二 二人暮らし(一)

 サツキの世話になることが決定した啓一は、連れ立って連邦警察分署を辞した。

「住むに当たって戸籍や住民票の作成、社会保険関係の手続きなどが必要となるんですけど、転移者の方の場合は警察や行政が代行するのでこのまま帰っても大丈夫ですよ」

 そう言われて送り出されつつ、出る際に渡された「転移証明書」をしまい込む。

 転移者としての身分証明書となるほか、各種補助を受けるために必要となるのだ。カードとデータの両方があり、後者を使うと専用サイトで補助金や生活物資の給付を受けることも可能である。

 こう考えると、システムとして実によく出来たものである。人がしょっちゅう転移して湧いて来る世界であるだけのことはあった。

(しかし、本当に未来都市って感じだな)

 天を突くような、いかにも未来的な意匠のたい高楼こうろう

 その中を人間と獣人がごちゃ混ぜになって歩き、時折空中ディスプレイを出してあれこれと操作しているという、元の世界では空想でしか有り得なかった風景が展開されていた。

 分署に向かう際は外をじっくり見る機会もなかったが、こうして見ると本当に異世界に来てしまったと痛感する。

 しかし「すばるまち」と書かれた交叉点を曲がると、その風景が変わった。

 一気に建物が低層化し、いかにも昔ながらの「住宅街」というような一戸建てが立ち並んでいる。

 これは実に意外だった。となると、あの光景は一部だけのものなのだろうか。造りもばらばらで、中には旧家と言っても通じそうな木造建築もあった。

 そんなことを考えていると、「真島」と表札のかかった家の前でサツキが立ち止まる。

 これもまた、啓一の感覚からしても余りに普通の家であった。

 疑問に思っていると、サツキが空中ディスプレイを出して認証を行い、鍵で解錠する。一応、こういうセキュリティ面だけは未来的なようだ。

「ここよ。気兼ねなく入って」

「じゃあ、失礼します」

 開けられた玄関をくぐり抜けた啓一は、そこで固まる。

「へ、『普通』だ……」

 何とそこには、啓一の知っている一般民家とほぼ変わらない姿の廊下があったのだ。

「………?そうよ?うちってそんなに他と変わらないけど?」

 サツキが心底不思議そうな顔で言うところをみると、本当にこれがこの街の標準的な住宅らしい。

「いや、何ていうんですか……。もう少しSFみたいな家を想像してたので」

 啓一がそう言うと、サツキは一瞬ぽかんとした後、

「ああ、なるほどね。金属の自動ドアがしゅっと開いたりとか、廊下がやたらメカっぽいとか、そういうのだと思ってたのかしら」

 苦笑しながら言った。

「うちの世界じゃそういうのは、よほど特殊な建物じゃないと採用されてないわよ。一般住宅で使うのはほんとの好事家だけね。身も蓋もない言い方だけど、そもそもそうする必要ないもの」

「そうなんですか……」

「科学技術の濫用は、社会にも人にも負担をかけるしね。大昔のSFの象徴みたいな空中ディスプレイが実用化されたのだって、いろいろと必要があってのことだし。必要ないものがあってもそれはそれでだけど、それだって限度があるわ」

「まあ、分からなくもないですが」

 どうも釈然としないが、話の筋そのものは通っている。

 人は技術が進歩するとすぐ使いたがるところがあるが、いざ現場で使ってみたら思った以上に問題だらけでけつまずき、下手をすればこじらせて後始末に苦労するなぞというのはよくあることだ。

 第一にして自分のいた元の世界でも、進歩に乗ってほしいままに滅茶苦茶をやっていたら、後でとんでもないお釣りが来たではないか……。

 そんな会話をしながら、廊下に上がろうとした時だ。

「あっ、靴脱いで上がってね」

「えっ……あ、たたきだわここ」

 見れば、確かに日本式に靴を脱ぐようになっている。

「そもそも日本人移民の作った国だから、みんなこうよ」

 そう言いつつサツキも靴を脱いでそばに置き、先に立って歩き始めた。

「どうぞ」

 途中で左の部屋の引き戸を開けると、そこは何と和室である。

「やっぱり日本の住宅と同じなんだな……」

 ほんぐさとおぼしき畳の上の真ん中に、薄いじゅうたんとちゃぶ台が鎮座していた。

 元の世界で見慣れている、ごく普通の住宅に和室という組み合わせ。

 その「異世界」を吹き飛ばすような懐かしい風景に、啓一はようやく心が落ち着く気がした。

「じゃ、そちらに」

 思わず柔和な表情になっていると、座蒲団を勧められる。

 奥に入り茶を持って来ると、サツキもその前に座った。

「改めて自己紹介を。私は真島サツキよ」

「あ、これはどうも……いな啓一けいいちです、よろしく」

 しっかりとした自己紹介に、啓一も深々と頭を下げる。

「あっ、敬語はいいわ。家族になるんだし」

「いいのか、じゃあそうするよ」

 サツキにそう言われた啓一は、敬語をやめて話し出した。

「しかし、宇宙コロニーか。信じられないな、地上と変わらないじゃないか」

「え?あなたの世界では違うの?」

「と言われてもね……まだ実用化されてないんだよ。ただ、俺が知ってる限りでは地上とまるで様子が違うものになるだろうと。少なくとも想定図によると、こんな青空はないはずさ」

「あっ、もしかして……円筒や球の中に張りついてるようなのかしら。あとは車輪型とか」

「そういうことだね。それ以外じゃ無理なはずだろ」

 サツキが言う形の宇宙コロニーは、我々の世界では昭和四十年代から提唱されているものである。いずれもSFでは常連と言っていいほどよく使われるものだ。

 これらのコロニーでは、遠心力を用いて重力を得る。

 このため大地は内部に張りついている状態となり、反射で光を得るため太陽の姿はなく月は間近、ましてや青空など望めようもないのだが……。

 だがサツキはその話を聞くと軽くうなずき、

「それはね、こっちの世界では構想のまま終わって造られてないのよ。正確にはそれを超える技術が生まれたから、没になったっていう方が正しいかしらね」

 ぱたぱたと手を振りながらばっさりと切り捨てた。

「ぼ、没って……」

 元の世界の叡智の塊を没扱いされ、啓一は呆然として返す。

「言い方悪くて何だけど、新しい方を採用しない理由が一切ないってくらいだったもの」

 サツキによると……。

 この世界ではちょうど宇宙移民が本格的に計画され始めた頃に画期的な技術革新があり、遠心力をたのみにせずとも重力を得る技術が開発されたのだという。

 この技術によりある程度までコロニーの形や内部構造が自由となったため、あらゆる面で不自然を強いられていた従来案はついぞ実現することなく放棄されたのだ。

「それこそ乱暴に言えば、下半分が金属で上半分が透過素材の球に、土入れて大地作って街作れば出来上がり。大地が平面の惑星造るみたいな感じかしらねえ」

「だから地球上と変わらない形で、大地と空があるってわけか……」

「そういうこと。だから天文現象も一緒よ」

 太陽については、最初から適切な恒星を選べばいい。

 月は人工衛星などで擬似的に再現する場合もあるが、ここでは都合よく変わった公転をする小惑星があったため拝借したのだとか……。

「普通に東から陽が昇って西に沈むし、夕焼けもしっかりある。月も同じで満ち欠けが普通にあるわよ。さすがに星だけは、地球上とは見えるのが違うけどね」

「そ、それはまた」

 さすがにこれは予想外であった。

 元の世界では創作ですら荒唐無稽扱いされ、有識者の指摘や突っ込みの嵐を受けるようなことが、もう日常のこととして実現しているのである。

「自然の再現もあるわよ。山も海もあるし、川や湖もあるわ」

「海って……どうやって造るんだい」

「複数のコロニー同士をくっつけて、その境目に造るの。当然、海中や周囲の環境も再現するわ。さすがに余りあるものじゃないけど……」

「えらく根性の入ったことするもんだな」

「やるなら徹底しないとね」

 そう言うと、サツキは一つ苦笑して茶をすすった。

「気象も地球と一緒よ。雨も降る、雪も降る。四季だってきちんとあるし」

「ええ……四季はともかく、雨や雪かよ?コロニーなのにそれをやるのか?」

 啓一はいささかあきれたような顔をする。

 せっかく地球を離れて好き勝手の出来る天地を創造したのだから、生活に都合の悪いものは排除してしまってもばちは当たらないはずだ。

「やるのかって言われても……自然にそうなるのよ。だってほぼ地球に等しい条件で地球上にあるものを再現してるんだから、当然地球と同じ気象現象が起こるに決まってるじゃない」

「いやまあ、言われりゃ道理だが」

「それに自然には循環ってものがあるんだから、再現した時点でそういうのは覚悟しないと。無理矢理止めると、何あるか分からないわよ。さすがに災害につながりそうなものは止めるけど、あれもちょっと間違うと後に響くから大変なの」

「ううむ……」

 自然循環の話まで持ち出され、啓一はうなるしかない。

「要は造った部分もそうでない部分も含め、地球の生き写しになってるのね。一見不合理そうだけど、それが地球で進化して来た私たちにとっては自然なんだし」

 サツキの言うことは、実に理にかなっていた。

 そもそも人は、地球の自然の一部として生まれ育ち進化して来た存在である。

 地球と全く別の環境で暮らすことも充分可能だろうが、そうしようとすると適応に手間が非常にかかるのも事実だ。どうしても不自然を強いることになるので、後にどんな影響が残るか分からぬ。

 そんなリスクを冒すくらいなら、いっそコロニーの環境を地球と全く同じにして自然に暮らせるようにしてしまえ、技術があるならそれくらいは考えてもおかしくないはずだ。

「だからこの辺については、特に何もせず暮らしていてもすぐに躰が慣れるわよ」

「それはよかった、そこから慣れろと言われたら大変過ぎる」

「でしょう。……あ、お茶どうぞ」

「あ、こりゃどうも」

 サツキが茶を注ぎ終わるのを待って、啓一は話を再開する。

「でも、違うところは相当違うんじゃないのか。何せ警察が検査の上でそう言うんじゃなあ」

「一番はやっぱり、人間だけの単一種族じゃなくて多種族ってことかしら。ここ来る途中にも実際に見てると思うけど、犬も歩けば何とやらの勢いで人間以外の人に会うわ」

「今眼の前にいるしな」

「そうだったわね」

 啓一の言葉に、サツキは耳を倒してぽりぽりとかいてみせた。

「まあ多種族と言っても三つだけだから、この場ででもすぐに覚えられるわよ。まず一つ目の種族、これは『人間』ってことでまあ分かるわね」

 そう言うと、サツキは起こしかけた耳をちょんとつまむ。

「二つ目の種族が私たち『獣人』。猫、犬、狐、狼、うさぎ、牛、虎……それくらいが有名どころかしらねえ。姿を見ればもう明らかだから、公式の場合を除いては動物の名前に『族』つけて呼ぶのが習慣になってるわ。私たちも『狐族』で通ってるし」

「人種や民族の感覚でいいのかね」

「そうそう。ただ同じ動物でも、獣耳と尻尾持ちの人と全身動物の人との二種類がいることがあってね。あと猫族や犬族とかだと、本物と同じように猫種や犬種が存在してたりとかするわよ。ヴァリエーションに関してはかなりのものね」

「そこまでいろいろだと大変そうだな」

「そうでもないわよ。まあそれ関係でトラブル起こす人もいないじゃないけど、日常ではまず出食わさないから安心していいわ。むしろこのね、どんどんどんな人がいるか観察して結構よ」

「おいおい、動物園じゃないんだから……」

 サツキがふざけて手のひらを上にし両手でそれそれとばかりの手つきをするのに、啓一はそれでいいのかと苦笑してみせる。

「で、三つ目が『アンドロイド』。この世界では人権ありで一種族の扱い受けてるの。二十一世紀末に生まれた一番新しい種族よ」

「アンドロイド?未来のお約束でやっぱりいるのか、さっき見た時は気づかなかったけどな」

「慣れてないと分からないと思うわ。何せ人間にそっくりで、見分けるにはそれなりの知識やこつが必要になるから。それと分かるような格好してる人もいるけどね」

「まあ、本来そっくりを目指して造られてるんだから当たり前じゃあるが……。やっぱり生物じゃないのに種族扱いってのもちょっと妙な感じだな」

「そう思うのも分からないではないけど、人の姿で自我を持って生まれ落ちたからには、自立した一種族として扱うのが筋ってものよ」

(……ん?)

 ここで啓一は、妙な含みを感じた。

「自我を持ってるの前提なのかい?昔ながらのどっちかというと『ロボット』に近いような、命令に忠実に従うタイプはいないのか?」

 このことである。

 アンドロイドは「人造人間」の和訳の通り人が造るものだ。元の世界の感覚からしても、自我がないものもあって当然のはずである。

 この問いに、サツキは髪をさっとかき上げた。

「いるけど、それは『アンドロイド』じゃなくて『機械人形』よ」

「でも、姿は一緒だろうに」

「違うわよ、露骨に機械だと分かるような姿してるもの。……というよりね、そういう姿にして差別化しないといけないって法律で決まってるのよ」

「法律だって……!?そんなもんあるのか!?」

「ええ。出自が出自だから、他の種族とのすり合わせが必要でね」

 そもそもアンドロイドという存在は、「他人に造られて生まれる」という時点で特異である。

 それに人権を与えて生物と同等の種族にするには、かなり苦労がいるだろうということは想像出来たが、まさか姿形からして定義するような法律があるとは思わなかった。

「人工皮膚などを一定以上使って人間に似せて造られ、人間と同等の自立した自我や感情を持つ者だけが『アンドロイド』の扱いになるの。逆に言うと、製作者にもそれだけのものを造るという覚悟が求められるってことになるわ」

「つまり『人』に近い存在を造るからには、中途半端は厳に許されないということか」

「そういうこと。『アンドロイドは傀儡くぐつに非ずして一個人なり、製作者みな創造主の重責を深く自覚すべし』っていうのが、技術者の間での合言葉よ」

「随分とまあ厳しくやるもんだな……」

「いやいや、これくらいで厳しいなんて言ってたらしょうもないわよ。生まれた後も保護するために、造った人物のみならず周りも多くの法律を守る必要があるの。この辺、とっても厳しくてね。何せやろうと思えば、すぐに尊厳も何も破壊されて『種族』として成り立たない状態になるから……」

 よく考えればアンドロイドは機械部品と人工知能の組み合わさった存在であるから、専門技術さえあればその躰や頭脳に容易に手をつけることが出来る。

 こうなると扱う者が悪心を起こせば、本人の意思なぞまるで無視していくらでも躰も頭脳も好き勝手にすることが可能になってしまうのだ。

 つまりは生殺与奪権を握られ尊厳を脅かされるということが、いとも簡単に起こる立場にあるわけである。そのまま投げ出しておいては到底ならぬと考えるのも当然のことだ。

「なるほどな……理屈じゃある。しかし、法律で保護しきれるもんなのかい?この世界じゃアンドロイドをいじくれる技術者なんて山ほどいるんだろうに」

「大丈夫よ。破ったら最低でも無期懲役や無期禁錮、場合によっちゃ即刻十三階段だもの。よほどの命知らずか馬鹿でない限り、それだけで怖がって誰もやろうと思わないわ」

「げえっ……」

 この言葉に啓一が青くなったのは言うまでもない。

 即刻十三階段、つまり法定刑が死刑のみということだ。

 元の世界の日本の刑法や特別刑法でこんな峻烈な罰則がある罪はただ一つだけ、しかも一度も適用されたことがない代物である。それがごろごろあるとなれば、嫌でも震え上がろうものだ。

 だが逆に言えば、そこまでしてでもこの国がアンドロイドの尊厳を守ろうとしているということであり、まこと苦労のしのばれるところでもある。

「……そこまでするからには、やっぱり生活や仕事も他の種族と同じように?」

「そうね。昔ながらにメイドさんとかやったりする人もいるけど、普通に会社勤めもしてるし、公務員やったりもしてる。というよりね……今日会ったシェリル、あの子もアンドロイドよ」

「へっ?」

 突然明かされた真実に、啓一は間抜けな声を上げた。

「だっておかしいと思わない?あんな見た目中学生くらいの子が刑事やってるのよ?しかも警視なんて高い階級……。もし人間なら、到底有り得ない話じゃない」

「ま、まあそりゃそうなんだが……異世界だから自分の常識で計っちゃいけない、何かこの世界独自の事情があるんだろうと思ってさ。それ抜きにしても、躰に何かあることもあるだろうし」

「ああ、そう思ったのね。事前知識がなければ無理もないかしら」

「要は考えすぎだったってわけか……。でも人間にしか見えなかったから、ついな」

「まあアンドロイドだと分からなくても仕方ないわ、あの子は組立線が見えそうで見えないから。ただでさえ余り目立たない仕様なのに、さらに分かりやすい腕と膝を隠してる状態だもの」

 サツキが言う「組立線」は、創作のアンドロイドキャラで躰の継目を示すために時折入れられる「メカ線」と呼ばれるものである。

 サツキの言葉からするに、あのアーム・カヴァーやサイハイソックスは本人の趣味というだけでなく、この組立線を隠す意味もあったようだ。

「アンドロイドは製造時の設定年齢に基づく躰と心を持って生まれて来るんだけど、あの子はそれが十四歳だったのよ。躰を造り変えてないから、何年経っても外見がずっとそのままってわけ」

「だからあんな小さかったのか……」

「そうそう、でも心は成長するから中身は違うわけでね。設定年齢に製造後の年数足して見なし年齢にするんだけど、あの子は製造後十六年だから三十歳。実は私より年上になるのよ」

「何てこった、見なしとはいえあの子が俺のちょい下って……」

 正直信じられない話である。しかし社会的地位の高さもさることながら、刑事としての働きぶりや性格を見ていると、中身が三十歳であっても驚きではないかも知れぬ。

「……ん?ちょっと待てよ、警視だってのにわざわざ出て来て俺の事件を処理したのかい。普通は現場へ出ず、課や捜査本部で指揮を執る管理職だろうに」

「あの子は例外よ。どんどん自分から現場へ出て行って捜査しちゃうのよ。それでしっかり戦果上げて来るから、お偉いさんも黙ってるみたい」

「はあ……」

「造ったのはお父さんの親友の大庭博士って人なんだけど、自由で柔軟な発想と自らの手による実践が何より大事って考え方の人だから……。性格的にも束縛が嫌いでマイペースだし、多分あの子もそれに似たんじゃないかしらねえ」

 啓一はもはやあきれ返っていた。そもそも肚から生まれるわけでもないアンドロイドが「製作者に似る」という発言が平然と出る時点で、既に彼の常識を超えてしまっている。

「……あ、製作者がお父上の親友ってことは、君らも親友同士?」

「そういうこと。だから敬語なんかじゃないのよ。啓一さんも今度からそれでいいわ」

「会うことがあればそうするよ」

 もっともいくら知り合いとはいえ、第一線で活躍する刑事だ。ミステリーの探偵でもないのだからそうやすやすと顔を合わすことなぞあるまい。

 しばらく啓一はぬるくなりかけた茶を飲んでいたが、ややあって、

「そういや、仕事は何してるんだい?」

 そう訊ねてみた。一緒に住む以上一応訊いておかないと、生活に差し支える。

「『国立重力学研究所』っていう研究所があるんだけど、そこの研究員をしてるの」

「『重力学』か……聞いたことない学問だが、ともかく国立研究所なんて大した勤め先だ。しかも研究員となると、こりゃすごいじゃないか」

「そ、そうでもないわよ、そうでも。もし興味があるなら、見学出来るから言ってもらえれば」

(………?)

 サツキが妙におたつくのに、啓一は一つ首をひねった。

 仕事自体に関しては何か特別に思うところもなさそうなのに、なぜ素直にほめた途端にあわて出すのかさっぱり分からない。

 いぶかしがられているのに気づいたのか、サツキは、

「と、ともかく……他にもいろいろ訊きたいことあるんでしょ?」

 無理矢理話題をそちらに変えた。

「ああ。社会制度とか、生活習慣とか、あと科学技術に関しても」

「その辺は追い追い覚えて行けばいいわ。まあそれでも足りないところは、百聞は一見にしかずってことで市内の案内がてら話すから……」

「いいのかい?首都だから広そうだけど」

「だからまずはこの区内からね。うちは区境に近いから、出来れば隣に足を伸ばしてもいいけど」

 サツキはそこで少々考え込むように頬杖をつくと、

「とりあえずこうして話しててもきりがないわね。疲れてるでしょうから部屋に案内するわ。後でしっかり考えておくから」

 立ち上がりながらそう言った。

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