二十八 街の灯り(三)
立食会が終わった後、解散した一同はそれぞれ気ままに境内に座って花見かたがた話したり、新装なった桜通を再び流しに行ったりして過ごし、夕方にはそれぞれの家やホテルへ帰った。
今回は全員が同じホテルに泊まることになっている。シェリルは仕事の場合別の定宿があるのだが、非番で家族がいるため一緒の方がよかろうと考えたようだ。
夕方、桜通のレストランで清香とシェリル姉妹と一緒に夕飯を食べた啓一とサツキは、そのまま固まって街に足を踏み出す。
「どうするかね……日が随分伸びてるし、腹ごなしに歩いてもいいけど」
「あ、そうだ。ちょっと行きたいところがあるんだけど……ここ」
そう言ってサツキが空中ディスプレイで出した地図を指差した。
「あれ?中心部の北に公園なんかあったっけ?」
「市のページで見たんだけど、凍結状態だったのを復興事業で改めて整備したんですって」
「なるほどねえ、道理で施設が真新しいはずだ」
どうやら、石畳できれいに整備された緑地公園のようである。
その言葉にシャロンが興味を示し、
「あ、じゃあみんなで……むぐッ」
そう言い出した途端、思い切り清香とシェリルに口をふさがれた。
「ちょ、清香さんにお姉ちゃん、一体……」
「まあまあ、今日ははよしときましょ」
「私に野暮を言わせる気ですか。若いお巡りさんだからって」
清香とシェリルが一生懸命になって止めているのに、二人が振り返る。
「シェリル……そのねたは古すぎてシャロンにゃ分からんだろ」
「というより、一体何もめてるの?」
いぶかしげな眼で見られ、あわてて清香とシェリルは手を振った。
「あ、何でもないの、何でもないのよ。行ってらっしゃい」
「どうぞごゆっくり。以前と違って、本当に平和になりましたからね」
「……って、何が何だか分からないんだけど!?ちょっと二人とも!?」
ごまかすように言うや、そろってシャロンを引きずり始める。
そして途中で一度振り返りサツキにだけ見えるように小さく片手でガッツポーズをした後、どやどやと元来た道を戻って行った。
「何だったんだ、ありゃ。無理に連れ帰ろうとしなくても……」
「……いや、今のはしょうがない、かも」
真意を悟ってサツキが少し顔を赤くするが、通りの奥を見ていた啓一は気づいていない。
シェリルたちが去った後、二人はぶらぶらと桜通を流し始める。
「いやあ、それにしても……これ本当に同じ場所か?半年前に空港から降りた後うっかり入った時のこと思い返すと、余りに普通になりすぎてて夢かと思うようじゃないか」
「まあ変な破落戸が女を寄越せとか脅して来るなんて、今じゃ絶対ないわよね。というより、カップルがちらほら歩いてるってだけでいい意味で衝撃よ」
「おお、おお、みんな青春謳歌しとるのう」
ふざけて爺むさい口調で言うのに、サツキは自分たちも見た目は似たようなものだろうと思ってまた赤くなってしまう。
「冗談はともかくとして、あんな荒れに荒れた状態で四年間だもんな。青春時代ど真ん中の人なんか、たまったもんじゃなかったろうよ。きっとみんな取り戻そうとしてんだろうな」
「それはあると思うわ。比較的年齢高めの人も普通にいるような感じがするもの」
種族により同じ年齢でも外見が異なるため分かりづらいが、確かに高校生や大学生よりも社会人、それも二十代半ばから後半程度のカップルが多いようだ。
啓一とサツキのように、三十二と二十三という凸凹な組み合わせがいるかは分からないが……。
「大体にして、街自体が四年間を取り戻しにかかってる最中だもんな……。さっきの公園もそうだが、反社のせいで凍結されてた都市計画事業の多さよ。ここなんか、道が竣功して以来一回も工事したことなかったそうじゃないか。出来たもんじゃないのは分かるが、さすがにな」
「ああ……もしかしてあの時の通行止めもそれだったのかしらねえ」
サツキが、前回ここに突入するきっかけになった通行止めのことを思い出して苦い顔になる。
「ま、ここも電車が通るっていうしな。そうなれば、もうどんどん過去のことになるさ」
そう言うと、啓一は車道の真ん中を見た。
舗装工事を行う際に既に用地が取られ、軌道の仮敷設が行われている。地面を掘り込んで枕木のみを並べた後仮蓋をかぶせてあるだけなので、あとは蓋を外して線路を敷けば終わりだ。
「いやあ……ほんとにいい商店街になるぞ、こいつは」
にこにこと笑いながら本通との交叉点を渡ると、ちょうど乗合が停留所に到着したところだった。
『本通五丁目桜通口です。この車は二系統、市民病院経由藤塚行です』
先にも述べた通り、この停留所は事件前には設置されていなかったものである。
交通局の広報によると「需要がなく将来的にも利用者が現れる見込みがなかったため」というのが主な原因というが、さりげなく「治安上問題があったため」とも書かれていた。
この記述からするに、思った通り「関わり合いになりたくなかったから」というのが本音ではないかと思われる節があるが、もう昔のことゆえ取り立てて追及することもあるまい。
買い物帰りの客やらサラリーマンやら学生やらがぞろぞろ乗降するという、繁華街にふさわしい活気に満ちた光景には、この街に平和が訪れたことを改めて感じさせるものがあった。
「こっちはこっちで、ごく普通の住宅街だなあ」
かつて「高徳」を名乗って中心部北部で活躍していた百枝曰く、その頃のこの地区は常に暗然とした空気が漂っていたという。
陽が落ちると第二次大戦末期の燈火管制のように早くからみな明かりを消し、夜に植月町から眺めた日にはまるで闇の池のようで痛々しかったとも言っていた。
しかし今では傾きかけた夕陽の中で夕飯の香りが漂い、テレビの音なぞもどこからか聞こえる。
「……うちの近所じゃ当たり前のことが、ここじゃ本当に得がたいものだったんだな」
「そうね……でも手に入って、よかった」
しんみりと夕焼けの中をゆっくりと歩いて行く二人の横を、遊びに行って来たのか子供たちがぱたぱたと通り過ぎた。これも、かつてはなかった光景なのだろう。
思いがけず幼い頃の自分を見たような気がして、啓一はふっとほほえんだ。
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