第19話 噂ときっかけ

「ねえ、美樹。あんた、私が居ないときも潜ってる?」

「えっ。潜ってないよ」


「だよね」

 そう言って、佳代が悩んでいる。

 ここは、駅前にあるコーヒースタンド。


 周りの客が、入れ替わるのが早く、ゆっくりはできないが、相談するには都合のいい場所だ。

 佳代は何かがあると、私をここへ呼び出す。


「それがね、ちょっと噂になっていて」

「どんな?」

「あんたが、フードをかぶって、無への導師を追いかけ回してるって」

「ぶっ」

 むせ込み、吹き出すのは押さえたが、飲みかけのキャラメルオレが、つつーと鼻から出てくる。


 私は努めて平然として、

「そんなことは、していないわよ。絶対」

 と答える。


「だよね」

 佳代は、そう言いながら、紙ナプキンを差し出してくれる。

 まだ、垂れているのね。


 ふきふきと、鼻を拭く。

「そういうときは、かんだ方が良いんじゃない?」

「えーでも」

「誰も気にしていないわよ。はい、ちーんってして」

 そう言って、ティッシュを私に差し出してくる。


「もう。子供扱いしないでよ」

 下を向きながら、鼻をかむ。

 思わず周りを見るが、みんな気がつかないふりを、してくれているようだ。


「それでね、女の子だと気がついた男が、幾人か声をかけたらしいんだけど、返事が『シャギャー』だったらしいわよ」

 思わずそれを聞いて、目が丸くなる。

「絶対私じゃない」

「私もそう言ったのよ。でもね、フードから見える顔が、あなただったて言うのよ」

「私そんな、変な鳴き声出さないもん」


「それにね、フードをめくった勇者がいて、噛みつかれそうになって逃げたんだけど、ケモ耳が生えていたって」

「うー。それは、ちょっと見てみたい」


「でもね、ほかにも、モンスターを頭から食べていたって言う話もあるの」

「食べてた? 頭から?」

「そう。ローブを着ていて、がばっと開くと、体の中心。縦に口が開いているらしいんだけど、形が、女性のあれだったって」

「えー。でも、そんな話を聞いて、どうして私って言う話になるのよ」

「顔があんただから」

 ああ、そうだったわよね。そう言っていたわ。

 私は、がっくりと力が抜けた。


「それでまあ、怖いんだけど、見たいって言う男が結構いるらしくてね。あんた気をつけないとまずいかも」

「えー最近やっと、黒の道化師が絡んでこなくなったのに」

 そう言って、つい膨れてしまう。


「ああ、あそこ潰れたみたいよ。正式に協会へ解散届が出たって」

「ほんと? どうして」

「さあ? いろんな所で恨みも買っていたから、何かあったんじゃない」


「うーでも、確実に行きづらい。ホーム変えようかな」

「でも他へ行くと、なぜか私ら、モンスターに集中攻撃食らうじゃん」

「そうだよね。一階で、スライムにたかられたときは、やばかった。慌てて帰ったけどあのときの周りの目」

 そう言って、二人でため息をつく。


「私ら、向いて無いんかな?」

「今更だよ」

「だって、今だって就活うまくいっていないし、ダンジョンでなんとかしないと」

「それは、佳代が面接に行って、必ずけんかするからでしょ」

「訳のわかんない、質問ばかり来るからだよ」

「もう」


 この二人、気がつけば一緒に居た。

 多分出会ったのは、3歳くらいだろう。

 保育園が一緒で、家も近く、母親同士が気があったのか、家族ぐるみの付き合いが始まる。

 比較的、おとなしい美樹は、保育園でも男にからかわれて、それを守る佳代という形ができた。

 

 当然の様に、小学校から現在に至るまで続いている。

 佳代の見た目と言動は、美樹を守るためにできあがったと言って良い。


 そのため、強い者への憧れが強い。

 だが、相反するがかわいい物も好き。

 小学校低学年では、魔法のステッキを振り回して、フリフリスカートで走り回っていた、そんな封印された歴史を持つ。


 逆に、美樹はおとなしいが、怖いもの好き。

 小学生で、図書館にあった、江戸川乱歩シリーズからその遍歴は始まった。

 ミステリーからホラーへ。

 佳代は怖くて読めなかったが、美樹が間違って買ったアンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』はお気に入りのようである。


 それはさておき、大学に入ってから生活費の足しに潜り始めたが、確かに足しにはなるし歩き回るので健康にも良い。多少食べても太らない。


 だが、稼ぐなら中級へのステップアップは必須。

 多少、レベルアップ的な物もあり恩恵も受けているが、安全第一で来ているため、初級から抜け出せていない。

 就職か、ダンジョンか? 今まさに分岐路にたっている。


「ねえ次の面接落ちたら、ガイドを頼んで見ない?」

「ガイド。ガイドねえ。外れを引いたら、金を捨てるだけだぜ」

「そこはまあ、賭けだけど。あのチームが居なくなったら、少しは安心できそうだし」


「うーん。まあ9階の課題。ゴブリンキングかクイーンまたは、メイジとかのハイシリーズって言う課題がきついんだよ。グレーウルフも対象はキング以上だし確かにもう少しで達成できるけど、エンカウント率が低いんだよな。それにあいつらって、キングかクイーンが居ると数が多いし最低10匹は居るもんな。ダンジョン内ではめったにないけど、コロニーができていたら100以上だろ。そんなのに当たったら、2人だと回されるぞ。初めてが、ゴブリンだなんていやだぞ」


「まあ最初っからそう言って、安全策で今まで大丈夫だったじゃない。中級になったら指名も来るらしいし、無理して面接を受けなくても大丈夫になるよ」

 そう言って、ほほえむ美樹。

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