第9話 本当の気持ちは……
今日で魔耶さんが魁くんに嘘告をして、1週間になる。
私は……校舎裏でのあのことがあってから、魁くんとは一度も会話をできていない。
自分でも何やってるんだろうなって思う。早く魁くんに謝らなきゃ……
本当は、あんな言い方をしたかったわけじゃないのに。魁くんに傷ついてほしくなかっただけなのに、逆に私のせいで魁くんは傷ついて……ほんと、私って、バカみたい。
私は魁くんに話しかける機会をうかがう。けれど、なかなかタイミングを掴めない。
まるでデジャヴみたいだなって思う。
嫌な予感がする。
早く魁くんに……
放課後になってすぐ、教室を後にする魁くん。
待って……
私は彼の後をつける。
ついていく。でも、ついていかなくても彼の行き先なんて見当がつく。
―――ガラガラと空き教室のドアを開けるとそこには、カーテンに合わせて髪をなびかせ、まるで絵になるように窓際に佇んでいる魔耶さんがいた。
「どうした、魔耶。……って、もう1週間になるんだな、俺たち」
魁くんも、デジャヴを感じたのだろうか。
そんな彼の問いかけに、魔耶さんは少し恥ずかしそうに横を向いて話す。
「……あー、その、そろそろ、お試し期間終了って頃合いかなって思ってさ……」
途端、魁くんの表情が引き締まる。
廊下からこっそり覗き見ている私から見て、斜め後ろ向きになる魁くんの表情は、はっきりとは読み取れない。
けどそれは、どこか警戒しているような、到底嬉しそうには見えない仕草だった。
それから暫くの間があり、やがて……魔耶さんが語り始めた。
「私、実は魁くんへの告白って罰ゲームだったんだ」
一瞬、魁くんの目が見開かれる。
「……あれ、あんまり驚いてないって感じかな。もしかして、誰かから聞いてた?」
だけど魔耶さんには反応が薄いと感じられたようだ。
そして、魁くんはそれについて返事をしない。
沈黙の時が流れる。
そして、その沈黙を破ったのは……
魔耶さんの方だった。
「……っ!ほんとごめんなさい!!!」
……え……?
魔耶さんが、頭を下げた……!?
思いもよらない行動だった。あのプライドの高い魔耶さんが、他人に対して素直に謝罪をするなんて。
それから、魔耶さんは少しだけ頭を上げて、上目遣いで魁くんのことを見つめる。
「……私、この5日間で、魁くんの良いところたくさん知ったよ。週末のデートのときもさ、さり気なく車道側を歩いてくれたり、カフェでも迷ってた私の食べたいものに気づいてそれを自分の分として注文して、半分私に分けてくれたりさ……」
それは、私の知らない魁くんとの思い出。
初デート。
わかっていた。覚悟していたはずなのに―――実際にこうして言葉にされると、それを聞いてしまうと……嫉妬や悔しさ、それに悲しみといった感情が渦を巻く。
そんな私を置いてけぼりにして、魔耶さんは、更にもう一歩踏み込んだ。
「だから、私にもう一度告白させてほしいの。……好きです、魁くん。こんな私だけど、幻滅したかもだけど……それでも、私の気持ちは本気なの。だから、私の……本当の彼氏になってください」
もう一度、魔耶さんは深々と頭を下げた。
私もびっくりしたけど、それ以上に―――魁くんが驚いたようだった。
魁くんは嘘告白を明かされたときはこんな顔をしなかった。だけど、今は……
魁くんの心は、間違いなく魔耶さんの誠実な態度によって揺さぶられている。
普段は見せない魔耶さんの姿に、思わずギャップを感じてしまうのも無理はない。
そのギャップは魔耶さんという存在を深く知らないからこそ起きたことなのだけど、それすらも私には持ち合わせてない魅力……
そう感じた瞬間、私は確信した。
同時に、全てが完全なる灰色に染まっていくのを感じた。
「……実は、なんとなく気づいてたんだ。罰ゲームの嘘告なんじゃないかってこと」
「……!!」
「だって、俺たち前までは特別接点があったわけじゃないし、こんな綺麗な女の子が俺に一目惚れってのも考えにくいだろ?だから、ある程度は覚悟してたけど……正直、ショックであることに変わりはないよ」
僅かに、魔耶さんの表情が暗くなる。
思わず守ってあげたくなるような、そんな彼女の表情だけは、私の位置からでもはっきりと見える。
「でも、でもさ、俺、好きって言ってくれて、その気持ちが本気だって言ってくれて……今、すごく嬉しいんだ。たとえ最初が本気じゃなかったとしても、魔耶と過ごしたこの1週間は日に日に、本当に楽しくなっていったし、それに、俺も……失恋を引きずって、気持ちの切り替えをするために魔耶さんのことを利用してた。だから、俺からもごめん。それと……」
魁くんは、魔耶さんのことを正面から真っすぐ見つめる。魔耶さんもそれに合わせて顔を上げる。
「魔耶さん。俺の彼女になってください」
「……うん。嬉しいな……。これからよろしくね、魁くん!」
そう言って、魔耶さんは魁くんに抱きついた。
目を瞑り、彼女を優しく抱きとめる魁くん。
そんな彼に抱きしめられたまま……
魔耶さんは、私に……
醜悪な笑みを浮かべた。
それは私を見下して、勝ち誇った表情を見せつけるかのようだった。
勿論、この角度からなら魁くんはそれに気づくことはないだろう。
まさか……
気づかれてた……?
私がここにいるのを、こっそり見てるのを、ずっと知ってた……!?
居た堪れなくなった私は、気づいたらその場から飛び出していた。
◇◇◇
私は走って家に帰った。
自室から窓を覗く。
そして、ベランダ越しに見える魁くんの部屋の窓に、昨日までとは違う光景に気づく。
―――いつもカーテンの傍の机に置かれている、くまのぬいぐるみが無くなっていたのだ。
あれは、小さい頃に家族ぐるみで遊園地に遊びに行ったときに、魁くんとお揃いで買ったものだ。
ネクタイをつけた彼のくまと、リボンをつけた私のくま。
まるでカップルみたいだね、なんて子供ながらに話したあの日のことを忘れた日はない。
昨日までは、確かに魁くんの部屋の窓際にも、私のと同じように飾ってあった。
なのに…
ない。
ない。
私はまるで何かに取り憑かれたかのように、窓から必死で彼の部屋の見えるところを探す。
こんなことをして、私はまるで覗き魔みたいだ。
前までは気軽に行き来していたあの部屋が、こんなに近いはずなのに……あまりに遠く感じてしまう。
魁くん……
ずっと好きだったのに。
魁くんを振り向かせたいって思って、とっくに振り向いてくれていたことに気づかずに。
臆病で、そんな自分がウザったい。
魔耶さんの言う通りだ。
魁くんのことを好きという気持ちだけは誰にも負けないはずだったのに。
魔耶さんが今日見せたあの表情は、確かに恋する乙女のそれだった。
私に対する嫌がらせに加えて、それ以上に……魁くんに対する気持ちも本気であることが、私にはわかってしまった。
それに比べて私は……
魔耶さんに騙されてるよって伝えて、自分の気持ちを魁くんに伝えていなかった。
魔耶さんの嘘告に気を取られた私は、魁くんが傷つかないようにって、魔耶さんのことを否定することばかり考えて……
告白の返事で、魁くんは言ってた。
好きって言ってくれて嬉しかったって。
それって、もし、私が正直に好きって伝えていたら、魁くんの恋愛に口出しする理由を伝えてたら、もしかして……
私はカーテンの横からくまを強引に抱き締めるようにして、窓の縁から勢いよく引き剥がす。
そしてそのまま、ベッドの上に倒れ込む。
自分だけがまだ、相手のことを好きでいるみたいで、嫌だったから。
一刻も早く、くまを取り除く必要があった。
今日もずっと、能天気に座っていたリボンのくまのことが憎い。
憎い。
憎い。
魁くんが憎い。
魁くんなんて、嫌い。
あんな他人を馬鹿にした嘘つき女に騙されて。
バカじゃないの。
嫌い。
大嫌い。
魁くんなんて……
魁くん……
気がつけば、ベッドの枕はびしょびしょに濡れていた。
そんな簡単に、好きだった人のことを嫌いになんてなれるわけないよ……
何年もの間、積み重ねられた想いを全て吐き出すつもりで、私は何の罪もないくまに当たる。
思いきり抱きしめて、壊れるくらいに締め付ける。
私にはもう、こうすることしかできないよ……
でも、どれだけ時間が経っても、決して胸の内が晴れることはなかった。
リボンのくまは、ぎゅうぎゅうに押し潰されて、やがてベッドの上で苦しそうに、横を向いて転がった。
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