二十二 猜疑(三)
立入規制が布かれた本通は、警察官と関係車両がぽつぽついる以外に人も車もまるで姿が見えず、がらがらの状態であった。
入口に設けられた検問所で以前もらっていた身分証を提示し、シェリルに呼ばれた旨を告げて通してもらった一同は、まるで敵地に向かうような表情でゆっくりと入って行く。
待ち合わせ場所に指定された備後通は、ここから十分ほど歩き左に曲がったところだ。
今回北側の一部を除き被害をまぬかれたこの町は、植月町からも警察署からもそれなりの距離があるいささか辺鄙な場所で、歩道なし二車線程度の幅の道が続いている。
ここに入った直後、エリナはふと隣にいる四人の方を向いてぎょっとした。
何と四人は、道のど真ん中を横一列に広がって歩いていたのである。
すさまじい威圧感が漂い、陽炎のように空気が揺れているかと思うようだ。
ざっざっと音が聞こえそうなほど整然とした歩みで十分ほど歩くと、果たして東隣の備中通沿いまで広がる大きな公園が見えて来る。
その時、公園の入口に見慣れた顔がひょいと現れた。
「あッ……みなさん、こっちです!この中へ!」
姿を見れば、スーツなぞ着ている。仕事中でもあのラフな格好を崩さないシェリルにしては、少々珍しいことであった。
仕事ながら、久々に会えた喜びもあるのか笑みを浮かべながら手を振っている。
だが、一同の様子がおかしいのにすぐに気づいた。
「え、あの……どうしました?というより、なぜ倉敷さんとエリナさんまで?」
「大庭さ……」
エリナが事情を話すべく歩みを早めようとした途端、すぐ横にいた百枝がすさまじい速さでばっと腕を出して止める。
「……奥の方にいる。あの白い建物の前の茂みのところ」
小さな声で言うのにまさかとアイ・カメラで拡大して、
「………!」
そのまま凍りついた。
何とそこには、ほぼいつもの格好をしたシェリルがもう一人いたのである。
木の立ち並ぶ公園の中で外からでも意外にも見えやすい場所らしく、特徴的な髪や服の色もあって人間である百枝にもしっかりとそれと分かったようだ。
「ま、まさか本当に……!?」
「そうだろうな。どっちがどっちか分かんねえけど……どうだ」
「い、いや……」
突然のことにエリナが眼を白黒させていると、やはりこちらもしっかり認めたのか、サツキが露骨に疑いの眼をして口を開く。
「多分奥が本物のような気がします。あの子スーツ嫌いで、着てるの見たことありませんし。刑事だからってスーツだと思ったら大間違いですよ」
それに呼応して、清香がサツキのそばに寄って声をかけた。
「こっそり二つに分かれましょうか。禾津さんと倉敷さんとエリナさんで前固めながら手前のと会ってるうちに、私とサツキちゃんが抜け出して奥行くから」
「諒解。三人とも健闘を祈ります」
「分かった、サツキさん。違ったらすっ飛んでくから」
四人はそう言ってうなずき合うと隊形を変える。エリナも有無を言わさずに前に入れられた。
シェリルが一人だけだったなら、さすがにいい加減にしろと止めるところなのだが、何せ二人いて真贋の判別がつかぬ以上強く出られぬ。
「どうしたんですか……?」
ごそごそやっているのを見ていぶかしんだ「手前」のシェリルが、眼を点にしながら問うて来た。
「何でもない。そっち行くから待ってろ」
啓一がそう言うのを合図に、そのまま隊形を崩さず一同が近づいて行く。
「あ、あの、すみません……本当にどうしたんですか?」
「別に。随分珍しいことするもんだな、通信じゃなくてメールで呼び出すなんて」
「え、ええ。驚いたならすみません、理由がありまして」
啓一の威圧的な声に、「手前」のシェリルはぎこちなく答えた。
「というより、一回駄目になった調査またやるとかどうなってんだ。あれ、重力学関係ないだろ。それに、こんな急いでの下見なんているのか?」
「そうなんですけど……話が変わってしまいまして」
「どう変わったんだ。市にねじ込まれたとかそんなんか?」
「そういうところですが……って、何でそんな詰問口調なんですか!?」
警戒心を丸出しにしたもの言いに、さすがに「手前」のシェリルが我慢出来ぬとばかりに言う。
だが、この言葉の運び方に一同が過敏に反応した。
どことなく言を濁すような返答の連続に、突然じれたような反問である。力づくでごまかそうとしたように見えてしまったのだ。
「そんなこたどうでもいいだろ。ああそうだ。落合さんの偽者出たけど知ってるよな?」
「知ってますよ」
「倉敷さんが現場いたんだけどさ、来なかったらしいじゃないか。ついでに捜査に本人も来たってのに、直接の上司のお前さんが来ないのは珍しいなあ」
「そんなこと言われても、都合というものが……」
視界の端に、サツキと清香が「奥」のシェリルに向けて歩いて行くのが見える。
それをしっかり確認した瞬間、啓一が、
「黙らっしゃい!!」
大声で怒鳴りつけたものだ。
「ねたは上がってんだぞ。スーツで一丁前に真似ようとしたみたいだが、あいつは嫌いで着ないって聞いてんだよ。とんちんかんにもほどがあらあ」
「大体何なんだ、さっきからうじうじはっきりしねえ答えばかりしやがって。ごまかすつもりだろうが、そうは問屋が卸さねえぞ!!」
エリナがおたつくのもよそに、啓一と百枝が「手前」のシェリルにどんどんと迫る。
とうとう入口のそばにある大木まで追いつめたところで、今度は百枝が実力行使に出た。
「このッ、往生際の悪い!!首引っこ抜いてやる!!」
何と飛びかかり、首を抜こうとし始めたのである。
「わ、わ、わわわッ!?……やめてください!!」
不用意に飛びかかったため首までは手をかけたが、すぐに突き飛ばされて転んだ。
百枝が尻餅をつくのも構わず、「手前」のシェリルは泪を浮かべて叫ぶように言う。
「一体全体何なんですか!?そもそも歩いて来た時からしておかしいですし!!この通りは七十五番滑走路じゃないんですよ!?」
「とぼけ……って、今何つった!?」
この言葉に、啓一がかちんと固まった。
「禾津さんなら分かるでしょう、横並びで歩いて来るならあれですよ!」
明らかに、往年の名作刑事ドラマ『Gメン'75』のオープニングに引っかけた言い方である。
我々の世界でも年輩者のものになりつつある例えを、すっと口に出したわけだ。
「……ちょっと待て、お前偽者じゃねえのか!?」
百枝にも通じたのか、ばねに弾かれるようにして立ち上がり問う。
「偽者とは何ですか!これを見てください!」
そう叫ぶように言うと、手のひらに警察徽章を浮かべた。
「知らないかも知れませんけどね、これは偽造対策がかなり厳重にされてるんですよ!?しかも私たちアンドロイドの場合、手にチップを埋め込んでますから偽者なら出せもしません!!」
これに啓一と百枝があっけに取られる。確かにアンドロイドなら、そういうことが出来るはずだ。
「ちょっといいですか。……これ、信号が相当複雑に暗号化されてます。どう見てもその辺の技術者程度じゃ、とてもじゃありませんが無理ですよ。マスターでも……多分無理です!」
エリナが「手前」のシェリルの手を触り、信号を読み取って即座に判定する。
いくつもこの手のものは元の世界で見て来たが、あちらの軍や警察よりも厳重に暗号化されており、真似なぞ出来ないのが直感的に知れた。
「つまり、まぎれもない本物……?」
「当たり前です!」
「だ、だよな。そもそも偽者が二十世紀ねた披露出来るわけないし……」
「どういう判別法ですか!!そんなのより警察徽章の方がはるかに判断材料になるでしょうに!!」
「まあそうなんだが……」
もっともな抗議に首をすくめるが、そんなことはどうでもいいことだ。
「じゃ、さっきの話は……?」
「留置しきれない被疑者の外部への護送に同行してたからです!秘密だったので、通信での連絡は取るなと言われてましたし!落合さんの事件に行けなかったのは、課長命令で残務処理してたからですよ!ついでに言うと、このスーツも目立つと問題だから、着ろ着ろ言われて着てるだけです!」
「余裕が出来たってのは……?」
「あの時はそうだったんですよ、護送が終われば少し休めると思ってましたから!いきなり残務処理させられて、全部潰れましたけどね!」
「調査の話は……?」
「市がやっぱりやってくれとねじ込んで来たんですよ!とにかく本格的な調査は先でいいから、見るだけ見てくれとか言われて!」
「いや、それにしても現地集合は……」
「そうなんですけど、警察署に一度呼ぶのも遠回りで気の毒だと思ったんですよ!ほんとに外から観察するだけでいいからって話だったので、打ち合わせもいりませんし!それでも遠いから大変だろうとよければ車をと思ったのに、断られてこんな目に遭わされちゃ……!」
「手前」……いや今や本物と確定したシェリルが泣きそうな顔で答えるのに、啓一と百枝は唖然とする。エリナに至っては、やってしまったと言わんばかりに頭を抱えていた。
要するに秘密任務に従事しているのを隠さなければならなかったり、上司や市に振り回される羽目になったりしている中、精一杯行動したのがたまたま不審行動に見えていただけということである。
「いくら偽者が出てるからって、ちょっと変わったことしただけでこれじゃ困ります!」
偽者と疑われた上に首まで抜かれかけたとあって、シェリルの怒りは収まらぬ。
「す、すまん!どうやら俺たち、不安すぎておかしくなってたみたいだ……」
「冷静になってください!サツキちゃんや英田さんっていう一級の科学者まで……」
と、そこでシェリルの眼が点になった。
「……あの、サツキちゃんと英田さん、どこ行ったんですか?」
このことである。
とっくの昔に離れてしまったため、今頃は「奥」のシェリルと完全に接触しているはずだ。
「しまッ……!!偽者はあっちだ!!やばい、行くぞ!!」
「な、何なんですか!?」
シェリルが事情を飲み込むのも待たず、三人は彼女を引きずりそちらへ走り出したのである。
一方……。
「手前」のシェリルとの問答が雲行き怪しくなったのを悟ったサツキと清香は、すっとその場を抜け出して「奥」のシェリルの方へと向かった。
公園自体はさほど広くないものの、歩道がひどくうねっているため思ったより遠回りを強いられてしまい、二人は時間をかけてようやく「奥」のシェリルのところへたどり着く。
「シェリル!」
サツキが手を振って呼びかけると、「奥」のシェリルは一つまばたきをしてぽかんとしていたが、ややあって手を振り返して来た。
「どうしたんですかね……何かぽけっとしちゃって」
「疲れてるんじゃないの?すさまじい仕事量だったみたいだし」
てくてくと二人が近づくと、「奥」のシェリルは、
「……あ、こ、こんにちは」
どこか固い声であいさつする。
「あれ?何か元気ないわね?」
「そうですか?忙しかったですし」
そう言ってあはは、と力なく笑った。
「みたいね。『一月分の仕事が二日で来た』とか、あながち大げさでもなかったのねえ」
「え、あ……そうです、そうです」
清香が通信で言っていた言葉を引いて苦笑するのに、「奥」のシェリルはおどおどと返す。
ここで、サツキは妙なものを感じた。
(疲れているにしてもシェリルらしくない……)
このことである。
職務上疲れていることも少なくないシェリルだが、それでも普段より反応が鈍いという程度だ。あれこれしゃべりたがりの説明したがりで、時折妙なねたを入れたりするのは変わらない。
少なくとも、口数がここまで減ったというのは見たことがないし、第一性格上こんなおずおずとした態度を取るようなことはないはずだ。
それともう一つ、おかしなことがある。
「……ねえ、少しやせた?」
ただでさえ外見が中学生ということで小さい顔と躰が、心なしか細くなっていた。
アンドロイドがやせるというのは我々の世界では奇妙に聞こえるが、この世界では生体部品が多いがゆえに他の種族ほどではないが肥痩が起こるのである。
「そうかも知れません、カロリーバーとエナジードリンクで過ごしてましたし」
半笑いで「奥」のシェリルが言った途端、サツキの表情が変わった。
「ちょっと待って。……シェリルは、エナジードリンク嫌いなはずよ?胃を傷めるし、動力炉にもよくないって言って飲まないもの」
「あッ……!」
この指摘に、「奥」のシェリルの顔から血の気が引く。
「い、いえ、飲み物がなかったので無理に……!」
「いや、それはおかしいでしょ。あんなの、その程度の理由で飲むものじゃないって自分で言ってたじゃないの。……というより、旱魃になって水も何も備蓄がないなら飲んでもいいとまで言って、そこまで嫌いかと博士とお母さんをどん引きさせたの忘れた?」
「う……」
ついに、「奥」のシェリルは言葉につまってしまった。
「せ、先輩……さすがにこれ、おかしくないですか?」
「おかしいわね。……もしかして、取り違えた!?」
先ほどからのびくついた態度に体形の違い、そして嗜好の違いを指摘されての動揺、疲れていたとてさすがにおかしいにもほどがある。
「ちょっと、警察徽章を見せてちょうだい。知り合いでも求められたら出すのが義務でしょ?」
「そうよ、しょっちゅう手のひらに出してるの見てるのよ?」
ついに、二人が最後の手段を繰り出した。
だが凍りつくままで、一向に手を出そうとしない。
この様子に偽者と確信した二人は、途端に食ってかかった。
「あ、あなた!シェリルに化けて何をしようっての!?誰の指示よ!?」
「誰に化けてるのか知ってるの!?……危害を加えようとするなら、こっちにも覚悟が!」
「え、あの、その、え、あ……」
サツキと清香が猛烈な剣幕で迫って来るのに、「奥」……いや偽シェリルは完全にパニックとなって泪を浮かべながら首を振るばかりである。
「サツキさん、英田さん!取り違え、取り違えだ!!こっちが本物、そいつは偽者だ!!」
そこでようやく、啓一たちが歩道を突っ走って来た。
「分かってるわ!もうばれたもの!」
「本物が来てるわよ、おとなしく縛につきなさい!警察官詐称は罪なんだから!あんたが化けたの、連邦警察のお偉いさんなのよ!?」
「れ、連邦警察……!?」
清香の発言に、偽シェリルが瞠目する。
「よくも騙ってくれましたね……私が本物の連邦警察特殊捜査課所属の警視・大庭シェリルです!」
「け、け、警視!?そんな偉い人を!?」
シェリルが遠くから高々と大きくホログラムを提示するのに、偽シェリルが腰を抜かした。
「だ、騙された……!そんなの聞いてない!!」
「……えッ!?」
突然飛び出した言葉に、一斉に驚きの声が上がる。偽者に化けたにしては面妖極まる発言だ。
思わずサツキと清香が問い詰めようとした、その時である。
「ええい、この役立たずが!!」
いきなり屈強な男たちが現れ、偽シェリルを思い切り蹴り飛ばしたものだ。
「がはッ……」
偽シェリルは、そのまま抵抗も出来ずに吹き飛ぶ。
この闖入に、一同は凝然とした。
男たちが、まるで何もない空間から飛び出して来たように見えたからである。
偽シェリルが何かすることはあると思ってはいたが、さすがにこんな事態は想定していなかった。
男たちは振り返るや、いきなりサツキと清香を引っつかんで強制的に引きずり始める。
「やばい!あいつら二人をかっさらう気だ!!」
「私が行きます!……待ちなさい!!」
啓一が叫ぶのにシェリルが足の速さを生かして前に出るが、よりによって歩道が複雑に曲がりくねっている上に木の間もすり抜けられず、速度を満足に出せない。
「くッ……どうやっても引っかかって!大庭さん、どうか頼みます……!」
エリナもやはり木が邪魔になって跳躍することが出来ず、そう叫ぶしかなかった。
「な、何て速さだ!……早くしろ、早く!」
シェリルが猛然と走って来るのに、男たちがあわて出す。
道の形状から難渋してはいるが、そこいらのスポーツ選手並の速度があるのが分かったからだ。
「やめてください、何なんですかあなたたち!」
「ええい、離しなさいよ!!」
二人が必死で抵抗し、男たちともみ合いになっている。
「この……ッ!!」
「ぐえッ」
清香が叫び、眼の前の男がひきがえるを潰したような声を上げて倒れた。
股間を押さえているところを見ると、金的を食らわしたようである。
「サツキちゃん!」
これで解放された清香が、サツキを助けようと飛び込んだ。
「サツキちゃん、英田さん!」
そこに、シェリルが追いすがった瞬間。
男たちがサツキを引っつかんだまま、いきなり空間に溶け込むように姿を消したものだ。
出て来た時と同じように、まさに忽然という言葉でしか表現出来ない状況である。
「えッ……」
余りのことに脳の処理が追いつかず、そのままシェリルは急停止した。
「シェ、シェリル……サツキちゃんが、サツキちゃんが……」
サツキに手が届かずへたり込んだ清香が、わなわなと震えながら言う。
「サ、サツキさん……ッ!!」
啓一の悲痛な叫び声が、公園に虚しく響いた。
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