掃除時間の相談事

パタンと、クロ先生が出ていった教室の扉がしまる。


ガタゴトンッと騒がしい音を立てて隣の少女が飛び上がった。


「うぅぅぅぅぅ、終わったああああーっ!!」


午後の授業は、サヤの苦手な座学だったのだ。


二時間ぶっ通しの座学を終えたことに跳び跳ねて全力の喜びを表しているサヤは、満面の笑みでボクを見た。


「終わったっ!帰ろ!」

「掃除が残ってるよ。」

「……現実見せつけなくてもぉ」


頬を膨らませたサヤは、自分の隣の席で机に突っ伏して寝ている馬鹿をジト目で見た。


「授業中ほっとんど寝てたカイにこそ現実を突きつけるべきだと思いまーす」

「……カイ、寝てるようで起きてるからなぁ。」

「半分寝て半分起きてる感じ?授業一応聞いてはいるんだよね」


ボクもセラも、非常に雑な援護しか出来ないが、事実、カイは授業中寝る姿勢をとってこそいるものの意識はある。


証拠として、クロ先生に振られた質問には姿勢は変えずとも答えている。


サヤもそれは承知で文句を言っているのか、腕を組んでふんっと顔を背けた。


「だからこそなのっ!こんな授業態度のやつと試験の点数がほとんど一緒とか屈辱なのっ!」

「ボロカスに言うじゃんかよおい」


むくっとカイが顔を上げて頬杖をつきながらサヤをジトリと見た。


「この前の授業で分からねぇとこ教えてやったの誰か覚えてるか?」

「セラだよ」「僕だよ」

「オレだっ!!?」


がくんっと頬杖を崩したカイはケッという顔をしながら、授業中一度も持ってすらいなかったペンの先をサヤにびしりと突きつける。


「いいか、サヤ、お前は感覚派すぎるんだ。言っちゃえばそこの一位と一緒。で、体育系。もうお前に勉学における集中力は皆無と言っていい」

「ちょっとはあるしっ!皆無じゃないもん!」

「どっちにしろだろ。オレとかセラみたいな理論派でもステラみたいな才能持ちでもない。努力あるのみってこった」

「わ、かってますぅ!」


……やっぱりなぁ。


チラリとカイを見ると、わざわざ意図して自ら危険のある行為をしてくれた学友の冷静すぎる瞳とぶつかった。


わかってるよ。


「サヤは努力家だし、それはそこらの天才よりもすごいことだよ。ほら、掃除にいく!カイも二度寝しようとするんじゃない。そろそろアキとディーがゴミ箱持ってカイの私物押収しにくるよ。」

「あの無口組はしれっとやることがえぐいんだよ!?」

「えへへ、ステラに褒められた~♪」


ボクがさくっと掃除から逃げようとするカイに釘をさせば、カイはがばっと伏せかけていた顔を上げて真っ青な顔で叫んだ。


反対に、可愛い美少女という言葉が具現化しているようなサヤは照れながらはしゃいでいる。なるほど可愛い。


真っ青になって冷や汗をかくカイとはしゃぐサヤを、黒い笑みと共に撮影魔導具で撮っているセラを呆れた目で見ながら手を叩いた。


「掃除さっさと終わらせて帰るんでしょ。ぐだぐたしてないで係りの掃除場所にいく。あんまり待たせたら後輩が困るんだからね。」

「はーいっ」「へーい」「んー」


各々返事をして、掃除場所へと移動し始める。


ここ月夜学院は、校舎が三棟、塔が一塔、大型寮が一棟ととにかく広い。魔法全盛期では、これぐらいの容量がなければならないほどだったのだろう。


しかし、今は違う。この圧倒的敷地面積と施設に対して、在校生は二十二人。去年の、六人という少なさに比べれば幾分多いけれど、最早些事だ。


掃除が大変すぎる!!


そう思った歴代の先輩方の尽力により、保存魔法、という魔法が発明された。並行してそれを魔導具化させたものも作製される。状態保存魔法、というお伽噺に出てくるような異次元の魔法とは異なり、難易度は低く、魔導具を使うため負担は少なく、持続時間も長い。


その保存魔法と魔導具のおかげで、月夜学院は膨大な掃除を免れているのだ。


とは言え、生活技術のことも考えてみれば、魔導具や魔法に頼りすぎるのもよくない。


そう判断したクロ先生によって、重点的に使う第一棟と寮で使っている部屋は魔導具や保存魔法の使用が禁止された。


結果、結局は二十二人で広い校舎を掃除しなければならなくなったのだった。


なので、一人一人の受け持ちは多いし掃除時間は四十分と長い。故にさっさと終わらせよう、と持ち場の一つである昇降口に来た。





「……あ、ステラ先輩、こんにちは」


昇降口では、箒を両手に立つ小柄な少年が掃除をしていた。


ボクの後輩の一人、ナルア・ミカエルだ。


抹茶色の髪に、抹茶色と水色というオッドアイが特徴の、人形のように綺麗な少年で、渾名はミカ。


「こんにちは、ミカ。……どうしたの?」


いつも周囲を見て人知れず手伝いをし、そしてそれを誇らないという心優しい少年が今は浮かない顔で俯いていた。


近付いて顔を覗き込むと、チカチカとミカの水色の瞳に魔力光が走る。


「……ステラ先輩に、相談が、あって」


「ボクに?」


ミカの相談の内容には、心当たりがある。だけど、相談する適任はクロ先生のはずだ。なのに、ボク?


首を傾げるボクに、ミカが俯いたままこくんと頷いた。


ミカが浅く息を吸う。


「……ぼくにはやっぱり、魔法の才なんてないんです」

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