二十七 垓下の歌(五)

「サツキちゃん!やっと見つけました!」

「シェリル!みんな!どうやってここを!?」

「『ディケ』で怪しい場所を片っ端から探って回ったんです!……よくもたばかってくれましたね、ダミーの座標データを仕込むとは!」

 あれから十階へたどり着いた一同は、ジェイの示した場所まで来て「ディケ」で光線欺瞞を吹き飛ばし、隠し通路へ入ろうとした。

 しかし通路が出現することはなく、どこをどう調べても入口らしきからくりもない。

 それを聞いたジェイが、もしかすると細部を偽装したダミーの座標データをつかまされたのではないかと言い出した。

 試しに部屋の配置から天井や壁や床の様子までさっと調べて互いに確認し合ってみると、確かに二号館側の壁周りが一部異なっている。

 だがこれも多重暗号化を受けているらしく本物はアクセス不能で、一同はそれとおぼしき場所を徹底的に洗い出しては「ディケ」で光線欺瞞を吹き飛ばすということを繰り返した。

 その結果、とうとうここまでたどり着けたのである。

 安心する暇もなく即座に松村の方へ向き直るや、シェリルは、

「連邦警察特殊捜査課所属の警視・大庭シェリルです!松村徹也他三名、逮捕します!」

 思い切り大声で呼ばわった。

「くそッ、まさか破られるとは……!」

 よほど自信があったのか、松村が眼をむいて切歯する。

「おのれの不運を怨むんですね!……さあ、おとなしく縛につきなさい!」

 それに逆上した配下が拳銃を取り出すや、

「このちびめが、食らえ!」

 三人そろって一気に発砲した。

「……遅い!」

 当然効くわけもなく、全て弾を回収され階段に投げ捨てられる。

 激昂していると見えて、いつもより投げ方が荒かった。

 もう一度撃つが、これも回収されて逆に投げつけられる始末である。

「ひいッ!!」

 初めてシェリルの技を見た配下は震え上がり、拳銃を捨てて階段の方へ逃げようとし始めた。

 そこにエリナがシェリルの後ろからさっと現われ、思い切り配下を次々と蹴り飛ばす。

 階段側に面白いように吹っ飛んだ配下たちのうち二人は踊り場でのびてしまい、一人はそこも飛び越して見事な階段落ちを演じた。

 この光景だけで、松村を青くさせるのに充分である。

「あ、あ、亜人風情が!」

 銃を向けて引き金を引くが、弾切れだ。

 いかな拳銃でも七発も一気に発射すれば、さすがにこうもなろうものである。

「はい、差別用語いただきました。その『亜人』にされた人間がここにいるわよ」

 エリナと入れ替わるように清香が現われ、「ディケ」で松村を浮かせてサツキから引きはがした。

 そしてそのままいきなり反重力場を消して、どんと床に落とす。

「お前……誰だ!」

「知らないとは言わせないわ、あんたの部下が改造した……拉致被害者の英田清香よ!」

 清香がそう叫ぶや、松村のつま先を指も折れよと思い切り踏みつけた。

 烈しい痛みの中、松村は被験者の一人にそんな変わった名前の女性がいたのをようやく思い出す。

 実験では等身大ドールにしたと報告を受けたはずの人物が、なぜ今メイド服を着て動いているのかわけが分からなかった。

 だがそう考える間もなく足許に一発蹴りを入れられ、すさまじい気魄に押されて尻餅をついたままじりじりと廊下へと出されてしまう。

 そこに百枝がいずこともなく飛び出して来て、

「そうそう、そうなんだよ。あとな、あたしは倉敷百枝ってんだ。……同じようにてめえんとこの糞野郎が改造した奈義葵の、従姉妹だよ!」

 立ち上がろうとした松村の顔に一発、そしてみぞおちに一発拳をたたき込んだ。

「がはッ……」

 鼻血を垂らしながらよろけ、廊下をよたよたと後退する。

 松村は何とか持ち直し、肩で息をしてよたつきながらも別の避難階段へ歩き始めようとした。

 こんな形勢逆転は思ってもみないことである。刑事が来るのまでは予想していたが、その刑事がまず有り得ないほどの運動能力持ちだ。

 そして被験者やその親戚と名乗る者が現れ、地獄の獄卒よろしく次々と自分を責め立て始めたのだからもうわけが分からない。

「く、くそッ、近寄るな!」

 思い余ってまだ未練がましく持っていた銃を投げつけたが、ぷかりと浮いた。

 サツキと啓一を先頭に、全員が簡易反重力発生装置を躰の前に突き出していたのである。

 そして驚く間を与えずくるりと装置を回し、銃床を思い切りあごへぶつけた。

「………!」

 凄絶な痛みが、あごどころか頭全体に走る。

 逃げようとあがき、ようやく場から出てよろよろと立ち上がった松村の前に、つかつかとシャロンが近づいて来た。

「い、一号……」

 そう呼んだ瞬間、シャロンが向こうずねを蹴り上げる。

「人の名前を間違えないでくれる?」

 そして怨み骨髄に徹すとばかりの形相でめつけるや、

「私はシャロン、そんな名前じゃない!」

 下腹部、限りなく股間に近い場所に拳をたたきつけた。

 力はさして強くなかったが確実に効いており、松村は一瞬よろけようとして何とか立ち上がる。

 だが、直後に立ち上がったことを後悔した。

 まだ立って歩けると見なした一同が、ずんずんと迫り階の奥へ奥へと追いつめて来たからである。

 ここで松村は一番前にいたサツキに再び手を伸ばし、その躰を引き寄せようとした。

 彼女ならば非力だと思ったのだろうが、見事にサツキは手を打ち払い、

「汚い手で触らないでもらえますか。傷が……悪化しますから!」

 返す手で思い切り往復ビンタを食らわす。

「ぎゃあッ……」

 爪で両頬に小さく深いかき傷がつき、血がだらりと垂れた。

「何を叫んでるんですか?銃弾よりましでしょう、亜人風情の爪ですからね」

 ぎらりと眼を光らせて言うのに、松村は小さな叫びを上げる。

 つい十分ほど前まで余裕たっぷりだったはずのその顔は、紙のように白くなっていた。

 そうしているうちに廊下の曲がり角まで来てしまい、松村はやむなく曲がってふらふらと必死でその奥の部屋へと飛び込む。

 皮肉にもそこは、サツキが監禁されていた部屋であった。

 だがそんな部屋のため他の出入口はなく、墓穴を掘っただけである。

 もはや松村は一同が迫って来ているという事実だけでおびえきってしまい、扉を閉めることすら忘れて奥の壁際にへばりついてしまった。

 そこで松村が聞いたのは、若い男の声であった。

「力は山を抜き気は世をおおう、時利あらずしてすい逝かず、騅逝かざるを奈何いかんすべき、なんじを奈何せん」

 突如読み上げられた詩に、松村が口をぱくつかせていると、

「おう、松村。四面楚歌の気分はどうだ?こうやって『がいうた』くらい詠んでみろよ」

 啓一があごをしゃくって言う。

「な、何だそれは……!」

「まあ、お前みたいな馬鹿が知るわけねえわな」

 ゆっくりと近づいて来る啓一に、松村は顔を凍りつかせたままだ。

「そして、詠む資格もねえわな。お前に天に滅ぼされる覚悟があるわけもねえし、ましてや自ら首ねて死ぬことなんぞ出来ねえだろうよ」

「………!」

 露骨な嘲りを含んだ声に、松村は声も出ない。

「なあお前さ、こっちに転移して来てやったのがこれって、生きてて恥ずかしくねえの?」

「……お前、何で私が転移者だと!?」

「そんなもん調べりゃ分かる。しかも同じ世界でやんの、代理で緑ヶ丘はおろかこの国のありとあらゆる人たちに土下座したいくらいだわ」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった松村を、啓一はぎらりとめつけた。

「ま、本来はお前が謝るのが筋だがな」

 そこで松村がいきなり大声を上げ、

「わ、私は悪くない!拉致は女どもにすきがあったのが悪いんだし、改造実験だって実験体に適した躰だったのが悪いんだし、騒乱だってやくざ連中が煽られやすかったのが悪いんだし、今日のことだってあの連中が力もわきまえず人の口車に簡単に乗るようなやつらだったのが悪いんだ!」

 支離滅裂かつ牽強附会に満ちた戯言を並べ立て、自分の無実を主張する。

 だが、言い終わった瞬間。

「黙れ、このわっぱがあッ!!」

 啓一が、素晴らしい大音だいおんじょうで怒鳴りつけたものだ。

「こ、小童だと!?……わ、私はもう五十過ぎだぞ!?」

「ふん、全部『ぼくはわるくない』で通ると思ってるやつなんざ、小童で充分だ!」

「………!」

 啓一はかつかつとさらに距離を縮め、松村を追いつめる。

「しかも何だ?よそさまの世界を、公園の砂場か何かみたいに遊び場にして好き放題しやがってよ。『ぼくのかんがえたさいきょうのあまのがわれんぽう』ってか。そういうお遊びは頭の中かパソコンの中か紙の上でやってろ!」

「………!」

「お前以外にも今まで何人か転移者と触れ合ったが、みんな必死だった。帰れなくなっても何とか生きてやろうってな。まじめさが違うってんだよ、この世界との向き合い方が違うってんだよ!」

「……私も彼に全面的に同意するわ」

 そう言うと、サツキが耳をぴんと立てたまま啓一の横に立った。

「自分じゃ言わないけどね、彼は苦しんでたわ。自分の人生が全部無駄になってしまった、これからどうしよう。夢がかなわなかったらどうしよう。誰かの役に立てなかったらどうしよう。壮絶な不安よ。どれだけ苦労したか、あなたには想像もつかないでしょうね」

 そこでサツキは牙を見せると、

「……そもそも想像がつくなら、こんなことしてないでしょうけども!」

 思い切り唾を吐きかける。

「………!」

 もはや松村は、言葉もなかった。

 そこで啓一がぐっと拳を固めるのを見て、松村があわて出す。

 ここで殴られれば、今度こそ気絶するはずだ。

 だが次の瞬間、啓一の拳は松村の顔をとらえず、鼻の前でぴたりと止まる。

「……やめだ、やめ。お前なんざ、殴るにも値しねえや。汚えもんついても嫌だからな」

 吐き棄てるように言うのに、ついに松村はがくりとこうべを垂れてずるりとへたり込んだ。

 それを一瞥すると、啓一はサツキの方をちらりと見て、

「それじゃあ、この虞美人はもらって行くぜ」

 その肩を軽くたたき、軽く引き寄せる。

「ま、元々お前のもんでもないし、彼女だって頬に傷つけるような男なんざ願い下げだろうさ」

 くるりと背を向け、二人はそのまま部屋を出て行った。

 入れ替わりにシェリルが入り、さっと逮捕状を提示する。

「松村徹也!逮捕監禁の容疑、銃刀法違反・傷害の現行犯により逮捕します!……十五時二十一分、逮捕!」

 がちゃりと手錠をかける音が部屋に響き、時計を見せ逮捕時間を復唱する声が続いた。

 だがその直後、いきなり松村は顔をぐしゃぐしゃにしたかと思うと、すさまじい大声で泣き始める。慟哭というより、赤ん坊がぐずって泣き叫ぶような声であった。

 シェリルがそれを無理矢理立たせ連行する中、啓一は、

「……無様だな」

 一言だけぽつりとつぶやく。

 しばらくして工場占拠完了の無線が入り、一新興国産業本社は全て警察により制圧された。

 時に、連邦暦一六二年十一月十日十五時三十分。

 一週間にわたる緑ヶ丘内乱事件は、ここに終結したのだった。

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