十五 朝霧(二)

 エリナが目覚めたのはそれから三十分後、ベッドの上でのことであった。

「システム異常なし、再起動します――あれ、私……?」

「よかった……さしもの私も、今回はあせった。済まない、わきまえるべきだった」

 眼をしばたたくエリナに、ジェイは安心した声で言いつつそう謝る。

 精神的衝撃によって、プログラムがエラーを吐いたようだ。

 これくらいで異常が生じるほどアンドロイドはやわではないが、やはり心配は心配である。

「ごめんなさい、私があんなところできわどい方向へ話を持って行ったから……推しをこんな目に遭わせるなんて、完全にファン失格ね……」

 サツキが耳をへたりと伏せてすっかりしょげ返っているのを、エリナは、

「いえ、いいんです。どのみち、どこかで聞かなければいけなかったことなんですから。私の気が弱かっただけなんです、気にしないでください。マスターも……」

 そう言って一生懸命にとりなした。

「すみません、ヤシロさん。状態を確認させてもらいますね」

 後ろにいた医師が、のっそりと姿を見せる。

「ちょっと眼を見せて、精神感情系プログラムのキャッシュを出してください」

 エリナの眸にコマンドが流れたのを、医師はじっと見ると、

「なるほど……これなら普通にしていても大丈夫でしょう」

 素早く診断を下した。アンドロイド診察の基本らしい。

「ああ、これは……。これなら、寝かしておく必要もないかな?」

 ジェイも眸をのぞいて再確認し、あごをひねった。

「じゃあ、起きてしまいますね。ご迷惑をおかけしました」

「あ、待った……起きるのはいいが、横を見ても驚かないようにな」

「……え?」

 身を起こして横を向いたエリナは、そこで思わず瞠目した。

 何とそこには、暁ヒカリその人が、さまざまな装置につながれて臥せっていたのである。

「……とっさに運べる病室がなかったので。二宮さんと一緒は承知で、ここに運び込みました」

 医師が済まなさそうに言った。

「そういうことなんだよ」

「どうして、ヒカリさんが一般病棟に……」

「本人のたっての希望なので、こうしました。今は小康状態ですので……」

 これは医師であった。

 歯切れの悪い辺り、本来は集中治療室に入れるべきなのだろう。

 本人の希望をそこで優先したということは、つまりは「そういうこと」なのだ。

「これから聞き取りが始まる。今、落ちなかったから大丈夫とは思うが、駄目そうなら言うんだぞ」

 エリナがこくりとうなずいてベッドから立ち上がるのを見ると、シェリルはゆっくりとヒカリの枕許に近づく。

 眼を見開いてベッドで寝ている人形に、アンドロイド用の医療機器、さらにはパソコンやスピーカーなどがついているような状態だ。

 画面は空中ディスプレイなので形はないが、脳波の波形や各種の測定値を示す数字がぷかぷかと空中に浮いているというのは、いささかぞっとしない。

「聞こえますか?」

 シェリルがゆっくりと話しかけると、

『……聞こえています』

 合成音声で返事が返って来た。

「ほんとに、暁ヒカリさんの声だ……」

 サツキが呆然とつぶやく。

 この世界では発声出来なくなった患者のために、元の声を再現する技術があるのだ。

「失礼します。二宮美咲さんでよろしかったですね?連邦警察特殊捜査課所属の警視・大庭シェリルです。お躰の具合の許す限り、お話をお聞かせください」

『はい、分かりました』

「ええと、UniTuberをしている際は『暁ヒカリ』を名乗っていらっしゃったようですが……どちらでお呼びすればよろしいですか?」

『「暁ヒカリ」の方でお願いします。下の「ヒカリ」で構いません。……どうやら、その方が通りがいいようですから』

 シェリルの問いに、ヒカリはためらわず答える。

「まず、発見時から意識が戻るまでの状況についてお話しします。また現在あなたが置かれている状況も事件があった時と大きく変わっており、女性連続失踪事件との関係が確定しています。長くなりますが、必要ですのでお聞きください」

 そう言って、シェリルは説明を開始した。

 前者はともかくとして、後者は話自体が突拍子もない上、各事項の関連性を分かりやすく説明するのに実に骨が折れる。ゆっくりと慎重に説明が進んだ。

『そんなことが……!しかも実験台だったなんて!』

 驚きを通り越し恐怖の混じった声で、ヒカリは言う。

 兇漢に拉致されて改造されたというだけでも有り得ない話なのに、それが人体改造技術を会得し実践するための礎とする目的で行われたものと聞かされて、およそこうならない者はいないはずだ。

「ただし実際には、きちんとした証拠や証言がない部分もかなりあります。そもそも一新興国産業が関わっているというのも、今のところ完全な確証が取れているわけではありません。警察ではあの会社を何をするか分からない兇悪な組織として危険視しています。少しでも早く、出来るだけ証言がほしいんです。お願い出来ますでしょうか」

『……分かりました』

 息を飲む音がし、ヒカリが話し始めた時である。

『私、改造された時の記憶があります。あと、場所も』

 いきなり核心を突く言葉が飛び出したものだ。

 シェリルは全員が色めき立つのを手で制止し、話を続けさせる。

 それによると……。

 ヒカリが意識を取り戻したのは、工場の敷地だったという。

 生まれつき麻酔や睡眠薬が効きづらい体質だったため、改造へ行くまでに眼が覚めたようだ。

 暴れ出したヒカリを、かついで来た男たちは地面の上に置いて無理矢理押さえつけ、躰を様々な方向に回しながら再度締め上げようと悪戦苦闘し始める。

 そしてじれた男の一人によって身を起こされた彼女の眼に、わずかな間だが工場の壁に書かれた文字が飛び込んで来た。

「一新興国産業本社第一工場」

「一新興国産業本社第二工場」

 これである。

 照明に照らされ、堂々とその文字が輝いていたのだ。

「なるほど、とんだ間抜けが見つかりましたね……。そこで見えないように躰でふさぐなり何なりすればよかったものを。それ以前に、道中で目隠しもしていないとはあきれた話です。この程度でやすやすと眼を覚まさないだろう、そんなあちらの慢心が招いた事態と言うべきでしょうね」

 そう言いながら、シェリルはコードを召喚すると、

「記憶から読み取ってみましょうか。改造の際に、固定されている可能性があるので。その方式の装置ならやれますから」

 生体脳をモニタしている装置と自分の手首にある端子をつなぐ。

 ややあって左手の手のひらに、ヒカリが言う通りの風景が写り込んだ画像が出現した。

「この写真、同じ構図の写真がなかったか?ほら、視察報告書に……」

「探しましょう」

 啓一の言葉に、空中ディスプレイに画像を移してから件の報告書を調べてみる。

 すると、果たして『第一および第二工場間の通路より正門』のキャプションがついた、ほぼ同じ構図の写真が出て来たものだ。

「潔白を示すために好きなだけ写真を撮らせたのが、こんなところで逆に自分の首を絞め上げる材料になるなんて……実に皮肉ね」

 サツキが、信じられないという顔で髪をかき上げた。

「前言撤回。どちらかというと馬鹿の方ですね」

 辛辣に言うと、シェリルは話に戻る。

『……とにかくぎちぎちにされたと思ったら、どこかの建物に運ばれて……。ようやく縄をほどかれたかと思ったら、今度は手かせ足かせのついた妙な台に固定されたんです』

 百聞は一見にしかず、と画像に出力してみると、どうやら大の字の金属板に強靭な桎梏しっこくがついた台であるらしい。

 ヒカリ自身は全体がつかめないが、全裸の状態であるようだ。

「これ、動画にして出力出来ないのか?その方が早いんじゃね?刑事殿なら出来んだろ」

「同時はちょっと厳しいかも知れませんね……」

 百枝の言葉にシェリルが盆の窪ををかいていると、エリナが、

「私がやります。生粋ではないですがこれでもアンドロイド、役に立たせてください」

 そう言ってさっとコードを召喚し、シェリルのコードの中間部につなぐ。

 処理能力を思い切り使ったらしいが、無事に手のひらに動画が出現した。

 屈強な男たちに押さえつけられて鉄板にくくりつけられるや、小型クレーンで釣り上げられてそのままあお向けでどこかに置かれる。

 天井が流れているところを見ると、コンベヤの上らしかった。

 全てがヒカリの視点なのでかなり分かりづらいが、音声などからも状況を察することが出来る。

 ところがしばらく進んだところで、急に停止の声がかかり、天井の動きが止まった。

『……体液固定薬品を忘れてたとかで、もう一度引き上げられて液体に入れられたんですよね』

 この言葉に、啓一と百枝を除く全員が同時に叫んだ。

「体液固定薬品!?」

 このことである。

「何だそりゃ……?」

「人や動物の躰を外部から傷つけても、血液などの体液が流れないように固定する薬品です」

 啓一がみなの驚きぶりに眼を丸くしていると、シェリルが説明した。

 体液固定薬品そのものは、通常の手術でも大量の失血が見込まれる場合に使われることがある、きちんとした医薬品なのだという。

 むろん危険であるため扱いは極めて慎重に行われ、溶液の濃度を適切に調整すること、量を最低限に留めること、必ず解除剤を用意しておくことが条件だ。

 そんな代物であるから、当然ながら人一人を全身丸ごと浸漬するなぞ有り得ない。

 そのような無茶苦茶な真似をすれば、ほぼ全身が切っても血も水分も流れない躰になってしまい、解除すら出来なくなってしまうのだ。

「人体改造犯罪のうち、脳以外残さず機械化する場合に多用されるものです。脳に対しては頭蓋骨によって浸透が阻害されるので、ちょうどいいんですよ」

「……その前に溺死したりしないか、これ?」

「下手な輩がやるとほぼやらかしますね。このためらいのなさと手早さは、自分たちの伎倆うでに自信があるからです。常習犯である証拠としても扱えるかも知れませんね、これは……」

 餅は餅屋というべきか、最前線で捜査に当たっているシェリルの言葉は説得力があった。

『しばらくして引き上げられて、またコンベヤで流されて……』

 実際、先には数人の医師や技師らしい人物が、ずらりと並んでいるのが見えたという。

 しかしそこで、ヒカリの意識は一旦途切れた。何かを打ち込むような音がした辺り、高圧注射器で強い麻酔を打ち込んだと思われる。

 この後、待機していた者たちによって流れ作業で改造されて行ったようだ。

 こんなやり方をする意図は不明だが、

「改造人間を量産するラインを構築するための、練習のつもりなのではないか……?」

 というのがジェイの見立てである。

 事実ジェイが元いた世界では、流れ作業の人体改造なぞごく普通のことであった。

 ただし彼によると、このラインは動画を見る限り極めて幼稚なもので、いかにもそれらしいものを想像だけで無理矢理でっち上げたように見えるという。

「私のいた世界の基準で言うのも何ですが、これでは改造人間の量産なぞ夢のまた夢ですよ。ラインを作れば何とかなるというものじゃないんです」

「私もあちらの世界で工場に忍び込んだことがありますが、自動車工場並みの設備のところばかりでした。マスターの言う通り、想像に頼った代物ですね」

 形から入ろうと考えたにしてもお粗末すぎて、「本場」から来た人間からすれば笑止以外の何ものでもないというわけだ。

 話を元に戻そう。

 ヒカリが眼を覚ました時には、既に改造は終了していた。

『……全然躰が動かないし、声を出そうとしても出ない。そうしているうちに、大きな箱に押し込められてしまって』

 シェリルが写真を、エリナが動画を出力してみるが、梱包用と思われる段ボールがせわしなく視界を動くのが映っているだけで、何が何だか分からない。

「ちょっと止めて。これ、『ホソエ技研』って書かれてないかしら」

 獣人の動体視力がものを言ったのか、サツキから待ったがかかった。

「わ、分かりづれえ……」

「補正かけます」

 百枝がうめくのに、とっさにエリナが静止画で出力してフィルタをかけてみると、確かにヒカリを入れようとした箱に「ホソエ技研」の名が書かれている。

 一方「一新興国産業」と書かれている気配がないことから、同社がホソエ技研の名を借りてこの改造行為に及んでいることは明らかであった。

『連れて行かれたのは、どこかのお屋敷で。箱から出された時、主人と他に男性が二人いました』

「他人が見ている前でお披露目と決め込んだわけですか……」

『ええ、どう見てもそうでした』

 このように複数人の前で披露するかのようなやり方で外に出されるというのは、この手の犯罪ではよく見られることである。

 参加者に関しては二つにおおよそ分かれ、その一つが依頼者と製作者などの関係者たち、もう一つが依頼者と同好の士たちだ。基本的に絵画や彫刻の完成披露と同じ感覚と言っていい。

「その三人の関係は、どういうものか分かりましたか?」

『主人が「社長」で、一人は「専務」と呼ばれていました。最後の一人は……知人のようでしたけど分かりません』

 この言葉に、一同は一斉に嫌な予感を覚えた。

 最後の一人はともかく、社長と専務……この事件に関わる、ある二人の人物が思い浮かぶ。

『名前は……「社長」が「吉竹」、「専務」が「松村」、あと一人は「平沼ひらぬま」でした』

「………!!」

 果たして予感のど真ん中を撃ち抜かれ、その場がどよめいた。

 要するに一新興国産業社長の吉竹洋平がヒカリの拉致改造を依頼して自宅まで運ばせ、専務の松村徹也と「平沼」なる人物の前でお披露目としゃれ込んだ可能性があるわけである。

 シェリルとエリナが、大急ぎで写真と動画で出力を試みたところ、それが確信に変わった。

 吉竹と松村の顔は嫌というほど見ているため、すぐにそれと分かる。

 「平沼」は最初何者か分からなかったが、捜査資料を掘り起こしたところ、ホソエ技研社長の平沼良ひらぬまよしの顔と一致した。

「おいおい、親玉とぶんが雁首そろえてやがるじゃねえか……」

「まさかこう来るとは思わなかったわね……」

 啓一とサツキが、心底驚いた風に言う。

 だが、これは逆に言うと好機である。動画が取れた以上、いかなる会話がこの閉鎖空間でなされたかを聞き取ることが出来るはずだ。

 以下、その声から聞き取れた会話を記そう。


 吉竹 ようやく出来たか。……ほう、確かにこれは本人そっくりだな。

 松村 当たり前でしょう、「本人」なんですから。

 吉竹 感謝するよ。……しかし、あんな事件を起こしておいて大丈夫か。

 松村 ああ、ご心配なく。馬鹿どもは、しかるべき場所に流しておきましたよ。

 吉竹 ……そうか。後顧の憂いがなければそれでいい。

 松村 意外と臆病ですね。社長の地位にあるお方が。

 吉竹 勝手……(小声のため聞き取れず、「勝手なことを」カ)

 松村 何か言いましたか。そもそもこのご依頼は私がいなければ達成出来なかったことです。それにその改造も、ですよ。

 吉竹 分かっている、分かっている!

 松村 まあ、平沼さんのご協力もなければ出来なかったので、私だけの功績ではないですが。

 平沼 ……え、ええ、一応。

 松村 何ですか、暗いですよ。もっと胸を張っていいんです。

 平沼 いや、名前を貸した程度では。

 吉竹 それでいばら……る。(小声のため聞き取れず、「それでいばられたら困る」カ)

 松村 じゃあ、さっそく楽しみませんか。使わにゃ損ですよ。

 吉竹 ああ、そうだな。

 松村 ……あと、例の約束も忘れないでください。

 吉竹 分かった……。


 鮮明な音では決してなかったが、書き起こすならこうなるはずだ。

 この場の主役は吉竹のはずであるが、明らかに客人で部下のはずの松村に押されている。

 自信満々で時に恩着せがましく、始終図々しい松村の口調が癇にさわってならぬ。

 一方、平沼は一味でありながらどこか腰が引けており、ほとんどしゃべっていない。

「……証拠が、取れましたね」

 シェリルが、ようやくそれだけ言った。

 依頼者は吉竹、拉致や改造など犯行の総指揮は松村、名義貸しは平沼。

 そして、ヒカリを拉致した犯人は不始末を犯したとして、恐らく始末されている。

 これだけの情報が動画で手に入ったことは、捜査の大きな進展を意味していた。

『それから私は、吉竹になぶられました。あと、松村にも……あ、ああっ』

「無理をしないで……!」

 ヒカリがうめき声をあげるのに、医師がとっさに叫ぶ。

 空中に浮かんだモニタの波線が、烈しく波打っていた。

「……そこの話は、そこの話はしないでください。最初からお訊きするつもりはなかったので」

 同じ女性としてこのようなことを語るのが、どれだけつらいか分からないわけがない。

『はあ、はあ……大丈夫です。最後に、捨てられた時のことを話していいでしょうか』

「分かりました、負担にならない範囲で」

 三ヶ月もの間散々いたぶられたヒカリは、「飽きたから」で廃棄されることになり、物置に入れられて処理のため下請業者の到着を待つばかりとなった。

 そして数日後の夜、業者により運び出されることになったのである。

 証拠湮滅のため、はて刻まれるかはて燃やされるか、絶望に暮れていた時であった。

 いきなり業者の車が止まり、入れられていたビニル袋から引きずり出されたかと思うと、そのままどこかの街中にあるごみ集積場に投棄されてしまったものである。

『え、でした。ごみとして回収されてるのに、行先が町内のごみ捨て場……?』

 確かに面妖極まりない話だ。証拠湮滅の密命を帯びているのに、いきなり行きずりに放り出して行政に処理を押しつけるなぞ、まるで理屈が合わない。

 下請業者の職務怠慢があるとは聞いていたが、これは怠慢というよりもはや奇行の類だ。

「それから何らかの拍子で気を失ったまま俺たちが発見するに至る、か……何なんだ、この状況?」

 啓一が、眉間にしわを寄せて言う。

「突っ込み待ちかって感じだな。下請の頭までいかれてんのか、あそこは?」

 百枝があきれたような声で突っ込むのに、サツキが、

「……実は『待っていた』のかも知れませんね。いや、突っ込みの方ではなく」

 耳をぴん、と立てながら緊張した声で言い出した。

「もしかして、誰かが見つけるのを期待したんじゃ……」

 このことである。

 確かにあのありさまでは、容易に見つかってしまうはずだ。事実一般市民に発見されてしまい、こうして警察沙汰になったではないか……。

「待ってくれ、何でそんなことをする必要があるんだ。あっちにしてみれば、重要な証拠だぞ。実際にこうやって警察の手に入った結果、悪行がこれでもかと暴かれてるわけで」

「まあ、そうなんだけど……そうなんだけど、そう考えないと平仄が合わないじゃない」

「たれこみを企んでるやつでもいると考えないと、到底無理だ。だが、そんな殊勝なのがあそこの関係者にいるかね?」

 啓一とサツキが議論を始めたのを見て、シェリルが、

「すみません、その話は後にしましょう。ヒカリさんに負担がかかります」

 そうたしなめた。

「それとエリナさん、そろそろ接続を切った方がいいです。動画を出力しすぎていますので……」

 エリナを見ると、顔は平気そうにしていたが脂汗が浮いている。

 言われた通り黙ってコードを消すと、エリナはふらふらとよたついた。

「危ない!私が意図せずこき使ってしまったせいですね……申しわけありません」

「気にしないでください、私が勝手に志願してやったことですから」

 そうは言うが、顔色が聞き取りを始める前より悪くなっている。

「すみません、もう一度。今度は通常のキャッシュをお願いします」

 医師が再び眼をのぞくと、普段使わない基盤を無理に使ったせいか、修復に時間がかかりそうな大きめのエラーが見つかった。

「念のためですが、修復促進剤の点滴を入れましょう。放って置いても治りはしますが、非常に長くかかる可能性があります」

 医師がそう言って通信機を呼び出し、看護師に点滴の指示を出す。

「お手間をかけまして申しわけありません……」

「いや、それは私が言うことです。……先生、ここは私がそばに。仕事の方は大丈夫なので」

「いえ、無理をせずお仕事を優先してください。捜査本部長なんですから……」

 エリナとシェリルが押し問答になるのを、医師が止めた。

「お気持ちは分かりますが、修復を促進するためにも一人にしてゆっくり休んでもらった方がいいです。申しわけありませんが、ここは私の指示に従ってください」

 有無を言わさぬ口調に、二人はとうとう引く。

 そう言っている間に、点滴が運ばれて来た。

「……分かりました。では、後で暇が出来たらお見舞いに来ますから。みなさんも一旦出ましょう」

 後ろ髪引かれるような顔で振り返り、一同とともに去って行くシェリルの後ろ姿を、エリナはベッドの上でどこか寂しげに見つめていた。

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