第8話 校舎裏の絶望
「紅羽。こうやって話すのもなんか久しぶりだな。で、どした?」
放課後。
私の目の前には大切な幼馴染がいる。
どうやら私の呼び出しに急いで、大分前からこの校舎裏に来てくれていたらしい。
昔とは違って少し高めの身長に、昔から変わらない優しい表情。
私が心を許せる唯一の相手で、だからこそ安心感とともに今は……異性として意識するあまり心臓がバクバクしてる。
それでもそれは表面上のことであり、彼と向かい合うと悔しさと怒りで乱れていた胸の内は少しずつ冷静さを取り戻していた。
「……あー……その、わりい、俺この後用事があってさ」
しかし、それも一瞬のこと。
彼のささいな言葉のせいで、胸にわずかなチクリとした痛みを覚えたかと思えば、それは私の脳内で様々なこととリンクして、一気に広がっていく。
用事、ね……
それが誰との用事かなんて、聞くまでもないこと。
いくらお試しとはいえ、恋人との放課後デートを優先するのは当たり前。そんなことはわかっているけど……想像するだけでもう、嫌で嫌でたまらない。
「うん、じゃあ、単刀直入に言うね」
だから、私は彼が急いでいることを利用して、また塞ぎ込みそうになるのをぐっと堪え、勇気を出して本当のことを伝えることにした。
「魁くん。魁くんは、魔耶さんに騙されてるよ」
長い沈黙があった。
これは、ちょっと話を端折りすぎちゃったかな……
魁くんを困らせてしまった。
私は慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、あのね魁くん。落ち着いて聞いてほしいんだけど、魔耶さんは魁くんに本気じゃないの。だから魁くんがこれから傷つかないためにも……」
「うるさい!そんなの俺の自由だろ!!!」
突如、校舎裏に大声が響いた。
男の人の、怒りに満ちた強い声。
―――それが魁くんから発せられたものだと理解するには、かなりの時間を要した。
「なんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだよ!」
びっくりした私は、怒鳴る魁くんから思わず目を逸らす。
「大体なんで魔耶と付き合ってることを知ってる?まだ言ってなかったよね?お前は……お、お前は、紅羽は、バスケ部の、夏谷先輩のことが……好き、なんだろ……」
魁くんの語尾が弱くなっていく。
でも動揺してしまった私は、そんな彼の問いかけともとれる発言に……
何も反応することができなかった。
「―――他の男を好きな奴に、何で俺の恋愛を指図されなきゃならないんだよ!俺だって今まであまり話したことのない魔耶に突然告白されて、何が裏があるんじゃないかって少しは考えそうにもなるよ。でも、魔耶のことは俺が決める。だから、俺の彼女を悪く言うな!!!」
そう言い残すと、俺は急いでるからと足早に去っていってしまった。
私は呆然としてその場に立ち尽くすだけだった。
◇◇◇
このままここを去ることができなくて、帰りたくなくて、何となく正門とは逆方向へと向かう。
あんな魁くんは見たことがなかった。
急に怒鳴られて、怖くて……
いや、怖いというより、あんな敵意むき出しの表情を向けられたことなんて初めてで、ものすごくショックだった。
だから、私は気持ちを落ち着かせたくて、緑豊かで更に人の気配がない、校舎裏の最奥へと進む。
初めて来る場所だった。そこは小さな林のようになっており、普通なら誰かが立ち入るような場所ではない。
私はそのうちの1本の木に、なんとなく背中を預ける。
1つため息をついて、風の音に耳を傾ける。
自然の音は、乱れた心を安らげてくれるから。
こうすれば……少しは落ち着きを取り戻せると思って。
―――しかし、そんな音に混ざって、微かに女性の話し声のような音が聞こえた気がした。
よく見ると……もう少し先に2人の女の子がいた。
「噂流しありがとね、瑠衣子。今度クレープ奢ったげる」
「やった!魔耶好きー♡……で、実際のとこ、新藤くんってぶっちゃけどう?」
「あー……私、男を見る目は確かだと思ってるけど、あいつはマジで良い奴だわ。尽くしてくれそうなタイプっつーか?まあ、嘘告でフるとか勿体ないし」
「おっと!じゃ、やっぱりこれは……」
「このまま罰ゲームを利用して、付き合っちゃおうかって思ってる。……あ、このこと他にゆーなよ?」
「わかってるって!……でも、魔耶ってほんっと悪いオンナ。だって新藤くんってほんとは雨川さんと両想いだったって……知ってるんでしょ」
「これ以上言うとクレープなしにするわよ。……で、勿論知ってるわよ。だからこそよ!あいつ。紅羽って見ててなんかムカつくじゃん?あの恵まれた見た目で優等生ぶってさ、受け身でじれじれしててウザったいっつーか」
「わかるー♪ちょーイライラするよね!」
「だからあの女の絶望する顔が見たいっつーか?他人の好きな男を奪うのって、最高の気分じゃん?」
「うわ……ほんとサイテーだわ」
「あー!もうクレープなしね!」
「いやちょっと魔耶!」
それから、草木が揺れる音がした。
無邪気に走っていく2人の背中を見ていたら、今の場面を録音して、魁くんに聞かせれば良かったかな、なんて単純なことに気づく。
でも……
そんな気力も出ないほど、既に私の心はズタズタだった。
もう、何もかもが嫌になりそう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます