二十七 垓下の歌(七)

 一週間後。

 緑ヶ丘空港に、啓一とサツキ、そして清香の三人の姿があった。

「何だか名残惜しいな。ここまで濃密に関わったら……」

「それは私も思うわね。いろんな意味で忘れられるもんじゃないわよ」

「まあまあ、もう二度と来れないわけじゃなし、またいつか来ればいいだけよ」

 スーツ姿の啓一とサツキ、そしてメイド服姿の清香が待合室でそんなことを話している。

 この日、三人は新星へ帰ることになっていた。

 そもそもここにいる啓一とサツキの二人自体、元々は長期出張のために来ただけであって、事件が起きて無期限休工になりさえしなければ、とうの昔にここから去っていた身である。

 長逗留がかなったのは、二人が「この事件を放っておけない」と切に事件解決の手伝いを望み、さらには正式に捜査協力を行うよう命令が下ったからであって、今となってはいる理由がないのだ。

 しかし、すぐとは行かぬ。緊急事態宣言や避難命令が解除されるのを待つ必要があった。

 また研究所側でも、行方不明の研究員が種族が変わって帰って来るとなっては、受け入れ体制を整えるのにどうしても時間をかけざるを得なかったのである。

「帰ったら大変だわ。人間と勝手が違いすぎるから……大庭博士に訊いて何とかしよ」

「ですね。博士なら間違いないです」

「その時はついでに見学に行かせてもらえませんか。是非とも会ってみたいんで」

 そう言いつつ、思わず二人は清香の格好を見た。

 先述の通り、清香は一人だけいつものメイド服のままである。

(どうしてこの格好なんだ!?)

 このことであった。

 服がないらしいのだが、せめてブリムやエプロンドレスを脱ぐくらいのことはしてもよかろう。

 うすうす感じていたことだが、どうやら清香女史、メイドがいたく気に入ってしまったようだ。

「研究室の扉開けたらメイドさんにカーテシーで迎えられましたなんてなった日にゃ、多分みんなどう反応したらいいか分からんぞ」

 啓一が戸惑いながらそんなことを言っていたほどである。

 それはともかく……。

 待合室にはさらに、この事件で知り合った人々が全員集合していた。

 こうそろってみると、何とも壮観である。

「いやあ、また二時間だろ?気をつけてな。もう変な乗客はいないと思うけどよ」

「そうですね。……あ、私たちも時折そっちへ行くことがありますので、お会い出来たら」

 百枝と瑞香が言うのに、頭を下げる。

「何と言いますか、世をすねてたのを引っ張り出してもらってありがたい限りですよ。多分お二人がいなかったらまだこもってたでしょうしね」

「英田さんも無事に引き渡せましたし……。あ、そうだ、お二人とも。私に直接会ったってみだりに言わないでくださいね。トラブルの元になったりするので」

 ジェイとエリナが言うのに、盆の窪に手を当てうなずく。

「別件でシェリルにまた仕事振られるかも知れないから、画面越しや電話越しで話すことがあったらその時はよろしくね」

 宮子が言うのに、頬をかきながら笑う。

「私ももう少ししたら、そっちへ行くと思います。休んでいた方がいいと言われてまして……」

 葵がぺこりと頭を下げるのに、思わずこちらも頭を下げる。

「改めて、本当にお世話になりました。まだどうするかまるで決まらないんですが、もしかしたら新星でお会いするかも知れません。その時は、どうぞよろしく」

 シャロンが瞑目して深々と頭を下げるのに、頭を上げるよう手で示しつつうなずく。

 と、その時、ぱたぱたとシェリルが入って来た。

「ああ、間に合いました。もう出るだろうと思ってましたので」

「来てくれたのか。仕事は?」

「黙秘します」

「刑事が黙秘すな。……まあいいや、お前さんともしばらくお別れだな」

「あんまり無理しないのよ、こんな大きな事件だから大変でしょうけど」

「冷却水の飲みすぎとか注意よ、釈迦に説法でしょうけど」

「……何で見送りに来た側が心配されてるんでしょうか。ご心配ありがとうございます。早いところ片づけて帰りますから、またその時まで」

 シェリルが困ったような顔で言うのに、三人も苦笑する。

「そうだな。気長に待ってるよ」

「何かいきなり来てそうだけどね。知らせてちょうだいよ」

「戻る前にちょっと博士の手をわずらわせることになりそうだけど、堪忍してね」

 と、その時だ。

『十一時発新星空港行、改札開始いたします。一番乗場までおいでください』

 改札を知らせる構内放送が入る。

「もう行かないと。みなさん、ありがとうございました」

 啓一が代表して言いながら、一斉に三人で再度頭を下げる。

 全員が手を振るのを見ながら船に乗り込むと、すぐに出発となった。

「啓一さん、また来ましょう。復興が緒についた頃に」

「ああ、そうだな……」

 船が旋回して棧橋を離れ、そのまま闇の中を直進する。

 三人は名残惜しそうに、遠ざかる緑ヶ丘の街を窓越しにいつまでも眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る