出来る人と出来ない人

「——ぼくには、やっぱり魔法の才能なんてないんです」


昇降口やその他の担当場所の掃除も片付けて、よっこらせと身を起こした。


掃除も終わったし、一旦教室に戻ってからクロ先生を探すかな。


廊下を歩いている際に、指定された掃除時間は過ぎているのに未だに箒と雑巾を持っている二人の後輩を見かけた。


……あの二人がまだ掃除してるのに、あいついない?


すんっと自身の予想に真顔になりながらブーツの踵で廊下の床をカツリと叩く。


とりあえず、まずはクロ先生を探さないと——…ん?


教室の扉を開けようとして、中から朗々と響いてくる渋緑髪の青年の声に物凄く嫌な予感を覚えた。まさかとは思うけどさ、


「そしたらよ、ステラが後輩に、『いい?確かにキミは魔法を怖がっているし苦手意識も強いと思う。だけど、だからってそれがキミが一生魔法が使えないままなことに直結するなんてことは絶対にない。だから、そうだな。難しいのなら、自分が魔法をうまく使えている姿を思い浮かべて、そうなりたいって、目標を持ってごらん。それだけでも全然違う。って、さすがにこれはボクの師匠からの受け売りなんだけどね。』って——」

「なるほど?興味がありすぎるのもここまでこれば悪癖だね。」

「———え?」「「あ」」


音を立てずに教室に入り、カイの真後ろに立つ。


カイがびしりと固まり、カイの肩越しにボクの表情を見たセラとサヤが瞳を虚無に染め上げた。


にこりと、カイの渋緑の癖っ毛に笑いかける。

ギギギ、とさび付いた動きでカイが振り向いた。


「楽しそうじゃん。ボクも混ぜてよ?」

「これはですねぇぇぇぇぇえええええええええええええ!!!!」


ボクのふつふつと怒る目を見たカイは、だらだらと真っ青になって冷や汗をかきながら視線を必死に逸らす。


「まさかとは思うけどさ。——例えば、注意された直後なのに掃除を後輩たちにいつもの如く押し付けて自分はボクと後輩の話を盗み聞ぎして、それを二人に話したりとか。そーんなことは、してないよね?」


かくりと首を傾げて問えば、カイはバッと首がもげる勢いで顔を逸らした。


「何話してたの?ボクにも聞かせてよ、仲間外れは寂しいじゃん?」


ぶるぶると震えて動かないカイとにこにこと凄んだ笑顔を向けるボクでしばし場が硬直する。


埒が明かないと判断して、死んだ視線を教室の端っこで棒立ちになっている二人に向ける。


「セラとサヤは聞いてたんでしょ?どんな話、してたの?」

「え、えっと~…」「そ、それはぁ、」


視線を泳がせながら口をまごまごとさせて一向に話さない二人。まったく。友情は美徳だけれども。


パキィ、と教室が凍り付いた。


「「「…………」」」


凍って真っ白に曇る窓。ふわふわとした霜が降りる机上。ブーツごと容赦なく凍りつけられた床。


「え?」


別の意味でもカタカタと震えだす三人のうち、カイの肩にぽんと手を乗せた、というか逃げないようにとがっしと掴んだ。


瞬間、スガシャァと凄まじい音を立てて天井から形成される巨大な氷柱。


あと少し伸びればカイの脳天に突き刺さるだろうということは、身動きが取れない本人も重々わかっているだろう。


ぎりぎりとカイの肩を掴む手に力を込めながら、サヤとセラに笑いかける。


「何話してたのかとっとと言え」


「か、カイがー、自分の掃除場所に行くときに、ステラと後輩ちゃんのこと見かけて、盗み聞きしてて、」

「そ、それを、ステラに気付かれなかったんだぜーっていう自慢と一緒に内容を嬉々として話してくれてましたー…」

「裏切るのかよおおおおおおおおおおっ?!!」

「ふぅーん」


ボクが掴んだ手からビシピキとカイの肩が凍り付いていく。低温火傷してしまえ。


「ぎゃああああああああああああああああああ!!?」


ぴぎゃぴぎゃと騒ぎ立てるカイをぽいっと放り投げて歩み寄り、真っ青になっている奴の真正面にしゃがみ込む。


「一つ目、掃除をしてなかったこと。二つ目、ボクと後輩の会話を盗み聞ぎしたこと。三つ目、それをセラとサヤに話したこと。計三つ。だから、」

「だ、だ、だから……?」


ボクが立てた三つの指を恐ろし気に見つめながらカイが呟く。


「三回、ボクと模擬戦すること。これでチャラにしてあげよう。」

「それはないそれはないそれはないがちで勘弁っすああああああああああ、すんません」


騒音をまき散らす物体を一瞥。ぴたりと騒音が止まる。


「まぁ名前を伏せた点だけはよろしい。差し引きで二回にしてもいいけど。」

「ありがたきお言葉寛容な御心に敬服いたします」

「ボクに敬服する前にミカとアキの掃除を手伝おうか?まだ終わってない様子だったけど?」

「ハイ真面目に掃除させていただきマス」


カクカクと頷いたカイは一目散に教室を飛び出していった。


「セラ、カイがちゃんと掃除してるか監視してもらえるかな。」

「もちろんいいよ。面白そうだし」

「え私も行く私も行くっ!」

「じゃあセラとサヤお願い。ボクはクロ先生から配布物もらってくるね。」

「「はーい」」


軽く手を振って教室を出る。職員室に行ったらクロ先生には会えるかなっと。


階段を一段ずつ降りずに一気に踊り場まで飛び降りる。


一年生の教室前の廊下を歩いていると、背後からステラ先輩!と声がかけられた。ん?


「「職員室に御用ですかー?」」


一人の少年の声が重なっているように廊下に響いた。くるりと振り向けば、そっくりな容姿をした二人の少年が全く同じ姿勢でボクを覗き見上げるように立っていた。


優秀な今年の一年生たちのなかでも飛び抜けた才覚を持つ、双子の少年である。


ノア、ノン、という愛称で、可愛らしい顔立ちの小柄な後輩である。人懐っこく無邪気で、そして双子であることを踏まえても度が過ぎている程の連携が何よりの特徴だろう。


少し長めの黄緑色の髪を色違いの髪留めで留め、深緑の瞳をきらきらと輝かせている。


「うん、クロ先生に今日の配布物を受け取りに来たんだ。二人は?」

「「俺たちは、ステラ先輩を見かけて、気になってきただけです!」」


こんなに長い台詞が一人がしゃべっているかのように被ることってあるだろうか。幼馴染でそこそこ長い付き合いのセラやサヤとでもそんなに被ったことないんだけどなぁ。


「それはありがとう、今日の授業の魔法も構築速度が上がってたね。」


すごいぞー、と頭をよしよしと撫でると、二人はえへへ~、と笑った。可愛い。


「先輩に褒めてもらえてとっても嬉しいです!」

「配布物の受け取り、俺たちも手伝いますか?」


手伝いを申し出てくれる優しい後輩に頬を緩めながら被りをふる。


「大丈夫だよ、一人でいけるから。」

「「そーですかー…」」


しょぼん、と肩を落とす二人。ん~…二人にしてほしいことは、今の所な……あ。


「その代わりにお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」


「「!!」」


ぱぁああ、と分かりやすく目を輝かせる二人に、純粋だなぁとその眩しさに微かに目を細める。


「ミカのことなんだけどね、」


そりゃ友達ですもん、と言ってから、何か思い当たることがあったのか、鏡合わせのようにそっくりな仕草で顔を見合わせる二人。


「…最近はずっと暗い顔してたよな。隠したがってたから触れなかったけどさ」

「だよね。でも今日掃除から帰ってきたときは全然そんなことなかったよな?」


さすが『古参組』というべきか、ちゃんと友人のことを見ている。


「ミカが悩み事を抱えているのは二人も知ってるでしょ?」

「「……その、魔法のことですよね」」


気まずそうに視線を逸らす二人。あぁ、優しいな、と思う。


ノアとノンだけでなく、他の一年生たちも含め、みんな魔法の腕は同年代よりも卓越している。特に二人はその中でも特出した才能の持ち主だ。


だから、唯一魔法の才能の有無に苦しんでいるミカへの声のかけ方がわからなかったのだろう。下手に出来る者が出来ない者へ声をかけて傷つけてしまったらと、そう考えて。でも。


「二人にね、ミカのことを頼みたいんだ。」

「「は!!!?」」


口をあんぐりと開けて素っ頓狂な声を上げた双子は、すぐさま突撃する勢いで詰め寄ってきた。その表情は、必死で苦し気だ。


「あのあのあのステラ先輩なら分かってますよね!?」

「俺たちがその分野じゃミカに話しかけづらいの!!」

「勿論分かってるよ。でも、大丈夫だよ。ほら。」


後ろをごらん、と促せば、二人は恐る恐る背後を振り向く。見えないけれど、深緑の双眸が全く同じに見開かれたのが分かった。


オッドアイの少年が、少し離れた場所でボクにすまなさそうにしながら、驚きに固まっている双子に用事があるようにちらちらと視線を送っている。


「「——ステラ先輩、あれ、」」

「うん。」


いってらっしゃい、と立ち尽くす双子の背中を押した。


つんのめるようになりながらノアとノンがミカに近づく。ミカも、数歩歩み寄って、口をぱくぱくと動かした。


「……あ、あの、ね」


がばりと顔を上げて、オッドアイの少年がはっきりと口にした。


「ノア、ノン、よければ、だけど、ぼくに魔法を教えてくれません、か…!!」


「「——いいに決まってるでしょぉおおおおっ!!」」


友人の相談に乗りたくても乗れない、もどかしい思いをしていたからだろう。


うわぁぁぁああああんっ!!とミカに泣きながら抱きつく二人と、心配かけてごめんね、とはにかむ後輩をそっと背後で見守った。


よかった。少しは先輩らしいこともできただろう。


そうと決まれば!今からでも特訓!いや流石に今からは帰りの会に間に合わないよっ?


楽しそうな声を廊下に響かせる後輩たちに微笑みながらくるりと踵を返した。

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