四 万年筆(二)

(……で、結果がこれか)

 サツキの研究室内の机に座って、ここに至るまでの経緯いきさつを思い返した啓一は、ふっと力ない笑いを浮かべた。

 あれから書類を出して正式に申し込むと、簡単な試験と面接の後にあっさり職員として採用されることになったのである。

 そしてこうして研究室に小さな机をもらい、データ整理を中心とする業務を与えられた。

 最初は全くの専門外ということで身構えていたが、蓋を開けてみると実に単純なものである。

 サツキが実験の時にメモのように打ち込んだデータを所定の手順でまとめ上げたり、事務書類や報告書などを受け取ったり提出したりするというものばかりだ。

 啓一本人も言う通り「事務手伝い」と表現した方が正しそうな仕事で、一見すると文系であっても取り立てて問題は起きそうにないと思われる。

 だが、実際にはそうは問屋が卸してくれなかった。

「……この部分、数式でぐちゃぐちゃでどれ取ったらいいのか分からないんだが」

 このことである。

 書類は事務的に処理すればいいが、メモは何せ研究者の打ち込んだものであるため、部分的に極めて専門性の高いものが出て来るのが避けられないのだ。

 何のデータか明示されていて数字が並んでいるだけなら、指示に従って淡々と整理をすればいいだけなので何の問題もない。

 だが微分積分数列と高等数学の式を書き並べられたり、さらに相対性理論を特殊といわず一般といわず詰め込んだようなものに出て来られると、数字一つ取ろうとするでもかなり高等な理数系の知識が要求されるため、どれをどう処理したものかさっぱり分からなくなってしまうのだ。

「ご、ごめんなさい。ちょっと打ち直すわね」

 サツキがはっとしてすまなさそうに言うが、

「それなら君の方でやっちゃった方がよくないか」

 そう返すしかない。

 そもそも自分は整理のためにいるのだから、本人がやれるならやってしまった方が早いのは目に見えていることだ。

 かと言って、実験の手伝いが出来るわけではない。

 一回試しに見せてもらったが、計器類も実験装置も一切見たことがなく、内容も微塵も理解出来ず尻尾を巻いて逃げ出すほかなかった。

 せめて力仕事をと思うが、サツキの部屋は整理がよすぎてほとんど物を動かす必要がなく、実験装置は全部据えつけの上にサツキ本人が触った方が早い。

 研究室の中ということで白衣姿だが、完全に伊達眼鏡ならぬ伊達白衣で情けない限りだった。

「………」

 サツキは、どこかしょげている啓一をいたたまれない気持ちで見る。

「仕事も少ないしのんびりとした気分でやれるだろう」

 そう思っていただけに、こんなに深刻なことになるとは考えもしなかったのだ。

 だがよく考えれば、先日あれだけ自分の知識が役に立たなくなるのが怖いと語っていたのである。そういう精神状態の者なら無力感を刺戟されて、「大して役に立てない」という後ろ向きでねじくれた方向に思考が向かっても決しておかしな話ではなかった。

 啓一の性格と感情を考慮し損ねた、完全なまでのミスとしか言いようがない。

 とうとうある日、サツキは啓一が煙草を吸いに席を外した間にシェリルに電話をかけた。

「……これ、まずいかも」

『「かも」じゃなくてまずいですよ、それは』

 案の定、シェリルは一刀両断して来る。

『ご本人の様子はどうなんですか?』

「……居心地悪そうにしてるわね。いろいろと重なって無力感がひどいみたい。今喫煙所で煙草吸ってるんだけど、足取りが悄然としてるわ」

『そうですか……そこまでになるとは』

「専門領域に深く入るわけじゃなし、別にいいだろうって思ったんだけど……浅慮だったわ」

『難しいことになりましたよ。このままにしておいてもどんどん後ろ向きになりますし、辞めさせたら辞めさせたでまた同じことに……』

「本当にうかつだったわ。……はあ、せめて先輩がいれば」

『いないものをあれこれ言っても仕方ないですよ……』

 それきり、数度言葉を交わして電話を切った。

 それとほぼ同時に、啓一が戻って来る。

(ああ、これまたチェリーの本数増えたわね……)

 獣人ゆえに鼻のきくサツキは、敏感にチェリーの香りをとらえていた。

 元の世界で大学卒業とともに廃止となったこの銘柄との再会を、煙草屋で泪を流して喜んでいたのを見ているだけに何とも切ない気分になる。

 戻って来た啓一は煙草をしまい込むと、

「ん、何だそれ?新しい書類かい?」

 サツキの机の上に置かれた紙束のようなものに目を留めた。

「え、ああ、これね。隔週刊だからまだ見たことなかったかしら、うちの所内報よ」

 いわゆる「社内報」の研究所版といったところか。社内報の定義にならえば、研究所内の活動への理解浸透や情報共有などを目的として作られる広報紙ということになるはずだ。

「研究所にそんなもんあるのか……」

「他は知らないけど、うちは昔からあるわね。啓一さんの分、渡すの忘れてたわ」

「俺の分もあったのか、ありがとう」

 渡されて見てみると、各部門の研究成果報告とプロジェクトの紹介といった記事を主体としており、最終面に少しばかり職員の投書欄と文芸欄がある。

 全八面のタブロイド判の新聞で、実に地味なものだ。国立研究所のものと考えるといささか意外にも思えるが、内輪だけのものと割り切って簡素に済ませてあるのだろうか。

 だが、ここで啓一は妙なことに気づいた。

「……何で七面の下一段がまるまる抜けてるんだ?普通なら広告とかで埋めるとこだぞ?」

 このことである。素人ですら明らかにおかしいと分かる構成だ。

 編集の世界でもここまでとなると穴埋め用の広告などを挿入するのが普通であるため、ぽっかりと空けたまま放置しているのは実に面妖なことである。

「あ、それ……実はコラムを書いてた人がいなくなっちゃって。だから空いてるの」

「それにしたって変じゃないか、真っ白は。選挙公報みたいに特殊な印刷物じゃないんだから」

「きちんと意味があるのよ……待ってるから」

「……待ってる?」

 突然出た奇妙な言葉に啓一がいぶかしげに返すと、サツキは黙って机の上の本棚から「所内報バックナンバー」と書かれたファイルを取り出し、ぱらぱらとめくり啓一に示した。

 示された号は、五月のものである。確かにその号には、七面の下一段にコラムがあった。

 しかしめくって行くと、それが忽然と消える。前の号を見ると「次号に続く」とあり、明らかに連載終了ではなく唐突な中断としか思えなかった。

 驚いて再び消えた号に戻ってみると、何やら本紙とは別に一枚ペラがある。

 それを見てみると、何と「号外」と題され、

「去る五月十四日深夜、第一研究部研究員・あいさやが行方不明となりました」

「目撃情報などをお持ちの職員は、総務部もしくは以下の電話番号へお知らせください」

 穏やかならぬ文章とともに連邦警察への電話番号が書かれていたのである。

「こ、これって……!」

「……その英田清香って人が、コラムの筆者」

 だがそれより、啓一は先日の新聞の内容を思い出していた。

「まさか……連続失踪事件に!?」

「その通りよ。もしかしたら、新聞に名前が載ってたかも」

「ああ、確かに載ってたよ。……それでこの人、君の親しい先輩と見たがどうだい」

「えッ……確かにかなり仲のいい先輩だけど、何で分かったの!?」

 今度は、サツキの方が驚く番である。

 詳しい話もしていないというのに、なぜそこまで知っているのだ。

「見学で反重力プールに行ったろう?途中、君が悲しげに名前をつぶやいたのを聞いてたんだよ」

「あッ……無意識に……」

「そういうことだったのか。……で、今も見つかってないものだから穴が開いてる、と」

 啓一が深くうなずくと、サツキは眼を伏せる。

「そういうことね。本来なら、埋めてしまうのが一番なんでしょうけど……絶対先輩は帰って来る、何があっても見つけ出す。そういう思いから、そこはわざと何もないまま空けているの」

 恐らくこれは、サツキの個人的な依頼ではなく職員の総意だ。

「ハルカさ……所長は、どう言ってるんだい」

「もちろん心配してるわよ。部下だし……それに何だかんだ言って娘の私が慕ってる人だもの。情報交換、欠かさずにしてるわ」

「情報交換って、情報元はもしかするとシェリルか?」

 啓一が問うと、サツキはこくりとうなずいた。

「一生懸命探してくれてるのよ、あの子が捜査自体の指揮取ってるし。でもね……目撃情報も多く来ているんだけど、ことごとく外れ。こないだなんか、別人どころか隣人と間違えてましたなんてとんでもないのがあって。当てにならないにもほどがあるわ」

 やはり、と啓一はうなずく。恐らく転移して来た日の電話がそれだ。

「先輩が、いればなあ。本当に頼りになる人だったのに」

 サツキは耳をへたりと倒しながら、泣きそうな声で言う。

「……何か、英田さんに恩義でもあるのかい?我がこと以上に心配してるようだけど」

「ええ、その通り。私にとってはとてつもない恩人よ」

 そう言うと、サツキはぽつぽつと話し出す。

「三年前に私がここに入った時、なじめなくて。……いや、なじめないは正確じゃないか。周囲が扱いに困ってたという方が正しいわね」

「え?扱いに困るって……見た限りじゃ、何か問題があるとは思えないが」

 実際、サツキはもう少し気を抜いてもいいのではないかというくらいまじめだ。

「啓一さん、これ伏せてたんだけど……私、実はまだ二十三歳なの」

「……えッ!?ちょっと待った、じゃあ入ったの二十歳の時!?」

「そうよ。博士号が取れたところで、採用試験を受けて」

「待った。この国の教育制度ってどうなってるんだ?俺のところは、小・中・高・大・大学院修士・大学院博士で、六・三・三・四・二・三だったが」

「……同じ。だから、大学二年相当で博士課程修了してるの」

 この言葉に、啓一の頭にある言葉が浮かぶ。

「もしかして……『天才』か『神童』ってやつかい?」

 その言葉に、サツキはこくりとうなずいた。

「そうなるかしらね……この国は飛び級あるから。高校から飛んで飛んで」

「………」

「当時は新聞記事にもなったわ。もっとも二十歳で博士号取って国立研究所の研究員になるなんて、話題にならない方がおかしいとは思うけども」

「まあ、確かにな……」

「ああいうのって、ほんとにほめそやすのね。『不世出の天才』とか『重力学界の麒麟児』とか」

 そう説明するが、サツキの顔はさらに暗くなる。

「全部一応真実ではあるけど、あんまりそっちばかり言われると本人である私が埋もれちゃって……頭の一部はそりゃ理学博士かも知れないけど、それ以外は二十歳なのよ、私」

(ああ、なるほど)

 サツキの様子を見て、啓一は一つ確信した。

 どうやらサツキは不必要に持ち上げられ、年並みに見てもらえないのを嫌っているらしい。

 もう居候を始めてから一ヶ月近く経とうというのに、今の今までおくびにも出さなかったところを見るとよほどのものだ。

「そんな鳴り物入りだもの、みんなどうしたらいいか分からなかったみたいで……最初は腫れものに触るようとは言わないまでも、そろそろと扱われたわ。あと、親が所長だからっていうんで……言わないでも分かるでしょ?」

「ああ……」

 大方、所長にひいきされて入ったとでも陰口をたたかれたのだろう。

 採用試験を受けたと言っている辺り、他の研究員と特に区別されることなく採用されたのだろうに、これは余りにひどい話だ。

「『十で神童、十五で才子、二十歳すぎればただの人』の都々逸通りになってくれてたならほんとによかったのに、なんて思ってたわね。実際にはそんなことなかったわけだけど」

 多くの人は、何とぜいたくな悩みだろうと思うかも知れぬ。

 しかし同じ人である以上、よほど傲岸不遜か能天気な性格でもない限り、持つ者には持つ者の悩みが生じるものだ。

 そこを救ってくれたのが、英田清香その人だったのだという。

「隣同士の研究室でね。あんまり私が黙々と暗い顔して一人で研究してたの、見かねたらしいのよ。積極的に声をかけてくれて……」

 これが転機となった。清香は若手でもトップクラスの実力を持つ学者として高い評価と信用を得ていただけでなく、その性格から広く慕われていたのである。

 それが潤滑剤としてはたらき、やがて所内からサツキをうとんじるような雰囲気は消えた。

 それでも一部の「お局様」がまだうじうじと言っていたのだが、ある時二人の眼の前で聞こえよがしに言って来たのが運の尽きであったという。

「先輩が私ににこやかに笑いかけてから黙ってお局様に向き直った途端、『ひいッ』って声が上がってね。それ以降、私を見るたびこそこそ逃げ出して何も言って来なくなったわ。私は私で『怒らせたらいけないな』って思ったけど」

 その時清香がどんな顔をしていたのかは、想像もつかぬ。だが、恐らく知らないままでいた方がいいだろうということだけは確信した。

「だから恩人として、そしてよきライバルとしてがんばって来たのに……その時に事件が起こって」

 そう言うと、サツキは棚からスクラップ・ブックとおぼしきファイルを取り出す。

 果たしてそこにあったのは、清香が失踪した時の新聞の切り抜きだった。この世界でも、このようなアナログな習慣は残っているらしい。

「わけが分からない事件なのよ。先輩は十八番の電車の終点がある白鳥しらとりに住んでるのに、最終目撃地がなぜが正反対の中央区の有楽橋でね……」

 地図を見せながら、サツキがそう解説した。まるであさっての方向である。

「自ら失踪する理由もなし事件があった形跡もなしで、まるで神隠し。捜査が行きづまって……それから四ヶ月もずるずる来ちゃったのよ」

 そしてさらに悪いことに、この失踪の影響が思わぬ形でサツキに来た。

 時折救援に来ていた清香の助手が研究員に昇格、こちらに来られなくなってしまったのである。

「だから助手の求人を出したのか」

「そういうこと。実はこの求人を引っ込めたの、大学側と相談してのことなの。私の名前を利用して有名になってやろうっていう下心丸出しの人ばかりやって来たらしくて、出してても害になるんじゃないかと言われたらしいわ。下手に名前が知れたのがいけなかったとしか……」

「……それじゃ引っ込めるわ。でもまあ、そういう売名目的のやつに来られても迷惑なだけだしな。もっとも、ちょっと間違えば地蔵になりそうなのに来てもらうのもどうなんだって話だが」

 そう自嘲するように言う啓一に、サツキはあわてて手を振った。

「いや、そんなつもりじゃ……」

「分かってるよ。でもねえ、『助手』の看板ぶら下げときながらやってるのは事務処理だけ、それすら時々出来ないことがあるじゃ……さすがに禄をんでいいのかと思っちゃうもんだよ」

「………」

 返す言葉がない。一生懸命に仕事をしている以上給料をもらっても何ら問題はないのだが、それすらも疑問に思われているとなるとひどくやりきれないものだ。

 耳を再びへたりと垂れるサツキに、啓一は、

「ところで話は変わるんだけど……この所内報、一人二部もらえたりするのかい」

 意外なことを訊ねて来る。

「え、うん……余部を刷ってるって聞いたことがあるから、大丈夫だと思うわ。どうして?」

あかを入れるんだよ。ざっと見たんだが、これちょこちょこ問題ありそうだぞ」

 斜め上の言葉に、サツキは耳を思わずぽんと立てた。

「朱を入れるって?」

「校正とか一連の修正作業のことだよ、赤ペンで直して指示出すからそう呼ぶんだ。君だって雑誌に論文載せてるんだし、著者校正の形でやったことあるだろう?」

「そりゃそうだけど……あれってそう呼ぶの?」

「そう。だからほしいんだが……ええい、もらってる暇あるか、その前に俺の万年筆が火を吹くわ。今、仕事大丈夫?」

「え、ええ」

 さっと万年筆を取り出す啓一の気魄に、サツキは押され気味になって答える。

「……うーん、ぽつぽつとあるなあ。レイアウトもどうなんだ?」

 そのまま啓一は机にかじりつくと、ちょこちょこと万年筆を滑らせ始めた。

 さらには時折紙面全体を眺めて指でなぞったりして、ああでもないこうでもないとつぶやく。

 サツキがぽかんとしている間に、所内報には赤線や赤文字や校正記号が躍って行った。

「……外に出さないとはいえ、ちょっとなあ」

 ひとしきり校正作業を終えた後、啓一はインクを乾かしながら首をひねる。

「そんなにひどいの……?」

「うーん、目立ってひどいってわけじゃないが……校正をもうちょっとがんばった方がいい。むしろそれより問題なのが、レイアウトだな」

「レイアウト?考えたこともなかったけど……」

「これ、思ったより不体裁だぞ?変な空きや文章のはみ出し、表の罫の間隔や線種の選択間違いとか結構ある。あと最終面の投書欄や文芸欄は、その場しのぎみたいなこと随分やってるし」

 差し出されたあか(修正指示)入りの所内報を受け取ったサツキは、つぶさに読んで驚いた。

 文字の修正はほとんどないが、無駄な空白や一行二行はみ出した文などが数多く指摘され、文芸欄に至っては場所ごと入れ替えの指示が入るなどして真っ赤になっていた。

「ちょっと失礼。……見た感じ、パンフレットや紀要類は何ともないみたいだね」

 それを横目に、啓一は本棚から研究所の刊行物をいろいろ取り出してめくっていた。

「うーん、ここって編集部あるのかい?差がありすぎる」

「それは……ないわね。パンフレットは広報部が外部に委託してるって聞いたし、紀要は確かその都度上の人たちが編集委員会作って出してるわ」

「じゃあこの所内報は……総務部の担当か。これだけなら兼業でも問題ないんだろうが、もう少しうまく出来る人いないもんかね?」

「あ、そういえば……春に定年退職した職員さんが、長くその編集やってたって聞いたわ」

「なるほど、経験者が抜けたことでおかしくなった可能性もあるな。……ううむ、サツキさん」

「何?」

「総務部に、試しに次号のレイアウトや校正やらせてもらえないか話通せないかね。元編集者としてちょっと看過出来ないぞ、これ」

「え、ええ、言ってみるわ……って、編集やってたのあなた」

「あれ?話さなかったか……そうだよ、編集経験者だ」

 心底驚いたという顔をされ、啓一はしまったという顔になる。転移した時のどたばたもあり、そんな話をすることなぞすっかり忘れていたのだ。

「あ、能力発揮出来る仕事見つかった……って言っていいのかしらこれ?」

「まあそうと言えるけど、毎日ならともかく二週間に一度じゃ」

「いやいやいや、充分、充分。その明るい顔見れるだけで充分」

「へ?」

 ここでようやく、啓一はサツキに自分が相当心配されていたことに気づく。

 今まで余り自覚がなかったが、言われてみれば最近の精神状態からして不景気な面になっていてもおかしくなかった。

 心配させたことを申しわけなく思いつつ、とりあえず何とか給料をもらっていいという実感を得られるだけの仕事が多少はありそうなことに安堵する。

 だが相当うれしかったのか、サツキはそれを噛みしめるだけの暇を与えてくれなかった。

「じゃあ、私さっそく総務部の人に話投げに行くから。ちょっと来て」

「え、おいおい……」

 そうして止める間もなく、啓一は総務部へと引っ張られて行ってしまったのだった。

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