【炎天の魔女】

「ルカ先生っこいつらがわたくしを、っ!!?!」

「うるさい。お前は少し黙っていろ」


起き上がってなお見苦しい言い訳を吐き連ねあまつさえボクたちを悪いと言い張ろうとしたクルクルが、再び地面に叩き付けられる。ルカ先生と呼ばれた女性は頭を更に深く下げる。


「月夜学院の事情は浅くではあるが知っている。それにも関わらず、こいつを月夜学院に行かせてしまいすまなかった。私の責任だ」


靡く彼女の髪を見ながら、ぽつりと呟く。周囲一面を凍結させていた氷は跡形もない。


「——……別に貴女だけの責任ではないでしょうし。ボクたちも過剰防衛でした。すみません。」


でも、と付け加える。


「去年月夜学院に星空が来たときも碌なことがなかったですよね。教師の許可を得た特別な事情がない限り両学院の敷地内への侵入と故意の接触は禁止にしてくださいませんか。」


彼女が顔を上げた。綺麗に伸びた背筋にすらりとした長身。凛々しい顔立ちとさっぱりとした口調がよく似合う若い女性だ。


「魔法士階位第一位【炎天の魔女】セイロア・ルィカの名に誓って、星空生徒への徹底を約束する」


セイロア先生のまっすぐとした青い瞳に映る自分の表情。


———


終わったことだね、と心の中で呟いてお願いしますと言う。


「おや、いらっしゃいルィカ。お隣で地面にめり込んでいるのは…アーチゾルテ君だったかな。ルィカが連絡をくれた子かい?」

「気づかなったふりはないっすよクロ先生」


後輩たちの前に立ってのほほんとした顔をしているクロ先生にカイが突っ込む。後輩たちは表面はいつも通りに戻って星空に侮蔑の視線を向けていた。ただ、若干表情が強張っている気がする。


「ごめんよ、少し厄介な知らせが届いてね。リンが魔素形成しはじめた時点で予想していたけど、アーチゾルテ君が私の大事な生徒を傷つけたということでいいかな?ルィカ」


生徒第一のクロ先生が厄介な知らせ程度でこの距離を駆け付けなかった?教育方針にあの状況が当てはまったのだとしても遅い。どれだけ厄介なら——……やめよ。なんかこう、嫌な予感するからやめとこ。


「ああ。本当にすまない、クロムウェル。やはり私はお前のような教師にはなれんな」

「それはどうかな」


何やら親し気な様子。そういえば腐れ縁だったっけ、クロ先生とセイロア先生。関係性はよく知らないけど、なんだっけ………問題児がどうたら。上手く思い出せないまま首を傾げて考えるのを諦める。まぁいっか。


「る、るかせんせ、い……わた、わたくし、は…」

「誰が発言を許したアーチゾルテ。お前は懲戒処分だ」

「は!!!?!!?」


懲戒処分なんて規則が緩い学院で受けることなどそうそうない。その分特殊な暗黙の了解が多いけれど、それは全員が尊守しているため問題にはならない。


……それでも受ける懲戒処分。貴族の姓を名乗っているんだし、こいつの矜持が許さないだろうな。


案の定クルクルはセイロア先生に納得がいかないとしがみつく。そのいつも自慢していた顔はセイロア先生が二回地面に叩き付けたために傷だらけである。うん、滑稽。


セイロア先生が青い瞳に極寒を思わせる感情を浮かべて睥睨した。


「異論があるのなら言え。懲戒処分の決定を覆したいのならマレリア先生を納得させてみろ。無理だろうがな」

「来週には【夜空盤戯】だってあるんですのに、」

「詳しい処遇は向こうで決める。お前は先に帰っていろ」


有無を言わせぬ威圧感でセイロア先生が言い放つ言葉に、クルクルは震えるしかできない。

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