十六 造叛(一)

 ヒカリの死は、捜査本部のみならず連邦警察や市警全体にも衝撃をもたらした。

 初めて死者が出てしまったというのもあるが、問題はそればかりではない。

 このことによって、捜査に大きな影響が出ることが確実になったからだ。

 現在連邦警察をはじめとする警察の方針は、

「人体改造事件についてはしばらく伏せる」

 ということで一致している。

 このような方針となったのには、まず事件そのものがかなり異常であるということがあった。

 そもそも数ある人体改造事件の中でも、これほどまで大々的に一般市民を無差別拉致した上に実際に改造した例なぞ、そうそうあるものではない。

 そんな事件をおいそれと一気に発表したらどうなるかは、火を見るより明らかだ。市民どころか社会全体が大混乱を起こし、捜査どころではなくなりかねない。

 特に緑ヶ丘に大激震を与えるのは絶対に避けねばならぬ。捜査拠点で捜査が出来ないような事態になっては、解決するものも解決しなくなる。

 またそれだけでなくこの事件の性質上、別口からも解決が大きく遠のく可能性が予測された。

 黒幕と目される一新興国産業には今回の拉致改造事件を実行したばかりでなく、密かに私兵を蓄えているという疑惑が持ち上がっている。もしこれが内乱計画の下準備だとすると、伏魔殿の下で魔王が飛び出さんと爪を研いでいるような油断ならぬ状況だということになるのだ。

 このように裏に何があるか分からない状態で、下手に全てを明かすとどうなるか。相手は計画の発覚を恐れて証拠湮滅を図るだけでなく、跡形もなく逐電してしまうはずだ。

 その挙句、地下に潜ってしまう可能性すらある。さらに画策しているのが内乱である可能性が高いとなると、むざむざテロリストを作ってしまうことになりかねないわけだ。

 ことを急いて敵を離散させ社会不安の種を増やすくらいなら、しばらく待って敵が集まったままの状態で一網打尽にして髪の毛一本残さぬ方がいい。打算的な考え方だが、こうしなければ恐らくこの事件は根本的な解決を見ることはないだろうと思われるのだ。

 むろん、摘発を遅らせることによる犯罪継続の危険性はないわけではない。

 だが葵という最大の証拠を逃亡させてしまうという手痛いへまを犯した状況では、実験を継続させるばかりでなく表立った行動に出ることすらはばかられるはずだ。

 その一方で、被害者の存在を隠しておかざるを得なくなるといううらみがあるのも事実である。

 今までは被害者の状況から、それが可能であった。

 清香や葵には直接諒解を得て協力してもらえているし、先に改造を受けた被害者は精神崩壊を起こして満足に話が出来ない上に身元不明の状態で、本人には悪い話だが存在を隠すのに都合がいい。

 このようなことから、これまでこの方針をさして大きく問題として来なかったのだ。

 だが今やヒカリの死によって、それが崩れそうになっている。

 彼女の存在を隠すということは、すなわち身元の明らかな被害者の死を隠す行為だ。

 いくら理屈をこねたとて、そんな行為が果たして社会的にも倫理的にも許されるというのか。警察の都合で被害者の死をもてあそんだことになりはしないか、という疑問が吹き出していた。

 だがその死を明かすならば同時に人体改造事件をも明かさねばならず、先ほども述べた通り捜査どころではないほど厄介なことになって後顧の憂いをも残す可能性が高い。

 要するに今まで通り捜査しやすい状態を維持するため人体改造事件を伏せ続けるか、捜査が困難になるリスクを冒して人体改造事件を公開するか、その二択を迫られることになったわけだ。

 むろん、このような懸念が以前からなかったわけではない。今までがたまたま運よくこちらに都合よくことが進んでいるだけなのはみな理解していたため、現在の方法を続けることが難しいような事態に陥ったらどうするのか、という議論はたびたびなされていた。

 それを全体でしっかりと詰めておかずに変に塩漬けにしてあったのが、自業自得とばかりにこちらへはね返って来てしまった形になる。

 翌日捜査本部で新星の連邦警察本部を混じえて行われた緊急会議は、ああでもないこうでもないと話がめぐり大紛糾の体となった。

(小田原評定ですよ、これ……)

 議長であるシェリルがうんざりとしているうちに、次第に結論がまとまり始める。

 結局、ここで出た結論は、

「ヒカリの証言の裏取りの間は伏せておき、捜査の進捗次第でまた考える」

 という、ほぼ先送りと言っていいようなものであった。

 シェリルもこれ以上は無理と考え諒承はしたものの、やはり釈然としない。

 新星にいる特殊捜査課長や同僚たちも同じ思いのようで、何とも言えない表情であった。

 そして、むすりとした顔のまま捜査本部に戻ろうとした時である。

 急に内蔵通信機に入電があった。

「はい、連邦警察の大庭です。……勝山さん?どうかしましたか?」

 そして、次の瞬間。

「……ええッ!?」

 普段めったに聞かぬような大声が、廊下に響き渡ったのだった。

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