第2話 魁くんの返事は……

『うそ、魔耶さんのターゲットの男の子って……』


 ショックのあまり、頭が上手く回らない。


 魁くんに傷ついてほしくない、とか、今すぐ止めなきゃ、とか、こんな場面見たくない、とか。


 そんな色々な感情がぐちゃぐちゃになって―――その場から身動きが取れずにいると、成り行きで2人きりの様子をそのまま盗み見ることになってしまった。


「魁くん。アタシね、実は……魁くんのことが、好き、なんだ。だから、さ、良かったら、アタシの彼氏になってほしいな〜、なんて」


 私は本当のことうそこくはくを知っているけど……もし知らなかったとしたらうっかり騙されてしまいそうな上手な演技。

 少し、照れたふうに装うところとか、私の脳内妄想よりもはるかに上手で。


 だけど、魁くんは……魁くんなら、騙されないよね?


「横差さん、その、ありがとう。すごく、嬉しいよ。でも……」


 そこで一旦言葉が途切れた。


 ―――とりあえず彼がOKの返事をしなかったことにほっとしてしまう私。


 魁くんは何かを躊躇うような表情をしている。


 その様子を落ち着いた雰囲気で眺め、続きを話す気になるのを待つ魔耶さん。

 悔しいけど、流石男性に慣れてるな、なんてちょっと嫉妬してしまう。

 そんな魔耶さんの猫を被った演技の前に……やがて少しずつ緊張が解けてきたのだろうか、魁くんがゆっくりと語り始めた。




「実は俺、ちょっと……気になっている子がいて。でも、その子は俺のことを、きっとただの幼馴染だと思ってて……」



 気になっている子。

 その台詞に、私は思わず動揺してしまう。


 そしてすぐに疑問が浮かぶ。


 気になってるって……?


 魁くんの幼馴染の女子って、私以外に知らない。これって、つまり……




 まさか……??




 私の胸の内には困惑の気持ちとともに、一気に期待が膨らんでいく。


 ずっと魁くんにそんな素振りは見受けられなかった。

 勿論、私も恥ずかしいし彼に抱いている好意は隠してきたつもりだけど、もし彼自身も私と同じだったのだとしたら……


 最近少し疎遠になってしまった理由も、異性として私のことを意識してくれてたからだとしたら……


 こっそり覗き見をしているから抑えなきゃと思いつつも、私の心臓は一気に高鳴っていく。






 ―――こうして私は、一瞬の幸せを感じてしまった。

 



 だから……今、という大事な場面で、冷静な判断をすることができなかった。






「……別にいいよ、魁くん。魁くんが自分の気持ちにケリをつけられるまで、アタシ待つから。だから、それまでは、お試しってことで、ね?一度しかない青春なんだし、楽しんだもん勝ちってことで、その、私と……どうかな?」


 魔耶さんはそれでも諦めなかった。

 心の余裕を見せつつも、お試し、という言い方でしっかりと自分をアピールし、彼に決断を迫った。

 それは実に巧みな話術で、その仕草と相まって……女の私から見ても、とても魅力的だった。


 魁くんの気持ちを否定するわけではなく、むしろ彼のことを理解して慰めるかのような甘い言葉が投げかけられても……


 魁くんなら。

 魁くんなら、断って、くれるよね……






「……俺も、本当はわかってるんだ。いつまでも脈なしの幼馴染に囚われてちゃいけないって。そう思っててさ……。だから、俺のことを好きって言ってくれた横差さんと、ちゃんと向き合ってみたい」






 え………






 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。


 それから少し遅れて……私の思い描いていた未来が、ガタガタと音を立てて崩れていく。


 一瞬、自分に気があるのではないかと舞い上がってしまった私は、魁くんが魔耶さんの告白を断ってくれると信じ込み、その結果、魁くんが嘘告にOKしてしまう様子を、何もせずに黙って見届けてしまった。


 そして、何よりも信じられなかったのが……




 魔耶さんが嘘告の種明かしをせずに、これからよろしく、と魁くんに笑いかけたこと。




 待って。やめてよ……


 どうしてそんな、ひどいことするの……?




 それはつまり、これからじっくり魁くんのことを振り回して、その後でこっ酷く振ることを意味しているわけで。


 初めてできた彼女に照れくささを隠しきれず、思わずこぼれた魁くんの笑顔は―――私ではなく魔耶さんに向けられていて、胸が苦しい。



 ダメだよ魁くん……


 あの子にとってはただの遊びなんだよ……


 本気にしないで。私を、私のことをずっと見てよ……



 そんな私の心の叫びは、当然だけど魁くんに届くことはなかった。

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