第45話 ちょっとした事

 地球上が、そんな騒ぎを起こしている頃。

 ある変化が、遠く離れた小惑星帯で発生する。


 遡ること10数年前。ある探査船が、太陽系を離脱した。

 ニュースにもならない。些細なこと。


 その微少な人工物は、微妙なバランスを持った空間を横切り、太陽系外に出ていった。その時、ほんのわずかな揺らぎを周辺に与える。


 太陽から発せられる、太陽風。

 太陽風は、太陽系の外縁部に達し、高速の星間物質との衝突や星間磁場により、減速されて末端衝撃波面を形成している。

 末端衝撃波面は、恒星間物質などの影響によって太陽風の速度が低下し、亜音速になる地点。ここでは絶えず、圧縮、加熱、磁場の変化が生じている。そんな場所。

 さらに、末端衝撃波面の外側は、低速度の太陽風と星間物質とが混ざり合うヘリオシースという領域を経て、ヘリオポーズで完全に星間物質に溶け込んでいる。とされている。そこを、宇宙の流れとしては予想外に、通り過ぎていった人工物。


 そのわずかな揺らぎが、末端衝撃波面とヘリオポーズに発生し。その影響が、内側に存在する、カイパーベルトに及ぶ。そこに存在する、握りこぶし程度の隕石。その軌道をずらした。


 そんな10数年前のわずかな出来事は、今。地球と火星の間にある、小惑星帯に影響を与えていた。

 

 それが、一人のアマチュア天文マニアに発見されたのは、もう少し先になる。



「うん? どうしたの父さん」

 久しぶりに家に帰ってくると、父さんがパンフレットを見ている。


「いやまあ。息子に言うことでもないが、ぼちぼち定年だったのだが、伸びてね。ちょっと考えているのさ」

「ああ。65歳になるのだったっけ?」

「そうなんだがなぁ。役職もなくなって、給料も減る分。気楽になるのは良いが、結構みんな辛いらしくてね。表だってはないが、ヤメハラという奴だな。下の者は、いるのならやってくれても良いじゃないと、仕事を持って来たがるが、役職がなくなり、守秘の観点からも関わるのは良くないんだよ。するとだな、今度はじゃまになる。まあわかりやすい話だな」


「それで、駆除従事者講習会のパンフレット?」

「ああ。体力的には厳しいが、浅い、上の方の階なら高校生でも大丈夫らしいからな。健康のためにも良いのかと。ふと思ってね。おまえは先輩としてどう思う?」


「10階までの浅い階なら、油断しなければ安全だけど、稼ぎとしては厳しいし。その点を考えると中級。11階以上が活動の場としては良いと思う」


「この年でも、行けるかな?」

「モンスターを倒すと、恩恵で体は強化されるから。最初はちょっと大変かもしれないけれど。何とかなるかも。本気でするならフォローするよ」

「その時は頼む」




 確かに、そんな話はした。

 だがなぜ、父さんがダンジョン側の僕の部屋に、初心者装備で立っている? そもそもどうやって、ああ、まあそうだよな。シンが許可を出したんだろう。


 だが、奥の寝室には、彼女たちがいる。

 来られてはまずい。

「父さん。ここへどうやってきたんだ」

 必要以上に大きな声で。だが自然な感じで話しかける。


「ここは一体?」

「ここは、ダンジョンにある僕の部屋。攻略の都合で便利だから創った」

 一瞬躊躇したが、ここは正直に話す。

 当然石板に表示された『将の部屋』は見たはずだ。コントロールルームは、僕以外には表示されないようだった。


 やがて、意図が分かったのだろう。寝室から、服を着た美樹が出てきて父さんに頭を下げ、ダイニングの方へ向かう。


「ここはあれか? チームで持っている部屋なのか?」

「そっそうだよ。うん」

「しかし、転移の石板に登録をしたら、いきなり『将の部屋』があったからびっくりして選択してしまった」

「そうだね。入り口だと他の階は表示されないから、ここしか出ないよね」

「だがそんな話は、協会の説明された中にもなかったし、どういう事だ?」


 どうごまかそうと、困っていると、そう。来るよね。

「やあやあ、将のお父さん。初めまして。私はシンと呼ばれています」

 そう言って、握手を求めてくる。


「ああこれは、初めまして将の父親で鬼司掌(しょう)です。ぐっ」

 そう言って、握手をしたまま倒れ込む。

「シンおまえ。父さんに何を?」

「眠っただけ。父親と言うことは、君の能力に必要な何かの因子を持っている可能性がある。それに、ダンジョンに入るなら、多少メンテナンスをしないと、いけないだろう?」

 そう言って、ヘラヘラと笑う。

 シンが笑っている?


「頼むから、無茶はしないでくれ」

「当然だよ。君を悲しませるようなことは、しないよ」

 そう言って、父さんを担いで、部屋を出て行く。


 出て行ってすぐ、美樹がお盆にお茶とお茶請けを持ってくる。

 寝室の方から、凪が何も着ず出てきて、バスルームへ向かう。


「あれ。お父様は?」

「シンが連れて行った。しかし、なんだか。色んな点で危なかったな。美樹はよく気がついたね」

 そう言って、頭をなでる。

「さすがにあれだけ大声で、台詞棒読みなら、何かがあると気がつくわよ」

 それを聞き、僕の膝から、なぜか力が抜けた。

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