十七 棒一本(二)
「うっわ……すげえ隈だな、おい」
境内に来た啓一とサツキの顔を見るなり、百枝は頭をかきながら言った。
「そういう倉敷さんも、余り寝てない感じですが」
「まあな。さすがのあたしでも、足許にテロ組織がいるなんて話聞いた直後に大いびきかいて熟睡出来るほど太くないよ」
啓一の言葉に、百枝はわさわさと髪をかいてみせる。
「まあ、それより俺たちは、龍骨の話をいろいろ議論していたのが大きいんですが」
「ん?土木は専門外だろ」
「いえ、そういう方向ではなく……重力学からの側面なんです。入口を欺瞞して隠すために使われるので。その欺瞞をどうやって突破したのかとか、そういう話をしてたんですよ」
サツキが言葉を継ぐのに、百枝はぽかんとした顔になった。
さもありなん、入口を隠すのに普通重力が関わるなぞとは思わないだろう。
「重力で隠すって……空間でもねじ曲げようってのか?」
「あ、惜しいです。近いことはやってますけど」
そう言うと、サツキは光線欺瞞技術の説明をする。
「通常は隠そうとしている対象物の周りの光をねじ曲げて攪乱し、周囲の景色に溶け込ませて隠すという使い方をします。音波や電波もねじ曲げて消してしまうので、音で感づかれたり凡百のレーダーで検出されたりもしません」
「隠れ身の術か、要は」
「そうですね。なので破ることも可能です。反重力発生装置で直接光を戻したり、欺瞞している装置に干渉して壊したり、攪乱で対抗して強制的に吹き飛ばしたり……」
「布を直にひっぺがしたり、刀で切り裂いたり、風で飛ばしたりってとこか」
この「隠れ身の術」の例えは、一般人への説明として重力学関係者がよく使うものである。
人が隠れるためよりも非生物を隠すために使うのが一般的なので、正確な例えになっているとはいえないが、直感的で分かりやすい表現だ。
「ただし忍術の方と違い、こっちは欺瞞の方も破る方も余りに手法が多すぎて、何が出て来てもおかしくないという違いがあります。そんなわけですので、とにかく論文読みながら使われそうなのを探してみて……」
「やっぱり餅は餅屋、サツキさんがこういうのは向きですよ」
「でも、専門にひたりきりの私より、啓一さんみたいに一歩引いた人のひらめきが存外に真理を突くことがあるんだから……」
「そうかね?当てずっぽうばっかりだけど」
「……何でこれでつき合ってないんだ?」
百枝がぽつりとつぶやくが、二人の耳には届いていない。
「防犯上仕方ない話だが、基本的に仕様が関係者以外明かされてないのが痛いな。せめてどうやって欺瞞してるか分かれば、サツキさんの灰色の脳細胞がおおよそ見当をつけてくれるだろうに」
「私はフランスの探偵じゃないわよ……」
「いやいや、こればっかりはヤシロ家の二人頼るわけに行かないし」
ジェイの世界にも重力学はなかった。
もっとも戦うのでも物理攻撃ばかりという世界であったらしく、こういった分野は見向きもされなかったというのだから仕方あるまい。
サツキが苦笑していると、百枝が、
「刑事殿やオタ猫は、この辺どうなんだろな?何か知らされててもよさそうだが」
ほうきを立ててあごを乗せながら言った。
「うーん、どうなんでしょうか。昨日の今日ですし、まだ知らないと思いますよ。シェリルがこの件優先して動いてれば別ですけども……」
「ああ、それもそうか。刑事殿のところ、ややこしいことになってるんだもんな」
何せヒカリの件をどう始末するかも決定していない状態のところに、平沼の自首によって大量に捜査すべき案件がなだれ込んで来たのである。これだけ仕事が多くなってしまうと、優先順位をつけるだけでも大変なはずだ。
「てか二人は、何でまたあたしんとこに?散歩にしちゃ荷物多くね?」
百枝の言う通り、二人はかばん状の装置を抱えている。
こっちに持って来たはいいものの、もう出番がないことがほぼ確定してしまった「ディケ」だ。
「実はですね、こいつを使って有事の際に何か援護出来ないかと思いましてね」
「こんなのでも、反重力発生装置なんですよ」
サツキがさっと説明する。
実は重力学は、非殺傷戦闘に利用が可能だ。
基本的な反重力発生だけでも相手が浮いてしまう。実質的に足場を奪ったも同然なので、武器を奪うなどして主導権を握ってしまえばこっちのものだ。
警察や特殊部隊が兇悪犯罪者に対処する際に反重力発生装置を持ち込み、殺傷せずに被疑者を無力化して逮捕に漕ぎ着けるなどということもよくある話である。
ただ効果的ではあるものの、決して小さな装置ではないので設置場所が必要になる上移動も車両を使わないと難しく、さらに取り扱いにもそれなりの訓練が必要という欠点もあるのだ。
その点からすると「ディケ」は極めて画期的である。何せ肩へかけられる小ささと簡易化された操作性が売りの装置だ。人が運べて簡単に使えるようになったことで、状況変化に対し即座に対応することが出来るようになるわけである。
「すげえな。そいつが実用化されりゃ相当ありがたい話じゃねえか」
「そうですね。ただ、使いやすくなることで悪用のリスクが高まりますので、その辺は良し悪しなんですけども。特に警察に対抗して犯人が使ったら、泥沼も有り得ますしね……」
「うーん、それもそうか」
「でも今は私たちのところにしかないですから、相手の意表を突けるかなと。……まあちょっとずるだとは思うんですけど」
「ずるでもばち当たんねえよ、あんないかれた連中相手なんだから」
肩をすくめられ、サツキは耳の裏に手をやって苦笑した。
「……んで、やっぱりあれか?ヤシロさんとこで実験とかか?」
百枝が大体読めたとばかりに言うのに、啓一は、
「あ、ご明察で……。人に見られると困るので、裏から行った方がいいかなと。話は通ってるんで、裏を通らせてもらえないかと」
盆の窪に手をやりながら言う。
「はいはい。本当は一言事前に言ってくれと言いたいとこだけどよ、もうあそこんちの裏門としての地位を確立しちまってんのも事実だからな。いいように通っていいよ」
「どうもすみません」
あきらめたような顔で言う百枝の横を通り抜けると、二人は奥宮へ入って行く。
「……つか、本当に戦う気でいるのかよ。おとなしそうな顔して、おっそろしいこと考えるなあ」
百枝はその後ろ姿を見送ると、ひょいとほうきを肩にかつぎ、
「まあ、あたしもそのつもりだから人のこと言えないけどな」
眼の奥に炎を宿らせながら一つつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます