六 狂乱の街(二)
二日後の
啓一とサツキは、新星市の玄関口である新星空港へ到着した。
アーチ状の屋根がかかる電停に降り立ちターミナルへ入ってみると、旅行者がひしめいている。
しかし、ここで驚いたことがあった。
「おい、こりゃ空港というより純粋に『港』じゃねえの?」
このことである。
「空港」は「港」の字を使ってはいるが、あくまで発着地という意味での譬喩表現だ。
だがここでは、本物の港よろしく棧橋状の乗場がぷかぷかと宇宙空間に浮いており、そこへ宇宙船が直に船体を着けて客扱いをしているのである。
「そうなるかしらね。うちの国での宇宙旅客船の使い方が使い方だから、自然に普通の船のようになってしまったとでもいうのかしら」
そう言うと、サツキは右手奥を指した。
「あそこに、『近距離路線乗場』ってあるでしょ。コロニー同士の間には鉄道とか敷けないから、近隣に行くのにはあそこから出るのを使うのよ」
見れば、確かに小型の宇宙船がさっきから出入りを繰り返している。
乗場の上の案内を見ると、何と短いものでは十分間隔での運航となっており、もはやフェリーですらなく渡船と言った方がふさわしそうだ。
「これから乗れば分かるけど、ここの宇宙船は基本『船』の感覚よ。国際線の場合は相手の空港の仕様の関係もあって、飛行機要素があるけどね」
「……そういやこの切符も、どっちかというと『航空券』じゃなくて『乗船券』って感じだな」
そこには「新星空港→緑ヶ丘空港」の文字とともに「二等」の文字がある。
数字の等級制という時点で、既に飛行機要素がなく船そのものであった。
「しっかし平所員の出張っていうと普通は一番安い席だろうに、何でまた一つ上なのかね」
「さあ……総務部の人の話だと、お母さんがそうしてくれって言ったって」
「何でまた……まあいい席に座れるんだからいいか」
運輸省が運営する省営航路は三等級制だが、一等は一部の路線にしかないため、ほとんどの路線では二等が最上等だ。二人が乗る新星緑ヶ丘線もそれなので、一番いい席に乗れるわけである。
しかも一番新しいコロニーということで船も新しいとあっては、実にありがたい話だ。
だが啓一はそこで一つ深くため息をつき、肩をすくめる。
「これで、行く先に問題がなければよかったんだがな……」
このことだった。
「ちゃちゃっと調べてみたが、ありゃ相当ひどい。情報がどうにも充分になくて細かい話までは分からなかったが、軽く見ただけでもう腹いっぱいって感じだよ」
いつもならこういった調査には抜かりない啓一も、出張命令が余りに急で準備に時間を取られたため、今回ばかりはろくに調べられていない。
ただ分かったのは、危険地帯として名指しされた件の「桜通」なる場所が、
「中心繁華街だというのに風俗街と化している」
ということであった。
サツキにその辺を話してみると、
「それ、私も見たわ。たまったもんじゃないわよ……」
そう言ったきり、げっそりとして黙ってしまったのである。
性産業を否定するわけではないが、風俗街なぞ男性でも時にぞっとしないものだ。女性の立場からすると目の毒ですらあるだろう。
「まあともかく、現地でどうするかは船の中で考えよう。どうせ二時間あるんだし」
「そうねえ。一ヶ月いることになるんだし、腰を落ち着けて考えた方がいいわ」
乗場へ向けて歩きながらそう話していると、急に構内放送が入った。
『新星緑ヶ丘線十三時発緑ヶ丘空港行、改札開始いたします。十三番乗場までおいでください』
話を切り大急ぎで駆けつけると、人波に乗って改札口を通り抜ける。
「あ、あれ?荷物の検査は?」
「ないわよ。飛行機じゃなくて船感覚だって言ったじゃない」
「いいのかそれで……。面倒くさくなくていいっちゃいいが」
しっかりと荷物を抱えつつ、宇宙空間に浮いた棧橋から乗船する。
二等船室はほとんど人がいなかった。二時間とはいえ、もっと人がいてもよさそうなものだが。
座席に座った啓一は、思わず腰に手を当てておたついた。
「シートベルトないわよ」
見抜かれたか、苦笑しながらサツキが言う。本当に「船」感覚なのだ。
『新星緑ヶ丘線緑ヶ丘空港行、出発いたします。駆け込み乗船はおやめください』
ばたんと扉が閉まる音がしたかと思うと、どどどっとエンジン音が響き棧橋から離れ始める。
そしてくるりと方向転換すると、宇宙空間へ滑り出して行った。
「……ほんとに船だな、おい」
飛行機のように、助走をつけて斜めに飛び上がるということがない。シートベルトいらずというのもよく分かろうものだ。
『本日は、省営航路をご利用いただきましてありがとうございます。この船は新星緑ヶ丘線、緑ヶ丘空港行です。緑ヶ丘空港へは十五時五分の到着を予定しております……』
船内放送を聞きながら啓一は空中ディスプレイを出したが、ややあって、
「いや、音楽でも聴くかな」
そう言うと、空間から携帯電話とヘッドフォンを呼び出す。
たまたま転移時に音楽プレーヤーを持っていたため、アダプタを使って移しておいてあったのだ。
「……何聴くつもりなの?」
「片耳でよければ聴くかい?二つに分ければいいからさ」
ごく自然に勧めて、啓一はとんでもないことを言ったのに気づく。
(え、一つのヘッドフォンを分けて聴くって……)
何やら想像してあわてる啓一をよそに、サツキは受け取ったヘッドフォンをすぽりと耳にはめようとしたが、ひじが妙なところに触れてかばんを通路の前方へ落とした。
「あ、しまった」
急いで立ち上がって手に取ろうとすると、その前に誰かがそれを手に取る。
「どうぞ」
「ありがとうございます……って、シェリルじゃない!」
何とそこには、シェリルがいたのだ。
「え、サツキちゃん……ということは、禾津さんも一緒ですか」
「え、シェリル!?おいおい、また偶然会ったな。仕事か?」
「ええ」
「もしかして、何か捜査に進展が……」
「
口に人差指を当てて鋭く啓一の言葉を遮ると、周りを注意深く見回す。
「……どうやら、二等の乗客は私たちだけみたいですね。小さい声でその辺をお話ししましょう」
その時、シェリルの横と前に座っていた女性と男性が横合いから口をはさんだ。
「警視、いいんですか」
「捜査情報ですから一般人に言う話では」
「
「警視がそうおっしゃるのなら……」
二人が不承不承に納得するのを、シェリルは満足そうに見る。どうやら、部下の刑事のようだ。
「実は……
「え、ええッ!」
「わわッ……サツキちゃん、落ち着いてください!」
清香の話と聞いて飛び上がって食いつこうとするサツキを、シェリルが止める。
二人にはさまれた形になった弓削なる女性刑事が困り果てているのにも気づき、サツキは大急ぎで身を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい。で、緑ヶ丘でって……それは確かなの?」
「かなり信憑性は高いです。緑ヶ丘の中心部に住んでいる方が、そっくりの人に出会って言葉も交わしたというんですよ」
「接触があったのか。そりゃ有力だわ」
これは啓一である。
「今までどの事件でも本人と接触したという情報はなかったですから、これは私たちの出番だと」
「でもおかしいな。新星で行方不明になった人が、何でそんな遠く離れた場所にいるもんかね?俺ならむしろ疑うが」
「これが緑ヶ丘でなかったら、私たちもかなり疑ったかも知れませんね」
妙な含みをこめて言うシェリルに、今度はサツキがいぶかしげな顔になった。
「緑ヶ丘でなかったらって……?」
「何せあそこは、妙なのがわんさと巣食ってますから」
「あ……」
シェリルはぼかしたが、二人には言わんとしていることが大体分かる。
「ですから、そこを探ってみようかと。自分たちの利になるなら、平気で何でもする輩が山ほどいますのでね。まあそれと別口でも……」
「警視、その話はこのお二人とは関係ありませんよ」
落合と呼ばれた男性刑事が、後ろを向いてシェリルをたしなめた。
「……そうですね、すみません。余計でした」
しゅん、と座席の上でしょげ返る。こうしているととても警視には見えない。
それに苦笑すると、啓一は席を立った。
「ちょっと便所行って来る」
そう言うと、二等船室と三等船室の間にある便所へ向かう。
その帰り、船の真ん中にある狭いロビーを通りがかった時、啓一は妙なものを見た。
ロビーのソファーに、びっしりと人が座っている。
それだけなら別にいいのだが、三等船室をその後ろにのぞいてそれが疑問に変わった。
(三等船室、がらがらじゃねえか)
このことである。
確かこの船の三等は自由席のはずだ。空いているなら堂々と座ればよかろうに、なぜわざわざロビーでおしくらまんじゅうなぞ酔狂をしているというのか……。
さすがに気になり、啓一は、
「……あれ?ここじゃなかったか?」
船室を間違えたふりをして中を見た。
その瞬間、啓一は船室の異様な雰囲気に瞠目した。
まず、明らかに不自然な方向を向いた乗客が多数いた。
それも隣とわざと間を空けたり、通路の向こうの乗客を見ないようにしたりと、避けているような感じがありありとする。
そして避けられている側の乗客を見て、啓一は思わずどん引きの体となった。
全員男ばかりで、妙な熱気、それも余り品のよろしくないものをむらむらと放っている。
(おいおい、堂々と成年雑誌読んでるやつまでいるぞ……ひどいな)
ここで、ようやく啓一は状況を理解した。
ロビーの客たちは、この下品な連中を嫌ってわざわざ疎開していたのである。
確かにこんな性欲にたぎった連中と二時間も同じ空間に押し込められるなぞ、男の自分でもごめんこうむりたいところだ。
顔が歪まないよう気をつけながら船室を去ると、座席に戻って来る。
「どうしたの、妙な顔して」
「三等をちらっと見て来た。ハルカさんが二等取ったわけが分かったよ」
「………?」
「全員じゃないが客層、特に男が最悪だ。あれは女性……いや、それだけじゃなくてまともな神経の持ち主にはきっついよ」
「ええ……」
サツキはそう言ったきり詳しく訊ねて来なかったが、逆に啓一にはその方がありがたかった。
「まいったね、こりゃ。あっち着いたら気をつけないとな」
先が思いやられるとばかりに、啓一は盆の窪をかいた。
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