第2章 黎明期

第8話 初出勤? そして

 城東ニュータウンダンジョンへ入場する。

「ゴブリンたちは散らして、騒ぎは収めたから」

 シンの言った言葉は、本当だったようだ。


 今日は、シンと契約してから初出勤。

 職場はダンジョン。

 給料と休暇は自由。

 気が付き、思いついたことを報告する。


 ただし、僕の言った、人の生き死にについては、笑って却下された。

「淘汰も評価の一環だから、襲わないと言う選択肢はない」

 これは双方にとって、種としての試練だそうだ。

 最終的な目標は、種としての到達点。それは、生きたまま神になることに、等しいのではないだろうか? 凡人の僕には理解できない。

 彼らは、僕たちから見ると、最強の肉体と永遠とも思える時を生きられる。

 それでも、最高ではないとの事。

 その辺りは、彼と僕との、考え方の相違。


 ゲートを通り、1階を散歩する。

 特にこれをしなさいとは、言われていない。

 進化とは何か? 生物として必要なものは何か? そんなことを考えてくれと言われた。そう言うアイデアは、一人だとどうしても偏りが出る。

「だから僕にとって、君は必要なんだよ」

 その言葉で、僕は泣いてしまった。

 ただ、『君は必要』その一言が、すごくうれしかった。


 そんな事を思い出しながら、2階へ降りる。

 実はもう、核の数はそろっているので、散歩をして帰りに適当な数を出せばいい。


 ああ。ゴブリンが居た。

 シンがすでにスイッチを切り直したので、データとしての彼ら。

 こちらに気が付けば、躊躇なく襲ってくる。

 だからと言って、いじればきっと怒られるだろう。


 スライムも、あの時感情スイッチは入っていたが、彼らの変化に僕が気が付かなかった。

 完全なる虐待だ。後から知ったと言うか、ニマニマしながら意地悪くシンが教えてくれた。その後で、感覚器はあるけれど、痛みとかは感じないからと教えてくれた。

 泣き出した僕を見て、フォローしてくれたようだ。


 襲ってきたゴブリン。

 可哀そうだが、無に帰す。

 落ちたモンスターコアは、ダンジョン用ファクトリーに帰そう。

 ゴブリンたちは、一括生産。

 ボスたちは、多少カスタマイズされるため、シンの手が入っている。


 そんな時、「きゃあー」と言う叫び声。

 声の方向へと走る。

 よくある展開。だが、パンを銜えた主人公が、曲がり角でヒロインにぶつかるよりは、あり得るパターン。ちょっとした、下心を持って駆けつける。何せ今の僕は、無敵だ。


 3匹ほどのゴブリンが、2人の女の子を襲っている。

 ありゃ? この前、記念の第1歩を笑った奴らだ。


 一人の女の子が髪を掴まれ、もう一匹がこん棒を振り下ろす。

 もう一人は、ゴブリン一匹を相手にしていて、気が付いていない。

 振り下ろされたこん棒を、受け止める。


 髪を引っ張られて、泣きそうになっている女の子に問いかける。

「助けは必要でしょうか?」

「なっ。何でもいいから助けろや」

 ああ。かわいくない。

 僕的には、合わない女(ひと)だ。これは、個人の感想です。


 ブンと手を振り、ゴブリンを爆散させる。


 少し離れ、脇でもう一人の戦いをちょっと見る。

 もともと、剣道か何かやっているのかな? こん棒を受け止めるふりをして流し、頭上に警棒を振り下ろす。

 それが、とどめになったようだ。

 ゴブリンが消えていく。

「じゃあ」


 そう言って僕は、足早に場を立ち去る。


「ちくしょう。さっさと助けりゃいいのに、何教科書通りに聞いて来ているんだよ。結構ごっそり髪が抜けた。禿げたらどうすんだよ」

「あー。あの人、この前の人だ」

「美樹。あいつ、知り合いか?」

「この前、佳代が初めてを邪魔した人」

「そうなのか? それにしては雰囲気が違ったぞ。この前のやつは、いまいち覚えていないけど、もっとひ弱な感じだったはず」




 そんなことがあった3年後。

 僕はいつの間にか『無への導師』と呼ばれていた。

 当然、自分で名乗ったことは無い。

 最初は、『無への導き手』だったが、また変わったようだ。

 誰かが僕の戦闘を見たのだろう。手を振るだけでモンスターが黒い霧へと変化する。力の正体を知れば、きっとズルだと言われるだろう。


 みんなが命懸けでダンジョンアタックをしているときに、一人ヌルゲーを中の人特権でこなしている。


「あっ、あいつ無への導師だ。すごいんだぞ。モンスターが近づくだけで、霧になるんだ」

 そんな声が聞こえる。


 転移石板に触れ、転移したように見せかけて、コントロール室へ飛ぶ。

「シン。素材頂戴」

「ああ。いらっしゃい。んー何がいるんだ」

 パネルをのぞき込みながら、返事が来る。


 何かテーブルの上で合成している?

 ここ、飲み食いするのに、大丈夫なのか?

「16階とか17階にゲイザーが居るだろ。あいつの落とす、クリスタル。最近どこかのメーカーが合金に加えると、強度が上がることを発見したんだって」

「ああ? そりゃそうだろう。うまく温度が合えば金属の結晶構造がきちっとずれるから分子密度が上がるんだろう。それならテストをして焼き入れでも? あっいや違うか、あのクリスタル材料は何だったっけ? 錯体? 分子間の架橋構造形成に役に立つのか?」

 あれ、なんかスイッチが入ったのか? シンが考え始めた。


「勝手に持っていくよ」

 そう言って、研究室とファクトリーの方へ移動する。


 と言っても、コントロールルームから出れば、生物的特性ごとに両脇にドアが並んでいる。初めて来たときに気が付いたように、ドアプレートは遺伝子配列を書いていた。


「ゲイザーはここだな」

 扉を開けて中へ入る。

 中には同一系統のモンスターが並ぶその脇に、埋め込むモンスターコアと、当たりである取り寄せコアが積まれている。

 取り寄せコアは、一度モンスター内に埋めると性質が変わる。モンスターが倒されたとき空気中に出ると壊れて、景品をその場へ転送する。

 むろん景品は、景品庫にある。

「指定は10個だな。11個持っていこう」

 おれは背中のザックに押し込み、1階の転移石版に飛ぶ。

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