第5話 私の好きな人は……

『夏谷先輩って……?』




 突然登場した、知らない男性の名字。

 しかし、困惑する私を置き去りにして、2人の会話は勝手に進んでいく。


「勿論、私も夏谷先輩狙いだけどさ、アピールついでに私たち3人で一緒の写真を先輩に見せたら、姫のことだけあんなに見つめちゃって。ちょっと、妬けちゃうよねー」


「私は別に夏谷先輩のことなんとも思ってないけど!小さい頃からよく一緒だったし」


「はいはい。ホント、美岬が夏谷先輩の幼馴染で助かるわー。てか羨ましい!!」


 しかしそこまで喋ると、急に私の存在を思い出したかのように美岬さんが話を振ってくる。


「……で、姫。夏谷先輩に何したの?余っ程のヤバいことでもしないと、好感度が急降下して失恋、なんて考えられないっていうか」



 ―――ここまでの話の流れで、何となく気づいてはいたけど。

 なんで私、知らない男の人に失恋したことになってるの……?



「……ま、待ってよ…。その、さっきから話に出てくる、夏谷先輩って、誰なの?」







「「え……??」」


 暫くの間が空いた後、2人の声が重なる。


「ちょ、だから、姫の好きな人、でしょ?まさかショックで、相手の名前まで忘れちゃった感じ?」


「この前写真見せたとき言ってたじゃん、カッコいいなーって」


「姫に認められたイケメン男、夏谷様だぞ!ほら、この写真の!」


 そう言ってスマホの画面を見せてくる美岬。

 その写真を見て―――先日の昼休みの会話が徐々に思い出されていく。



 夏谷先輩。

 バスケ部で1年生の頃からレギュラーに抜擢され、抜群の身体能力を武器に華麗にコートを駆ける姿と甘いルックスで多くの女子から人気な2年生の先輩……という話だったと思う。

 昼休みにみんなでご飯を食べていたときに、「この人カッコ良くない??」って話を振られて……

 成り行きでうん、と頷いた人だ。



 たしか……

 その話をしていたときは田町たまち 瑠衣子るいこも一緒だった。だから私は、夏谷先輩の名前を忘れてたのかもしれない。


 私は瑠衣子さんのことが苦手だ。彼女は魔耶さんの取り巻きの1人で、その中ではあまり目立たないけど実は八方美人のタイプで、時々私たちのグループにも乱入しては、あることないこと噂話を持ち込んでくる。

 おかげで話が盛り上がるから、この2人は何とも思ってない、というかむしろ瑠衣子さんのことを歓迎してるみたいだけど……


 とにかく、あの日の会話のせいで変な誤解が生まれてるのだとしたら、今すぐに解かなきゃ。


「わ、私は……」


「だから、諦めないでよ姫。私は姫のこと応援してるから」



 ―――ねえ、聞いて。違うの。

 私は夏谷先輩のことが好きなわけじゃない。

 私が好きなのは……



 でもそんな私の気持ちは、当たり前だけど、ノリで生きている彼女たちの会話の流れの中では打ち明けることもできず、あっという間にかき消されていく。


「ちょ、ふざけないでよ美岬。私は?私のことも応援してよ!」


「ざんねーん。智香子は夏谷先輩とは釣り合わないでしょ。私たちは姫のサポート役よ。姫に余計な男子が近づかないようにして、姫の恋愛を応援するの」


「そんな、この裏切り者!!」


「ま、そんなわけだから元気出してよ、姫。姫には私たちがついてるから!だから、その……姫が先輩に何をしちゃったのかはわからないけど、きっと謝れば許してくれるよ!そしたらまた……。うん!何しろ第一印象はバッチリだからね!」


「……まあ、そうよ美岬の言う通りよ。だから元気出して!あと、その、あれだよ!姫はみんなに優しいからさ、そこが良いところではあるけど、もっと、好きな人には特別感ってやつ?出してったほうが良いよ!」


「そうそう。まあもちろん、余計な邪魔が入らないようにするのが私たちの役目でもあるけど!……そいえばこの前はさ、うちのクラスの新藤くんが姫のことを目で追ってたから、しっかり注意してやったわよ!姫は夏谷先輩のことが好きなんだから、邪魔しないでってね!」











 そこで、私の意識は途絶えた。


 ここから先の記憶はない。




 気がつけば私は、天井のタイルをぼんやりと見ていた。

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