへとジャンプした。
◆◆◆
コンコン。
ログハウスの扉をノックし、赤いスカーフを被ったブッコローは得意の裏声を出しつつ部屋の中に入った。
「ザキおばあちゃ〜ん、可愛いブッコローずきんちゃんが会いに来ましたよぉ」
そこには文房具王になり損ねた女、岡﨑さんがナイトキャップを被ってベッドで横になっていた。
「こんにちは」
「ザキさんナイトキャップめちゃくちゃ似合ってるじゃないですか」
「そうですかね、へへへ」
ベッドから起き上がり、照れくさそうにしている岡﨑さんを見てブッコローは気を取り直す。
「違う違う、You Tubeのオープニングじゃないんだからほのぼの喋っている場合じゃなかった」
ゴホンと一つ咳払いをすると、ブッコローはまた裏声を出しつつバスケットに手を入れる。
「今日はザキおばあちゃんにお土産を持ってきたのよ~。有隣堂オリジナルインク『ブッコローオレンジ』! とっても書きやすくて綺麗な色なの、嬉しいでしょう?」
小さな瓶にはブッコローのシールが貼ってあり、白い紙に書いても読みやすいよう濃いめのオレンジ色のインクが入っている。
「これはとっても可愛いです。ありがとうブッコロー。それじゃあお礼にお鍋を食べましょう」
「鍋? 急に何」
部屋の隅を見ると大きな鍋の中にはすでにグツグツと湯がたぎっている。岡﨑さんはブッコローの両脇をむんずと掴むと、鍋に向かって放り投げた。
「鍋で煮る終わり方は3匹のこぶただからー!」
放物線を描きながら叫び、視界が湯でいっぱいになった瞬間、ブッコローの意識は飛んだ。
◆◆◆
「はっ」
男が目を開けると、そこはYou Tubeを撮影するいつもの場合。視界の中にはブッコロー本体やプロデューサー、広報の郁さんに岡﨑さんもいる。
「これは今度発売するブッコローインクです。試し書きしてみてください」
カメラも回っているのだろう、岡﨑さんからスタッフ経由で渡されたインク瓶を受け取る。
ブッコローの中の男は、帰って来られたんだなと誰にも聞こえないようにつぶやくと、キラキラと輝くガラスペンの先をそっとインクに浸した。
おわり。
ブッコローが転生したら紙の上だった。 @wamona
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