十六 造叛(五)
「話が大きくずれましたね。こうして平沼から内乱計画の概要を引き出せたわけですが、その供述に非常に気になる点が一つありました」
それは「松村が方法を変えてすぐにでも動く」という言葉だ、とシェリルは続ける。
「これからするに、松村は改造人間による計画が実行出来ない場合、代替となる存在で蜂起するつもりと推測されます。しかも『明日明後日にも』とまで言うからには、既に予備がかなりしっかりと行われていると考えるのが自然でしょう」
ここで、啓一の脳裡にある二文字が浮かんだ。
「ということは、やはり代替として私兵を蓄えてるってことでいいのか?」
「そういうことです。さっそくその観点から追及してみたところ、果たして供述が取れましたよ」
シェリルの言葉に、啓一含め一同が色めき立つ。
今まで影がちらつくばかりだっただけに、今回実態が明らかになるのではないかと期待されていたのだ。
「落ち着いてください。何度も言いますが、平沼に与えられた情報は限られています。これで全貌解明とは行かないでしょう。今、総出で捜査に入っています」
「……まあ、だろうな」
ここでシェリルは今まで見ていた空中ディスプレイを最小化し、残ったものを中央に持って来てせわしなくあれこれと操作し始める。
「これに関しては、白書をはじめいろいろな資料を出しながらお話ししますね」
五分ほどかけて整列させたところで、ようやく話に入った。
「まず、規模なんですが……心して聞いてください。約五千人です」
シェリルの口から飛び出したとんでもない数字に、
「……は?今何人って言った?」
啓一が唖然となって反問する。
「ですから、約五千人です」
きっぱり言い切られ、たっぷり数分間その場が凍りついた。
そしてややあって、
「げえっ……」
「ええっ……」
誰からともなく悲鳴のような叫び声が上がる。
「ま、待て!それって機動隊はおろか、自衛隊とも充分ため張れる数じゃないか!」
「その通りです、これはもう立派な武装勢力ですよ」
珍しくシェリルが冷汗を流したまま顔を凍らせ、眼だけこちらに向けて言った。
「……そんな人数、どうやって集めたんだよ。反社だってそんないないだろ」
「まさにその通りでして、全国の暴力団構成員の半分近くに相当します。腰巾着の準構成員や破落戸まで含めても、四分の一は集めないとこの数にはなりません。到底無理な話ですよ」
警察白書や犯罪白書の一部を全員の空中ディスプレイに映し、数字を強調しながら語る。
「それに、質の問題があるでしょう。数ばかりいてもお話になりませんよ」
軍事行動を取る以上、その組織や構成員には一定水準以上の理性や合理性が要求される。
その存在からして情実で成り立っている暴力団なぞまるでお話にならないし、破落戸に至っては組織化されていない、またすることも難しいので論外だ。
「まあ、そりゃそうだ。あんなとりあえずぶん殴って怖がらせときゃ済むと思ってるような頭の連中に、『軍事行動』なんて高等なこと出来るわけねえよな」
たびたびこの手の輩と戦っているだけに、百枝の言葉には妙な説得力があった。
「そうです。それに実際に私兵たちの行動を見ても、『軍隊』としての動きをしていますからね」
平沼が言うには、私兵の一部は普段は警備やボディーガードを行い、拉致事件や人体改造事件では一新興国産業所有の貨物船に乗船して被害者を緑ヶ丘まで密かに輸送するとともに、監禁場所や実験場所への搬送や引き渡しを行うなどしていたようだ。
桜通にいた自称「ボディーガード」については、その整然たる動きをシェリルもジェイも、そしてわずかではあるが啓一も見ている。
また事件での輸送や搬送や引き渡しについては、いやに規律正しく自分たちを運ぶのを清香も葵も耳にしたり目にしたりしているわけだ。
あれを本物の軍事訓練を受けた兵士と考えれば、いろいろと平仄が合う。
「おいおい、あの自称『ボディーガード』がかよ」
「ええ……それっぽいとは思ったけど、そこで本物はないんじゃないの……」
「うわ、本物の兵士に運ばれてたんだ、私……怖い」
本物と聞かされては心穏やかではないらしく、啓一と清香と葵がそれぞれの反応をしてみせた。
いずれにせよ本物の職業軍人か、それに近いだけのことが出来る人間ばかりなのは明らかである。
「ではどこから調達したのかという話ですが、これは二つあります。一つは、地球の元軍人や元兵士です」
「本職だったやつかよ。というより、地球のって……」
「あちらの方が人が絶対的に多いですし、いろんな国がありますでしょう?革命や民主化によって国を追われた軍人や、政府によって掃討されたテロリストの残党、さらには地域紛争などに関わっていた民兵など、居場所を失った戦闘員が山ほどいるわけですよ」
言われて少し調べてみると、つい最近でも軍事政権が政変で崩壊した例やテロ組織が国家権力により潰滅させられた例がいくつも出て来た。
異世界で未来だというのにこんなことが普通にある辺り、人の深い業を感じてならぬ。
シェリルは空中ディスプレイを操作して、今度は公安白書を表示した。
「そこにも書かれている通り、地球で一度違う国に逃亡し、身分や経歴をロンダリングしてからこっちへ来ている者もいます。特に最近は増えているそうで、公安も注意はしていたそうですが」
「そうか、この世界だと宇宙に脱出や亡命っつうのもあるんだよな」
「ええ。地球上にいてくれる分にはいいんですが、うちのようなところに来られると困ります」
天ノ川連邦のような宇宙コロニー国家はそれほど大きくもない上、コロニーが壊れるとそれだけで致命傷になるため、紛争に弱いといううらみがある。
このため公安警察は入国管理局の協力の下、入国者の中にそういった背景を持つ人物がいないかどうかを徹底的に調べているというのだ。
「網にかかれば何やかやと理由をつけて強制送還出来るんですが、どうしてもすり抜けてしまうのがいるわけで……。で、入国したらしたでかたぎの生活なんて出来るわけありませんから、あぶれ者として闇社会に行くことになります。こうなれば……あとは分かりますよね」
平沼も詳しくは知らないがとの前置きつきではあるが、
「闇社会で暴力団のやり方になじめずはぐれている元軍人や元兵士に声をかけて、札束で頬を引っぱたいて引き抜く。部下を連れて亡命したのもいたとかで、それも一緒に引き抜く。この繰り返しで人数を稼いで行ったようです。引き込めたのがよほどうれしかったらしく、『精鋭部隊完成だ』と満面の笑みをたたえてましたよ」
そう供述している。
「そしてもう一つが、極左暴力集団です」
「へっ……!?」
シェリルの口から出た単語に、啓一は固まった。
「いわゆる『過激派』のことですよ。『極左暴力集団』は警察用語ですね」
「それは分かってる。だが何が悲しゅうて、異世界、しかも二百数十年後の世界でそんな単語を聞かにゃあいかんのだい」
「そう言われましても、いるものはいるので」
「うっわあ……」
思い切り嫌そうな顔をする啓一に対し、一同はまるで合点が行かぬという顔でぽかんとしている。
「あの、極左暴力集団とか過激派って……」
サツキがようやく質問するのに、啓一は、
「過激な左翼思想を掲げ、暴力で革命を起こそうとしてる政治結社のことだよ。実際には思想も糞もないようなただのテロ集団だがな」
こめかみに冷汗を流しながら言った。
「テ、テロ集団!?」
そうなのである。
もっともこの世界の状況からすれば、かたぎの生活をしている限り暴力団より出食わす頻度の低い存在と思われるので、刑事であるシェリル以外の者が知らぬのも無理はないと思われた。
「こいつらは昭和三十年代から四十年代にかけて、『革命』を標榜して過激な闘争をしまくったのさ。何度も何度も暴動やテロをやってな。学生運動や市民運動や労働運動といった権力に対抗する社会運動があると、入り込んで来て暴れ回ったりもした」
「………」
「暴れ方もすごいぜ、殴る蹴るなんてもんじゃ済まない。火焔瓶は投げる、爆弾はしかける、ミサイルもどきは撃つ……。それでしまいにゃ『内ゲバ』っつって思想の違う同士で殺し合いだ。無辜の一般人から死人も出る始末で、もう大迷惑なんてもんじゃない。普通の左派政党まで仲間だと思われて、何もしてないのにひどい扱いを受けてて気の毒にもほどがあったよ」
部屋の空気が一気に恐怖に変わって行くのを感じるが、啓一は続ける。
「そのうち取り締まりが厳しくなった上に、世間からも蛇蠍のごとく嫌われるようになったもんだから、表で暴れていられなくなってな。そしたら今度は、労働組合や市民団体にもぐり込んで活動し始めてよ。大学とかにも入り込んで来て、若いのかき集めようとしたりとか……もうやばいにもほどがある連中だ」
「……え、ええと、
シェリルが落ち着けようとするように両の手のひらを前に出し、顔を引きつらせながら訊いた。専門にでもしていない限り、一般人にはおよそここまで詳細に説明出来るような代物ではない。
「いたの。俺の大学に」
「あ、ああ、なるほど……ご愁傷さまです」
「ご愁傷さますぎるぜ。お前な、同じ敷地に連中のダミーサークルあるとか耐えきれんぞ?そこからヘルメットしてマスクで顔隠した怪しげで剣呑な集団がぞろぞろ出て来てみろ、怖いの怖くないのって」
いつもは一人でしゃべり散らすことを自制している啓一が機関銃のごとくまくし立てるのに、一同は驚きを禁じ得なかった。
どうやら啓一、大学時代に不快感と恐怖感を継続的に味わわされたことから、極左暴力集団を骨の髄まで憎んでいるらしい。
「わ、分かりました。それじゃ、確かに詳しくなってしまいますよね……」
「詳しくなりたくなかったけどな。……というよりさ、異世界にいた上に、二百年以上も生き残ってるなんて思いもしなかったぜ。しかも宇宙でだぞ。驚いたなんてもんじゃないわ」
そこで啓一は、ようやく一旦言葉を切り大きく深呼吸をした。
それをある程度落ち着いた証左と見なしたシェリルは、ゆっくりと口を開く。
「……あの、禾津さん。お怒りのほどは分かるんですが、一つ大切なことを忘れてませんか?」
「何がだよ?間違ってないんだろ?」
「確かにそうなんですが、そういうことではなく。ここは二十一世紀の日本ではなく、二十三世紀の外国だということですよ。日本といくらつながりが強くても、天ノ川連邦はあくまで別の国なんです」
「あッ……」
シェリルが諭すように説明するのに、啓一がはっとしたように固まった。
「気づいてもらえましたか。そういう類の存在がいるのは確かですが、何もかもが全て昔と一緒というわけではありませんよ」
啓一が今度こそ完全に落ち着きを取り戻したところで、シェリルは空中ディスプレイをいじって別の公安関係の資料を提示してみせる。
「現在日本やこちらにいる極左暴力集団は、はっきり言いますが元祖の劣化コピーです。元祖を知って憧れた連中が、それらしく作った団体と言えばいいでしょうか」
「おいおい……もしかすると、ただの真似っこ集団だってのか?」
「明け透けに言えばそうです」
「なるほどな……ちょっと頭のいいやつらのごっこ遊びみたいなもんか」
シェリルの説明に、啓一は頬杖をつきながら難しい顔となる。
「ただ真似っことはいえ、元が元だけに非常に危険なのには変わりありません。政治思想で固まっているのも、国家転覆を企むテロ集団なのも一緒です。また集団同士で反目し合って、内ゲバを起こしかねないほど険悪な仲にあることも同じです。劣化コピーのくせに、そういうところはしっかり一緒なんですよね」
「俺としてはそういう行動自体が変わらない以上、憎たらしいのには変わりないがな」
「ま、まあそういうことを理解していただいた上で、いろいろ話を聞いてもらえればと……」
啓一の眼つきがまた変わり始めたのを見て、シェリルは大あわてで話をまとめた。
さっきの様子からして、このままだとまた大暴走が始まるのは目に見えている。
「ともかくこの極左暴力集団を籠絡し、大量に取り込むことで数を増やしているわけです」
「テロ集団ね……しかも反政府組織でしょ、実質的な。確かに相性は抜群よね」
立ち直ったサツキが、納得したように言った。
「でも今話を聞いた限りだと、一応政治思想で動いてるって建前なんですよね。たとえ最終目的は一緒でも、松村みたいに意味不明な理由を掲げる輩にそう簡単に協力するでしょうか?自分たちのめっきははがれるわ、一網打尽のリスクはあるわでいいことがないと思うんですが」
エリナが、いかにも分からないとばかりに首をかしげながら問うた。
「それともう一つだ。複数の団体を引き入れないと、この数は稼げないんじゃないのか?今でも内ゲバしそうなくらい対立してるのに、どうやって共闘させるんだよ」
さっきの説明からすれば、ここの極左暴力集団も内ゲバで殺し合いくらいは平気でするだろう。啓一にしてみれば、こちらの方がむしろ疑問だった。
「それは私も思いましてね。平沼に訊いたところ、松村の配下の一人がそちらとつながりを持っていて全て手配したんだとか。金で釣ったり武器の提供や補給を約束したりするだけでなく、指導者の間に立っていかにも共闘がいいことであるかのように口先でうまく丸め込むなどしたんだそうです」
「おいおい、そんなんで簡単に共闘が実現するのかよ。やっぱり劣化コピーだな」
こんなことは、我々の世界の極左暴力集団では有り得ないはずだ。この行動だけ見れば、暴力団や破落戸集団とほとんど変わりがない。
「でも松村はこれだけでは信用が出来なかったらしく、ここに仕掛けを入れろと言ったそうです」
そう言うと、何とシェリルは頭を指差してみせる。
「おい待て。それって、脳改造……」
「本人はそのつもりだったようですね。ロボトミーしろの機械埋め込めのと盛んに主張したとか。さすがにやりすぎだし必要もないと周囲が必死に止めて、実現には至りませんでしたが」
「うっへえ……」
斜め上かつえぐすぎる発想に、啓一は露骨に顔を歪めた。
「ちょっと待ってよ……普通、そこでそういう発想になる?」
耳の間を両手でぎゅっと押さえながら、サツキが嫌そうな表情で言う。
「まあ、ならないですよねえ。他にも手段はいくらでもあるのに、何で意地でも人体改造に持ち込もうとするのかと……全く理解出来ませんよ」
「もはや理解出来たら人として負けってやつだな、これは」
あきれ果てるシェリルに、啓一が頭が痛そうに答えた。
「進めますね。次にこれだけの人員を、どうやって街に入れたのかということがあります。平沼によると、時間をかけつつもかなり真正面切って入れて来ているようです。さすがに幹部級となると隠れて入って来ているようですが、その他の雑魚は堂々とやって来ているとか」
「あー、そりゃ末端の構成員なんか一瞥じゃ分からんよな。それにここの場合いかがわしい輩が常に出入りしてるから、余計に埋もれて分からんだろう」
「そういうことですね。職務質問で見つけようにも、やり始めたらそれこそ全員にしないといけなくなりますから……。警察の仕事が麻痺しますよ」
「それでなくとも、職務質問って嫌がられるからな」
啓一が肩をすくめるのに、シェリルは肩をすくめ返して話を続けた。
「さらに入れたからには、どこにどうやって置いておくのかという問題もあります。自分たちの手中で保護するにしても、軍人や兵士たちだけで手一杯のようですしね」
「やっぱり、街のあちこちに潜伏しているんでしょうか?」
これはエリナである。
「そうです。やくざ破落戸の中にまぎれて暮らしている者もかなりいるでしょうし、定番ではありますがどこかにアジトを作っていたりするのではないかと見られています」
そこでシェリルはにわかに苦い顔となると、
「……それだけならよかったんですが、よりによってとんでもない場所を選ばれましてね」
こめかみに手をやりながら思い切り眉をしかめた。
「『龍骨』に入り込んでいるというんですよ」
「えっ……!?」
シェリルの言葉に、啓一を除く全員が眼をむく。
「『龍骨』?あの船の龍骨か?何でそんなもんが……」
啓一がわけが分からないとばかりに戸惑っていると、
「宇宙コロニー下部の骨格のことですよ」
シェリルがそう説明した。
この世界の宇宙コロニーが、重力制禦の発達によってある程度まで自由な形を取ることが出来るようになったのは先述した通りである。
このため建造も簡素化しており、下部を骨格を組んでからパネルをはめて組み上げ、その上に透明な蓋を乗せるという方法が一般的だ。
この手法をいつしか造船にたとえ、コロニー下部の骨格を「龍骨」と呼ぶようになったのである。
「龍骨は普通太い金属棒ですが、一部は均衡を取るためわざと中空にしてあるんです。出入口は複数、内部も迷路のように複雑、複数層になっていて簡単に行き来が出来ないと、潜伏するには格好の場所ですよ」
シェリルがたらりと汗を流しながら言うのに、
「ちょっと待て、そんなところにどうやって入ったってんだよ……!?」
啓一が思わず声を震わせた。
「それが、こちらにも分からないんですよ。平沼を締め上げても、自分はそう聞いただけだと」
「案の定か……!というよりだ、そもそもほいほい入れるようになってんのがおかしいだろ!?」
舌打ちをして問いつめるように言う啓一の後ろから、
「それは違うわ、本来なら入れないようにしてあるはずなのよ。きちんと出入口に光線欺瞞を使った専用の欺瞞装置が置かれていて、市によって管理されているんだから。かなり高性能だから、破るとなると半端じゃない知識と技術が必要になるの」
専門家として黙っていられなかったのか、サツキが口を差しはさむ。
「でも、それならどうやってそれを突破したっていうんだよ?」
「私に訊かれても困るわ。市民の安全に関わるだけに機密事項が多いし、装置自体も特注品なのよ。こうしただろうああしただろうなんて、安易に言えるもんじゃないの」
サツキにたしなめるように言われ、啓一はぐっとつまったような顔となった。
確かにすぐに想像がつくようでは、市民の安全も何もあったものではない。
「そ、そうなのか……だが、そんなとこにいるのに悠長にしてていいのか?」
「それは大丈夫です。コロニーのシステムに関わるようなものは一切ない、ただの細長い空間ですから。極めて強靭なので、攻撃しても傷が少しつく程度です」
「……じゃあ、純粋な潜伏場所でしかないってわけか」
「そういうことです。破壊活動の場はあくまで地上の方でしょう」
「ふざけやがって……」
余りの小賢しさに、啓一が憎しみを露わにした声で言った。
「ふざけんなは、あたしたち市民が一番言いたいせりふだ。せっかくみんなで造ったこの街、乗っ取られて好き勝手にされてるだけでも業腹なのに、よく分かんねえ理由で焼土にされるだと?冗談じゃねえ、ここは公園の砂場じゃねえんだ!」
百枝が叫ぶように言い、拳をどんとテーブルにたたきつける。
「もしこれで破壊行為に乗り出されたら、私が守って来たものはどうなってしまうんでしょう。全部灰燼に帰してしまうというのでしょうか……」
瑞香は、顔を覆って泪を流しそうになっていた。
「倉敷さん、林野さん……」
よく考えれば今いる中で建設当時からいる緑ヶ丘市民は、この二人だけである。
だがそこで、百枝があることに気づいた。
「……あれ?オタ猫はどうしたよ?」
これである。宮子もこの場に呼ばれるだけの資格があるはずだ。
「勝山さんには、既にこの辺を話してハッキングに回ってもらっています。龍骨の管理者である市との協力が必要となるので、早ければ早いほどいいと」
「大丈夫なのか、オタ猫一人で?ヤシロさんとかの協力いるんじゃね?」
「展開によってはいるでしょう。ただ、やり方がこの世界のものと全然違いますからね。法律に引っかかる可能性があるので、出来れば最後の切り札にと」
「変なとこでこだわってんじゃねえよ、いつも常識外れのことばっかしてるくせに」
「今回は市にいろいろお願いしたりするので、表立って下手なこと出来ないんです」
「……そ、そうなのか。そっちの事情を知らない相手じゃなあ」
シェリルの珍しい言いわけに、百枝が微妙な表情を浮かべる。
あれだけ自由なシェリルも、さすがに外と連携する時は目を気にするようだ。
もっとも、いつもが気にしなさすぎではないかという気がするのだが……。
「つか市も何をやってんだ、何を。セキュリティどうなってんだっての」
百枝の文句は尽きないが、このままこれを聞き続けていると話が進まぬ。
「それで、一体どうすりゃいいんだよ?」
「大量の事実が一気に押し寄せて来ましたからね……これからの調査次第、というところでしょうか。平沼の裏切りに対して、どう松村が動くかも分かりませんし」
啓一の疑問に、シェリルが慎重な声で言った。
言われてみれば、松村がどう出るかは判断の難しいところである。
そもそもが非現実的で具体性のない話にこだわりながら一方で現実的で具体的な手段を整えているという、矛盾した思考や行動を平気で取っているような男なのだ。
これでは平沼の自首に対する対応もどうなるのか予測のつけようがないし、さらにはこれから先どのように計画を進めようとするのかも見えて来ない。
こんな状況で変にことを急ぐと、思わぬ失策をやらかしかねないのは明らかだ。
それに宮子や市の調査の進捗次第では、潜伏している私兵どもをたたき蜂起を未然に防ぐことも可能になる。そちらからの解決の可能性もある以上、なお急いではならぬ。
そう考えると下手に相手を刺戟しないように、余り大きく動くことは控えた方がいいだろう。
「ともかく、しばらくは通常の暮らしをしてください。何かありましたら……」
そう言って、シェリルが場をまとめようとした時だった。
途中から黙り込んでいたジェイがにわかに口を開き、
「……軽い!」
鋭く叫ぶように言ったものである。
突然のことにぎょっとして振り向くと、音がしそうなほど切歯するジェイの姿があった。
「突然申しわけありません。もう話を聞いていて腹が立って腹が立って……」
呆然とする一同をよそに、ジェイはなおも顔をしかめたまま続ける。
「軽すぎるんですよ、やつは……!改造人間を作るということが、そしてそれを走狗として社会に害をなすということがどれだけ陰惨なものか、微塵も分かっちゃいないんです」
歯のすき間から絞り出すように言うと、ジェイは一つ首を振った。
「考えてみてください。いくらこちらに敵意を向けて来ようと、その人物は人体改造の被害者なんです。でもこちらとしては仇なすとあれば戦わなければいけないし、最悪の場合殺してしまわなければなりません。……一体全体何が悲しくて、本来なら保護すべき被害者にそんな非道な真似をしなけりゃならないんですか」
この言葉に、一同がはっとしたような顔になる。
「しかも自分の仲間が改造されて襲って来た日には、もう目も当てられません。本当なら戦う必要なんかなかったはずの相手なんですから。それでもやはり戦った上、場合によっては殺さなきゃいけないんです。筆舌に尽くしがたい苦しみと悲しみですよ」
ジェイがいた世界では、改造された市民が使役されて破壊活動などの兇悪犯罪を行い、被害者との戦いの末に殺されるという光景なぞ日常茶飯事だった。
被害者たちは自分たちに害をなした悪を倒したと言うが、そうして倒された「悪」が人体改造の被害者だという事実も厳然としてあるのである。
被害者が被害者を生み互いに戦い合い殺し合う、これが陰惨でなくて何だというのだ。
「『人』そのものの否定なんです、改造人間に人々を襲わしめるということが。いやそれ以前に、おのれの手駒とするために人体改造を行うこと自体が。だのに、軽い、万事が軽い!」
「………」
「やつは自分の行為がこんな惨劇をもたらす代物だということを、考えたことも想像したこともないんでしょう。そうでなければあんな空想の具現化でもするような、子供のごっこ遊びの延長ののりで手を染められるわけがありません」
「………」
「もう脳味噌の中身からして、この世界の人たちとまるで違っているとしか思えません……まるで
ジェイはついに顔を覆い、やりきれないと言いたげに首を振る。
「マスター……」
エリナがそっと手をやるのを、一同は沈痛な面持ちで見やった。
誰も何も言えぬまま、重苦しい空気が部屋に漂う。
その沈黙を不意に破ったのは、啓一であった。
「……そうか、『エイリアン』か。有り得るな」
いきなりとんでもない言葉が飛び出したのに、
「お、おい、待ってくれよ。それはもののたとえだっての」
ジェイが何を言うのかとあわてる。
「いやいや、そういう意味じゃなくてな。……シェリル、ちょっといいか?」
それにひらひらと手を振ると、啓一はシェリルに声をかけた。
「……え、あ、何ですか?」
「確認したいんだが、松村の経歴ってどれだけ調べ上げてるんだ?」
「かなり深くまで洗い出してありますが……」
唐突な問いに、シェリルが不思議そうな顔をしつつも答えた時である。
啓一が一つ息を深く吸い込むや、
「じゃあ訊くが、松村ってかなり特殊な経歴の持ち主だろ?もっと直接的に言うと生まれた世界が違う……つまり転移者とか」
真剣な声でそう訊ねたものだ。
「えッ……!」
シェリルは一瞬息を飲み、そう叫んで両手で口を覆った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます