十六 造叛(四)

「では次に移りまして……人体改造事件の概要ですが、これもある程度詳細な供述が得られました」

 中央の空中ディスプレイを指でピンチしつつ、シェリルはゆっくりと話し始める。

「まずは場所についてですね。ヒカリさんたちなど外科手術で等身大ドールに改造された人たちに関しては、『製造機器検修所』で古コンベヤを使ってやっていたそうです。これは本人も動いていない時に現地に行った上で説明されたとか」

「やはりあの建物でしたか……もう確実だろうとは思ってましたが」

「そうですね。ほとんど裏取りみたいなものです」

 エリナをちらりと見て、シェリルは続けた。

「そして英田さんと奈義さんですが、これは一人ずつ別々の場所でやったそうです。もっとも全て松村と吉竹でことを進め、平沼へは事後に簡単に説明するだけで済ませたそうなんですが……」

 まず清香が改造されたのは、大門町にある地下研究室であったという。

「完全に犯罪組織のアジトののりじゃない。どこの家の下とか分かってるの?」

「それがですね、分からないと言うんですよ。本当にその一言で、突っ込んだ質問をしても無視されたと」

「何それ……腐っても幹部よね?それが一言ってないでしょ」

「そうなんですよ。さすがにこればかりは信じがたかったので、かなり強く追及してみたんですが……ほんとのほんとに知らなかったんです」

「……『幹部』って言葉の意味を辞書で引きたくなるわね」

 シェリルがあきれたように言うのに、清香が露骨に眉をしかめた。

 次に葵の改造場所について訊いてみると、工場の敷地内であると答えたという。

「え?敷地内のどこなんですか?」

「それに関してはやはり英田さんと同じような感じで、場所と逃げた旨を一言ずつだそうです」

「こっちも教えてもらってないんですか……」

「その通りです。逃げた時の状況を説明して心当たりを訊ねたんですが、それは初耳だ、あの敷地からそんな簡単に逃げられるわけがないと大混乱に陥りましてね。場所云々以前にまるで話になりませんでしたよ」

「そんなあ……」

 葵が泣きそうな顔になってしょげ返った。

「教えられてねえんじゃしょうがねえよ」

 葵を慰めつつ、百枝が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「さすがにここまでだと、敵ながら同情せんでもないですね。……それで、目的は何なんだ?」

「もうほぼお分かりかと思いますが、来たる内乱の準備です。改造人間を量産して武装し国家転覆という」

「本気でそんないかれたことやろうとしてやがるのか!?」

 とんでもない言葉に、啓一が眼を見開いて叫ぶように言った。

 既に有り得ると想定されていたとはいえ、どこかでそんな馬鹿なという気持ちがあったのである。

「おいおい……回りくどいにもほどがあるだろ。それなら新星で命知らずでも雇って、政府要人の首狙いに行かせた方がよっぽど早いだろが」

 これは啓一だけでなく、想定を聞かされていた全員が思っていたことであった。

 確かに一地方都市でも統治を破壊すれば脅威にはなり得るが、そこから国家転覆にまでつなげるにはよほど綿密に練られた計画と強大な武力が必要である。

 そこでさらに改造人間を作って云々とやっているのだから、どこをどう見ても非効率極まることだ。

「というよりだな、ここじゃ人体改造は兇悪犯罪じゃないか。しかもとっ捕まったが最後、無期刑か死刑っつう。そんななのによくやるな、動機は何だってんだよ?」

 これに対し、シェリルは渋い顔で前髪をかき上げる。

「その辺も平沼に訊きましたが、松村曰く『この国を革新して新しい秩序を作り出し、自分の名をあまねく轟かせたいから』とかで……」

「はあ!?」

「ええ!?」

 これに、啓一以下全員が一斉に声を上げた。

「おい、ちょっと待て。革新云々新しい秩序云々は理解出来るが、名を轟かせたいってのは何だ」

「私に訊かれても困りますよ、文字通りじゃないでしょうか。平沼も『こちらも理解出来ないから本人に直接解説してほしいくらいだ』と言い出す始末で……」

 そう言って頭を抱えるシェリルに、啓一は、

「もしかすると、『ぼくのかんがえたさいきょうのあまのがわれんぽう』をやりたいってのかよ。それで『理想の社会に変えてやったぞ』といばって目立ちたいと……。売名のためにわざわざ内乱とか、理解出来ん、全くもって理解出来ん」

 思い切り頭を抱えてみせる。

「正直なところ、完全に妄想としか言えませんね……」

 シェリルがつき合いきれないと言わんばかりの口調で言うのに、

「だがその妄想につき合わされた人が何人も出て人生台なしにされた挙句、一人は亡くなってるわけだからな。とんでもないにもほどがある」

 とうとう啓一は立ち上がって、顔に血を上せながら言った。

 それなりの理屈があるように糊塗しているが、平たく言えばお山の大将になりたいだけである。

 こんな理念以前の幼稚な理由で内乱を起こそうと考え出す時点で、正気の沙汰とは思えぬ。

 しかもそのために無辜の市民を犠牲にして平然としているなぞ、言語道断と言うも生ぬるい。

「やはり、やつらは奸賊だ。速やかに伐つべきだろう」

 吐き棄てるように言うと、啓一はどっかと再び座った。

「で?この件に関しては、平沼はどれだけ関与してんだよ」

「謀議に参与したのみですね。まあ、例によって座っていただけですけども」

「ほとんど関与してないも同然じゃないか。まあ法的には、いただけでも参与したことになるんだがな。踏みつけにされた上、こんな濃厚な電波浴びるよう強要されるなんてほんとに因果なやつだ」

「吉竹みたいにつけ込んでやろうって思ってるなら逐一聞く気にもなるでしょうけど、何にもないんじゃきついわ。どう考えても精神すり減るわよ」

 自分なりに想像してみたのか、サツキが耳と尻尾をげんなりさせながら言う。

「ええ、もう苦痛も苦痛だったと言っていましたね」

 実は今回平沼が自首に至ったのも、この松村の支離滅裂ぶりによるものだった。

「こんなわけの分からない輩に振り回されるのは、もう耐えきれない」

 このことである。

 そうして鬱憤をため思いつめる日々が続いた結果、とうとう平沼は造叛を思い立った。

 そのきっかけは、松村がさして自分のことを警戒していないと気づいたことにある。

 どうも松村は平沼をその気の弱さから大いにあなどっていたようで、裏切りなぞ出来るまいと高をくくって最低限の監視しかしていなかったことが分かって来た。

 吉竹の監視をしているという男にこっそりとかなりの金を渡して訊いたところ、吉竹は複数人で二十四時間体制なのに対し、自分の方は一人か二人でいないこともあるという唖然とするような話を聞かされた。むしろ警察署や交番の周辺を見張らせて、姿を現わさないか妙な行動を取らないかを見張る方が効率がいいと松村本人が言っていたとまでいうのである。

 こんな環境ならある程度察知されず勝手に動き回ることも可能だし、さらには一つ死んだ気になれば自首なぞ簡単に出来てしまうではないか……。

 余りの慢心ぶりにあきれつつも自首を決めた平沼は、いずれ松村たちを道連れにするよすがになればと警察へ情報が漏洩するよう手を回し始めた。

 人体改造事件の証拠を拾ってもらうため、下請業者に金をつかませて廃棄予定のドールの回収をわざと後回しにさせたのである。ごていねいなことに、その隠蔽まで手伝った。

 この作戦が成功し、清掃局経由で連邦警察にドールが押さえられることになったわけである。

 さらに、ヒカリを目立つところに廃棄するように指示したのも平沼だ。

 まさか植月町の街中のごみ集積場という目立ちすぎる場所が選ばれるとは思わなかったようであるが、結果としてそれがいい方にはたらいたと言える。

 こうして見るとかなり大がかりな造叛行為だというのに、よく気づかれなかったものだ。

「……常々用意周到なのかいい加減なのか分からない連中だと思ってたけど、一番上までその調子とはねえ。馬っ鹿じゃないの。まだ裏切ったやつの方が頭いいわ」

 清香が、頭が痛いと言いたげに頬杖をついて言う。

(こんな連中のために、自分は人間をやめる羽目になったのか……)

 そう思うと、怒りよりもただただあきれと脱力だけが襲って来たのだ。

 ブリムが落ちたのを拾おうともしないのに、その気持ちが露骨に表われている。

 それにみながやるせなさそうな目を向けるのを見つつ、シェリルは次に話を移した。

「……次に内乱の具体的な計画ですが、実験が一通り終了した後、長い目で見ながら準備を整えて行くつもりだと言っていたそうです」

「何だそりゃ、ほぼ『予定は未定』と言ってるようなもんじゃないか」

「結局はそういうことですね。実現に恐ろしく困難が伴うことを、本人も一応理解はしてるんでしょう」

「はあ……」

 啓一は、露骨にあきれ果てたという顔をする。

 そこまで理解する頭はあるのに、そもそもなぜこんな計画を実行しようと思ったのだ。

 現実を無視してまで、何が何でも改造人間を作って使役してみたいのか。

 何がそんなに松村を執着させているのか分からないが、

「ここまで来れば逆に大したもの……」

 としか言えぬ。

「吉竹は、別に勝手にしろという態度だったようです。話に具体性がありませんし、そもそも出来ると思う方がおかしいですからね」

 さらに葵が逃げ出すという致命的な事件が起き、公安警察が本格出動したと聞いた吉竹は、

(ああ、とうとうこいつも自滅する時が来たか)

 松村が実行前にたたき潰される姿を想像して、密かに嗤ってすらいた。

 いつでも離れて知らぬふりが出来るよう、場合によっては松村を闇に葬れるよう子飼いの勢力に手を回し始めていたというから、よほど固く確信していたのだろう。

 だが不気味なことに、松村は全く計画を変えようとしなかった。

 これを伝えられた時には、当てが外れた吉竹はおろか平沼まであわて出してしまい、散々やめるように言ったのだが、全部はねつけられてしまったのである。

「どうかしていますよ。どう考えても計画自体が駄目になるのは目に見えているというのに、まるで意に介さないんですから……もうこいつは異常者の類だと」

 そう認識を改めた途端、いきなり松村の語る内乱計画が具体性を帯びて見えて来た。

「あんな輩に、普通の人間の思考が通じるとは思えません。いつかはまるで見当もつきませんが、絶対に動くでしょうね。今のまま続けても無理だと考えたとしても、それならそれでさっさと方法を変えるだけのことです。そうなるともう明日明後日でも決しておかしくありません」

 平沼はこの後、深々とため息をついたという。

「うわ、気味悪い……。いつ牙をむいてもおかしくないなんて冗談じゃないわ」

 サツキが片耳を倒しながら、ぞっとしないという口調で言った。

「あの糞野郎、下衆なだけじゃなくて頭いかれてやがったのか。終わってんな」

 百枝がいまいましげに舌打ちをし、今日何度目か分からぬしかめ面をする。

「まあ、それは私も正直そう思います。……そもそもの話として、武装集団を作るために改造人間を作ろうという発想自体が、既に異常なんですよ」

「……ん?そりゃ人体改造自体が異常なんだから、何したって異常に決まってるじゃないか」

 啓一が不思議そうに言うのに、シェリルは少し眉にしわを寄せた。

「私が言いたいのは、そういうことじゃありません。人を意のままに操って悪事をさせるのなら、別に改造しなくても精神操作で何とかなるんです」

「あッ、そういうことか。この世界では、そういう技術もかなり発達してるんだな」

「ええ。やり方次第では、ほぼ恒久的に効かせることすら可能ですよ」

「それって効果だけ見れば、ほとんど脳改造と変わらなくないか……?」

「変わらないどころか、ほぼ同一ですね。さらに躰の方も人間離れした運動能力や耐久性をもたらす薬物や、高機能ながら目立たない武装品がごろごろあるんです。それを使えば大体の犯罪は出来てしまいます」

「おいおい……そうなると人体改造なんかする意味ないじゃないかよ」

「その通りです。この方がはるかに手間がかかりませんし、露見してもまず死刑になることもないんですから、犯罪者にしてみれば使わない道理はありません。それをわざわざ即極刑条項のある人体改造の方に行くとは、虎の尾を踏みに行くも同然ですよ」

 シェリルは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめてみせる。

「現に人体改造犯罪の多くは、特殊な嗜好を持つ人物の欲望を満たす目的で起こされているんです。例えば女性型サイボーグを病的に愛好する人物から依頼を受けて、狙った女性を拉致し改造するとか。即極刑条項が多すぎて『連邦一物騒な法律』という二つ名を奉られた法律を破ろうってんですから、犯罪者側もよほどの事情がないとやりませんよ」

「………」

 何やら考え込むような顔となった啓一をよそに、シェリルはひとつため息をついて手を滑らせ、眼の前の空中ディスプレイを脇に追いやった。

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