月夜の逆鱗

ふわわ、とセラが欠伸をする。


「じゃ僕らは帰ろうか」

「『氷李』行きたい!「前行っただろ。太るぞ」

「カイの奢りで行こうっ!」

「いいね。ボク新作飲みたいなーカイー。」

「自分で買えっ?!」


歩みを再開していつも通りに他愛ない話を繰り広げながら歩く。ボワ、と炎の蔓が目の前を横切った。


渋々と足を止めるボクたち。うろんげに後ろを振り向く。


「何?」


ボクが不機嫌丸出しに言えば、ギッと睨まれた。凍らして湖の底に叩き入れるぞ。


「行かせると思いまして?話は終わっていなくてよ」

「は、ボクたちとどう戦っても勝てないから去年と同じ引き分けにしてほしいんでしょ?ボクたちも雑魚に構ってる暇なんてないし任せてよ。じゃ、ばいび」

「はぁぁぁぁああああそんなこと一言も言ってませんけれど?!」


品なくブチ切れるクルクル。上品な貴族の血を引くうんたらって言ってなかったっけ。沸点ひく。


「去年の【夜空盤戯】も!貴女たちが逃げていただけでしょう!!?」

「ほら馬鹿と話しても時間の無駄だから行こ~」


サヤが綺麗に無視して足を一歩踏み出す。


「行かせてないと言って、っ!!?!」


再びクルクルが仕掛けてきた炎の蔓に、真正面から炎の蔦が叩きつけられた。蔓が蔦に飲まれて霧散する。


わざわざ同じ魔法式を使って真正面から負かしたサヤがギロリとクルクルを睨み付けた。


「人の下校を妨げるなんてそれこそ教育がなってないんじゃない?星空では習ってないの?授業きちんと受けてる?」


瞬間、クルクルの周囲に火の粉が散った。星と蝋梅の蕾ってことは二年生でしょ。二年にもなってこんなことで魔力暴走を起こすなんて、精神年齢クソガキか。


「どこまでわたくしを、このアーチゾルテの名を持つわたくしを侮辱する気かしら!?!!」


すぅ、と大きくクルクルが息を吸う。これでも一年半以上こいつらの相手をしてきているのだ。この後何を言おうとしているのかはすぐに分かった。


だけど、そのクルクルの後ろを見てボクたちは大きく目を見開く。


まずいまずいそれだけはっ、


「孤児の分際で!!!親に必要とされずに捨てられただけの惨めな孤児の分際でっ!!!」


クルクルの真下の地面が割れ、氷鎖が飛出し、その周囲に光と炎の矢が降り注ぐ。


「キャァアッッ!!?!」


声高く悲鳴を上げる汚物も今はどうでもいい。今大事なのは、


「………——間に合わなかったか」


カイがぽつりと呟く。クルクルの背後には、下校しようと長杖と鞄を手に持つ後輩たちの姿だった。


「………………先輩、それ、星空、いま、なんて、」


先頭にいたリユラが不自然なほどに両目を見開いて、茫然と言葉を零す。


そのリユラの手は隣に立つ相方を庇うように持ち上げられていた。顔を歪める。この子たちには一番聞かせちゃいけない言葉だったのに。


月夜学院にいる生徒のほぼ全員は孤児だ。


「取り敢えずその星空は抹消。」


それぞれ事情がある。目の前で土色気になっている星空の言った通りに、親に捨てられた子。。あるいは、。多岐にわたる様々な背景を抱えた“素質”と“才能”持ちの子供たちを集めた場所。それが月夜学院だ。


みんなが日々、笑顔の内に隠して、恐れながらも向き合おうともがいているもの。


「氷属性魔素集結。」


それを不躾に土足で踏み荒らす愚物に手加減なんて要らないでしょう。


月夜学院が蒼銀に包まれる。ボクの目の前には、爆風の中央にある蒼銀に輝く魔力そのものと言える魔素。


容赦なく標準を星空に合わせる。


隣にいるセラとサヤ、カイは何も言わず、無表情に凍った風に髪を靡かせている。後輩たちは、未だに固まったまま。


自分で向き合えるように。そのための雑音のない静かな月夜学院なのに。やっぱりこいつの姿を見た時点で氷漬けにしてそのまま砕いたらよかった。星空がろくなことをしないなんて分かり切っていたことなのに。


「蒼銀魔素集中かいほ——」


「炎属性魔素集結。紅赤魔素連動」


ボクが解放しようとした蒼銀魔素に誰かが介入。ボクとは比べ物にならない速度で対立属性の紅赤魔素を形成、蒼銀魔素に連結させて打ち消した。


魔素形成が一位の魔法士でも切り札に数えられるほど高度な技術なのに、それをあんな速度で行ってしかも他者の魔素と連結させるなんてボクも出来るか怪しい神業を平気でしてみせるなんて一体誰が——


気配のした背後をくるりと振り向く。


「今回は完全に私の監督不届きだ。申し訳ない」


魔法士の正装に星空学院の紋章が入った教師用の魔法衣を身に纏う、橙色の長髪を括った女性。


彼女がクルクルを地面に叩き付けながら深々と頭を下げていた。

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