第2話首輪をつけられた魔法使い
ファニは、商人が所有する馬車の荷台にいた。
リリースたちにパーティを追放された後、ファニは何日も森の中をさまよった。食べ物も飲み物もない状態であったが、川の場所は覚えていたし、魔法で獣を狩ることもできる。
唯一の問題は、体力である。
できるかぎり早く師匠の元に帰りたかったファニは、不眠不休で歩いていた。体力が足りない分は魔力で補ったが、この自転車操業が効率的でないことは分かっていた。
魔力だって枯渇すれば動けなくなるのだ。ファニの魔力は強大であったが、それでも油断はできない。魔力が枯渇したら、野外で眠りこける羽目になる。一人旅では、そのような危ないことはできない。
そんななかで出会ったのが、荷台に乗せてもらっている商人だった。
商人は、どうして未熟な魔法使いが一人でさまよっているのかを気にしていた。ファニは、魔法の修行の途中で道に迷ってしまったと商人に語った。仲間にパーティを追い出されたとは言いたくなかったのだ。人が良い商人は、近くに町まで乗せていってくれるとファニと約束してくれた。
ファニは、その申し出を喜んで受けた。
財布には、パーティから受け取った金貨がある。金額としては多すぎるが、商人に礼として渡してしまう手もある。だが、ファニはそれを手放すことをためらっていた。
この金貨は、パーティを追放された証だった。この金貨を見るだけで憎しみが沸き、仲間を見返すという自分の初心を思い起こすことができる。だから、できうる限り金貨はとっておこうと思った。
「ん……これって」
金貨から、魔力を感じる。この金貨は、おそらくは魔道具だ。読んで字のごとく、魔道具は魔力を込めた道具のことだ。たいていの場合は一回だけ魔法の力を行使できるように調整されていて、装身具に魔力を付与されることが多い。
道具に魔法をかける魔法使いによって使用回数は変わってくると聞いたことはあるが、大抵は使い捨ての道具である。金貨が魔道具に加工されることは非常に珍しいので、仲間たちは知らずにファニに金貨を渡したに違いない。
ファニは、金貨を握り締める。
いつか自分は偉くなる。
そして、いつかパーティ全員に復讐をするのだ。
ファニが、そんなことを考えていると急に馬車が止まった。その衝撃に、ファニは馬車から落ちそうになった。
「何かあったのか?」
ファニは、商人に尋ねた。商人は青い顔をして「魔物が現れたんだ」と語った。商人が指さす方向を見るとそこにはイノシシのような姿の魔物がいた。
魔物は商人の向かって吠え、鋭い牙を見せつけていた。
そんな魔物の出現に、ファニは肩をすくめた。もっと大きくて強い魔物が出たと思ったのだ。肩透かしというのは、このことである。クマなどの大型の魔物ならともかく、イノシシ程度ならばファニの敵ではない。
「乗せてもらった恩があるから、俺が退治する。危ないから、馬車から降りるなよ」
ファニは馬車から降りて、手足を伸ばした。馬車に長い時間のっていたので、体がすっかりこってしまったのだ。
「よし」
ファニは、魔物に向かって掌を向ける。
「炎の精霊。その力をみせろ」
ファニの掌から炎が生まれ、その炎はイノシシの魔物を包み込んだ。炎に囲まれたイノシシは、逃げる場所も進む場所も失ってたじろいでいる。もう一度だけ、ファニは掌をイノシシに向ける。
「氷の精霊。その力を見せろ」
ファニの掌から、氷の槍が出現する。その槍は、魔物に向かって飛び。魔物の胴体を貫いた。イノシシの魔物は断末魔を上げて、その場に倒れる。それを見とどけたように、氷の槍は消えてしまった。
「無演唱は、やっぱりできないか……。一人前には、まだまだ程遠いな」
ファニは、「はぁ」とため息をつく。
これから、ファニは師匠の元に帰るつもりだった。そこで、自分をもう一度鍛えてもらうつもりだったのだ。だというのに、自分の未熟さにはほとほと嫌になる。
だが、それを見ていた商人は茫然としていた。
「ま……魔物をこんな短時間で倒すなんて。しかも、たった二発で」
商人は、腰を抜かしているようだった。地面に座り込んで、足をがたがたと震わせている。魔物がよっぽど怖かったに違いない。
「仮面を被った魔法使いは、半人前じゃなかったのか?」
商人の言葉に、ファニは苦笑いをした。
魔法使いが一人前になったかどうかは、師匠が決める。大抵の場合は弟子が師匠を超えるか、同等の力を手に入れるかで一人前と判断される。そのため強い魔法使いに弟子入りすれば、それだけ一人前になるのが難しい。
ファニの師匠は、元宮廷魔法使いだ。
王宮で王に仕える魔法使いは、宮廷魔法使いと呼ばれる。さらにその宮廷魔法使いを統べるのが、筆頭魔法使いである。ファニは、その筆頭魔法使いを目指すことにしていた。魔法使いとしての高みに登って、元仲間を「ざまぁ」と笑ってやるためだ。
「とにかく助かった。魔物を追っ払った礼をするから、こっちに来い」
ファニは、商人が金を支払ってくれるのかと思った。雇われた魔法使いや剣士が、商人の護衛をするのはよくある話である。護衛の相場も大体決まっているほどだ。
ファニは、内心喜んだ。
師匠の家まで、まだだいぶある。護衛として雇われて金を貰えるならば、悪い話ではない。そんなことを思って仮面の下で笑顔になっていたら、カチと音がした。
商人が、ファニは首輪をつけたのだ。
「おいこれって……まさかだろ。違法だぞ、こんなの!!」
その首輪は、魔法使いの魔力を制限するものだ。さらに命令によっては、痛みを味合わせることもできる。
この国では作られていない魔法使いを隷属されるための首輪だった。ファニはこの首輪で、魔法使いを奴隷のように扱う人間を見たことある。だが、まさか自分が餌食になるとは思ってもみなかった。
ファニは商人から離れ、掌を向ける。商人をおどして首輪を解除させるしかない、とファニは考えていた。首輪をはめられてしまったら、魔法使い一人では外すのが困難なためだ。
「躾のなってない犬だな。苦しめ」
商人の言葉と共に、ファニは今まで体験したことがないような激痛を味わった。まるで、首輪から電撃が放たれているかのようだ。
「ぐっ……うぁぁ!!」
痛みのあまり、ファニは地面に転がる。
悲鳴を上げるために口を開くと土が入ってきた。それで、ファニは自分が地面に伏していることにようやく気が付く。無意識に指が首輪に伸びるが、外すことはできない。痛みで集中力が途切れて、魔法を使うこともできなかった。
屈辱的な格好であった。
首輪をはめられて、商人の足元に転がって、まさに犬のようだ。
「魔法使いの奴隷は、高く売れるからな。まだ半人前だが、仮面を取ってしまえれば分からないだろう」
商人の言葉に、ファニは眼を瞬かせる。
商人は、商品として奴隷も扱っているらしい。この国では奴隷の売買は禁止されているので、隣国で売りつけるに決まっている。ファニは、油断していたことを後悔した。
仲間たちと行動していた頃は見るからに屈強なリリースやシル、ダラスもいたから、こんな事態におちいったことはなかった。だが、今はファニの一人旅。少年一人であれば、簡単に拘束できると思われたのだろう。
「さて、喜びな。今日からは、一人前の魔法使いだ」
商人は、ファニも仮面を取ろうとする。
ファニはそれを抵抗しようとするが、商人が「苦しめ」と命じるたびに痛みに悶えることになった。こんな痛みを感じるぐらいならば、死んだ方がマシだとファニは考えてしまう。それほどまでに、耐えきれない痛みだった。
商人は、息も絶え絶えなファニの仮面に手をかける。
ファニは、無意識に男の手を振り払った。一人前になるまでは仮面を外さないという魔法使いの矜持からの行動であったが、商人の機嫌を損ねた。
商人は、ファニを渾身の力で蹴り飛ばす。首輪の痛みと共に商人に腹を蹴られた痛みが、ファニの細い体を襲う。二つの痛みを同時に味わったファニは、我を失っていた。地面の上で蛇のように身をくねらせて痛みから逃れようとするが、口から出る悲鳴はもはや人間のものだとは思えない。
「半人前のくせに、手間をかけさせやがって」
商人は、ファニに向かって唾を吐きかける。痛みに悶えるだけのファニは、その屈辱にすら気が付かない。それをいいことに、商人は今度こそ仮面に手をかけようとした。
そのとき――
「私の愛弟子になにをやっているの?」
女の声がした。
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