第34話 理解不能の事態
「しかし、遅刻したくないからと、徹夜で待ちます?」
「いえ。私も、こんなことは初めてで……」
消え入るような小さな声で、ぼそぼそとつぶやく。
「まあ。また今度こんなことがあったら、遅刻しても結構ですから、危ないことをしないでください。おまわりさんも、かなり気にしてくれたみたいですよ」
「すみません」
先日の夜と、イメージが違いすぎるだろう。
あの日は、こちらに脅しとも取れるような駆け引きをして、デートの約束をした。
ところが今日は、前の日から眠れず。不安のあまり夜通し駅前で待つ。
仕事の時は、文句を言う駆除従事者やデートの誘いなども軽く躱している。有能と言える仕事ぶり。
総合受付は、まず最初の案内だから、他の案内よりやり手の職員が受け持つ。
つまり、どこの部署が、どんなことをしているか、完全な把握が必要となる。
だが、今回の話。
女の人って、分からないな。
ちゅうちゅうと、ストローでミルクセーキをすすりながら、時折サンドイッチをぱくつく。
思い出したように、こちらを見上げ、目が合うと、にへらと笑って目を伏せる。
あー。結局。初デートで、心がっちり計画が。
落ち着けるような、映画でも見て、おしゃれな昼食。
軽くショッピングでもして、彼の好みをリサーチする。
その後、水族館の雰囲気で、良いムードのまま夕食へ。
個室のある所で、少し身体的接触を…… 私が飲み過ぎ、状態によっては、送ってくれるでしょうから、部屋にお誘いとか。考えていたのに。
自らの無謀。それもこんな。考えたら分かりそうなのに、どうして私は。
ウキウキと部屋から夜中に、出てきてしまったの?
自分自身でも、理解できない。
若さ故かしら? それとも、あせり? 将の周りに降って湧いたようなかわいい子達。あの二人と一緒に居るところを見たとき、私は頭を金属バットで殴られたような衝撃を受けた。
彼が遠くへ行ってしまうような、そんな気がして。
そうよ。二人との距離感がおかしいのよ。
私の方が、付き合い…… 仕事上だけど長いのに。
彼の控えめで、おどおどした所が、私の庇護欲をかき立て、守ってあげたいと、支えてあげたいとささやくのよ。
4つも歳上なのに、まるで弟の様な。
そんな彼。
「ねえ。中島さん。中島さん」
「へっ?」
「よだれが、垂れてます」
言われて、思わず口元を拭う。
げっ? 口紅拭った。
思わず鏡を出して見る。見事に引きずっちゃった。
「ちょっと洗面所へ」
そう言って、足早に洗面所へ向かう。
なんだかな。
そう思いながら、近場でやっている映画とかの時間やタイトルを確認する。
アニメにアクション。
あまりしっくりするものが、目に付かない。
中島さんは、どんな物が好きなんだろうか?
それにしても僕は、デートがまともにできない。そんな呪いでも受けているのか? はっ。こちらでもシンが干渉してる?
意識を広げるが、妙な干渉波やシグナルは感知できない。
あれ? てっきり付いてくると思ったが、あの二人の気配もないな。
昨日で満足をしたのか。
彼女が出てきたので、映画の好みを聞いてみる。
「普段映画とか、どんなものを見ます?」
「えーと、結構、おもしろければ、何でも見ます」
「話題になったら、見る感じですか?」
「そうですね」
「今の時間だと、これですかね」
ちょい悪な連中が、車で走り回るアクション映画。
「これ、ずっとシリーズで、出ている奴ですね」
「見たことあります?」
「いえ。ありませんけれど。他には、ちょうどのものが、ありませんね」
私が決めていたものは、時間が過ぎてしまった。
シネマへたどり着き、チケットを購入する。
「大人2名」
デートだし、僕が購入。
「シートとルームどちらが良いですか?」
いきなり聞かれる、謎の言葉。
「へっ?」
「シートはお一人5千円で、ルームは一室3万円になります」
「えっ、じゃあシートで」
そう言うと、販売員さんは小声で、「デートなんでしょう? 男の見せ場。ここはルームで行きましょう」そう言ってくる。
「はい? まあ良いか」
よく分からないが、3万円支払う。
「ラッキー。慣れて居なさそうな、僕ちゃん。太っ腹」
「もう。そんなことしていると、叱られるよ」
「売り上げに貢献しているし、良いでしょ」
チケット売り場の女の子がガッツポーズをする。
ちょっとした飲み物などを買い、渡された案内に従い、上へ上がる。
「すごいところへ来たのですが、間違っていません?」
ゴージャスなロビーを見て、中島さんが、おずおずと聞いてくる。
「よく分からないけれど、専用のルームが良いって言われて」
「ルーム? それって、めちゃ高くないですか?」
「結構した」
「もう。払い戻して、普通の席にしましょう」
「いやまあ。もう買ったし。興味も有るから良いじゃない」
「興味? ルーム…… ひょっとして、エッチなこととか」
「いや考えてないよ」「ちょっとくらいなら、良いですよ」
言葉がかぶる。
「「えっ」」
「あっ。はい。そうですよね。じゃあ、せっかくですし、どんなのか見ましょう」
そう言って彼女は、奥へと進む。
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