十六 造叛(三)
それから二時間ほど後。
もはやなじみとなった一同を、ヤシロ宅に見出すことが出来る。
ただし今回は、少しだけ顔ぶれが異なっていた。
「あの、私も来てよかったんでしょうか……?」
いつもは神明社を守る立場だからと配慮して外されていた瑞香が、今回は呼び出されている。
「いいんだよ、中心部ががちで危ねえんだからな。お前さんが来ないでどうするってんだ」
百枝が、乱雑にはねた髪をわさわさとかきながら答えた。
「しかし、意外にもほどがあるな。まさか幹部から足抜けするのが出るとは……」
「末端のやつならまだ分かるけど、どういう風の吹き回しなのかしらね」
啓一とサツキがそんなことを言っていると、シェリルが部屋に入って来た。
「すみません、お呼びしながら遅れて」
いつもは空で話すシェリルが、珍しく何やら空中ディスプレイを何画面も出している。
「とにかく急展開の上に情報量が多すぎて、こちらも整理に一苦労ですよ。お話し出来る状態に持って行くだけでもこのざまです。……とと、話に入りましょうか」
あの後……。
警察署へ移送され改めて自首を認められた平沼は、そのままシェリルたち連邦警察の刑事により取り調べを受けることになった。
「供述によると、幹部は松村・吉竹・平沼の三名です。この他に松村の直属の配下として役員が九人おり、さらに外部にも何人もいるとのことでした」
「あの三人のさらに下に
「恐らくはそうです。会社の規模からして、それ以上役員を置いてるとは思えませんし」
指揮系統は幹部が計画を立てて、松村が配下たちに指示を出すという形であるという。
この役員たちは松村が取締役になる前から周囲にいて支えて来た者たちで、完全な
役員以外の配下については、その素性や人数を知る者は松村だけだ。反社会的勢力の構成員で松村に協力して来た者をはじめとして、闇社会の人間が多数いるものと推測されるが、かなり深くまで調べないと全体像をつかめそうにもない。
もっとも出世から何から反社会的勢力頼みの男であるため、警察側としてもこの辺りは織り込み済みで、かねてから目星をつけていた者の身辺に探りを入れるつもりとのことだった。
「ここで注目したいのが、幹部三人の力関係についてです。とにかく偏りがひどいんですよ」
この三人のうち首謀者は松村であり、他の二人は共謀者である。
ただし松村は、単なる首魁とは言えないほどに強大な力を振るっていた。そのありさまたるやまるで独裁者で、吉竹と平沼は共謀者と言いながら逆らうことをほぼ許されない状態だったという。
吉竹は自分の手の及ぶ範囲で反社会的勢力の取りまとめを行い、利益供与を受ける立場だった。
謀議にも参与を認められて意見を述べたりもしているが、気まぐれにしか話を聞いてもらえず、ちょっとでも松村の気に入らないことを言おうものならぼこぼこに凹まされていたという。
もっともこれはすきあらば話を自分に都合のよい方向、もっと言えば松村たちに責任を押しつけて逃げる方向に導こうとしたがるためだったらしく、ある意味自業自得であった。
どうやらはなから松村の計画に本気で乗る気はなく、うまいこと調子づかせて自滅させ、権力の座から蹴落としてしまおうという肚で動いているらしい。松村はまだ気づいていないようなのだが、こんな芸のないやり方ではいつ露見するか知れぬ。
しかし謀議においてそれなりに発言力を持たされ、計画の全貌も聞かされていることから、松村も煙たがりつつ一定の価値を認めていると言える。
平沼は会社の名義貸しと、それによる利益供与を受ける立場にあった。
隠れ蓑を提供するという大事な役目にある人物であり、いわば影の立役者である。
だが謀議へは必要な時にしか呼ばれない上に発言力もないに等しく、置いてけぼりにされて勝手に話を進められることがほとんどだった。
情報だけはそれなりの量が与えられていたが、共謀者としての体裁を整えるためにほとんどお情けでもらっていたようなもので、深い詳細は訊いても教えてもらえなかったという。
「えッ、そんな歪んだ関係だったんですか!?不自然だとは思いましたが、そこまでとは……」
エリナが驚いた声で言った。ヒカリの記憶から動画出力を行った身として、あの様子にやはり引っかかるものを覚えていたようである。
「私も同感です。どう見ても対等ではないだろうとは思いましたが、ほとんど松村一人で引っ張っているようなありさまとまでは思いませんでしたよ」
シェリルはそう言いつつ、顔をしかめて首を振ってみせた。
「結局のところ平沼はあの三人でも一番の下っ端、いわば下働きみたいなものということですか」
「そうですね。関与の度合から考えても、これは裏づけられています」
拉致にはそもそも一切関与しておらず、人体改造実験や内乱計画でも会社の名義貸しとついでとばかりに形だけ謀議へ参与と、他の二人と段違いの小ささである。
「何をどうしようが共犯だ一蓮托生だと言われて、無理矢理引きずり回されていたようですね。平沼本人としては実に不本意で、本当は二人に会うのすら嫌で仕方なかったとのことです」
どうもこの発言からするに、平沼は積極的にこの計画へ参加したわけではないようだ。
そこを問うてみると、平沼は、
「松村にずっと脅され続けていたんです」
悔しさをにじませながらそう供述したのである。
「おい、脅迫されてたのかよ。元々同じ会社の役員だったわけだし、縁で流されて手伝ってるうちに足抜け出来なくなったとか、そんなくちじゃないかと思ったんだが。気も弱そうだったしさ」
「そもそもこの二人、どういう関係なの?」
これは、啓一とサツキであった。
てっきり同じ穴のむじなと思っていたところで脅迫と来たのだから、さすがに訊かずにはおれぬ。
「はっきり言いますが、元は敵同士です」
「敵だって……!?個人としてか?それとも社員としてか?」
「後者です。一新興国産業は、何かと派閥争いが絶えない会社でしてね。平沼はその中でも、松村と初めて真正面から敵対した派閥の頭目でした」
平沼の率いていた派閥・平沼派は、吉竹の無軌道な経営に対し不満や不安を抱いた管理職たちが自然に集まり、役員の中でも比較的穏健な平沼を推戴して作った派閥である。
吉竹は平沼の気の弱さや組織の脆弱さをあなどって放置の姿勢を見せたが、その直後実権を握った松村は徹底排除に乗り出した。
平沼派に与したと見れば平社員でも容赦なく左遷するなどして粛清し、派閥の領袖であった役員たちを自ら辞任させるまでに追い込む。
とどめに平沼も、株主に手を回し株主総会で解任するという方法で失脚させた。これにより平沼は役員から転落してしまい、ただの管理職になってしまったのである。
しかもそれ以降も松村は追撃の手を緩めず、降格や左遷を重ねて退職まで追いつめる作戦に出た。
平沼は本社にいる分には何とか耐えたが、本社移転に伴う組織再編のどさくさに支社へ転勤の話が出たところでついに白旗を上げ、会社を去ったのである。
「こういうことがあったわけですから、単なる敵を通り越して相当な遺恨があるはずなんですよ。手を組むなぞ、普通に考えれば絶対に有り得ないでしょう」
平沼としても、こんないまいましい男に金輪際関わりたいなぞと思わなかったはずだ。
だがその年の秋、平沼がホソエ技研に請われて社長に就任した時、松村が突如として堂々と連絡を寄越し接近して来たのである。それも大昔に参考図面を提供したという話を今になって持ち出し、両社の縁を主張しながらのことであった。
「飛び上がるほど驚きました。しかし、私の認識も甘かったといえば甘かったのでしょう。あの男の粘着質な性格を考えれば、どんな些細なことでも探し出して利用してもおかしくなかったのですから……」
松村の行動に平沼は意図を読みかねたものの、やはり元は不倶戴天の敵ということでとっさに自分と自社に対して害をなすものと思って警戒したという。
ところが松村は和解を申し出た挙句、ホソエ技研への図面提供を積極的に行い、場合によっては技術もある程度提供することを約定すると言って来た。余りにも想定外の展開である。
「ですがそれは、絶対に裏がありますよね?あんな陰湿なことをしておいて、舌の根も乾かぬうちに笑顔で仲直りしようと言い出すなど破廉恥極まること、何か企んでいるとしか……」
「瑞香さんに同じくです。肚に一物あるっていうんでしょうか、そういう大人っていっぱいいますよね?」
「その通りです。果たして松村は見返りを求め、非常に身勝手な条件を押しつけて来ました」
瑞香と葵の問いに、シェリルは意を得たりとばかりに言った。
提示された条件は、以下のようなものだ。
「当方が行う試作品の開発・実験に対し技術を提供すること」
「試作品を販売する場合は基本『ホソエ技研』名義とすること」
一つ目はまだともかくとして、二つ目は明らかに名義貸しを迫っている。
おのれの名義をみだりに貸すことが身の破滅につながりかねない危険行為であり、場合によっては犯罪にすらなり得ることは、いやしくも社会人ならば誰でも知っていることだ。
いわんや会社をや。しかも縁と言い張るにも薄すぎる縁しかない会社相手に、いきなり何でそんなものを貸せるというのだ。
「業種の関係上、『一新興国産業』名義では販売出来ない可能性が高いので」
松村はそうとだけ説明し代償として金銭的な供与を約束したが、自分も会社も危険にさらしかねない行為だけに金で終わりにされてはたまったものではない。
納得が行かず食い下がって詳しい話を聞き出そうとしたものの、松村ははぐらかして一切答えなかった。
「うわあ……ほしいのは名義だけで、お前や会社本体はおまけだと暗に言ってるようなもんじゃないか。さらにおまけなんだから詳しく知る必要はない、黙って言う通りやってろってか」
啓一の言う通り、松村が欲しているのはあくまで「ホソエ技研」の名義であって、平沼や会社本体はそれに実体を持たせるために存在しさえしていればいいという思考なのは明らかである。これで黙々と言うことを聞いていろとは、まさに
しかも名義を使われているということは、何かあった時にとかげの尻尾切りに遭う可能性が高いことくらい容易に知れるのだから、こちらとしてはたまったものではない。
だが、平沼はこの条件を飲んでしまった。
応じねば株を買い占めて会社を乗っ取り、新しい社長を送り込んで人事に介入すると恫喝されたのである。もちろん、お家芸の反社会的勢力の協力つきでだ。
「まるで、会社を人質にされたようなものです。私一人で済めばいいですが、役員やら下の管理職やらにまで手を出されるかも知れないと思うと、抗う選択肢なぞ最初からなかったんですよ」
実は平沼は、かなり部下を大切にする性格である。それを知っていた松村は、そこにつけ込んで首を横に振れないようにしてしまったわけだ。
「えぐいな……しかしそこまでしときながら、人を寄越せだの工場を貸せだのとよく言わなかったもんだ。どうせ脅してんだから、徹底的に利用してやろうと思わんもんかね」
啓一が言うことももっともである。そうすれば計画の遂行はもちろん、いざという時の罪のなすりつけまでそう労せずして出来るのだから都合がいいはずだ。
「何と言っても元は敵だったわけですからね。下手に無茶な要求をして心証を悪くされては、計画に差し支えると思ったんでしょう。それに気の弱い人物が爆発すると何をするか分かりませんし、そのガス抜きをするためにがっつかない方がいいとも……」
「心証なんてこれ以上悪くなりようがないのに、寝言言うなって感じだな。しかもガス抜きまで結局失敗したんだから世話ないだろに」
馬鹿かと言わんとばかりに、啓一は鼻で一つ嗤ってみせる。
それに軽く苦笑すると、シェリルは話を戻した。
「ここで注目すべき点が、平沼はあくまで『試作品の開発・実験』としか知らされていなかったということです。具体的に何をするのかは、一切言われてなかったんですね」
「それが、実は人体改造実験だった、と。一応『試作品』を『開発・実験』したわけだから、嘘はついてないってやつか……どこまでもこすいな」
松村の狡猾さに、改めて啓一があきれる。生き馬の眼を抜くような輩がごろごろしている闇社会と渡り合って来ただけのことはあるなぞと言うと、さすがに大げさにすぎようか。
「たばかられた、というのが正直な気持ちでしたね。まさか開発や実験の内容が、人体改造実験だったなんて。提供した技術が、知らないうちに悪用されていたんですよ……。しかもそんな恐ろしいことをしたという事実を、私や我が社のせいにすることも出来る。最悪最低でした」
平沼はそう言って、顔を覆ったという。
そしてさらに松村は、平沼に計画の謀議に出ることを要求した。当然、断れるわけもない。
やむなく自発的に発言せず当たりさわりのない返事をして乗り切ろうとしたが、松村にいきなり意地の悪い質問や返事に困る話を投げられてはしどろもどろとなることも少なくなかった。
当然わざとで、松村はおたつく平沼を見ながら悦に入ってにやにや笑っていたとか……。
「どれだけ性格悪いんですか?うちの父くらいの歳なんでしょうに、そんな小学生のいじめみたいなことするなんて幼稚にもほどがありますよ」
「まあ、いじめだな。……覚えておきな、こういう糞みたいな大人になったらおしまいだぜ」
露骨に不快の念を示す葵に、百枝が教え諭すように言った。
「そのような
平沼によると、拉致を行ったのは松村や吉竹の背後にいる反社会的勢力の構成員たちである。
主導は松村で、吉竹に団体の取りまとめを手伝ってもらった上で両者の背後にいる複数の団体に金を握らせ、国内各地で拉致実行部隊を結成させていた。
だがその実態は、実にお粗末なものだったという。
「誰を拉致するかは、全て現場に一任していたと言っていました。基準さえ守ればとりあえずいいということにしていたと」
こうして丸投げした結果、だんだんと仕事が粗雑になり失敗も次々と増えて行った。ひどい時には、目撃者をなりゆきで拉致するなどの衝動的な行動に出たことも少なくない。
しまいには新星の実行部隊が失敗を取り戻そうとした結果、よりによって
これを知った松村が、直ちに計画を打ち切ったのは言うまでもないだろう。
「なりゆきで拉致って……それ私じゃないの、明らかに。他にもいるのかしらね、その分じゃ」
「筋違橋での拉致未遂、あれでやめたのか。じゃあシェリルと橋の上で会った日には、一連の犯行はもう終わってたんだな」
清香と啓一が口々に言った。清香なぞはただでさえ巻き添えと分かっているために、こめかみに手をやって渋い顔となっている。
「それで、
「そうです。ただ場所については、例によって知らされていないと……」
「やっぱりな。……で、拉致した理由は?」
期待していなかったという顔をした後、啓一が問うた。
「被験者をなるたけ多く確保するためだそうです。改造時に大量に機能を盛り込むことを目標にしているため、それなりの適性がないといけないというんですよ。そうなると内部調達だけでは足りなくなる可能性が高いので、外からも連れて来ようと考えたと」
「うわ、嫌なところで大当たりだ。そうじゃないかみたいな話をヤシロさんとしてたんだわ」
シェリルがその言葉にちらりと眼を向けると、ジェイは軽くうなずいてみせる。
「全員女性なのは、何か理由があるのか?」
「それについては松村が一貫して口を閉ざしていたので、平沼も吉竹も知らないそうです。ただし一回だけ吉竹がしつこく訊いたところ、逆上しながら『そんなにむさい男が好きですか』と返して来たとか。もしこれが本音なら、単なる個人的な好みということになるかも知れませんね」
「うわ、絶対下半身でもの考えてやがるだろ。英田さんの扱いといい葵への仕打ちといい……全員木に縛りつけて金玉蹴り潰したろか」
百枝が顔をぎりっとしかめ、吐き棄てるように言った。
「ま、まあ、これはあくまで推測ですから」
過激な百枝の発言に引き気味となりつつも、シェリルはいくつか浮いていた空中ディスプレイを器用にあれこれといじり、次へと話を進めた。
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