第6話小遣い稼ぎする魔法使い




 ファニが師匠の元に帰ってきて、一年が経過していた。


その一年の間、ファニは自分の魔法を鍛えることに集中していた。森に入っては、魔物や動物相手に無演唱の練習をしていたのだ。幸いにして人の手が入っていない森の中には、動物も魔物も山のようにいる。練習相手には、事欠かなかった。


だが、肝心の無演唱は使うことができない。ファニは、未だに無演唱のコツを掴むことができていなかった。


だが、変わったところもあった。それは、ファニ自身の肉体であった。


この一年の間に、ファニの身長は伸びた。師匠が食事を管理してくれるようになってから、旅で偏りぎみだったファニの栄養状態は改善していたのだ。そのせいもあって、若い肉体は健やかに成長できた。 


ファニの肉体は、確実に一年を刻んでいる。なのに、魔法の腕前は変わらない。そのことが、余計にファニをやきもきさせるのだ。成長している実感が、得られないのである。


「体ばっかりが、大きくなってもな……」


 ファニは、ため息をついた。


 魔法使いに体格の良さは、あまり関係がない。日常生活ができる程度の丈夫さがなければさすがに困るが、その程度を肉体があれば全く困らないのである。


 最近のファニは、森の奥深くまで進むようになっていた。奥になればなるほど森は豊かになり、木の実やキノコといった実りが多く取れるようになる。そして、それは強い魔物の縄張りでもあった。


そこで、ファニは修行をしていたのだ。


理由は、命の危険を感じるためであった。


命の危機を感じれば、火事場の馬鹿力のようなもので無演唱が使えるのではないかと考えたのだ。だが、ファニが森で命の危機を感じることはなかった。


 ファニの身体能力は比較的だが高く、森のなかを一日歩いても疲れることはない。魔物や動物に腕力が叶わなくとも魔法を使えば、どんな獣も退けることができた。


倒せる相手では、どう戦っても命の危機を感じられない。わざと痛めつけられるという手も考えたが、そもそも魔法の練習をしているのに魔法を使わないで死にかけるというのも可笑しな話である。それに、そんな方法はラミス師匠に絶対に怒られるであろう。


「無演唱って、どうすればいいんだよ……」


 ファニは、途方に暮れるしかなかった。もはや修行の方法ですら、思いつかないのだ。ラミスに助言を求めたこともあるが、師匠は微笑むばかりで教えてはくれない。自分の力だけで会得しなければならない、ということらしい。


ファニは、木に向かって掌を伸ばす。唇は開かず、代わりに頭のなかで魔法を思い浮かべる。魔力が、掌に集まってきていることは分かる。これは、いつもの魔法の発動時と同じだ。しかし、発動にはいたらない。


 ファニは、両の掌を見つめる。


 魔力は、自分の白い掌に集まってはいる。だが、それだけだ。呪文を唱えなければ、発動させることができない。


「なにか、コツがあるはずなんだよな」


 師匠が教えてくれれば何か変わっただろうか、とファニは考えてしまう。師の教育方針に文句を言うのは、弟子失格のような気もした。


 全ての応用は基礎の延長にある、とラミスには教わった。基礎をきっちりとやっていなければ応用はできないというのが、ラミスの信条であったのだ。おかげで、幼少期のファニは何年もかけて魔法の基礎を学んだ。


最初こそは未知の力を使えることが楽しかったが、所詮は子供である。数か月もすれば飽きてしまった。もっと高度なことがやりたいと師匠に強請ったが、その度にラミスに基礎の大切さを説かれたものである。


「そうだった。基礎の延長線」


 ファニは、大切なことを思い出す。


普通の魔法は言葉を口に出して、どの魔法を使うか選択をする。無演唱は頭でその選択をし、魔法を発動させる技術であるはずだ。


ファニは、そう考えている。


ここで問題なのは、頭で考えてだけでは魔法が発動しないことだ。だから、なにかしらのコツがあるものだと考えていた。もしかしたら、最初の考えから違うのかもしれない。


「こんにちは!」


 元気な声にファニは、思わずぎょっとした。


後ろを振り向けば、知り合いの青年がいる。


ネジリヤだった。


商人のネジリヤは、ラミスとも付き合いの長い商人の息子である。ファニとはあまり歳が離れておらず、森の奥で育った彼にとってはたまに会う親戚のような存在であった。幼い頃には、彼に遊んでもらっていた記憶もある。ファニにとっては、気安い相手であった。


ファニが魔法を使えるようになって魔物や動物を倒すようになってからは、ネジリヤはそれの買い取りもしてくれた。最近ではファニが毎日のように獣を倒すこともあって、ラミスの住む森にまめに顔を出すようになっていた。


魔物は魔力を過剰吸収して、凶暴化した動物の呼称だ。どんな動物でも魔物化する可能性があり、元の生物が凶暴なほどに残虐性が高いと言われている。つまりは、リスの魔物よりもオオカミの魔物のほうが危険だということだ。


そんな危険な魔物だが、毛皮の人気は高いものがあった。普通の動物よりも凶暴であるせいなのか、魔物は栄養分が高い食べ物を食べている。そのせいもあって、毛皮の質が良いのだ。


ネジリヤに教えてもらったが、商人は買い取った魔物や動物の毛皮をはぎ取って売るらしい。毛皮は使い勝手が良くて人気商品でもあるため、定期的に仕入れが出来るのは嬉しいと言っていた。


「今日は、熊が二匹とイノシシ型の魔物一匹ですね。いつもありがとうございます」


 ネジリヤは自分が乗ってきた馬車に、ファニが倒した獣たちを入れていく。ネジリヤは大柄で、その見た目を裏切らない力持ちの青年だった。それでも熊や猪のような魔物を乗せるのは一苦労で、ファニも微力ながら手伝った。二人係でようやく荷物を馬車に乗せて、ネジリヤとファニは座って休憩を取ることにした。


「魔法の修行は、どうですか?」


 ネジリヤの質問に、ファニは言葉に詰まる。長い付き合いのネジリヤは、それだけでファニの修行が上手くいっていないことを悟った。


「のんびりできるうちは、のんびりした方がいいですよ。忙しくなると色々な物を見落とすとも言いますから」


 自分を気遣うネジリヤの言葉が、煮詰まっているファニにはありがたい。それと同時に、ネジリヤのさりげない気遣いに憧れの視線を向けてしまうのだ。


ファニは、幼い頃にもネジリヤに憧れた時期があった。ネジリヤは小さな頃から体格が良くて、自分も彼のような体格になりたいファニは思っていたのだ。屈強な肉体は強そうで、格好がいいと思っていた時期があったのだ。魔法使いに屈強な体格は不要と知ってから憧れはなくなってしまったが、今も昔も彼が眩しいのは同じだ。つまり、ネジリヤという青年はファニにとっては憧れの年上なのである。


「さて、僕はもう戻りますね。ファニも、あまり遅くならないように帰ってください」


 ファニは、ネジリヤから三枚の銀貨を受け取る。


旅をしてから知ったことだが、毛皮が適正価格で買い取られることは少ないらしい。森で狩りをしている人間は世間知らずなことが多いために、買い叩かれることが多いのだ。だが、ネジリヤもその父もちゃんとした価格で毛皮を買い取ってくれる。


商人としての彼らの実直な姿勢には、大いに見習うべきところがあった。金儲けのために他社を踏み台にする商人もいるなかで、ネジリヤ親子は周囲の人々が幸せになるような商売を心掛けている。そのせいもあって、ファニには商人は良い人という刷り込みがあった。だからこそ無条件に旅の商人を信じて、危うく奴隷にされるところだったのだが。


「ネジリヤは、どうやって親父さんから一人前って認められたんだ」


 ファニがリリースたちと旅だったときは、ネジリヤは父親と一緒に買い付けに来ていた。だが、最近ではネジリヤは一人で仕入れをするようになっている。父親の姿は、何処にもなかった。商人は、一人で仕入れが出来て一人前といわれている。商売をするうえで、仕入れが一番難しいからだ。


「うーん。物を見る目が認められたから、ですかね。なにができたから一人前っていうのは、商人にはないんですよ。強いて言うなら、自分の師匠と顧客からの信用を得たら一人前なんですかね」


 なるほど、とファニは思った。


 商品になるものを見分ける目は、ファニにはないものだ。それを会得するために、ネジリヤは一生懸命に修行していたことだろう。自分より先に一人前になったネジリヤに、ファニは尊敬の目を向ける。


「俺も、早く一人前になりたいな」


 ぼそりと呟いたファニに、ネジリヤは穏やかに笑う。


「ファニは、僕よりも年下でしょう。まだ、急がなくてもいいと思いますよ。『一人前になる結果』よりも『一人前になる過程』が大切だ、とも言いますし」


 そういうものなのだろうか。


 未熟者のファニには、その言葉の大切さすら分からない。


「じゃあ、僕はもう行きますね。今後ともよろしくお願いします」


 ネジリヤは、馬車の御者台に飛び乗った。馬車はぎしりと軋んで、ネジリヤの体重を受け止める。休ませていた馬の背に鞭打って、ネジリヤは馬車を発進させた。ファニは小さく手を振って、ネジリヤを見送る。


「……さてと、もう少し練習したら帰るか」


 ファニは、そう言って伸びをした。


そして、先ほどまでのように無演唱について再び考えようとした。


だが、予想外のことが起こる。見送ったはずのネジリヤの馬車が、再び戻って来たのだ。ネジリヤの馬車は全速力で駆けており、ファニの隣をすり抜けていった。まるで、ファニのことなど見えていないかのようのようだった。


なにかが変だ、とファニは思った。


追いつけないのを承知の上で、ファニは走り去っていこうとする馬車を追いかけた。馬車は何かトラブルがあったらしく、中途半端なところで止まっていた。


ネジリヤは馬車から降りて、馬の様子を見ていた。馬はうずくまっており、これのせいで馬車を止めざるを得なかったらしい。


「おい、何があったんだ!」


 走ってきたファニに、ネジリヤは驚いていた。ネジリヤは顔色を真っ青にして、ファニの想像以上に焦っている。


「クマ型の魔物が現れたんですよ!ファニも逃げてください!!」


 魔物は、普通の動物よりも凶暴だ。大型の肉食獣に似ているほど魔物は好戦的で危険だ、と言われている。熊型の魔物は、そのなかでも特に恐れられていた。普通の熊でさえ、対面してしまえばとても危険なのだ。それなのに魔物ともなれば、人間を見つけたらその臓物を食べるまで必要に追い回すと言われている。


 ファニは馬車の荷台に登って、できるかぎり遠くを見ようとした。だが、ファニが見た限りではクマの魔獣は見つからなかった。ネジリヤの見間違いだったのだろうか、とファニはちらりと考える。


だが、そのときだった。


突如、茂みからクマ型の魔獣が現れたのだ。


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