二十七 垓下の歌(六)

 事件後、現場は別の意味で修羅場となった。

 松村以外の三人、そして殺害された六人は、そのまま連行または遺体収容を行うだけで済む。

 だが今回の事件で逮捕されたのは、当然これだけではなかった。

 一同を迎え撃った者たちは当然のこと、他の地区で鎮圧された者、そして龍骨内にいた者たちも、ことごとく現行犯逮捕されているのである。

 元々が数千人という規模でいたのだ。しかもその大半が銃刀法違反や傷害や殺人未遂などで束になって逮捕されたため、逮捕者が未曾有の人数となったのである。

 警察も消防もとにかく人員と車両をありったけ出し、被疑者の輸送や負傷者の搬送や遺体の収容を行うも、運べど運べどまるで減らない状態だった。

 しかも運んだところで、今度は置いておける場所がない。騒乱の時と同じようにやむなく大急ぎで周辺の市に頼み込み、銃刀法違反程度の者は一度市外に出すことになった。

 空港までのピストン輸送が続く羽目になり、ただでさえ疲れ果てていた現場がさらに疲弊してしまったのは言うまでもない。

 捜査本部には松村たち上層部が運び込まれ、取り調べが開始された。

 一方で民間人である啓一たちからも聴取を行う必要が生じ、おおわらわである。

 さらに大きな声では言えない話だが、いろいろと裏で外に出てはまずいようなことをごまかすために動く必要もあったようだ。

 翌日、朝から記者会見が開かれる。

 既に事件の速報はマスコミが報じていたが、これで正式に逮捕者などの数字が出た。

 記者たちも前代未聞の事件とあってあわてており、やや暴投気味の質問が相次ぐが、それにも几帳面に答えて行く辺りが大変である。

「うわ、シェリルのやつ……あんなんで記者会見によく出られたな」

「すっごい隈ね。アンドロイドってああいうのめったに出来ないのに、相当だわ」

 むろん一同も、この記者会見を見ていた。

 あれから聴取の後、へとへとの状態でヤシロ家にたどり着き、そのまま泥のように眠っていたのだが、起きて来たところで会見が始まっていたのである。

 発表された内容の中で一番衝撃だったのが、やはり「数」であった。

 今回の事件に関与した者の数は松村たちを含め四千七百人ほど。

 うち逮捕者は四千二百七十三人。松村たちを除き全員現行犯逮捕である。

 人的被害は死者が二百七十三人、うち殉職者三十八名。重軽傷者が二千三百二十人。

 物的被害は家屋被害が五百四十棟。うち損壊四百二十一棟、半壊百十九棟、全壊はなし。特定の建造物を狙った破壊計画もあったようだが、警察の必死の活動でここまでで食い止められた。

 その代わり内ゲバによって龍骨に被害が発生、五本三十五ヶ所が損傷。元々が強靱なため損傷の程度は極めて軽く、コロニー自体への影響はないという。

 また、一部の道路や用水路も相当な被害を受けた。殊に正門手前附近の道路は火がかかったこともあってペーヴメントが致命的な打撃を受け、用水路も大規模な柵の損壊や水路の破損が起こって水が一部であふれるなど、甚大な被害が発生している。

 ライフラインもずたずただ。電気は電信柱三百七十五本が損壊、百五本が折損及び倒壊したため東郊外全域で停電。水道やガスも水道管やガス管への被害甚大で、東郊外のみならず中心部でも一部供給停止が発生している状態である。

 はっきり言って、もはや「事件」というレヴェルではない数字であった。当然、国内でも史上初のことであるのは言うを待たぬ。

「内戦だよ、こりゃ。恐らく容赦なく内乱罪適用されるな……」

「さすがにそうじゃなきゃ嘘でしょ。ここまで好き放題やったらねえ」

 清香が茶を運んで来て、自らも座り込む。

「となると、今度は検察が大変ですよ。地検じゃ起訴出来ないんで、さらに高検へ送致です」

 この世界でも内乱罪はかなり特別視されており、第一審が何と高等裁判所から始まるという例外処置が取られるのだ。それだけこの罪が重いということの証左でもある。

 松村たちは昨日二十一時に緑ヶ丘地方検察庁へ身柄付送致および在宅送致されたが、このうち何人かがさらに送致されるとなると、一体どうなってしまうのか見当もつかぬ。

 続いて政府による会見も開始され、もはやテレビはこの事件一色である。

 新聞もぶち抜きで盛大に報じ、いつもより夕刊が厚くなる始末であった。

 その頃になると、今度は安否確認の電話がかかって来た。

 ハルカはサツキと啓一と清香の無事を知るやこらえきれずに泣き出してしまい、なだめるのに苦労することになり、百枝は地球の叔父から葵の声を聞かせてくれと言われてヤシロ家へ大急ぎで駆け込んで来る羽目になったのである。

「叔父貴も隣に預かってもらってるから待ってくれって言ってんのに、一刻も早く出せ出せで……眼に入れても痛くない娘だからなあ」

 ついでに休んで行くように言われた百枝は、茶を飲みならぼやいた。

「そういえば避難した人たちは、今どうなってるんですか?」

「まだ昨日の今日だからなあ。警戒がまだ必要だろうし、緊急事態宣言や避難命令が解除になるまで時間かかるの確実だろ。解除されても植月地区の住民はともかく、中心部や東郊外の住民は当分帰れないぜ。多分長いこと仮設住宅ものだな」

「まあ、確かに……立ち入るだけで危険な場所いっぱいありますしね。そもそもライフラインが全部駄目になってますから、帰ってもものを持ち帰る程度で生活出来んでしょう」

「だな……。復興だって、場所によっては一回更地にしないと駄目じゃね?」

「桜通なんか明らかにそうですよね。これでまた跡地をどうするのかと考えると時間と手間と金が」

 はあ、と啓一と百枝がほぼ同時にため息をつく。

 政府の援助が確実に入るとはいえ、かなり厳しい道のりになるのは確かだった。

「……というかだな、刑事殿はどうしてここいるんだ?仕事はどうしたよ?」

 そう言ってじろりと見た先には、果たしてシェリルがいる。

「一段落したので、部下にまかせて来ちゃいました。まあ、長居はどのみち出来ませんが」

 朝に記者会見をしておきながらよくやるものだとあきれるが、恐らく心配してのことと思われたため何も言わないことにした。

「そっちはこれからどうなるんだ?送致してはいおしまいじゃないだろ」

「そうですね、しばらくは残るつもりです。いかんせん事件が大きすぎて、捜査本部の解散までかなり時間がかかりそうなんですよ。来月までは確実ですね」

 シェリルはままならぬという感じで髪をかき上げる。

 普通の事件ならすぐに解散なのだろうが、今回はどうもそうは行かないようだ。

「それで新星へ戻っても、しばらく本部に缶詰じゃないかと思います」

「さすがにお前さんでも抜けられないか」

「こういう時、管理職ってつらいと思いますよ……」

 そう言いつつ、シェリルの口調はどこか軽い。

 残務処理ありと言いつつも、一気に肩の荷が下りたのは大きいようだ。

「……あ、そういえば、訊こうと思ってたんですけど。松村相手に『垓下の歌』をぶってみせたのって、『四面楚歌』つながりですよね?」

「そそ、分かったか。とっさに出て来てさ」

 あの時啓一が詠んだ『垓下の歌』は、項羽と劉邦が秦滅亡後に覇権を争った楚漢戦争の最後の戦いとなった「垓下の戦い」で、追いつめられた項羽が詠んだものである。

 この際、項羽は敗れた楚の兵が故郷の歌を周囲で歌ったのを聞き自分の敗北を悟って絶望、愛人・虞美人に自らの命運尽きることを嘆き、この詩を贈ったと伝わっているのだ。

 「四面楚歌」はこの故事が起こりであることから、思わずやったことである。ついでに項羽の最期まで盛り込んでしまった。

「え、そういうことだったの……あの、虞美人って項羽の実質的な妃……」

 これはサツキである。なぜか、少々顔を赤らめていた。

「………?」

 啓一は少々首をかしげたが、すぐに話を変える。

「そういや、中心部の立入禁止っていつ解くつもりなんだろうな?まだ被害受けてから一週間だから今すぐはないにしても、住民にしてみりゃなるたけ早く様子を見たいだろうよ」

「ああ、それは……もう中心部に関しては、緊急事態宣言が解除されたらすぐに市が応急処置で損壊した電信柱や切れた電線を全部撤去に入るそうです。そうすれば何とか……。それでも引き続き警備はしないといけないんですけどね」

「つくづく大変だな」

「でも、普通の生活に戻るために必要なことですし。積極的にお手伝いしますよ」

「普通の生活、か……」

 そう言うと、ふっと啓一は窓に眼を向けた。

 シェリルが「元の生活」と言わなかったのは、ひとえにこの街がずっと異常な状態に置かれ続けていたことを踏まえてのことだろう。

 その元凶が完全消滅した今、ようやく人々が待ちに待ちこがれた「普通の生活」が訪れるのだ。

「……まあともかく、あとは何にも手伝えないからなあ。というより、事件が起こった時に避難しないどころか、解決を手伝ったのが変だろという話だし」

「そうですよ。……専門家として協力してもらったのはともかくとして、その他のその……もろもろあれこれ理由つけてやったのは、ごまかすの大変なんですから」

 最後の方は小さな声である。

 これには、一同一斉に眼をそらした。全般的にいろいろまずいのだが、最後で松村を袋だたきにしたのなぞはねじが吹っ飛びすぎていて、知られた日には大騒ぎどころでなくなる。

 幸い松村は余りの衝撃にその辺の記憶があいまいになっており、触れるたびに大泣きをするため露見する心配はなさそうだとのことであった。

「まあ、往生際悪く泣きながら捕まった、ってことにしちゃいます」

「大庭屋、お主も悪よのう」

「いやいやお代官さまほどでは……って何をやらせるんですか。第一権力はこっち側です」

「違えねえ」

 伝法な口調で啓一が答えるのに、一同がくすくすと笑う。

 今までもこんなやり取りはなかったわけではないが、長き桎梏から解き放たれ、一応の平和が訪れた今ではその重みが違った。

 窓の外を、いつもとどこか違う夕陽がゆっくりと落ちて行く。

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